物思いに耽る「しかし、謀反に病気に、食あたり…とはな」
そう呆れてものを言うのは、三白眼が特徴的な淡い薄茶色の猫、織田信長だった。
「いやはや、まさか一度天下をとった我々が、こうもあっさりと消えてしまうとは!」
そんな達者なことを話すのは、毛深く茶色いサルの豊臣秀吉。
なぜサルが私たち猫と意思疎通ができるのか、
それはここが既に「あの世」だからなのだろう
私は彼らのことは昔から知っている
信長殿と初めて会ったのはまだ私が今川側の人質だったころ
手違いで尾張に流れついた私は、勢いよく湯漬けを頬張る彼に近づいた
その後、一時的に織田方の人質という形で保護されることになった私は、よく信長殿と鷹狩りに行っていた。
それから今川が討たれ、独立し始めたころに彼から同盟を結ばないかと提案された
それが全ての始まりだった。
信長殿が妙なサルを連れていると広まり始めたのは、信長殿が斎藤家に攻撃を仕掛けたときだろうか
あのとき、サルと呼ばれた秀吉殿…いや、まだあの頃は藤吉郎殿だったか、彼は一夜にして墨俣に大きな塀を築くという派手なことをしてみせた
この頃から彼には何かしらの才があるのだと、信長殿は見抜いていたのだろう
このお方は、ヒトを見る目が鋭い。
実力主義でありながら確実な成果を残す家臣ばかりで、裏切りも少ない堅実な者ばかりだった。
しかし、彼の唯一の弱点は「他人を信じすぎる面」だろうか
現に彼は、新米でありながらも徐々に出世し重臣にまで成り上がった明智光秀に裏切らてしまった
織田家の老臣である柴田殿や丹羽殿は、光秀殿のことを少しばかり警戒していたが、信長殿にはそのような素ぶりすらなかった
完全に無害だと、思い込んでいたのだろう
「…家康殿?」
聞き慣れていない猫語で話す秀吉殿の声でふと我に帰った
「なんだ家康殿、物思いにでも耽っていたのか?」
「…はい、少し昔のことを思い出しまして」
「なんだ、懐かしがっていたのか。それは何だ、やはりあの三方ヶ原の事件か?」
「それは若干まだトラウマなのでやめてください…」
しばらくあの世では自分たちの笑い声と話し声が絶えなかった
何を話したかも忘れるほど、昔話に花を咲かせていた
昔はそんな関係性ではなかった私たちだが、こうして「天下人」として言葉を交わすと、生前とは違った印象が出てきて、むしろ今の状態のほうがよい関係性なのではないかとも感じた
特に印象の違いが顕著に現れたのは、生前まともに言葉を交わすことがなかった、秀吉殿だった。
彼は意外にも色々なことを考えていたようで、ただ突っ走るだけの本当の意味でのサル頭ではなかったようだった。墨俣の件も、本当に秀吉の作戦だったし、その後の活躍も話を聞くかぎりかなり策士な人物…いや、サル物なのだという印象を抱いた。
そりゃあ、さすが天下人にまでなってしまうほどであるのだろう
心なしか、信長殿も秀吉殿と話す機会が与えられて嬉しそうだ
…相変わらず、扇子で叩いたりはするが。
「サル!やはりあの頃のサルも恋しいぞ、もう一度鳴いてみろ!」
「わかりました信長様!」
向かいでウキ、と懐かしい言語で話す秀吉殿と、それを見て満足そうな信長殿を見たら、何だか昔に戻ってきたような気がした
「…信長殿」
「何だ家康殿」
「我々は、この先どこに向かうので?」
「…ああ、どこなのだろうな」
一瞬だけ静寂が訪れる。ううむ、と顔に皺を寄せながら軽く考える猫と、呆け顔をしながら我々を見るサル
どちらも既に故人である
私たちはどこに向かうべきなのか?何を見て何を願うべきなのか?
答えはどこにもなかった
いや、必要なかったのだろう
「…ま、その時が来るまで気楽に生きればいいんじゃニャいか?」
「信長様!私たちもう死んでます!」
「おお、そうだったな!」
そう笑い合う彼らを見たら、なんだか悩みが全て馬鹿馬鹿しくなってくる
かつて、苦労させられたあの彼らに
私はかつての家臣たちを重ねた。
忠勝、康政、忠次、直政
「…みんな、どうしているかニャ」
「おお、やはり物思いに耽っておるニャ!」
そりゃ耽ないわけがない、我々は志半ばに死んでしまったのだから
まだやりたいこと、やらねばならぬことは多々あったはず
しかしそれでも、天命には抗えない。
「…まあ、日本がいい国になっていることを願うしかないかニャ」
「きっといい国になってますよ!」
私も、同感だ。
彼らはそう言いながらふ、と消えていった。
幻覚か幻か、はたまた自身もそうなのか
私も一歩、一歩としっかり歩み、彼らの元へ向かった。