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    こたなつ(ごゆ用)

    @natsustandby

    しぶに置いてある話の番外編が主。
    予告なくひっそり加筆したり消したり。

    いつも応援ありがとうございます。
    ニヤニヤしながら創作の糧にしていますもぐもぐ。
    ぴくしぶ→https://www.pixiv.net/users/1204463

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    POIPOI 8

    「幼馴染っていいな」番外編

    距離が近いなんて次元じゃない・しぶの「幼馴染っていいな」の補完話
    ・モブ視点
    ・視点主は良いモブですが、悠仁に対して悪意のあるモブが出てきます
    ・「モブに推しを語らせたい!」という自分の趣味全開です、すみません




     

     いつも思うけど、午前最後の授業が体育というのはどうかと思う。朝から勉強し続けて疲れている上に、めちゃくちゃお腹も空いている。そんな状態で運動させるとか鬼だ、鬼。
     しかも休憩時間は十分しかないから、前の授業が終わったらすぐに体操服を持って移動しないと間に合わない。ほんと忙しない。薄情な友達は先に行くし。
     急がなきゃ。荷物を持って小走りで教室を飛び出した瞬間だった。
    「ッーー!」
     ドンッと何かに当たって身体が後ろに弾かれた、あ、これ痛いやつーーと思ったけど、倒れる前に何かに背中を支えられた。
    「っと、悪い」
     がっしりとした感触と、視界に入ったピンク色。それから明るい声。
    「い…たどり君」
     私が当たったのはクラスメイトの虎杖君だったらしい。勿論、私が転ばないように支えてくれたのも。
    「ご、ごめん」
    「いや俺も避けきれんかったし、お互い様じゃん。てか怪我とかしてねえ?」
    「うん、平気。壁に当たったのかと思ったけど」
    「んははっ、俺壁なん?」
     ふわっと笑った顔は普段の少し怖い感じからはかけ離れていて、思わずドキッとした。いやだって、ギャップが凄いし。男子に支えられたのも初めてだし。
     私は急いでいたことも忘れてボーッと見惚れていた。


