Squisito「杏寿郎、ちょっと味見してくれ」
渡された小皿に乗っていた大学芋を食べる。
「うまいっ!今日も美味しいぞ、猗窩座」
とても美味しく、思いのまま答えると猗窩座は
「そうか」
とだけ答えるが、月のような瞳が彼がホッとしたのを俺に知らしめた。
猗窩座は俺がいる時に作った料理に対して、俺に味を見るように言ってくる。
そうでなければ、俺が食べる時に少し不安そうに見てくる、俺の反応を伺うのだ。
そのことに気がついたのは付き合い始めて直ぐの事だった。
俺と猗窩座が再会したのは大学でのこと。
教育学部に進んだ俺は偶然彼と図書館で出会った。
少しだけ日が差し込む席に座り、静かにレポートを書いていた猗窩座がとても綺麗で眼が離せなかった。
前世の記憶が幼い頃からあった俺には彼があの猗窩座だとすぐにわかったが、彼を見て初めて思い出したこともあった。
『猗窩座が欲しい』
彼への執着というほどの欲を。
首が欲しい、命ではなく彼自身が欲しいと。
それから先の自分の行動は、親友で同じく前世の記憶がある宇髄に
「こえーよ、煉獄」と呆れられるほどの勢いを持って猗窩座の友だちになり、無事恋人の座を手に入れた。
猗窩座に記憶があるのかは定かでは無い。確認してないのだ。
彼に記憶があるとか無いとか、それは些末なことだ。猗窩座は、猗窩座なのだから。
だが、ふと思った。
彼がいつまで経っても俺に味見を頼むことに違和感を覚えたときに。
彼は覚えているのだと。
自分の前世のこと、鬼だったことを。
おそらく、彼は人として生きることに自信がない。例えば味に対しても彼は自分の味覚を信用してないのだろう。
だから、俺が「うまい」と言えばホッとするのだ。そうに違いない。
彼が安心するのなら幾らでもそう言おう。
だが、本当に美味いのだからもっと自信を持って欲しい。
そう思った俺は、自分も前世の記憶があることを告げることを決めた。
「猗窩座、大事な話がある」
「っ…。わかった」
二人でデートをした帰り、そう言って自分の部屋へ猗窩座を招いた。
幾度となく連れてきたはずなのに今夜の彼は酷く緊張しているようだった。
これならば別の日にした方が良いだろうかと思案し始めた時、猗窩座が小さな声で言った。
「杏寿郎……、別れ話なら早くしてくれ」
覚悟はできてるからと微かに震える声で。
「はっ?誰と誰が別れるんだ」
「杏寿郎と俺が」
「どうして!?」
「だって、大事な話ってそういうことだろう?
前に見たドラマでそう言うシーンがあったぞ!」
「俺は絶対に別れない!絶対に放さないと言っただろう!」
「それは俺の頸を切るためだろうがっ!」
段々とヒートアップした俺たちの言い争いは猗窩座の言葉で止まった。
俺は
「やはり、君はあの夜のことを、前世を覚えているんだな」
と言うと、猗窩座の頬に触れて
「猗窩座、俺も覚えている。覚えている上で君を好きになった。いや……この言い方は正しくないな。俺はあの夜からずっと君のことが好きで欲しくて仕方なかったんだ」
優しく口づけた。自分の想いが伝わるように、祈る気持ちで彼の淡い桃色の唇に。
唇が離れた時、猗窩座は少し首を傾げると
「お前に記憶があったことは知ってる。お前も俺が記憶があることを知っていたと思ってたが…」
と言った。
「よもや!?では何故何度も味見するように言うんだ?てっきり俺は自分が鬼だったから自信がないのかと」
「そんな理由じゃない!俺の料理は狛治や父さんも美味しいと言ってくれてる。ただ…」
「ただ?」
「………、好きなやつの好みに合う料理を作りたかっただけだ」
ぷいっと拗ねたように顔を背けた猗窩座の耳や首が赤くなっているのがわかる。
その途端、俺の顔も熱くなってしまう。
自分は頓珍漢な勘違いをしていて、そして、自分の想像以上に彼に愛されてることを知って。
「猗窩座っ!」
「うわっ!」
猗窩座を腕に抱きしめて、その頭を撫で頬を合わせる。
愛おしくて、堪らなくて。
「猗窩座、愛してる。
誰よりも、心から愛してる」
「杏寿郎…。俺も、お前を愛してる」
その言葉を聞いて抱きしめる腕に力が籠る。
「だから、猗窩座。君の好きな味も教えて欲しい。料理だけじゃない、好きなことはなんでも知りたい」
「杏寿郎…」
「俺の好きも知って欲しい。合わせようとしなくてもいい、お互いのことをもっと教え合ってわかりあって……、そうか、そうなんだ」
猗窩座に思いのまま話している時に気がついた。
「猗窩座」
そう呼びかけて彼の月のように美しい瞳を見つめると心からの願いを囁いた。
「俺と家族になってほしい。伴侶に、なって欲しいんだ」
「っ!?」
茹蛸のように顔を真っ赤にした彼はとても
「可愛い、猗窩座」
「ばっ、か。それは、それじゃあまるで」
「うむ!プロポーズだ。正真正銘、君へ結婚を申し込む!」
俺は猗窩座の顎に手を置くと
「さあ、返事を。YES以外受け付けないがな」
「じゃあ聞くなよ、俺の返事は一つなんだろう?」
挑発的な瞳をなった彼だが、その様子はとても可愛くて心が震えた。
ああ、そうだ。
味見なんかじゃ済まない、美味しい君の全てを食べさせてくれ。
【end】