avenir未来を信じて戦ってきた。
先の見えない戦いだろうとも、鬼殺隊は全員、鬼を滅するために戦い続けた。
それは鬼のいない世界を求めて。
炎柱として、俺は悔いのない人生を駆け抜けたのだと。
そして今、生まれ変わった先は鬼のいない、望んでいた未来。
平和であることは尊く、優しい弟が無理に戦うようなこともなく、父上が酒に溺れることもなく……母上が病で亡くなることもなかった世界。
なんと素晴らしいことか。
そして、家族は記憶を持ってはなかった。鬼殺隊の他の隊士とも再会したがその誰もが記憶を持っていなかった。柱であった宇髄、不死川、冨岡……、その誰もがだ。
それで良いとは思っている。
悲しく辛いことばかりではなかったが……沢山の人々が犠牲となった。そんなことを覚えていなくて良い。ましてや生まれ変わったのだから。
では、何故俺には記憶がある?
鬼舞辻無惨を打ち倒し、鬼がいなくなった世に再び生まれた自分が……記憶を持って生まれたのは何のため?
忘れるなと世界に言われているのだろうか。
あの戦いを、鬼との激闘の日々を。
亡くなった命を、人々の思いを。
そうだな、俺一人ぐらいあの日々を……歴史に残ることのない命懸けで鬼を倒した鬼殺隊の記憶を覚えているのは、きっと必要なことなのだろう。
炎柱としての、最後の務めかもしれない。
そんな風に思いながら生きてきた。
歴史には数多くの記されていない戦いがあるのだと思い、気がつけば歴史の教師になっていた。
柱と継子、隊士との関係性ではないが、誰かに道を示すことは自分には合っていると思った。
竈門兄妹も生徒にいた、あの子達が幸せそうな様子を見るとこちらも嬉しく思った。
胡蝶姉妹も、不死川兄弟もそうだ。時透が双子だったことには驚いたな。楽しそうに学生生活を謳歌している。なんと、素晴らしい光景だろうか。
………、それなのに。
胸の奥に埋められない何かがあるのは何故なのか。
不意に感じるこの寂しさはなんなのだろうか。
他の人たちが覚えていないことが悲しいか?
いや、それは違う。
そうではなくて……、新しい人生を真っ直ぐに歩みながらも、俺の中で何か足りないと訴えてるものがある、そんな感覚。
日々充実しているのに、不意に寂しくなる。そんな日々が続いていたある日、光明が差す、その言葉の意味を理解した気がした出会いがあった。
うちの学園は、中高一貫教育をしている。
竈門兄妹のように中学から通っているものもいれば、少人数だが高校から入学してくる生徒もいる。
その中に、彼はいた。
双子だという彼は、同じ容姿である黒髪の少年の隣で笑っていた。
桃の花のような鮮やかな髪色、印象深い満月ようは金色の瞳。
細く、だが、鍛えられている身体。
『見つけた』
胸の奥で何かが弾けた。
あの黎明の出会いと別れ。
命懸けで戦った相手。
上弦の参、猗窩座。
頸を取りたかった鬼。
己を真っ直ぐに見て、柱ではなく俺自身を褒めて、認めてきた鬼。
自分で殺そうとしながら、死ぬなと言った、永遠を共に過ごすため鬼になれと言った、鬼。
自分も、心の奥で欲した相手。
君は覚えているのだろうか。
俺のことを。
覚えていて欲しい、他ならぬ君だけには。
いや、覚えていなくともいい。
今度はこちらが追いかけよう、君のことを手に入れるために。
覚えていないことが普通なことだ。
まずは教師として君を導こう。その先で君にまた俺のことを知ってもらえれば……そんなふうに気持ちを切り替えようとした時だった。
猗窩座が不意にこちらを向いたのは。
俺と目が合うと、猗窩座はあの瞳を数回瞬かせると泣きそうな顔で笑った。
(覚えている!?君は、覚えているのか?)
声には、音にはせずに俺は口を動かした。
『猗窩座』
と名を、そして
『会いたかった』
と想いを込めて。
猗窩座には、声なき声が届いたとわかった。
それは同じ気持ちだったから、そう思っても良いだろう?なあ、猗窩座。
彼の小さな唇が同じように返してくれたから。
『俺も会いたかった、杏寿郎』と。
記憶のある君と俺。
二人にしかあの大正での記憶がないのならば、それはきっと……、
もう一度、あの頃の自分たちごと再会するためだったのだろう。
平和になったこの世界で、今度こそお互いの気持ちのままに求め合うために。
さあ、猗窩座。
あの夜の続きを始めよう。
俺の手を掴んで欲しい。
そうしたら、二度と離さない。
この命にかけて、誓う。
君となら予想もしない未来へ行けると信じてるから。
共に、生きよう。
【了】