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    reonnu7

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    TRPG関連とか創作とかFF14とか。
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    しどえい。昨日の月蝕ネタを調理した。

    俺が普段、空を眺めるような性格をしていると思うか? ーいいえ、全く。 ただいま、と玄関をくぐる。いつもならお帰りなさいと聞こえる筈の声はない。いないのだろうか、いや自分以外の人間の気配はある。押し殺している様子はないから、恐らく彼だろうと当たりをつけてその姿を探す。
     その後ろ姿はすぐ見つかった。何故かウッドデッキに出て空を見上げている。この家の周りの夜は街灯が少ないこともあり非常に暗いのだが、今日は煌々と光る月でほんのりと明るい。
     こう言う夜は少し困るんだよなあ、と風情のないことを考えながら政はその後ろ姿に声をかけた。
    「何かあるのか?」
     どうやら気付いていなかった様でびくりと背中が跳ねる。振り返った彼は驚いた顔をしていて、その表情が想像通りだったからおかしくて喉がくっ、と鳴った。
    「あ、すいません。お帰りなさい獅童さん」
    「ただいま。英司さん何を見てるんだ?」
    「ああ、月を。もっと言うと月蝕ですね」
    「げっしょく」
     はて、聞いた事のない、知らない単語が出てきたな。政が首を傾げるとやっぱりご存じないですか、と苦笑混じりの吐息が英司の口からこぼれた。少し子供扱いされている様で実は苦手なのだが、その後丁寧に己の知識不足を補ってくれるから、好きな彼の動作のひとつでもある。
     苦手と好きが同居する事もあるんだなぁ、と意識が逸れた政の耳に、想像に違わず英司からの説明が入った。
    「簡単に言うと、地球から月が見えづらくなる現象の事です。細かいことは省きますが、月と地球は太陽の光を反射して輝く天体……星なんですよ。で、星は実は規則的に並んで太陽の周りを回っているんですが、時々その周期が被ります。そうすると反射する太陽の光が遮られて月が欠けて見える、これを月蝕と言います」
    「……つまり?」
    「そこにある月が少しの時間だけ消えます」
    「なるほど、分かりやすい。で、なんで見てたんだ?」
    「見やすい時間帯だからなのと、あと……まあ、なんと言いますか」
     もご、と英司が言い淀む。なんだ? と彼の言葉を待っているとやがて目を泳がせながら小声で
    「貴方も興味があるのかな、と」
     と呟いた。その言葉に目を瞬かせた後、政は噴き出す。
    「え、英司さん、興味も何も、俺今日初めて知った、月蝕」
    「ですよねぇ! ええ、最初に声かけられた時点でそうかも、って思ってました! 興味以前の問題でしたね!」
     笑い震える政に一気に捲し立てて、少し耳を赤くして英司はそっぽを向く。ごめんって、と苦笑しながら笑って荷物だけ下げてくると言えばちらりと政の方に視線が向いた。一緒に見よう、と言うと肩の力が抜けたように見えたのでほっとしたのかも知れない。
     一旦室内に戻り、起きっぱなしだった荷物を定位置に片付ける。その後ブランケットと英司には珈琲を、自分はミネラルフォーターを持ってウッドデッキの彼の隣に戻る。彼の前に珈琲の入ったマグを置いてからブランケットを手渡すとありがとうございます、と目元を緩める物だから政も自分の頬が緩むのを自覚した。
     こう言うところが可愛いのだと、そう言ったら呻きながら顔を隠してしまうので言うのは我慢する。
     月蝕が始まるまで他愛のない話をする。今日の仕事は裏家業ではなく、テーマパークのアルバイトだったからこう言う客が居ただとか、先輩にこう言うことを教えてもらっただとか、そう言ったことをぽつぽつと話す。英司は相槌を打ちながら、時々つっこみを入れたり、うまく伝えられない政の話を噛み砕いて聞き返したりしてやり取りをする。
     あ、と英司が空を見上げた。釣られて政も見上げる。同時に口も開いた。
     月が赤く染まっている。その末端から暗く月が、消えていく。沈んでいるのではない、文字通り夜空に月が吸い込まれていっている。
     二人して無言になった。英司はほう、と息を吐き、珈琲を少し口にしていたが政は終始口を開っぱなしだった。
     初めて見たのだ。自分の手に届かない、普段なら気にもとめない物が短時間で変化して行く様を見るのは。ただ、そこにあるものが吸い込まれるように消える。たったそれだけの事なのに、一気に日常を非日常へ変えてしまっていた。
     やがて月が同じ位の時間をかけて元に戻っていく。最後まで、月が再び満月になるのを眺めていた。
    「……どうでした?」
     ぽつりと英司が静寂に言葉を落とした。その言葉の意味を聞いて、ゆっくり咀嚼してから飲み込む。
    「月も、かくれんぼするんだな」
     やがて呆気に取られたまま政がそう呟くと、きょとんとした後、英司が笑い出す。かくれんぼですか、そう来ますか。そうやって穏やかに笑う英司に釣られて政も噴き出した。
     
     その後は、二人もと休みだからとそのままウッドデッキで月見をして、おしゃべりをして、夜ふかしをして、穏やかな夜を過ごした。
     ここだけの話だが、満月を見上げた政が月が綺麗だな、と英司に言った為に英司がその晩、政がどう言うつもりでそれを言ったのかを悩んでよく眠れなかったのだがそれをここで語るのは些か野暮なので、ここでこの話は終わりである。
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