バレンタイン後のサフバロ セラミックのマグカップに手早く湯を注ぎ、小ぶりなスプーンでかき混ぜる。熱湯にインスタントコーヒーの粉末が溶けて、値段の割にはふくよかな香りが手狭なキッチンに漂った。朝の空気と一緒にそれを肺いっぱい吸いこむと、バロンは新聞の見出しに目を落としたまま食洗機の取っ手に手を伸ばす。
いつものように右手で中を漁るが、目当てのソーサーのうち、一枚しか定位置に見つからない。指先が数秒ほどまごついた。眉をひそめて紙面から目を引き剥がした。
食洗機の中を覗きこむと、目当てのものが手前側の左右の壁に一枚ずつ立てかけられている様が視界に飛び込んでくる。
緩く瞬いてその状況を見下ろすうち、不意におかしさがこみ上げてきた。数日前は、右手奥――定位置とは対角線の場所に立て掛けられていたのを思い出していた。
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