カヴィンとベインが出会う話カウボと鹿で荘園にいる設定
ゲーム、日記の内容には触れない
ガサ……ゴソ……。
荘園の主人から与えられた部屋を抜け出し、カウボーイ――カヴィン・アユソは、森の奥へ奥へと進んでいく。
荘園の敷地から抜け出すわけではない。少し、散歩がしたくなっただけだ。
彼らと…同じ空間にいるには、どうも息が詰まる。
今日のゲームは散々だった。ファーストチェイスが60秒持ったところはいい、救助は…ダブルダウンを取られてしまったが、サバイバー側が苦しい展開というわけではなかった。
だが、ハンターの判断が巧みだった。
マップは赤の教会。三連機になった時に、最も苦しいマップと言ってもいいだろう。知らず知らずのうちに、試合はハンターのペースになっていた。
負傷をばら撒かれ、板を消費し、アイテムは枯渇した。
箱を漁る余裕もなく、トンネル対象は飛んでいった。
なんとか通電したものの、結果は1逃げ。
カウボーイは重いため息をつく。
あの時、教会の奥まで逃げてくれれば、あの時チェイスの補助を入れていれば……。
もしも、を後悔すればキリがない。
ハンターが上手かったと自分に言い聞かせても、ささくれだったサバイバーたちの間にいるのは居心地が悪かった。
ザクザク足音を立てて、暗い森の中を進む。
元々自然は好きだ。
小鳥の囀りや草木の呼吸、木々の隙間から漏れる光は、カヴィンの癒しだった。
ただ、仲間たちの間の居心地の悪い空間にいるよりは、と森に入ったのだが、夜の森は少し…不気味だ。
月明かりは木々に遮られ、暗い闇の中で何かに見られている気配がする。
薄気味の悪さに、もう帰ろうかと踵を返…そうとしたのだが――道が、わからない。
思った以上に、考え込んでしまっていたようだ。
ザワザワ…カヴィンの癒しだった森は、不気味な音を立て始める。パキパキ、枝が折れる音が響く。
走るのはよくない、そう頭でわかっていても、焦って足が止まらない。
いつの間にか息は乱れて涙が滲む。
だから、足元のソレに気づかなかった。
「?!」
何かに引っ掛かる、足を取られる、視界が、横転する。
ガランガランゴロンと耳鳴りがする。頭が割れるような音だ。今日はなんて日なんだ、そう呟いて目の前が真っ黒になった。
パチパチ…心地の良い音がする。
暖炉の音だ。枯れ木が炎にくべられ、軽い音を立てている。
「起きたか」
まだ寝ていたい…そう思っていたのに、声がかかる。
「ああ、ここは…?僕はいったい」
振り向くとそこには、あのハンターがいた。
「うわああああああああああ」
今日の試合、この、目の前の男に崩された。
異形の頭を被り、滅法体格の良い男だ。
長い鎖を振り回す剛腕に見惚れたことがないわけではない……のだが、どうしてもここに?
