Honey何故だか、目が離せなかった。
いつもと変わらぬはずなのに、ほんの少しきらりとしているような、艶やかに見えたせいか。
「杏寿郎、おはよう!」
「先生をつけなさい。それからおはようございますだろう?」
といつも通りだったのだ。
目に入るまでは。
彼の、猗窩座の唇が。
その瞬間に胸がどくっと脈打った。
見てはならないのに、目が離せないような不可思議な感覚は何故だか気恥ずかしいような気もして。
有り体にいえば、欲を感じてしまったのだ。
前世では宿敵である鬼、今は自分の生徒となった猗窩座に。
「杏寿郎?」
「……」
「おーい、どうかしたのか?」
「っ!……いや、なんでもない。
ちょっとしなければならないことを思い出しただけだ」
「そうか。じゃあ俺は行く。
三限目を楽しみにしてるからな」
適当な言い訳をした自分に不審がる様子もなく、
笑顔で手を振りながら校舎へと猗窩座。
彼は自分への好意を隠さない。
好意の種類まではわからないが、嫌ではない。
いや、好ましく思っているのは周りには言えない自分だけの秘密だったが……。
(自覚しないようにしていたのだが……)
突きつけられてしまった。
己がどういう目で彼を見ているかということを。
(俺は教師、彼は教え子だ)
竈門少年たちと同じ、可愛い生徒だ。
同じはずだ。
同じでなければならない。
そう言い聞かせてる時点で、言い訳もならないが…、自覚してはいけないと固く心に決めていたのに。
「君が悪いんだぞ」
心の中で責任転嫁するくらいは許して欲しい。
朝という清々しい時間なのに、小さく見えるその唇が、誘うように薄く色付いていたせいだと。
目の錯覚だったのかもしれない。
彼の持つ髪色のように心惹かれる薄紅色。
花に誘われる虫のように、惹かれることに抗えない。
「触れたい」
他の誰にも聞こえないくらいの音で本音が漏れた。
三限目にまた同じ唇を目にしたならば、俺は俺を保てるだろうか。
ああ、全く。らしくない。
※
「猗窩座さん、唇荒れてますよ」
昨日の放課後。
兄狛治が委員会のため、恋雪を家まで送り届けた猗窩座。
家に着いた時、よかったら使って欲しいと恋雪が差し出したのは黄色のリップクリーム。
色付きではないが、蜂蜜入りのとても潤うやつだという。
恋雪も使っており、ストックまだあるからと半ば強引に渡された真新しいリップクリーム。
勢いに負けて受けとった猗窩座に恋雪はこそっと囁いた。
「恋が叶うという噂なんですよ」
赤くなる猗窩座ににっこり笑う恋雪。
兄の恋人であり、幼馴染でもある彼女には猗窩座の秘密の恋もお見通しなのだった。