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    いをる

    じゅじゅつのこばなし。
    75の民。

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    いをる

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    *五条先天的女体化*
    *妊娠ネタ*
    *『最後の恋をはじめよう』の続編*

     キミのお父さんになる人は、温厚篤実。とても真っすぐで誠実で、ちょっとお堅いところもあるけど、私のことが大好きで、キミのことも大切にしてくれる素敵な人なんだよ。

     午後十時。灯りを落とした部屋の中で目を開けた。寝つきが悪い時は決まって、お腹に向かって語りかける。返事はないけど、きっと聞こえている。
    「たいくつだね」
     声が聞きたい。枕元に置いた携帯電話を手にした。
    「いいのかな。電話しても」
     時間帯としては遅すぎるということもない。きっと、まだ七海も起きているだろう。でも、任務帰りで疲れているかもしれないし、明日は早い時間に出る可能性もあるし。
     画面に表示された名前と電話番号を見つめながら逡巡の時間が延びていく。
    「いいんじゃないかな……電話しても」
     婚約者なのだし。と自らの立場を強調して納得させて発信ボタンを押した。
    『こんばんは』
     三コール目で相手は出た。
    「こんばんは」
    『ちょうどケータイ見てました。一コール目の途中で出たら、食いつきすぎかと思って我慢したんです』
     息を漏らして笑う声が微かに聞こえた。
    「ネタばらししたら意味ないじゃん」
     低くて透き通った声。自然と鼓動の間隔が短くなる。
    『それもそうですね』
     ささめき声で笑い合う。
    『実は電話しようか迷っていたところでした』
     何か重要な話だろうか。上体を起こして部屋の照明を灯した。
    「そうなの?何かあった?」
     まさか、七海も同じ気持ちでいたのだろうか。なァんて……
    『貴女の声が聞きたくて』
    「うッ……」
     死因、七海建人。俄かに心臓がうるさい。
    『どうされました?』
    「いやぁ、七海は甘えんぼだなぁ、可愛いなぁと思ってね」
     取り繕って見せたって、掘っているのは墓の穴。
    『否定しませんよ。それで……五条さんは、どういったご用件で?』
    「あー……」
     ここはひとつ、似たもの夫婦ということで。
    「特に何も。七海の声が……聞きたかった」
     しばしの沈黙。ガラじゃないのはわかってる。引かれてしまっただろうか。だが、残念。ドン引きされたところで、私はオマエを手放したりはしないからな。
    「あの……七海?聞こえてる?」
    『すみませんでした。急に心拍数が上がってしまって……』
     そんなこと言われたら声だけじゃ満足できなくなる。
    「ウォーミングアップ完了だね」
     私が望めば何でも叶えてしまう男だ。言ってもいいものなのかと僅かに躊躇いはするけれど。
    『ええ。少し走りたい気分です』
     言外に「言って下さい」を滲ませた言葉。五条にとってはそれで十分だった。
    「じゃあ……寮から地下室くらいまでがちょうどいい距離なんじゃない?」
    『走り慣れたコースですね。すぐに行きます』
    「うん。待ってる」
     通話を終えて、五条は腰かけていたベッドから立ち上がった。
    「お茶の準備しよう」