「すまんな…熊避けの罠に、まさか人間が引っ掛かるなど……。このあたりを彷徨く馬鹿はそうおらんから……」
「と、言うと…僕は大きな音に驚いて……」
「気を失っていたな。」
なんてことだ!!!見ず知らず……ではないが、まさかハンターに助けられるなんて……。
「道に迷ったらしいな。このあたりは森の浅いところだが、もっと北に行きなぞしたら」
夜の森の危険について、異形の口から淡々と語られる。
焦りのせいで行き先を見失い、崖から落ちるかもしれない。下手に怪我をして動けなくなり、助けを呼べずに行方不明になるかもしれない。あるいは人の血の味を覚えた動物が……。
「それは、怖いな……」
彼から語られる夜の怖さに命の危機を感じて、ブルリと震える。運良く彼の罠に引っ掛からななければ、夜の森の中で見つけてもらえず、今頃自分は酷い目にあっていたかもしれない。
「ありがとう…。君は命の恩人だ。」
「……ふん」
彼の返事は素っ気ないものだったが、森に住む彼からしてみれば、真夜中に侵入者が現れたも同然なんだ。気を悪くさせてしまったんだろうと申し訳なくなる。
「君の夜を邪魔してすまないね。すぐに出ていくよ…。見たところどこも怪我をしてしないようだし、」
「止めておけ。……夜も遅い。今から森に出て、また迷われたらかなわん。」
「心配してくれているのかい?!」
驚きの声を上げると、鹿の面は「しまった」という顔をする。表情こそ分からないが、ビクリと一瞬肩が止まり、その動きがぎこちなくなっていたから間違いない。
どうして「しまった」という顔をしたのか、その理由まではわからなかったが…
「……サバイバーが、いなければ……ゲームが成り立たん…からな。」
ぶっきらぼうなその言葉は、不器用で優しかった。
「ありがとう……じゃあ、お言葉に甘えてもいいかな?」
「……ああ、」
客人はソファーを使えと、彼の太い指が大きなソファーを指差した。
「それを寝床に使っていい。」と、のことで、使い古された大きなソファーは、お世辞にも綺麗とは言えなかったが、古い布の香りが心地よかった。
「色々甘えてしまって悪いな……ああそうだ!僕に君の仕事を手伝わせておくれよ!恩返しがしたいんだ。」
「おかしなことを言う奴だな。…ハンターの俺に、恩返し、か。」
「そうだったかい?だって君は僕の命の恩人じゃないか!女の子の1人もいないこの小屋は寂しいけれど…いや!女の子にこんな情けない姿は見せられないな!」
「…騒がしい。…」
彼を怒らせてしまったか。と、不安になったが、どうやらそんなことはなかったようだ。
彼の雰囲気は相変わらず柔らかく感じたし、相槌だって打ってくれて全く聞いてない風ではなくて、ただ返事がそっけないだけで、カウボーイの声や存在を邪魔だとは決して思っていないようだった。
それにしても…と、部屋の周りをグルリと眺める。
家財道具は古いが埃が積もっている様子はない。狩りに使う道具だろうか?得物はキチンと手入れされ、棚に仕舞われている。壁にはカウボーイの見たことのない植物が干されていて、好奇心をそそられる。
「……。なんだ…」
「あ、あはは…いや、ちょっと色々気になって…例えば、あれって何に使うんだい?」
「……あれはだな」
ポツリポツリ、ゆっくりと彼が説明してくれる。彼はあまりお喋りな性格ではないようで、言葉を濁したり、目を逸らしたり、話の噛み合わない部分も見受けられたが、うまく話そうという気持ちはハッキリ伝わってくる。どれもカウボーイが持っていない知識ばかりで、次々に質問が湧いて口から出ていく。
彼が「もう止めろ」と言わんばかりに、ヒラヒラと手を振ったところで、ようやく彼に熱く質問攻めをしていたことにハッと気づいた。
「ごめんよ…。」
「……明日、朝の薪割りで勘弁してやる。」
「それは!さっきの」
「だからもう寝てくれ。頼むから。」
カウボーイの頭に、バッと厚手のコートが降ってきた。モゴモゴと体勢を整えていると、「布団がわりに使え」と、彼が自室に戻るのだろう、声が遠のいていく。
「ありがとう!!」
彼の背中に声を投げた。彼が一度立ち止まり、何か言いかけたが、その中身はカウボーイには聞き取れなかった。
おそらく彼のだろう、少し重いコートを喉上まで引き上げる。草木と土の匂いが皮に混じって、どこか落ち着く…懐かしい香りがした。
暖炉の残火がパチパチはぜる。鼻をくすぐる煙も悪くない。チクチクすさんだ心が癒えてくようだ。
とろり、とろり……と、まぶたが重い。
カウボーイの意識は深く深く沈んでいった。