浴場「なんでコッチに居るんすか」
滴る髪を手拭いでぬぐっていた土方が、声の先に視線をやる。見廻りを終えたその流れだろう、三番隊をぞろぞろと連れ立ってやってきたのは斎藤だった。上司の声に反応したのか数名の視線が集まって、ただ風呂を済ませに来ただけだと言うのに注目されて居心地が悪くなる。が、顔には出てないだろう。
「あっちの風呂は修理中だ。借りたぜ」
『あっち』とは、一応幹部用として用意されている浴場のことだ。幹部用ではあるが、組長達は斎藤のように隊を引き連れて風呂に行くことが多い為、近藤と山南そして土方の、局長・副長の三名が使用することが常だった。自分たちが居ては寛げないだろうという隊士たちへの配慮もあるのだが、近藤はたまにコミュニケーションを兼ねてだろうか隊士風呂の方も利用している。だから、誰かに了承を得ることでもないだろうと深く考えずこちらの浴場へ足が向かった。そして先ほどの様に集まる視線と畏まる空気に居心地が悪くなったので、湯に癒されるのは早々に諦めた。さっさと済ませてお暇しようと焦れば余計に疲れて、更に視線は向けずとも意識が向けられている空間に落ち着かず、湯に浸かって居られたのはせいぜい一、二分。脱衣所でもそそくさと下帯を身につけて、軽く髪を拭いて、ほどなく後にしようしていたところだった。
出会した斎藤は驚き、そして直ぐに分かりにくくも確かに不機嫌な色を滲ませた。余計なことを言う前に部屋に戻ろう。テリトリーに入られたことがそんなに嫌だったのだろうか。まだ少し身体が濡れているが浴衣を羽織って誤魔化す。雑に帯を締めて、邪魔したな、と目を合わせないようにして退散した。
湯上がりの火照りが引いて、髪に椿油を馴染ませている頃に煩い足音がした。その時点で誰が来たのか大体予想がついたのだが一応、誰だと尋ねればやはり不機嫌な声色の斎藤だった。先程浴場で別れてまだ数分なのだが、同じくらい早風呂で済ませたようだ。襖を開けると、上の服を着らずに肩に掛けて、髪はまだじっとりと濡れており、ずいぶん慌ただしい姿で現れた。
「……よりよってなんで今日なんすか」
また、なんで、か。
部屋に入るや否やシャツを放って、側にどかっと座り込んで、腰に手を回して首元に鼻を擦り付ける。犬を思わせる仕草が、嫌いじゃなかった。
「俺に言われてもな」
「せめて人が少ない時間とか」
「汗流したかったんだよ」
「いや、そうかもしんないすけど……」
目に毒、と掠れる声で呟いて首の皮膚を突く。流れるように浴衣を肩から落とし、胸元、脇腹、腰骨を撫でた。
「吸うなって言ったのに聞かなかったのは誰だ」
「俺ですが!でもこんなお灸の据え方……」
「灸?なんだそりゃ。仕方ねぇだろ」
「……見られたくなかったんすけど」
「安心しろ、お前くらいしか目に入ってねぇよ」
「あの後、あんたのキスマークの話題で持ちきりでした」
「アイツら、意外と観察力あるな」
「観察力とかじゃねぇし」
情けなく嘆くようなため息をつきながら、身体を撫で回す手の力が強くなっていく。浴衣の薄い布越しで太ももを撫でられ、自分の意思とは関係なくピクリと揺れた。
「あと……褌、やめません?」
裾をめくり上げられれば臀部が晒されて、間に挟まる捻じ上げられた部分を斎藤の長い指がたどる。以前から数度、パンツ便利っすよ、と勧められていたが変えるほどの必要性は感じず流していた。どうしてまた褌の話を、とよく分からず顔を見ていると、ぐぅ、と口を我慢するように斎藤が歪ませていた。
「あぁ、褌をバカにしてるヤツでもいたか?」
「バカにしてるつーか、えろい目でみてるヤツらがいたんで」
「いねぇよ」
「いたんですって」
「そりゃ勘違いだ馬鹿」
「俺がそういう風に見てんですから居るでしょあと二、三人くらい‼︎」
「お前はあれだな、自分の好物はみんな好物って思うようなタイプだな」
「アンタ本当にわかってねぇ……」
呆れた顔をされるが、呆れたいのはこちらの方だった。こんな強面なだけでなく実際鬼のように恐れられている男に欲情するようなモノ好きなんて、そう世の中には居ない。何を遠ざけて、何から守ろうとしているのか。その空回りっぷりが可愛くないと言えば嘘になるのだから、だいぶ絆されている。呆れた顔をするのも、馬鹿かと冷たく言うのも簡単だが、たまには。
ツツツ、と今度は土方が腕を撫でる。
「そんなこと言うなら、お前のコレもあんまり人に見せるなよ」
二の腕に施された渦巻きと、だんだらのような幾何学模様を指先でなぞれば、浮き出た血管を感じた。普段は体裁を考えてか、包帯の下に隠されている。風呂上がりも大抵長い袖のものを着ているから、裸の付き合いがある隊士たちと言えども、その柄の全てを覚えられるほど見てはいないだろう。
「コレっすか」
「あぁ」
「え、アンタ、ヤラシイ目で見てんの」
幾度となく、その腕に翻弄され縋り、抱きすくめられ情を注がれている。快楽に揺さぶられる時、目に入るのは汗が伝うその派手な肌。
「まぁ……抱いて欲しくはなる」
狙った通り斎藤の頬が赤くなり、口元が緩くにやけ、嬉しそうに下心をにじませて目を細め、すっかり上機嫌になったその顔に、だらしねぇなぁとつられて笑う。
「じゃ、じゃあシま……!」
「今日は寝る」