    「……って感じでした」
     体育館の隅っこで他の子達がやってるバレーを見つつ、さっきの出来事を友達と共有する。うちの体育の先生はゆるゆるだから、こういうのも大目に見てくれるのだ。
     友達二人は「羨ましい〜」と口を揃えた。「でしょ」と素直に自慢する。
    「てかやっぱすごかった。リアコ製造機の名は伊達じゃない。ちょっといいなって思っちゃった」
    「彼氏いるのに?」
    「それはそれ」
    「まあ分かるよ。今朝の登校の時といい、ギャップがね〜」
    「ヤバいよね。流石だよね」
     うんうんと三人で頷いた。
     虎杖君は人気者だ。見た目はヤンキーっぽくてちょっと怖そうだけど、話すと明るくノリも良くて、何より優しい。お年寄りの荷物を持ってあげてるところを見たとか、木に引っかかった風船を取ってあげてたとか。それ本当?って疑いたくなるような話も相手が虎杖君なら頷ける。
     さっきの私みたいに咄嗟の時に助けられた子も多くて、そのせいか陰でリアコ製造機と言われている。あとはヤンキーアイドル、ミルコの生まれ変わり、優しい鬼神、ゴリラ等々。後ろ二つは悪口じゃないかと思うけど、喧嘩が強いとか力持ちとか、そういうところからついたあだ名っぽい。
     実際、虎杖君は力持ちだし、今度陸上で全国大会に出るくらい足が早い。どのスポーツも上手くて、「虎杖がいるチームが大体勝つ」って言われているらしい。
     その話を裏付けるように、ネットの向こうでは今まさに虎杖君がコートの中を駆けていた。男子達はバスケの試合中なのだ。
    「虎杖!」
     チームメイトに呼ばれた虎杖君が大きく跳躍する。リングに向かって投げられたボールを空中で受け取ると、そのままガンッと気持ち良くゴールに叩き込んだ。
     わぁと向こうとこちら、両方から歓声が上がる。虎杖君はチームメイトにもみくちゃにされていた。
    「やば、今の」
    「めちゃくちゃ跳んでるよね。さっすが」
     このままなら話の通り虎杖君のいるチームが勝ちそう。と、思った時だった。
     相手チームから始まったボールが弓形に投げられてフロントコートに運ばれる。落ちた先で待っていた男子は、それを片手で受け取ると殆ど動くことなくリングへ向かって投げた。綺麗なフォームで放たれたボールは、これもまた綺麗な弧を描いてリングに吸い込まれ、軽い音を鳴らしてネットを潜り抜けた。
     体育館が静まり返り、一瞬後にまたわっと歓声が上がる。でも決めた当の本人ーー五条君は涼しい顔だ。ま、いつもそうだけど。
    「…ヤバない?」
    「うん、ヤバいね。流石王子」
     王子、というのは五条君のあだ名というか、通り名だ。由来は単純、見た目が王子みたいだから。
     五条君は一言でいうなら「美」って感じだ。芸能人が裸足で逃げ出しそうな綺麗な顔に、モデルみたいにすらりとした身体。スポーツ万能で頭もめちゃくちゃ良い。多分、この前の期末考査もまた満点で一位を取るんだろうなってくらいの天才。いつもクールで大人びてるけど、特別性格が悪いとかそういう話はきかない。というか、スペックが違いすぎてみんな五条君を遠巻きにしている感じだった。
     ただ一人を除いて。
    「虎杖!」
     コートの中で虎杖君のチームメイトが声を上げる。ボールを寄越せという合図だろう。呼ばれた虎杖君も素早くそっちにパスを出すーーけど。
    「悠仁」
     声が響いた途端、ぐりんとボールの軌道が変わった。ギリギリのタイミングで虎杖君が曲げたんだろう。ボールが向かった先にいたのはチームメイトじゃない、五条君だ。
     五条君はそのままゴール下までボールを運び、華麗にダンクを決めた。「きゃー!」と黄色い声が飛ぶ。これもよくあることだった。というかもう、女子は誰もバレーなんてやっていない。先生も含めて全員向こうのコートに釘付けだった。
    「悟!今のズルだろ!」
    「引っかかる悠仁が悪い」
    「ッ…くっそ、ぜってぇやり返す!」
     子供みたいに虎杖君がムキになって五条君に突っかかっていく。五条君も五条君で、普段のクールっぷりはどこ?な感じで「やれるもんならどーぞ」と挑発的に笑っていた。うわイケメンの破壊力がすごい。
    「あの二人仲良いよね。そういやさっきも一緒だったわ」
    「何それ、聞いてない」
    「詳しくはよはよ」
     友人二人に急かされ、私はついさっきのことを思い返した。


     あれはそう、虎杖君のギャップにキュンキュンしてすぐのことだった。その虎杖君の後ろからぬっと人影が現れた。白くて綺麗で、あと「でっか」とつい思ってしまう、五条君だ。
    「悠仁。早くしねぇと着替える暇なくなるぞ」
    「おー悪い悪い」
    「ったく、鞄だけ持ってきて中身はロッカーってどういうことだよ」
    「いやほら朝練で時間ギリギリだったからさ、鞄ん中に入れる暇もなかったんだって」
     ロッカーからまさにその体操服を取り出す様子を見て、今朝の虎杖君がホームルーム直前に飛び込むようにして登校してきたのを思い出す。クラスの女子を抱えていたのもあってかなり目立っていたけど、あれは朝練終わりだったのか。成る程。
     一人納得しつつ、それどころじゃ無いことを思い出す。そうじゃん、早く着替えにいかないと。
     五条君の横をすり抜けて教室を出てすぐだった。
    「悠仁」
     ビクッとしてしまうくらい、低い声が聞こえた。五条君の声だ。
    「お前、今朝みたいなのは二度とすんなよ。絶対遅れんな」
    「え、うん。そのつもりだけど……てか今日も遅れてはねえじゃん。セーフだって」
    「アウトだ馬鹿」
     吐き捨てるように言う五条君は、声だけでも分かるくらい機嫌が悪そうで、私は足早にその場から離れた。


