「それくらいで怯えるんじゃない! 本当に君はどうしようもないな」
ムッとした様子のロミオに、トルペは肩を下げ目を逸らす。ロミオは「全く……」と呆れた様子で首を軽く振る。随分と厳しいのだな、と思った、その矢先のことだった。
「そんなに弱いままなら殺してしまうよ!」
は、と三人は目を見開いてロミオを見つめる。当然のように言った彼は、それが常識という顔をして、子供でも叱り付けるように眉を吊り上げトルペを見ていた。トルペはトルペで、酷く怯えたという様子でもなく、ただ凄く嫌そうな顔をするのみ。
殺す……殺す? 今彼はなんと言ったのだ? と、三人ともが、司と同じ顔から出た言葉を咀嚼し切れず固まっていると、クラウンが「待て待て待て!」と叫んでトルペに抱き付いた。そしてロミオの顔の前にぬいぐるみを下げて「ダメだダメだダメだ!」と喚く。
「此奴もショーに使えるンだカラ殺すナ!」
「? こんな弱々しいやつが要るとは思えないな!」
「弱サもショーに使えルと言ッテいるダロう! 利用価値ガあるンだカラ殺すナ!」
「たすけて」
足も腕も使ってトルペに抱き付くクラウンは幾つかのぬいぐるみでロミオをペチペチと攻撃しながら異を唱える。それは人を庇っているというより、使える道具を勿体なくも処分しようとしている者から守ろうとするような、何処か人情味に欠けた空気があった。ロミオは鬱陶しそうにぬいぐるみを手で払いながら「別に今すぐに殺すつもりはないが……仮に使えるにしても居ない方がいいと思うよ」と反論をする。此方も此方で、要らぬ道具の処分を提案するような軽さがあり、沙汰を言い渡す冷酷な処刑人のようで、然し何かを忌み嫌うような人事味も不思議と感じられる様子であった。
そんな三人へ、割り込むように
「まっ……待って!!」
とえむは叫んだ。そしてその身をロミオとトルペ・クラウンの間に割り込ませ、えむはロミオを見て「ダメだよ!」とまた叫ぶ。
「こ、殺すなんてダメだよ!」
「? どうして?」
本当に、本当に不思議そうな顔をするから、えむは一瞬怯んでしまう。何故ヒトを殺してはいけないのか、という質問は哲学的でもある。然しただ、司が誰かを殺すのも、誰かに殺されるのも、えむが嫌だと思うのだ。
「だ、ダメだよ……殺すなんて、嫌なことだよ! 酷いことだよ」
ロミオはきょとり…とした顔でえむを見つめ返す。えむの後ろ、クラウンも、そしてトルペさえも似たようにきょとりとした顔をしているから、寧々はそれを見てゾッとしてしまった。トルペはまだ何処か救いを見出したような顔色も含んでいるが……三人とも、ヒトを殺すということへの忌避感を何処かに落としてしまっているような様子があった。
その中でも一等何も分かっていないような顔をするロミオへ、えむは見上げた瞳を以て懇願するように言う。
「あたしは、殺してほしくないよ……」
「……わたしも同意。どうして、殺すなんて言うの?」
「ふむ、僕も気になるな」
割り込んできた寧々と類に、ロミオは瞬きをし、少し言葉を探すように考えたのち、胸に手を当て口を開いた。
「この世で一番大切な心はなんだと思う? 愛だ。誰かを愛する心だ! その心に不必要な、ともすれば邪魔となってしまうようなモノならば無い方がよろしい。そのために僕は存在しているんだ。最後に残すは愛の想い! それ以外は無くなってしまっても支障無い。そして僕にはどうにも、其処のピアノ弾きが愛の為の役に立つとは思えない! ならば、殺すのもいいんじゃないか?」
堂々と言ったロミオに、まるで意味が分からない、という顔をする寧々の横、類はロミオの言葉を聞いて、文化祭のショーを思い出していた。分裂したロミオ達は己がジュリエットと結ばれるために殺し合い、最後に残った司演じる『最強剣のロミオ』は色々とあって宇宙の概念となり、幕落ち。そんなショーの一番の見所と言えるだろう『ロミオ達の殺し合い』は、舞台上では別人達が演じているから感覚的には分からないが、そも“分裂した”という設定のもと行われる殺し合いだ。ロミオ達は元々は只一人の男であった。そんな彼が分裂し、彼等となり、殺し合う。成程、愛を得る為に要らぬ自分を殺していくという解釈もできよう。そして、このセカイに今居る沢山の司達は、分裂したロミオと似たようなものとも考えられる。最強剣のロミオとよく似た彼が分裂体を殺すことに厭わないのは、そう考えると理解ができた。だからといって、頷けるものではないが。
さてどう説得をしようか、と類が悩んでいると、「なんだ、揉め事か?」と声が掛かった。それは王様と呼ばれる男の声であった。えむが「わー! 王様! 助けて!」と彼に飛び付き、擬音混じりでわちゃわちゃ説明をする。ふむふむ、と頷きながらも不思議げな顔をする王様へ、類は笑いを零しながら説明の補足をしていった。合間合間にロミオとクラウンも主張の声を上げる。トルペはクラウンに未だ抱き付かれながら「早く終わらないかな……」という顔をしていて、寧々はそれを同情的に眺めていた。というか重くないのかな、コアラみたいに抱き付かれてるけど。
「王様も、殺すのはよくないと思うよね?!」
えむの救いを求めるような声に、王様は「ふむ」と頷き、
「そうだな、オレはどちらと言うならクラウンの肩を持とう」
と宣言した。そして、納得がいかないという顔のロミオに向き合う。
「ショーとは愛で出来たものでもある。愛を伝える手段の一つで、最高の方法とも言える。オレも彼がショーに役立つとはあまり信じられない身だが、他でも無いクラウンが言うのだからきっと正しいのだろう。とはいえ此奴の“なんでもかんでもショーの為“という姿勢には些か同意し切れないところがあるが……ショーの役に立つ、つまりは愛の為の役に立つ、ということだ」
それを聞き、ロミオはトルペに視線を向けた。向けられたトルペは、ギュッと片腕を握り、じんわりとロミオを睨み返した。
「……僕だって、なんの役にも立たないわけじゃない」
常の彼らしくないとも言える意思表示は、然し司の不屈なる精神を何処か思わせ、司の想いで作られた存在ということへの理解をさせられる。それでも拗ねたような風にも見えるトルペの姿はやはり司らしいとは言えず、司の顔をしているが故の違和感は拭えない。それでもえむは「司くんだなあ」と思って笑みを浮かべた。
その横、王様も、トルペを見てひとつ頷き、またロミオに向かう。
「それに、彼もまた愛のひとつの形であるとも言える。ならば殺すには惜しいだろう?」
「……ふむ……。そうだね、王がそう言うならば」
ロミオは頷き、剣に掛けていた手を下ろした。えむはホッとして、王様に「ありがとう!」と伝える。そしてトルペに「よかったよ〜!」と抱き付いた。クラウンにも未だ抱き付かれていたトルペは些か苦しげな顔をしたが、えむを見て直ぐにその表情を微笑みに変え、礼を述べた。
「助かったよ……流石にもう嫌だったしね」
もう、という言葉に類は首を傾げた。然し些細な違和感は、そのままわちゃわちゃとした会話の中で何処かへ消えてしまうのであった。