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    HISURO_desuyo

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    びめちょう2023年春テーマのSS集用に書いていたのですが、12/1~の新たな書店コラボに向けて供養を兼ねてお出しします。一旦こちらで。

    #びめちょう
    #供養
    memorialServiceForTheDead

    2023年春の思い出SS集供養【三月三日】

     まっさらな紙にペンを走らせる。カリカリ、さらさらという音。洋墨が文字となり、文字が言葉となって、文章を紡いでいく。この部屋は自室ではなく、壁の時計はもう夜分の時刻を示していたが、小川未明は気にしない。部屋の主は今日中には帰らないからだ。
    (白鳥……)
     ぼんやりと部屋の主である友人を、小川は胸のうちで呼んだ。そうしたところで応えが返ってくるはずもなかったが、小川の指は自然と机をコツコツと叩いていた。持ち前の短気が首をもたげかける。いけない、と小川は椅子の上で姿勢を正した。
     事は数時間前に遡る。
    「え、出張……?」
    「ああ。今日から準備に入る」
     本日誕生日を迎える男──正宗白鳥は、普段通りの仏頂面で言ってのけた。小川は己の頬がぷう、と膨れるのを感じた。
    「白鳥、今日が何の日か、わかってるでしょ?」
    「毎年祝われているからな。だが仕事を休んでまでのことじゃない」
     淡々と、しかしきっぱりと言い切られて、小川の口からはむうという唸り声が出るのみだった。
     特務司書の説明によれば、今回の転生文豪たちの出張は一週間後に控えた全国広報活動のためのものだという。つまりは帝國図書館の公的任務の一環なのだが、しかしである。
    「なにも白鳥の誕生日に重ねなくたっていいじゃない……」
     司書さんたちのばか、と心でつい思ってしまう。出張は全員ではない。割り当てられた文士たちは対応に追われることになるが、小川にはたっぷり時間があった。
     むくれにむくれた小川は、司書室を去ろうとする正宗のマントを掴んで引き留めた。怪訝そうに振り返る男に言う。
    「鍵、貸して」
     部屋の鍵だよと念押しする小川をどう思ったのか。正宗は片頬で笑って、ネームタグが付いただけの鍵をポケットから取り出した。
     そういうわけで、小川は正宗の合意を得てその自室に居座り、今こうして机に向かっているのである。
     文士の部屋である。机があり、その上にペンと紙の束が置かれているのは、ある意味必然だった。そして、それを見た文士の小川が、何か書こうと思い立つことも。ペン先がかくっと紙に引っかかって止まった。小川の流れるような思考もそこで止まる。自分は今、何を書いているのだろう?
     時計のカチコチという秒針の音が響く。しばらくしてから、小川はまたペンを握り直した。
     紙の上の文章は、正宗への書き置きなのか、手紙なのか、はたまた何かの作品なのか。どう化けるかは小川自身にもまだわからない。それでもいい、何かを残しておこう、と小川は思う。今日この日を無意味に終わらせるわけにはいかないのだから。
     窓の外の月は高く昇って、優しく小川の手元を照らしていた。