     マグカップに緑茶を注ぐよりも早く、ドアが外から叩かれる音を聞いた。
    「すぐいく」
     返事をすると、五条は出入り口に向かいドアを開けた。
    「ただいま」
    「おかえり」
     いつかこれが二人の日常になるのかと思うと、何とも面映ゆい。
    「ふふ、鼻、赤くなってる」
     冷たくなった鼻の頭を摘まむと、七海はくすぐったそうにきゅっと目を閉じた。
    季節は冬真っただ中。寒空のもとを走って会いに来てくれた恋人。
    「やっぱり、声を聞いただけでは満足できそうもありませんね」
    「うん」
     触れられる距離にいるなら尚更。
    「お茶淹れるから、座ってなよ」
    「ありがとうございます」
     七海が脱いだコートを受け取ってハンガーに掛ける。
    「その恰好の上にコート着てたの?」
    「着替える時間が惜しくて」
     部屋着にしているネイビーのスウェットの上下。何ともちぐはぐな服装だった。
    「そっか。ふふ、ありがと」
     やっぱり、電話してよかった。と五条は胸を撫でおろした。
    「でも、ちょうどよかったです。電話ではなく、顔を見て報告したいことがあったんです」
    「私に?」
     緑茶を注いだマグカップをローテーブルに二つ並べながら、五条が首を傾げた。
    「はい。決まったんです。昇級の最終試験が」
     任務地に同行することができない五条は家入や夜蛾から七海の近況を聞くことが多かった。負傷することもあるが、概ね恙なく任務をこなしているときいているが、最後の関門が現れたというわけだ。
    「どんな相手とか、場所とか……聞いてる?」
     少しでも詳しい情報が欲しかった。自分でも何か役に立てるかもしれない。
    「郊外の廃病院だそうです。何というか……病棟全体が一体の呪霊になっていると聞きました」
     未だに調査中とのことだが、近日中に派遣の目途が立ちそうなのだとか。
    「ええ。何ソレ。面白そう」
    「ダメですよ」
     俄かに両目を輝かせる五条を七海は嗜めた。
    「私だったら、一瞬だよ?」
     術式を反転させて、最大出力で放出する。それでカタが付く。そこら一辺を更地にしてしまうことになるが。
    「私の昇級試験なのですが」
    「ケチー!私も呪霊祓いたい!」
     このままでは体がなまってしまいそう。
    「ちゃんと貴女の力が必要とされる時だって来るはずですから、ね!」
    「……わかった。我慢する」
     不満げに尖らせた唇が七海の目には煽情的に映るが、煩悩を追い払う。
    「それで、アドバイスをいただけないかと」
    「アドバイス?」
     そうは言っても、最近は七海が戦うところを見ていない。
    「私の戦い方について気を付けるべき点があれば、一つでも潰しておきたい」
     そうだな。と五条は顎に手を当て考える。過去、同行した任務の際に気になった点は確かにあった。
    「七海の戦い方はさ、呪具を用いた近接戦闘型でしょ」
    「はい」
     五条の表情から甘えたがりな恋人の色が失せたのを見て、七海は背筋を伸ばした。
    「力で押すわけじゃない?実際、膂力もある。プラスアルファで呪力を乗せなくちゃいけないんだけど、バランスが悪い……いや、ムラができる時がある」
     目を閉じて記憶の糸を手繰り寄せる。
    「常にじゃない。ある時だけ……そう、呪霊をあと一撃で祓えるってなると、途端に力任せになる」
    「無意識でした。焦っているということでしょうか」
    「かもね。早く殺して脅威を排除したい。その気持ちもよくわかる。結果、祓えているから問題はないのかもしれないけど、とどめを刺す瞬間が一番大事だ。向こうだって相打ち覚悟でカウンターを放ってくる可能性もある」
     実戦を離れているとはいえ、当代最強の呪術師の横顔は真剣だった。
    「確かに、仰る通りです」
    「一朝一夕で身につくものじゃないけど、まずは集中力。あとは、呪力の流れを意識してみて」
    「はい」
    「呪力量を制御できれば、ロスも減る。そうしたら、強い相手と戦った時にも余裕が生まれる。でしょ?」
     説得力のある言葉に深く頷く。
    「オマエならできるよ。くれぐれも私を未亡人にするなよ?」
    「それは勿論です」
    「頑張れ。期待している」
     そう言って表情を和らげると、何かを思いついたように目を丸くした。
    「あ、これって、アレじゃない?」
    「どれでしょう」
    「パジャマパーティー!」
    「にしては随分と物騒なトピックですが」
     それでもニコニコと楽しそうにしている五条を見て、七海は先ほどまでの緊張を解いた。
    「何かもっと相応しい話題はないでしょうか」
    「そうだね……あ、あるよ。苗字の話」
    「苗字?」
     照れたように視線を逸らしてマグカップに口を付ける。
    「耳、赤くなってますよ」
    「うっさい!……だから、私が言いたいのはさ」
     ず、と音を立てて緑茶を啜る。少し、苦い。
    「……七海悟になるのかな、って話で、」
    「え!」
     七海は短く声を上げて、少しだけ考え込んだ。
    「てっきり、私が五条建人になるものだと……」
     彼女には、当主となって家を率いていく責務がある。
    「名前がどうなろうと、私が五条の家を引っ張っていくのは既定路線だよ」
     御三家をはじめとした呪術界の当たり前を変えていきたい。自分が変革の力を手にするまでは五条家のネームバリューをとことん使い倒してやろうとは思っているのだが。
    「家の連中は私を頼りにするしかないもの」
     それにさ、とはにかみなながら続けた。
    「病院とか、銀行とか……『七海さん』って呼ばれて返事、してみたいじゃん?」
     落ち着きかけた心音がまた早まるのを七海は感じていた。
    「五条さん」
    「なに?」
    「本当にかわいい人ですね。貴女は」
     その時の七海の真剣な表情ときたら。
    「真顔こわ……」
    「惚れ直しました」
    「ふは、何だそりゃ!」
     吐息交じりの笑い声が漏れる。
    「そっか。でも籍を入れることについても考えていかないとね。七海って誕生日いつ?」
     静かな印象から雪深い冬を連想させるが。
    「七月三日ですよ」
    「マジ?夏男じゃん!みえねー」
    「そうですか?そういう五条さんは」
     口を付けていたマグカップを離して。
    「私?十二月七日」
    「は?」
     今は一月の松の内も明けたころ。
    「うん?」
    「何で教えてくれなかったんですか!?過ぎちゃってるじゃないですか」
     誕生日プレゼントを渡して、ケーキ食べてお祝いしたかったのに。と七海は嘆いた。
    「でも、クリスマスに硝子と七海の三人で楽しいクリパしたじゃない」
     プレゼント交換で、家入と七海からの大量のマタニティ用品、ベビー用品の贈り物で埋もれる羽目になったのは記憶に新しい。
    「そういうことじゃないんですよ」
     予想外にヘコんで見える傍らの恋人に五条は何と声を掛けるべきかと考えあぐねる。
    「一緒にいられたらそれでいいかなって。これから先、ずっと一緒にいられるんだし、誕生日だって何回でもお祝いできるよ」
     でしょ?と顔を覗き込む。
    「そうかもしれませんけど……」
    「来年からは私と七海と子どもの三人分のお祝いしないとね」
     目を細めてくしゃりと笑う顔は未来への希望に満ちている。
     言えば言うほど白々しくなってしまいやしないかと思うが、そう感じたのなら、口にせずにはいられない。
    「五条さん、すっごく可愛いです」
    「はぁ?今、そんな要素あった?」
     ぽかんと口が開いてしまうのも致し方ない。
    「大アリでしたよ。気を付けてください」
    「いや、何をだよ」
     オマエのこと、時々ちょっとわからなくなる。と五条は首を傾げた。
    「あ、そういや、忘れてねぇよな。明日の午前中」
     勿論、忘れるわけがない。七海が楽しみにしている予定の一つ。
    「覚えてますよ。両親学級ですよね」
    「忙しい時なのに、悪いな」
    「私もしっかりと父親になる準備と心の準備をしておかないといけませんから」
     意気軒高に鼻を鳴らす。オマエなら、立派なお父さんになってくれるよ。
    「お茶、ごちそうさまでした」
     空になったカップを両手に七海は立ち上がった。シンクの前に立ち、手際よく洗い物を済ませると、
    「そろそろ部屋に戻ります」
     と名残惜しさを滲ませつつ、五条の髪を撫でた。
    「は?帰るの?」
     泊って行かないの?と目を丸くする。
    「ベッド、端に寄ったら二人で寝られるよ?」
    「貴女と赤ちゃんに窮屈な思いをさせたくないのですが」
     その言葉は一理ある。
    「一緒に暮らすようになったら、二人の寝室には大きめのベッドを置きましょうね」
     前髪を掻き分けて、額に唇を寄せた。
     その滑らかな動作と言ったら。五条の心に波を立てるのに十分なほどだった。
    「オマエ……」
     好きだと意識するようになってから、どんどんカッコいい一面が見えてきて悔しいやら、嬉しいやら
    「都内の一等地。タワマンの高層階じゃないとイヤだからな」
     唇を尖らせて言う。
    「はい。甲斐性の見せどころですね」
     こともなげに笑ってみせて、抱きしめられる。
    「おやすみのキス、してもいいですか?」
    「ダメって、言ったら?」
     胸に顔を埋め、斜め上を盗み見る。
    「その時は……我慢します」
    「ちょっと強引に奪うくらいのことをしてみろよ」
    「強引にキスして失敗した過去があるので」
     げんなりと眉を下げる。
    「ふ、はは。でも、アレはけっこうときめいたけどね」
    「そうなんですか?」
     後から気付いたことだけど。と五条は頷いた。
    「やり直します。おやすみのキスしてもいいですか?」
    「ダーメ」
     そう言うと、指先で顎を優しく掬い上げられた。
    「そう、言わずに。どうか……」
     孔雀色の瞳が細められて、金色の睫毛で縁取られた瞼の上下が合わさる。
    「ん、」
     鼻にかかった吐息を残して、二人の唇は合わさった。
    「ドキドキしました」
    「私も。顎クイッはポイント高いぜ」
     照れ隠しに笑ってみせる。
    「なるほど。ここぞという時に使っていきましょう」
     抱きしめる腕の拘束を解いて、七海は一歩下がった。
    「おやすみなさい。また明日」
    「うん。また明日ね。おやすみ」
     手を振りながら、七海は地下室を出た。


