蜂蜜とガチャリ……。
静かな音がして、ゆっくりと意識が浮上する。けれど情事が終わった後の心地良い倦怠感で、身体がゆるりと重い。
ノートンが寝ている間に、恋人がノートンの身体を清めてくれていたようで、清潔感のある寝床は、ノートンを温かい眠りに誘う。
「……ん」
もそり…と、隣にいるはずの温もりを探す。
いつもは手を伸ばせば、どこからともなく恋人の細い指がノートンの手を優しく包み込んでくれる。
その手が見当たらない…ということは、彼は先ほどの部屋を出ていったんだろう。
うとうと…心地良くまどろみながら、恋人の帰りを待つことにする。せっかく意識が浮上したのだから、彼の優しい声を聞いて寝つきたい。
恋人がいたはずの場所は、少しだけ彼の香りが残っていた。
カチャリ…キィ……。
「……ジョゼフ…さん」
「!…起こしてしまったかな?」
ぼんやりと名前を呼ぶと、恋人――ジョゼフは、寝起きのノートンに気遣い、小さな声で応える。
「……」
「悪かったね、これを取りに行っていたんだ。」
熱いから気をつけて、と注意して、ベッドから身体を起こしたノートンに、ジョゼフがマグカップを手渡す。
「これ…ギュウニュウ?」
最近荘園で流行っている飲み物だ。チーズやバターを加工する前に、飲み物として荘園から提供されるようになった。ただ、サバイバーの人数が多いこと、大量に提供される物ではないことから、ノートンはまだ飲んだことがなかった。
「まだ飲んだことがないのかい?」
「ええ、まあ…。」
「ならそれはノートンが飲むといい。」
「え…!……え、けど」
サバイバーに提供される物資の量とハンターに提供される物資の量はさほど変わらない、と写真家は説明する。そのため、ホットミルクを作ることは、ジョゼフにとってさほど難しくないことも付け加える。
「というわけで、それは私にとっては珍しい物ではない。だから構わないよ。熱いから気をつけて。」
「じゃあ、ありがとうございます…」
マグカップを持った指先がポカポカ温まる。
ふぅー…と息を吹き、一口飲んでみる。
「美味しい…」
なめらかな口溶けは、ノートンがこれまで味わったことがないものだった。
ふぅふぅ息を吹きかけ、火傷しないように慎重に…大事ににホットミルクをすする。
「そうだ…!少し待ってなさい。」
ノートンがマグカップから唇を離したことを確認して、ジョゼフが戸棚を探る。
戻ってきた彼の手には、小箱が握られていた。
ジョゼフが箱の蓋を開けると、ノートンの鼻にふわりと甘い香りが届く。
「少し前に取り寄せてね。それを貸してごらん。」
ジョゼフの言うとおりにマグカップを差し出す。
ジョゼフは箱の中の液体をすくい、マグカップの中にトロリとそをぐ。
液体の正体は、部屋が暗かったためよく見えなかったが、甘い匂いがノートンの鼻をくすぐった。
「今のは?」
「蜂蜜さ。食べたことはなかったかな?」
ジョゼフの言葉に首を縦に振る。
ノートンが見慣れているのは蝋燭として、暗い洞窟を照らす姿であって、食べるというイメージに結びつかなかった。
「甘くて身体にもいいらしい。それにコレにもよく合う。」
マグカップにふぅ…と息を吹きかけて、ノートンに渡す。
「……。」
正直なところ、ホットミルクはそれだけで十分すぎる程美味しいのに、プラスアルファで「余計なもの」を入れる必要はないのではないか、とノートンはジョゼフの行動を胡乱げに見ていた。
だがしかし、ジョゼフの言うことは正しかった。
「…!……甘く、なりました……。」
砂糖やバター菓子とは違った、優しい甘さがノートンの口の中に広がる。
ノートンの素直な感想に、ジョゼフの顔が嬉しそうにほころぶ。
「今度君が来る時もこれを用意しておこう。ああ、この飲み物に合う焼き菓子は何なのかも考えないといけないな。」
忙しくなる、とウキウキ花を飛ばすジョゼフに、ノートンの方がなんとなく恥ずかしくなってくる。
この恋人がノートンをもてなすことを心の底から好んでいることを、最近ようやっとノートン自身が素直に受けることができるようになってきた。
お腹がぽかぽかと温かいのはきっと、ホットミルクの温かさに加えて、彼と過ごす時間を、ノートン自身が愛おしく感じているからだろう。
「ほら、もう寝ないと…明日のゲームに響くでしょう。」
照れ隠しに声をかける。
薄ら暗い室内でジョゼフの服の裾を握り引っ張る。ジョゼフが流れるような動作でノートンの手からマグカップを取り、サイドテーブルに置いた。
2人で一つの毛布を分け合い、はみ出さないように互いに互いを抱きしめる。
ジョゼフの細い指が、スルリとノートンの髪を巻き付け、スッと耳にかける。
愛おしい相手にするその仕草に、ノートンの胸が甘く高鳴る。
ツゥ―…とジョゼフの指を頬に感じるたびに、こそばゆくて頬が緩む。
頭を撫でていた手が後頭部に回り、優しく微笑むジョゼフに、これからキスが降ってくるのだと、何度も何度も繰り返した行為を学習したノートンは気づく。
気づいたとしても、愛しい宝物に触れるかのようにノートンを扱うジョゼフに、どう反応していいかの答えを持っていないので、戸惑い目を伏せる。
すると、ジョゼフの細い指がノートンの顎にかかり、持ち上げられ、強制的にジョゼフと視点を合わせなければならなくなる。
「ぁ……」
口づけられる!
そう覚悟してキュッと目を閉じる。
けれど、キスが降ってきたのはノートンの額だった。
「おやすみ、私のノーティ。」
「貴方という人は……」
イタズラが成功して美しく微笑む恋人を軽くこづく。
「…おやすみなさい。」
拗ねた声を上げるが、彼はどこ吹く風で、ノートンの腰にそっと手を置く。
心地よい温もりに包まれ、ウトウトと瞼が重くなってきた。ノートンの瞼が重く、閉じる頃、蜂蜜のように甘い恋人が何かを優しく囁く。
全てを聞き終える前に、ノートンは意識を手放してしまった。
くぅ…くぅ……と幼子のように眠る恋人が愛おしい。
ジョゼフがいなくなるとすぐに目を覚ましてしまうところも愛らしい。
ジョゼフの腕に収まる彼に、自分がどんなに魅了されてしまっているのか、ジョゼフ自身が苦笑してしまう。
「Ferme les paupières et dans l’obscurité de la nuit que ma voix soit un chemin qui te conduit a un doux rêve, bonne nuit.」
子守唄を歌うように口の中で唱え、ジョゼフも目を閉じた。