    「……ということがありました」
    「いやマジで仲良いな」
     そう。あの二人は仲が良い。この学校で五条君がまともに話をするのは虎杖君くらいだし、虎杖君も一番一緒にいるのは多分五条君だ。
    「幼馴染なんでしょ、あの二人」
    「いいよねえ、私も五条君の幼馴染になりたかったなあ」
     これはあの二人が幼馴染だと判明した時からよく言われてきたことだ。特に五条君は引くくらいにモテるから、虎杖君を羨む女の子は多い。五条君が近寄りがたいのもあって余計に幼馴染ポジが羨ましく映るのだろう。
    「私は虎杖君がいいな」
    「夢見てんねぇ。てか王子といえばさあ、アレ聞いた?」
    「聞いた。どう思う?」
    「いまだに受け入れられない」
     だよねえ、と口を揃える。二言目には「だってあの王子だしね」と出てきた。
     ここでいうアレとは、五条君に好きな人がいるという噂のことだ。
     これまで五条君はどれだけ可愛い子に告白されても悉く「興味ない」とバッサリ断っていた。普段も普段でどれだけアプローチされようと涼しい顔で躱していたし、特別親しい子が現れたこともなかった。おかげで「あの顔で実は超硬派」とか「小さい頃からの婚約者がいる」という噂まであった。
     なのにここにきて「好きな子がいるから付き合うのは無理」と言ったというから、そりゃもうみんな大騒ぎだ。
    「そもそもそれホントなの?」
    「告白した子がそう言って断られたらしいよ」
    「そうそう。『すっごく可愛い子で、その子以外は考えられない』って言われたって」
    「ガチなやつだよね」
     そう、ガチな言い方だ。そんなことをあの五条君が言ったなんて信じられない。でも、この噂には続きがある。
    「昨日、隣のクラスの女子と一緒に帰ってたらしいじゃん」
    「あのふわふわ系の子ね」
    「じゃあその子が五条君の好きな子ってこと?」
    「って噂だけど、真偽はまだ謎」
     謎、と言いつつもこの話は結構みんなしてる。それだけ衝撃的だったのだ。
     こんな言い方をするとよくないけど、五条君は誰かと付き合うとか彼氏とか、そういうことからは遠いイメージだった。実際、一部の女子達は五条君を神様みたいに崇拝してる。私はそこまでしないけど、ただ浮世離れしてるなとは思っていた。冷めてるというか、達観してるような感じ。
     ただ、そんな五条君が年相応に見える時がある。虎杖君と一緒にいる時だ。二人で話している時はよく笑うし、ふざけて虎杖君を揶揄っている姿は普通の高校生って感じがする。
     今もそう。五条君がダンクを決めて、虎杖君がスリーでやり返して。その度に二人は言葉を交わしたり、視線でやり取りしている。敵チームなのに仲が良さそうで。
    「……いいなあ」
     どちらに好きな人がいようと、彼女が出来ようと、きっと二人は今まで通りなんだろうな。それがひどく羨ましくて、そして眩しく思えた。