    「こんなに小さな生き物をお湯につけても大丈夫なんですか!?」
     地域の子育て支援センターで定期的に開催されている妊娠中の女性と配偶者向けの両親学級に二人は出席しているのだが。
    「生き物て。言い方」
     本物の新生児と同じ大きさ重さの人形を大事に抱き、ベビーバスと格闘する彼の意外な一面に思わず顔がにやけてしまう。
    「小さいけれど、大丈夫ですよ。大人の肌だとぬるく感じるくらい。38度前後のぬるま湯にしてくださいね」
     女性講師のレクチャーは続く。
    「時間は十分以内で。赤ちゃんは沐浴でも体力を使ってしまいますからね」
    「なるほど。五条さん、ちゃんとメモ取ってますか?」
     必死な声まで可愛いじゃないか。
    「大丈夫だいじょうぶ。やってるよ」
     ごめん。オマエを見てるのが楽しくてちょっと疎かにしてた。
    「毎日の日課にしてください。時間帯も統一した方がいいですね」
    「五条さん!」
    「わぁってるよ!メモしてる」
     何か笑ってしまいそうだ。でも、笑ったら拗ねるんだろうな。
     茶化す意図はまったくない。一生懸命な七海の姿が眩しくて、頼もしくて、明るい未来しか見えないと思ったんだ。

