ロナルドと場所を交代したドラルクは、ネギとニンニクと鷹の爪と花椒をフライ返しで焦がさないようにかき混ぜながら、大惨事になるのがわかっていたのに『だって、面白そうだったんだもの』が先行して強く止めなかったことを後悔していた。
「ヌヌヌヌヌン、ヌヌッヌ」
と、椅子に座るよう促すジョンの声が聞こえる。
チラリと見やると椅子に座ったロナルドの顔を、ジョンがティッシュにオリーブオイルを染み込ませて拭っているのが見て取れた。
本来ならひき肉を炒めて、豆腐を塩茹でして、それから今やっている作業をするのだが、ロナルドと分担しようとしたのが裏目に出てしまった。
「ありがとなジョン、ちょっと楽になった」
「ゴメンねロナルドくん、手が離せなくて」
ジョンの手当てにお礼を言っているロナルドに謝っておく。
ごま油にニンニクと唐辛子の香りが移ったと思われる頃合いで、一旦火を止めてチューブの生姜と豆板醬を投入する。
再度弱火で火をつけてじっくりと炒める。この工程は始めてしまうと途中で手を止めることができないので、ロナルドのことはジョンに任せるしかない。
豆板醤の水分が少し飛んで焦げる寸前の赤色になったくらいで、紹興酒を少し加えて豆板醤を溶かすように混ぜて、一味唐辛子をばっさばっさと軽快に加えていく。
実際可哀相だったんだけど、あまりにも『あー、私この後の展開読めたわぁー』だったのはちょっとおもしろかったんだよなと、本人に聞かれたら激怒されるようなことをドラルクは内心思っていた。
また少し水分が飛んできて少し赤い色が強くなったきたところで、ロナルドに中華鍋を任せていた時に溶かしていた顆粒の鶏がらスープを半分鍋に入れると、一瞬で沸騰してブクブクとあわが立った。
醤油をちょろっと加えたらひとまずこの工程はこれでひと段落だ。
「ヌイヌーヌ?」
「ちょっと死を覚悟した」
少しくぐもった声がするので、見るとロナルドが机にぐったりと突っ伏している。
「落ち着くまでちょっとゆっくりしてて良いよ」
ガスマスクとゴム手袋を外してキッチンから出てきたドラルクは、ロナルドの頭を撫でながらそう言った。
「アレ?調理は?」
「今ひと段落ついたところ。中華料理はあっという間にできるから」
目の端を赤くしたロナルドの申し訳なさそうな瞳と視線がぶつかる。
「手伝うっていってたのにゴメン」
「まだやることあるから、その時にお願いするよ」
だから無理しないでねと言うと、ロナルドは静かに頷いた。
このままだと『俺は靴の裏に張り付いたチューイングガム』モードになっていじけてしまう。
「あ、そしたらとりあえずちょっと味見してよ」
味見という言葉にロナルドとジョンが嬉しそうな顔をする。
「そういやすげぇいい匂いしてんだよな」
「ヌンヌン!」
換気扇を最大にしているのと、火を通して臭いを多少飛ばしているので即死ではないが、ニンニクと唐辛子の臭いで実をいうと死にそうだったがそこはグッとこらえる。
「じゃあちょっと待ってて」
そういってガスマスクを装着したドラルクは、臭いの遮蔽されたマスクの中で大きく息を吐いた。