     結局、時間が来ても決着は付かなかった。
    「まーた引き分けかよ」
    「個人得点なら悠仁より俺の方が上だけどな」
    「バスケは団体競技!」
    「言うと思った」
     そんな二人の会話を遠くに聞きながら、それぞれ更衣室へと向かう。この後は昼休みだ。
     着た時よりは少しゆっくりめに着替えを済ませ、友達と教室に戻る。机を三つほどくっつけて、それぞれ弁当を広げた。
     ちなみに二つ隣が五条君の、その前が虎杖君の席で、二人はいつも一緒にご飯を食べていた。
     五条君が今日も大きな弁当を広げて、箸を取ろうとした時だった。
    「悟君!」
     声がした瞬間、クラスにいた全員がそっちを見た。
     教室の出入り口から五条君を呼んだのは、隣のクラスの女の子だった。その子は周囲の視線も何のその。むしろそれが心地良いくらいの顔で五条君の元へと駆け寄った。
    「お昼一緒に食べよう」
     その一言に「あの子だ」と誰かが最初に言った。
    「噂の子だよ」
    「え、じゃあアレって本当だったの?」
     聞こえてきた声に私も友達と顔を合わせる。え、嘘、マジなのこれ。
     教室内に緊張が走る中、その子は持ってきたらしい弁当を広げた。料理が得意だと自慢げに話す声に、他の女子からはやや不穏な気配が漂い始める。ヤバいなこの空気。
     でも、その子はもっとヤバかった。
    「これ悟君のお弁当?なんだか茶色くて地味だし、あんまり美味しくなさそうだね」
    「……ふざけんなあの弁当は地味弁ってだけで中身めちゃくちゃ手ぇ込んでんだよ」
    「いや怖」
     ボソッと返す友達に思わず引いたけど、でも内容は同意する。前に覗き見た時の弁当は地味だけどおかずも多くて美味しそうだった。ちなみに一緒に食べてた虎杖君もほぼ同じ中身だったから、多分五条君の親御さんが作ってあげてるんだろう。虎杖君は家庭の事情で一人暮らしって言ってたし。
     そんな弁当を、女の子はくすくすと嫌な感じで笑う。というか人の弁当にケチつけるってさ、この子ちょっと、いやかなりヤな子じゃん。五条君はこんな子がいいのかな。
     次に五条君が何を言うかとドキドキしていると、先に虎杖君が動いた。その子に「ここ座んなよ」と声を掛け、自分の席を譲っている。聖母がいる、と友達が溢した。分かる。
    「俺別んとこで食べるわ」
    「……悠仁」
     五条君が呼び止めても虎杖君は振り返らず、静かに教室から出て行った。きっと気を遣ったんだろう。さすが虎杖君。
     でも、そうなるとやっぱりあの子が五条君の彼女というのは本当っぽい。五条君が虎杖君以外とご飯を食べるなんて初めて見るし。
     周りもそう思ったみたいで、お通夜みたいな顔してる子もいる。私もそこまでとは言わないけど少なからずショックだった。
    「いや趣味悪すぎじゃん」
     そう、それな。ホントそれよ。嫌なこと言ったり、彼氏の友達押し退けるとか最低だし、それを許してる五条君も五条君だ。