    「では次に、パパになる皆さんに妊婦さんの疑似体験をしてもらいます」
     ヤバい。今この瞬間の七海を写真に収めたい。待ち受けにして、いつでもどこでも眺めたい。
    「その顔でマタニティスーツはねぇだろ」
     五条のツッコミもやむなし。真顔で、何なら険しい表情で七海は腹部が大きく膨らんだスーツを装着し、歩いたりしゃがんだりしているのだ。他の参加者からの視線もものともせずに。
    「足元が見えにくいですね」
    「うん。けっこう気を遣う」
     自分の場合は、歩きなれた高専の敷地内を散歩するのがメインだし、何かあっても無下限があるから転んで体を強打するなんてことはないが、神経質にはなっている自覚がある。
    「この状態で四六時中か……」
    「ふふん。えらいだろ?すごいだろ?」
     冗談めかして得意げに鼻を鳴らすと、
    「ええ。すごいです」
     と真っ直ぐな瞳で見つめられたから、何も言えなくなってしまった。
    「お、おう……」
     それが精一杯。
    「でも、ぶっちゃけそんな重くないよね」
     すぐそばで講習を受けていたカップルの男性が七海に囁き声で話しかけた。その言葉を理解するのには、少しだけ時間が必要だった。
    「まあ、純粋な重さだけで言えば」
     よく考えた上での発言だったが、五条をはじめとして、二人のやり取りが聞こえていたその場の女性たちの間に緊張が走る。
     オマエ、それはさすがに不用意な発言じゃないのか。てか、そんなこと言っちゃうわけ?と五条は気が気じゃなかった。
    「でも、それは我々ががっしりとした骨格と筋肉を持った男だからではないでしょうか。華奢で小さな体だと、きっと大変だと思います」
     七海は事実だけを静かに口にした。
    「それに妊婦さんが大変なのは、お腹の重さだけじゃないですよね」
     つわりがひどく、夜眠るのもままならなかった頃の五条を思い出していた。
    「あのスーツはあくまで外付けですが、女性は元から体にある器官で赤ちゃんを育てるわけですよね」
     書籍で得た知識と現実とを擦り合わせるのに、両親学級は七海にとって貴重な機会となった。
    「外側にお腹が大きくなるだけじゃない。他の臓器を圧迫しながら胎児は成長する……」
     本の中に描かれた胃や腸を押し潰しながら大きくなる子宮のイラストを思い出す。
     自分の体が自分だけの物じゃなくなる感覚には五条も覚えがある。
    「本当に大変な部分を体験できずに、想像するしかできないのは歯痒い思いです」
    「ま、汚ねぇ話だと、便秘とか頻尿とかね?」
     五条は努めて明るく彼の援護射撃を行った。
     自分の前では笑顔でいてくれることが多い五条だが、見えないところできっと苦労をしているに違いない。
    「個人差もあるでしょうから、本に書かれていることが全てだとは思いません。ですから、辛い時はできるだけ言葉にして伝えてほしいです」
     優しく言い含めるように。向けられた慈しみに溢れた眼差しに思わず、ここが公共の場であることを忘れてしまう。
    「うん。最近、背中と腰が痛くて。マッサージしてほしい……かも」
    「わかりました……五条さん、」
    「うん」
    「赤ちゃんを産む決断をしてくれて、ありがとう」
    「どういたしまして」
    「ふたりで頑張りましょうね」
    「うん」
     おいおいおい、変な空気になっちゃっただろ!と直前までは言おうと思っていた。しかし、七海の実直で真摯な言葉に射抜かれ自然と胸が温かくなるのを感じると、とても言い出すことはできなかった。


