かんゆば 口づけにまぎれて艶やかな黒髪に指を絡ませると、まだ少し濡れていた。どうせ汗をかいてまたシャワーを浴びるんだし、と言っても毎度きちんとドライヤーをあてる男にしては珍しい。そしていつもと違う湿った指通りに、今日一日抱いていた違和感が確信に変わる。
この人、なにかずっと考えごとをしている! 半年ぶりの恋人(つまり神田のこと)との再会、そして逢瀬だというのに!
ありったけの慕情を込めて、会えない間も片時だってあなたを想わないことなんてありませんでしたよと思い知らせるような、それでいて謙虚で慎ましい感じでいくつも落とした口づけの幾つかに、弓場も口づけを返して応える。ちゅ、ちゅ、と小鳥が木の実を啄むような可愛いキスだった。しかし、どこかぼやっとしている。すう、と指先から血の気が引いていくような感覚に襲われる。
もしかしてこの時を待ち望んでいたのは自分だけだったのだろうか。
だとしたらあまりにも、悲しい。
「……気が乗りません?」
は、とぽかんとした弓場は、次いでばつが悪そうに目を伏せた。
「違ェよ。……すまねぇ、気に障ったか」
不安に塗れた疑問がすぐさま否定されたことと、滑らかなシーツの上で絡めあった指に力が込められて、恋人のご機嫌を伺うようにそっと手の甲を撫でるその手つきに神田はひとまず安堵の息をついた。整髪料を落とした弓場の髪がかすかに靡いた。
「気に障った、ていうか……心配というか。弓場さんが考え事してぽやっとしてるの珍しいし。何かありました?」
どうやらぼんやりとしているという自覚はあったらしい。気まずそうに俯く。またもらしくない様子に戸惑う。駅前で待ち合わせてから映画を観てランチをし、ぶらぶらと街を歩いてホテルに入るまでの間、どこか上の空だった姿を思い返して、まさか体調が悪いのかと、ベッドで互いに上裸になった今更思い至る。久しぶりに隣に並んだことに、自分で思う以上に浮かれていたらしい。慌てた神田が、仰向けに横たわった弓場にのしかかるように重ねていた身体を浮かそうと身じろぐ。
「おい」
振り払うように握っていた手のひらが離れ、代わりに長い腕ごとするりと腰に絡みついた。行くな、と縋られているようでどきりとした。