     けど仕方ない。外野に言えることはない。大人しく自分のお弁当を食べよう。友達と視線を交わして頷き合った。
    「お友達もああ言ってたし、一緒に食べよっか」
     その子はそう言って座ろうとした。はいはい、精々二人の世界で楽しく食べるといいよ。そう思った時だ。
    「最悪」
     底冷えするような声に続いてチッと舌打ちまで聞こえてきた。誰のって、五条君だ。
    マジかよ。ありえねぇだろ。何でそうなんだよ、くそっ…やっぱ無謀だったか……あーほんっと最悪、ぜってぇ勘違いしてるし」
     よく分からない悪態をつきながら、五条君は広げた自分のお弁当をまた包み直していた。やっぱりその子と一緒に食べるのかと思いきや、そのまま椅子を引いて立ち上がった。
    「あ、あの、悟君、お弁当…」
    「………あぁ、まだいたのか」
     あまりに冷淡な言い方にゾクッと背筋が凍った。今日、体育前のあの時に聞いたのより、もっとずっと冷たい声だった。
    「なに」
    「えっ…と、お弁当、作ってきたから一緒に、」
    「そうじゃなくて。お前、なに。なんなの」
     五条君が真っ直ぐにその子を見た。その子は凍りついたように動かなかった。
    「昨日といい、勝手に纏わりついてきて人のもんにケチつけて、何がしてぇの?自分で作ってきたなんて嘘までついて」
    「……嘘じゃないし」
    「へえ〜……じゃあ、いいこと教えてやろうか。駅前の弁当屋、知ってるか?パン屋の隣。あそこの店、最近孫がやってるから見た目が綺麗な弁当も置いてんだよ。写真映え狙ってるんだと。でもちゃんと宣伝のためにカップに店のロゴが入ってんの。ほら、こことか。……知らなかったって顔だな」
     ウケる、と五条君が笑う。初めて見る顔だ。綺麗すぎて怖い、そんな顔だった。
    「買ってきた弁当を詰め替えただけで自分が一から全部作りましたぁってよく言えたな、図太すぎんだろ。そこまでして俺の彼女面したかった?ははっ、必死かよ。マジでウケんだけど」
     せせら嗤う五条君にその子の顔がどんどん青褪めていく。無理もない。私たちだって、こんな五条君は知らなかった。そりゃ殆ど喋ったことないけど、少なくとも虎杖君と話してる五条君はもっと優しくて、楽しそうでーーーこんな、攻撃的じゃない。
     戸惑いが教室全体に広がる。これどうにか出来るの虎杖君しかいなくないか。天使はよ戻ってきて。
     なんて願いは届かず、五条君は不機嫌そうなまま教室の出入り口へと向かう。縋るようなその子の視線も、周囲の困惑も全部無視だ。
     出入り口や廊下に集まっていたギャラリーがザッと通り道を作ったところで、五条君は立ち止まり背中越しに振り返った。
    「言い忘れてた。……次はねえからな」
     何がとも、誰がとも言っていない。でも、その場にいる全員が震え上がった。素手で心臓を掴まれたような、そんな気分だった。
     静まり返った教室から、五条君はもう用はないとばかりに静かに出て行った。