    【三月十日】

    「全国広報ともなれば、夏目先生が選ばれるだろうと思っていたのですけどね」
     そうこぼしたのは特務司書だった。
    「いえ、『夏目先生は』と言うべきでしょうか」
    「そうでしょうか?」
    「だって有名な方ですし」
     ふむ、と夏目漱石は顎に手を当てて考えた。転生した後に読んだ文献を見るに、自分は生まれ故郷以外にも縁のある土地が多いことが周知されているようだった。そんな文士は他にも多々いると思うのだが、それはさておき。
    「今回の広報は、その土地を代表する人物を選んでいるようですから。正岡を見てください。真っ先に決まったのではないでしょうか?」
     今も地元で愛される友の名を挙げると、司書はうーんと唸り声を出した。
     そう、政府がどう決めたかなぞ、末端と見做されているこちらまでは伝わって来ない。しかし、全員に任務が回らない時点で決めることはあったはずである。例えば出生地にしても、複数人いる場合は誰を外すのか、とか。
     助手業務が終わる。司書がお礼とともに、団子の包みを渡してきた。政府支給の物なんですけど、一人では食べきれなくて。よかったら召し上がってください。確かに包みはぎっしりとして重かった。
     これだけの品を渡されても、夏目に心配はない。転生後の健康な胃と、一緒に口にする同胞の当てがあるのだ。
     司書室を出た夏目が向かったのは談話室だった。わいわいと賑やかな声が聞こえる。覗き込むと、おや、弟子二人と小さな影。
    「やっぱり納得いかないよ! どうして夏目先生が外れてるの?」
     腰に両手を当てて、鈴木三重吉がわかりやすく怒っている。おやおやと夏目はこっそり苦笑した。先ほどの司書と同じようなことを言っている。
    「そこまでぷりぷりすることはないじゃないか、三重吉」
     ソファーに腰掛けた内田百間が手をひらひらさせた。
    「単に政府からの仕事じゃないか。何も不名誉なことはないよ。現に夏目先生だってまったく気にしてないし」
    「そうだけどさ……」
    「そうだよ、三重吉」
     低い少年の声が割って入った。鈴木がそちらに向き直ったのが見えた。
    「なんだよ、未明は悔しくないの?」
    「別に。ただの仕事でしょ」
     無表情で返していたのは、鈴木の友人である小川未明だった。頭の良さが言及されるだけあって、さすがに冷静だ。だが鈴木はきっと眉を吊り上げた。
    「俺は悔しいよ! 先生のこともだけど、南吉とか賢治とか、みんなで同じ仕事したかったもん」
    「貴君たちは仲良しだねえ」
    「そうだよ、友達だからね!」
     内田の茶々に返した鈴木の言葉に、小川の肩がぴくりと震えた。その口が小さく動いたような気がする。
     ふうと息をついて、夏目は戸の影から顔を出した。三人が一斉に振り返る。
    「せ、先生! いつからそこに……」
    「先生も人が悪い……いたなら声をかけてくださいよ」
     声を上げる弟子二人に対し、小川はぺこりとお辞儀をした後、夏目の手元にじっと視線を注いでいた。
    「お団子……」
    「小川君もいかがですか?」
     三色団子は見慣れた近所のものではなく、いかにも高級品でございという見た目をした代物だ。おそらく政府御用達の店の商品なのだろう。まあ、甘味そのものに罪はない。三人が揃って「いただきます」と言うのが微笑ましい。
    「美味しいけれども」
     箱が空になる頃、串を手にした内田が最後の一個を咀嚼しながら言い出した。
    「やっぱり食べ慣れた味がいいなと思ってしまうよ」
    「お団子はどこの店にもあるよね」
    「思い出すなあ、先生にも俺の故郷の団子を贈ったんだよ」
     覚えていますよ、と夏目は頷いた。
    「岡山の吉備団子。あれは結局丸い形なのでしたね」
    「先生、またそんなことを!」
     けらけらと笑い出す内田と、「失礼だろ!」と彼を叱る鈴木に笑顔を向けながら、夏目はちらりと隣の小川を見やった。
     わずかに俯いた少年文士は、団子の串を手にしたまま、何かぼんやりと考えている。それが「岡山」の名が出た時からであることを、夏目はわかっていた。
    「……正宗君が心配ですか?」
    「えっ」
     紫の瞳が目いっぱい見開かれる。飛び上がらんばかりに驚いた小川の姿を見て、夏目は自分の推測が当たっていることを察した。
    「急にどうしたんですか、正宗さんが、何だって……?」
    「三重吉、ここは黙っていよう」
     なんだよーと唸る鈴木は内田に任せるとして。夏目は小川に向き直った。白い頬が桜色に染まっている。
    「あの、別に、白鳥のことは」
    「そうでしょうか? 心配するのも無理はありませんよ。我々転生文豪が、こうもてんでんばらばらに散るのもあまりないことですから。私も正岡が何かしでかしていないかと心配なのです」
    「正岡さんは大丈夫だと思いますけど……」
     最後の一言に、こわばっていた小川の表情がほどけた。ふ、と笑う彼を見て、鈴木と内田が顔を見合わせている。夏目の胸の内に、またも微笑ましい気持ちが広がっていく。後進の笑顔には代え難いものがあるもの。少々ダシにされた正岡には、まあ許して欲しいところだ。
    「そうだよ、正宗さんも俺と同じ出身なんだった」
     内田が大きく頷いた。
    「さぞかし歓迎されていることだろうね」
    「どうだろう。まあ、少なくとも百閒よりは安心できるけどね。ちゃんと戻って来そうだし」
    「三重吉、そりゃどういう意味だい」
    「この間の無断外泊のことだよ! またふらっとどこか行かれたら困るだろ!」
     言い合いを始めた鈴木と内田を、小川は目を丸くして見ている。
    「だ、大丈夫ですか……」
    「まあいつものことです。気安い仲ですからね」
     一応兄弟弟子と言えるのですが、と思わず苦笑してしまう。小川もふふと笑った。
    「私と正岡も、気安いと言えば気安い仲ですよ」
    「ご友人ですもんね」
    「ええ。小川君と正宗君は」
     言いかけて、はたと口を噤んだ。江戸っ子の名にかけて、というわけではないが、野暮な真似はためらわれた。だが小川の方から言葉が出る。
    「……友人ですよ」
    「そうですね」
    「大事な友人です。いなくなったらやっぱり、心配、ですね」
     消え入りそうな声でそう告げる顔は赤い。桜が実をつけたような色合いだ。花見は外でするものではなかったか。
    「ちゃんと食べてるかとかですよ、本当に!」
     慌てたような声色が、彼が隠しているものの存在を雄弁に語っている。
     窓の外で鶯が鳴いた。穏やかに流れ込んでくる春風とは裏腹に、夏目は内心でため息をついた。自分もまだまだだと妙な感慨めいたものを感じる。湯飲みから啜った煎茶の、慣れた苦さがちょうどよく感じた。

