blaze「お兄さん、そんな所でなにしてるんだい?」
暗い路地。壁に持たれるように居た男に遊女のような服で赤い唇の女が声をかけた。
男はただ淡々と
「人を待っているんだ」
女に振り向くことなく答える。
「そんな奴放っておきなよ、私とイイ所にいかないかい?」
「……」
「最高に楽しいところさ」
男はその時になって初めて女を見た。
「どれほど楽しいところだとしても、俺はお前とは行かない。俺が待っているのは、魂が求める相手だからな」
その相手を思い出したのか、小さく笑った。
女は少し呆けた顔をした後で
「つまらない男だね。そんなにそいつがいいのかい?」
「ああ」
断言した男を見ながら諦めたように息を吐いた。
「じゃ、お先に行かせてもらうよ」
女が歩き出した。
暗闇へと。
男が見送ったのはこの女だけではない。
老女、少年、幼子、青年、少女……。
時には昔の同僚や同じ志を持った仲間もいた。
皆が共に行こうと誘う。
それでも男は動かなかった。
早く行かないと、お前の×××が保たないと言われても彼はその場から離れようとしなかった。
ここでなければ逢えないとわかっていたから。
「……杏寿郎?お前、なんで」
「ようやく来たか」
「まさか、俺を待ってたのか」
「そうだ、猗窩座。君を待っていた」
待ち人は、自分の命を奪った鬼。
上弦の参。
敵でありながら杏寿郎を惹きつけてやまない相手。
「お前ならもっと早くに……っ!お前、魂が摩耗してるじゃないか!」
猗窩座がそう言ったのには訳がある。
杏寿郎の身体が透けて見える箇所があるからだ。
「そうみたいだな。だが気にしなくていい」
「いや、気にするなと言っても…。
そこまでして俺を待っていたのは何故だ?
俺みたいな鬼を待つ必要がどこにある?」
ましてや、お前を殺したのだぞと猗窩座は問う。
杏寿郎はその問いには答えず、猗窩座へと近づくために一歩踏み出す。
一歩、また一歩と歩きながら彼は猗窩座を見ていた。貫くような炎の目で。
そして…
「理由はどうでもいいんだ。
色々あるような気がするけれど、多分一つしかないから」
「杏寿郎?」
「君に逢いたかった。忘れたくなかった」
「……」
猗窩座は杏寿郎に抱きしめられていた。
優しく、それでいて強く。
「絶対に放さない。そう言っただろう?」
この世の理に逆らうことだとしても、君が欲しかったんだ。
杏寿郎の優しい声が猗窩座へと流れ込む。
炎のような熱さを纏いながら。
「俺は……鬼だ。そして今では狛治とも離れ……消えるだけ。
杏寿郎、ありがとう。消える前に良い気持ちになれた」
ここは、輪廻の入り口。
杏寿郎は次の生へ進むため、猗窩座はその輪には入れない。魂の欠片に過ぎないからだ。
ここに来たのは狛治が、猗窩座を生み出した人が輪に戻るために…消えるためだった。
猗窩座の言葉を聞いた杏寿郎の腕に力が籠る。誰にも取られないようにとばかりに。
「君が消えるなんて許さない」
「杏寿郎……」
「消えるなら、それならば…。君を貰い受けたい」
杏寿郎は猗窩座の顎を掴み、唇を合わせた。
技巧も何もないぶつかり合うような口付け。
そこにあるのは、猗窩座を失いたくないと言う思いだけだった。
許されないとしても、この鬼が欲しい。
許されないならば、共に輪廻から外れてもいい。
一緒にいたい。
溶け合って離れなくなるのならば本望だ。
そう思いながら何度も口を吸い、想いを込める。
されるがままの猗窩座の手がおずおずと杏寿郎の背に回った。縋るように杏寿郎の着物を掴む。
「一緒に行こう」
「杏寿郎…」
「二人で消えゆくとしても、俺は君といたい」
「……」
黙り込んだ猗窩座だったが、ふわりと笑うと
「お前、鬼より貪欲だ」
そう言って自分から杏寿郎に抱きついた。
あの夜に出会い命を燃やして闘った相手。
意味も分からず欲しいと思った相手。
二人は、運命と言ってもいい恋に堕ちていた。
自分の魂が壊れても、全てを無くしても離せない相手と出会ってしまったのだから。
待ち合わせをした訳じゃない。
ただ待っていたかっただけ。
煉獄杏寿郎であるうちに、猗窩座に。
彼に炎を刻み込んだ今、杏寿郎は輪廻の渦に飛び込むことにした。
再び魂が離れても、見つけてみせると心に決めて。
消える?
「させないさ」
この鬼は、俺のものなのだから。