    「……ってことがあったんだけど、その五条君と虎杖君で合ってる?」
    「合ってる」
     それはもう神妙に頷いたのは、私の彼氏だ。同じ塾に通っていて、友達の紹介で付き合うことになって約三ヶ月。今日はデートで映画館に来ていた。上映までの時間潰しにと併設されているイートインコーナーに座ったのが少し前だ。
     で、話題のひとつとして「うちの学校に凄い二人がいる」と話したところ「それ俺が小中一緒だった二人かも」と返ってきて。まさかと答え合わせも兼ねて最近の出来事を話してみると、見事一致した。
    「世間て狭いね」
    「な。というかあの二人が目立つんだよな。うちの学校で知らない人はいなかったと思う」
     マジか。いや、今も似たような状況だとは思うけど。
    「昔から凄かったよ。タイプは違うけど、どっちも人気だった。特に五条は女子から告白もされてたな。ま、それも例の放火事件から減っていったけど」
    「……待って、放火事件って何それ」
    「あれ、知らない?有名だったんだけど……あ、そっか。アイツらと同じ高校に行った奴って殆どいないから噂になんないか」
    「知らない。そしてめっちゃ気になる。放火って、マジのやつ?」
    「違う違う。五条が虎杖のヤベー強火担って話」
    「……どういうこと?」
     強火担。意味は分かる。お姉ちゃんがそうだから。強火担かつ同担拒否でちょっと面倒くさいんだけど、五条君もそうってことなのかな。
     彼氏はこほんと勿体ぶったように咳をした。
    「アイツらさ、ぱっと見だと虎杖が五条に絡みに行ってて、五条はそれに付き合ってる、みたいな感じあるじゃん」
    「あーあるね。五条君が他の子達とは殆ど連まないから、余計に虎杖君といると目立つんだよね」
    「そうそう。実際は五条がべったりって感じなんだけど、こう、思い込み激しいっていうか、五条の熱狂的なファンの女子達はさ、虎杖がいるから五条と仲良くなれないって思うみたいで、たびたび虎杖に文句言ってたみたいなんだよ。五条に付き纏うなって」
    「え、こわ。付き纏うも何も友達じゃん」
    「だろ〜。女子って怖ぇって思ったよ。んで、虎杖は気にしてなかったみたいなんだけど、多分、それが余計にあの子達はムカついたんだろうな」
     確か、四年生の時だった、と彼氏は言った。
    「クラスの女子が携帯無くしたって言い出したんだよ。うちの小学校は校内で使うのはダメだけど、放課後に塾とか習い事があって必要だったら持ってくるのは良かったんだ。それで、その女子が絶対に持ってきてたって言うから、担任が念の為にっつってクラス全員に探させたんだ。机とかロッカーとかも。そしたら、虎杖の鞄の中から出てきたんだよ、その携帯」
    「えっ……」
    「勿論虎杖は知らないって。でも、その女子が盗られたと思ったのか泣き出して……さっき言った五条ファンの女子達が揃って虎杖を責め出したんだ」
    「嘘だ。それ、虎杖君は絶対やってないよ」
     子供の頃の虎杖君のことは知らない。でも、高校に入ってからのことは知ってるから言える。虎杖君は絶対に、人のものを盗んだり、わざと隠したりするような人じゃない。そんなことをして喜ぶような人じゃない。
     私の言葉に彼氏は大きく頷いた。
    「俺もそう思う。アイツいい奴だったし。その時も虎杖は犯人じゃないって庇う奴は結構いたんだ。でも、その女子達の方が声が大きいっていうか、ガンガン来るタイプでさ、そういうの男子は引くっていうか……担任もちょっとひ弱な感じのお嬢様みたいな若い先生だったから、そいつらに気圧されちゃって」
     そこからはその子たちが虎杖君を一方的に糾弾したという。特に酷かったのは虎杖君の家庭環境を持ち出しての悪口だったらしい。
    「虎杖の親って小さい頃に事故で亡くなってるんだけど、『構われたいから盗んだんだろ』とか、『五条に同情で優しくしてもらっていい気になってる』とか」
    「……マジ?」
     彼氏は頷いた。本当なら酷い子たちだと思う。虎杖君には勿論、五条君にも最低のことを言っている。
     思わず「最低じゃん、その子ら」と口から出た。彼氏はまた頷いていた。
    「虎杖も最初は『違う、やってない』って言い返してたけど、そのうち黙っちまった」
     そりゃそうだ。やってないことを責められ、勝手なこと言われて、ご両親のことまで言われて。きっと腹が立って、悲しくなっただろう。でも、虎杖君は優しいから女の子相手に強く言い返したり、怒ったり出来なかったんじゃないかな。だからきっと黙るしかなかったんだ。
     その時の虎杖君のことを思うと胸がぎゅっと痛む。
     そこまで思ってあれ、となった。
    「待って、当の五条君は?黙ってたの?」
    「その時まではな。今思い返すと不気味なくらいに静かだった」
    「と、いうことは……」
    「そ。そっからが凄かったんだよ」