    【三月三十一日】

     今年もエイプリルフールに備えていたら、予想外の任務が課せられた。イースターも混ぜてくるなんて、誰が予想しただろう。
     今日からの任務の衣装です。フライングで申し訳ありません。そう言って司書さんが恭しく差し出したのは、ニットとハーフパンツと靴とカラフルな卵の入った網カゴと、それから──うさぎの耳が付いた帽子。南吉のはうさぎの耳に見えるリボンだった。まあ、そこは些細なことなんだけど。
     僕たち童話作家は、それぞれの衣装に着替えながら、揃って「いったい誰がこの衣装を用意しているのか」を議論した。誰が何を言ったかは伏せるけど、政府が用意しているのではとか、でもそれにしてはサイズ感とかぴったりだよねとか、南吉のいい意味であざとい感じは帝國図書館をよく知っている人でないとわからないとか、いろんな言葉が飛び交った。
     でも、僕はちょっとぼんやりしてたみたい。……しょうがないんだ。自分のうさぎの耳が、黒だったから。
     別に、偶然と言えばそれまでなんだけど。でも、他の三人の耳の色が明るいのに僕だけ真っ黒で、普通はそこで落ち込んでもいいはずなのに、なんだか嬉しくなって。どうしてもはく……知り合いというか何というか、そんなやつを連想してしまう自分がおかしいのかなって。任務期間中はずっとこの耳を付けているんだなあって思ったら、やる気が出て来たりして。
     南吉にも賢治にも「どうしたの?」「大丈夫?」って聞かれた。三重吉は黙って、ちょっと渋い顔してたんだっけ。あんな三重吉も珍しいよ。僕の様子がよほどおかしかったんだと思う。
     四月の、十一日まで。それまで頑張らなくちゃ。黒いうさぎの耳が、その間の僕のお守りになる。

    (続く…??)
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