     この日は補助監督の迎えを待って帰る手筈だったのだが、
    「ねぇ、少し歩きたい」
    「でも」
    「ちょっと話したい。ダメ?」
     斜め上、七海の顔を見ると、微笑みで返された。
    「高専に連絡します。近くにカフェがあるようなので、そこに来てもらうことにしましょうか」
     七海に甘やかされるのに慣れてしまうと、どんどんダメな人間になってしまう。
    「硝子にダメ人間じゃなかった時があったか?とか言われそうだ」
     自身の行いを顧みる程度には大人になっている。
    「お待たせしました。ピックアップ地点を変更しました」
    「何かそれ、任務の時みたい」
     懐かしさに少しだけ笑う。
    「確かに。それでは、行きましょうか。足元、気を付けて」
    「うん」
     七海は当たり前のように車道側に立ち、五条をエスコートした。
    「転んだら怖いから、手を繋いでもいい?」
    「もちろんです」
     申し出の前半は完全に蛇足。それでも七海は笑って五条の手を取った。
    「あのさ、今日、惚れ直しちゃった」
     今すぐに伝えたかった言葉。
    「何かありました?」
    「そういうところ。当たり前にカッコよくスマートに……痒い所に手が届くっていうかさ、」
     本当にもったいない男だ。
    「誰だって、好きな人の前ではカッコつけたいものですよ」
    「もしかして、無理してる?」
     どんな七海だって受け止めるつもりでいる。肩ひじ張らずにいてほしい。
    「いいえ。貴女との間にある一年の差を埋めたくて」
     眉を下げて笑うと、年相応に見えるから不思議だ。
    「そう言われると、かっこいいのか可愛いのかわからなくなる」
    「できれば、かっこいいと言われたいですね」
    「七海は十分かっこいいよ。プラスかわいいっていうか」
     歩幅を合わせて歩いてくれる隣の人を見上げる。
    「今日、二人で両親学級出られてよかった」
     オマエの意外な一面や美徳に触れることができたから。
    「色々勉強してたんだね」
    「はい。私が得られるのは、紙に記された知識だけですが」
    「でも、私の体に起きていることを知ろうとしてくれるのは嬉しい」
     握る手に力を籠める。
    「五条さん」
    「あ!言ってたのって、あそこのカフェでしょ?」
     少ししんみりしてしまったのが面映ゆくて話題を変えた。
    「ノンカフェインのドリンクあるかな?」
    「ほうじ茶ラテとか?」
    「それ、すきなヤツ!」
     こうして街を歩くのも久しぶりだった。何だか普通のデートをしているみたいで心が弾んでいるのだけど、オマエは気づいていたのかな。