    「謝りなよ、虎杖」
    「泣いちゃったの虎杖のせいだよ。女子泣かせるとか最低」
     黙り込む虎杖に女の子達が詰め寄る。嫌な空気が教室中に流れた、その時だった。
    「それ、俺のだよ」
     みんなが一斉に五条の方を向いた。
    「先生。電源付けて画面を確認して。待ち受けに俺と悠仁が写ってるから」
     言われて担任が携帯の電源を入れると、確かに五条と虎杖が並んで写っていたようで、泣いていた女子も「本当だ、私のじゃない」と言った。
    「やっぱりな。俺の鞄に悠仁の筆記用具が入ってたから、もしかしてと思ったんだ。昨日一緒に勉強した時に荷物が混ざって紛れ込んだんだろ。よくあることなのにタイミングが悪かったな」
     五条の言葉にみんなが緊張を緩める。ほらやっぱり虎杖君じゃなかった、でもそれならあの子の携帯はどこにあるのかな、とざわざわしだす。すると五条は携帯を無くした女子に番号を聞いていた。
    「鳴らした方が早いだろ。本当は使っちゃダメだけど、緊急事態なんだからいいよね、先生」
     ダメと言えるような空気じゃなかったし、その女子も五条の番号が手に入るならと思ったのか教えていた。
     そして、すぐに五条が電話をかけた。
     一瞬静まり返った教室内に電子音が鳴った。ついさっき虎杖を責めていた女子の机からだった。
     担任が携帯を取り出して、持ち主の子に確認すると、確かに待ち受けにはその子とその子の飼い猫が写っていた。
    「え…じゃあ盗んだのって…」
    「わ、私は盗んでないっ!」
     女子は否定したけど、みんなは信じなかった。
    「さっき虎杖がとるとこ見たって言ってたよな?」
    「本当は自分が犯人ってバレたくなくて虎杖のせいにしようとしたってこと?」
    「うわ最低じゃん」
     教室がまたざわつきはじめた中、五条が静かに言った。
    「謝れよ。そいつと悠仁に。他の連中も、散々悠仁のこと犯人扱いして色々言ったよな。早く、謝れ」
    「っ…」
     そいつらは顔を青褪めさせて震えていた。謝らなきゃと分かっているんだろうけど、動けなかった。そのくらい、五条は怖かった。
    「謝れねえの?お前ら言ってたよな、盗んだやつが悪いって。何だっけ、親がいないから構ってほしくてやったって?じゃあお前は?親はいるけど構ってほしくてやったわけ?」
    「っちがッ…」
    「あと何だっけ。ああ、俺に同情で優しくしてもらってるって?いい気になってるって?それにムカついたから……だから、悠仁のこと嵌めたのか?」
     ひ、と誰かが声を漏らしたけど同じ気持ちだった。
     怖かった。親や先生に怒られた時より、怖い話を聞いた時より、調子に乗って高いところから落ちた時より。ずっとずっと、怖かった。
    「悠仁の評価を落として、孤立させて、俺が離れるとでも思ったのか?ハッ。馬鹿だろ。こいつは盗みなんて絶対やらねえし、女を泣かせることもしない。そんなの他の誰より俺が知ってる。お前らだって分かってやったんだろ。こいつがお人好しで女に強く言い返せないって分かってて、好き勝手言ったんだろ。ふざけんなよ。さっさと謝れよ。こいつに、悠仁に謝っ、」
    「悟。もういいよ。俺は大丈夫だから」
     まだまだ続きそうな五条を止めたのは、やっぱり虎杖だった。
    「疑いも晴れたしもういいって。それにさ、その子も盗んでないって言ってるし、もしかしたら拾ったのを返しそびれただけかもじゃん。持ち主が誰かわかんなかったとかさ」
    「……悠仁、お前なあ」
     五条はまだ何か言いたげだったけど、虎杖が首を振ると引き下がった。
    「んでもさ、大事な携帯無くして不安だっただろうから、あの子には謝ろうぜ」
     そう言うと、虎杖は携帯を無くした子の方を向いて謝った。
    「ごめんな、俺も紛らわしいことして。携帯見つかってよかったな」


