星に願いを さわさわと葉っぱの流れる音が、今日はデュナンの砦のあちこちから聞こえてくる。
子供達が手に持つサイズの 小さな枝を抱えていたり 店の軒先や住居の傍らに 見上げる程のサイズのものを立ててあったり。
それらは美しい装飾をほどこされ、何やらたくさん文字を書いた紙がぶら下がっていた。
「あ、いたいたアップルちゃーん」
キラキラと美しい紙の装飾をほどこされた木々に目を奪われながら歩いていたアップルは、不意に顔なじみの少女達に笑顔で声をかけられた。
「アップルちゃんも書くでしょ短冊っ」
ナナミに手渡されたのは、手紙を書くような長方形の白い紙だった。
「短冊?」
はてと首を傾げるアップルに あれっと周囲の少女達は顔を見合わせた。
「もしかして、トランに七夕ってない」
「え、そうなのどこでもあるんだと思ってたけど 地方で違う」
口々にまるで不思議な事柄のように話す少女達の様子が少し微笑ましいとアップルは小さく微笑んだ。
「どう言うお祭りなのか教えてくれるこの辺りの風習なのかしら 興味があるわ」
「うんうん、あのねあのね」
それは昔、牛飼の青年と機織りの少女の恋物語。
大きな湖――おそらくデュナン湖に阻まれなかなか会えない恋人たちを 哀れに思った神様が…とまあよくある国作りの神話の様なものだった。
その時願いを書いた紙のちなんだ短冊と、文を流した木の葉が祭りの由来のなのだろう。
「あのね、お願い書いて飾るんだよ」
「お星様が見てくれたら叶うの、だからね」
数枚の植物が美しく梳きこまれた紙を渡された。
「お願い書たら あっちの木に飾るんだよ」
期待に満ちた少女達の幾つもの瞳が、期待に満ちて注がれる。
あなたは何を願うの
あなたの願いは何
キラキラとした興味と好奇心のと、とびきりの善意がアップルの手に注がれる。
「待ってよ、今由来聞いたばっかりだし。願い事なんてすぐには浮かば無いわ。ちょっとゆっくり考えさせて」
詰め寄る少女達の追求を アップルは笑顔でかわす。
「今日中なんだよー期間限定っ」
「あんまり遅いと お星様も寝ちゃうって母さんに聞いた事あるー」
「あら じゃあ、あなた達先に飾ってらしゃいな。私は、綺麗な飾りを眺めながら ゆっくり考えたいわ」
「うん、じゃまた後でねーアップルちゃん」
鈴が転がって行く様に、少女達は来た時と同様楽しそうに嬉しそうにかけていく。それほど楽しみなお祭りなのだろう、道行く大人も子供達も皆楽しげで。
なんて、眩しい光景なのか。
願い事、願う事。以前は確かにたくさんあった気がしたけれど、けれど。
1番願いと望みは、もう決して叶うことは無い。
先生ともっと一緒に過ごしたかった。
先生にもっと そばで色々教えて欲しかった。
先生とセイカの教室の皆と、もっとずっと…。
3年も前に消え果てた願いは、今も胸の中に棘の様に刺さっているけれど、いつもの様に深くしまい込む。
歩くしかないのだ、生き残ったのだから。
先生の歩いた道を いつか後の世に書き残すために。
何時の間にやら日は落ちて、夜の気配がやってくる。
いつも以上にまたたく星と、星に見立てた小さなランタンの灯火で砦中が、まるで星の海になったよう。
なんて美しい光景、戦がなければきっともっとたくさんの人々がこの光景を楽しんでいたのだろうに。
「でも 私にはちょっと眩し過ぎるわね」
「何が眩しいって」
声をかけられ振り向けば、蜂蜜色の髪に星とランタンの淡い光を反射しながら 見慣れた笑顔が立っていた。
彼の、シーナの手にも小さなランタン。
どうやら祭りを楽しんでいるようだ。
「ランタンと星の明かりがね、流れ星がたくさんみたいで眩しいなって思って、夜なのに」
見慣れた顔と声音に泣きそうになってしまうのを 眩しげに目を細めて押し留める。
こんな祭りの日に
皆の笑顔の中に
過去に囚われ泣き出すなんてしたくない。
「トランには、こんな風流な祭りって無いもんなあ...うちならもっと派手に花火とかあげて騒いでるだろうし。アイツはこっちの祭りの方が好きそうだ」
名前を出さ無いでいるのはシーナなりの配慮なのだろう、アイツ、あの人が来なければ、あの人が先生を巻き込まなければ。
それはもう巻き戻す事も出来ない終わった過去で、先生の助力があってこその今のトランの平穏がある事は私にだってわかっている。
「――それでさ、アップルはなんか願い事書いた」
シーナの屈託のない笑顔が眩しくて、思わず目を逸らし俯いた。
「急に言われても 思いつかないのよ」
曖昧に笑えば、シーナは一瞬困った様に眉を寄せ、けれど一瞬で切り替える様に笑顔で紙を渡してきた。
「じゃあこれ一緒に飾っとこうぜ」
差し出されたのは二枚の記入済の短冊だった。
――アップルが俺と幸せになりますよーに
――アップルの笑顔がもっと見られますように
「ば...かじゃ無いの自分のお願い事書くものなんでしょこれって。ほんと...馬鹿じゃないの」
鼻の奥がツンと痺れるのを誤魔化す様に目を逸らす。
「俺の願い事だよ俺はもっとアップルと一緒に居たいし、アップルが笑顔でいられたら嬉しいじゃん」
星のあかりと ランタンの淡い灯に照らされた蜂蜜の様な色の髪。
「ほんと ばかね」
ずっとなんか居られない癖に、
戦争が終われば家族の待つ トランに帰ってしまう癖に。
けれど。
せめてもう少しだけ
この人の傍に在りたいと、願ってしまうのは許されるのだろうか...と頭の片隅にふとよぎった。