    「で、他の奴らも謝って一件落着」
    「……マジか。虎杖君、人間できすぎじゃん」
     私なら絶対に謝ってもらうまで許さない。というか謝っても許さない。だって、自分のことを嵌めようとした相手だ。
    「その子ら結局クロだったの?」
    「さあどうだろ。一応、本人も返しそびれただけって言ってたけど」
    「怪しい……」
    「だよなあ。ただその一件から大人しくなったな。五条にキャーキャーいうことも無くなったし」
    「へー…ってそう!五条君だよ!虎杖君のことで飛んでってたけど、え、ヤバくない?虎杖君ガチ勢じゃん。あとどことなく同担拒否の匂いもする」
    「匂いって…でもそれ多分当たってると思う。五条の前で虎杖の話をするとマウント取ってくるから」
    「マジか。そりゃ強火担だわ」
    「だろ。だからあの件は五条の放火事件って言われてる」
     成る程。虎杖君強火担の五条君が女の子達を震え上がらせるほどガチギレて焼き尽くしたってわけね。ガチ勢つよ。てかこっわ。
     そういう意味ではあの時のことも放火事件になるのだろうか。いやでもあれは虎杖君どうこうというより、五条君がただただ迷惑なファンを退治したって感じかな。どちらにしても怖い。
    「う…なんか寒気してきた。あったかいもの買ってこようかな」
     もう夏だというのに肌寒い。飲み物で体を温めようと、鞄から財布を出して席を立つ。
    「俺買ってこようか?」
    「ううん、何にするか見て決めたいから大丈夫だよ。何かいる?」
    「いや、俺はこれまだ残ってるから。ありがと」
     彼氏を残してレジに向かう。少し悩んで小さいサイズのカフェオレを頼み、受け取ってすぐのことだった。
     席に戻ろうとそちらを見ると、見知った姿を見つけた。虎杖君だ。
     虎杖君は彼氏のところに駆け寄り、話しかけていた。そんなことをするくらいだから、仲が良かったのかもしれない。
     と、辺りの視線が一点に集まっていることに気がつく。それを辿ると虎杖君のすぐ後ろーー五条君に行き着いた。
    「うーん、流石としか…」
     その五条君は虎杖君の後ろで特に興味なさそうに立っている。私服姿を初めて見たけど、そのスタイルも合間ってまるでモデルだった。そりゃ視線も集めるはずだ。
     ん?あれ待って、私この後あそこに行くの?マジか?いや、マジか。
     気は乗らないけど彼氏を放っておくわけにもいかない。ゆっくりと近づいて行くと、先に気づいた五条が私を見て一瞬眉を寄せた後、フッと笑った。うわ顔面強い。
     思わず赤面していると、五条君が後ろから虎杖君に呼び掛けた。
    「悠仁。お前、せっかくのデートなのに何してんの」
    「はぁ!?ばっ…おっおま、デートって何言って……!」
    「悠仁こそ何言ってんだよ。だってデートだろ。ほら」
     五条君が体をずらせば、虎杖君からは見えない位置にいた私が出てくる。虎杖君はポカンと口を開けたかと思うと、数秒後に「うわごめんっ」と大きな声を上げた。
    「邪魔したよな!?悪い、そういうつもりなかったんだけど…!」
     事態を飲み込んだらしい虎杖君が私の名前を呼びながら謝ってくる。慌てて手を横に振った。
    「気にしないで、大丈夫だから!」
    「う、マジごめん。まさかデート中とは思わんくて……てか悟も気付いてたんならもっと早く言えよっ」
    「言う前に声掛けたのは誰?」
    「……」
     うーんこれは虎杖君の負けかな。押し黙った虎杖君に五条君が満足げに微笑む。あぁ、ちょうど五条君の直線上にいるお姉さんが机に突っ伏して身悶えてるのが見える。お気持ちは分かります。
    「お前ら二人相変わらずだな。目立ちすぎ」
    「俺は普通だって。悟がパワースポットなだけ」
     パワースポットとはなかなかの表現だ。拝んでる人もいるくらいだし。
     ふんふんと納得していると、時計が目に入った。
    「あ、そろそろかな」
     もうすぐ入場の時間だ。始まるまでには時間があるけど、私は冒頭の予告から観たい派なのだ。手早く荷物を纏めていると、虎杖君が彼氏に何を見るのか聞いていた。
    「まさか被ってねえよな」
    「いやそれはないと思うぞ」
     で、お互いタイトルを言えば、虎杖君と彼氏が言ったのは違っていた。虎杖君達はヒーローが世界を救う話で、私達のは話題の恋愛物だった。
    「おぉ、デートっぽいじゃん」
    「うっせ」
    「ははっ、悪い。久しぶりに会ってちょっとテンション上がっちまったわ。これ以上は邪魔になるし、またな」
    「おー」
     虎杖君は私の名前を呼ぶと、彼氏に聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁いてきた。
    「あいつのことよろしくな。大丈夫、すげぇ良い奴だから」
    「っ…うん」
    「んじゃ、デート邪魔してごめんな。映画楽しんで」
     バイバイ、と虎杖君が手を振る。五条君は相変わらず立っているだけだったけど、寧ろそれが通常運転で少し安心した。
     二人と別れ、私と彼氏は入り口に並ぶ。すでに入場は始まっていた。
    「仲良かったんだね、二人と」
    「二人ってか、虎杖とはまあそれなりに。つーかマジで五条が何も変わってなくて笑った。虎杖の後ろにずっと立ってるし。ああいうの後方彼氏面っていうんかな」
    「あはは。かもね」
     ちらりと二人の方を見ると、五条君が虎杖君と笑っているのが見えた。
     とても幼馴染のガチ勢強火担同担拒否で、後方彼氏面をするようには思えない、ただの男子高校生のような笑顔だった。


    END

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