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    いをる

    MAIKING*五条先天的女体化*
    *妊娠ネタ*
    *『最後の恋をはじめよう』の続編*
     キミのお父さんになる人は、温厚篤実。とても真っすぐで誠実で、ちょっとお堅いところもあるけど、私のことが大好きで、キミのことも大切にしてくれる素敵な人なんだよ。

     午後十時。灯りを落とした部屋の中で目を開けた。寝つきが悪い時は決まって、お腹に向かって語りかける。返事はないけど、きっと聞こえている。
    「たいくつだね」
     声が聞きたい。枕元に置いた携帯電話を手にした。
    「いいのかな。電話しても」
     時間帯としては遅すぎるということもない。きっと、まだ七海も起きているだろう。でも、任務帰りで疲れているかもしれないし、明日は早い時間に出る可能性もあるし。
     画面に表示された名前と電話番号を見つめながら逡巡の時間が延びていく。
    「いいんじゃないかな……電話しても」
     婚約者なのだし。と自らの立場を強調して納得させて発信ボタンを押した。
    『こんばんは』
     三コール目で相手は出た。
    「こんばんは」
    『ちょうどケータイ見てました。一コール目の途中で出たら、食いつきすぎかと思って我慢したんです』
     息を漏らして笑う声が微かに聞こえた。
    「ネタばらししたら意味ないじゃん」
     低くて透き通った声。自然と鼓 8255

    いをる

    MAIKING七五♀妊娠ネタの初夜を書き始めました。「五条さん、バニラとピスタチオとレモンなら?」
     冷凍庫を開けた七海の問いかけに、
    「うーん……バニラとピスタチオと……レモンかな」
     眉間に皺を寄せ、顎に手をあててやっとのことで答えを絞り出した。
    「ははは。夜も遅いので、少しずつにしましょうか」
     昨日買ってきたジェラートをガラスの器に盛り付ける。
    「どうぞ」
    「ありがとう。あ、七海も全部盛りじゃん」
    「はい。お揃いです」
     並んでソファに腰を下ろして、三食ジェラートに舌鼓を打つ。
    「おいしいね」
    「初めて入ったお店でしたが、正解でしたね」
     さっぱりとした甘みとバニラの香り、混ぜ込まれた小さな氷の粒が軽やかな食感を生む。
    「今度、チョコとかキャラメル味が食べたいな」
    「リクエスト、承りました」
     レモンのソルベを口に含み、冷たさと甘酸っぱさに眉を寄せる。
     ふむ。初めてのお店。初めて……初めて……
     言ってもよいものかと、少し悩ましくはあるけれど、
    「ねぇ、七海は溜まってないの?」
     五条の問いかけに、ことりと小首を傾げて見せた。
    「溜まる?疲れですか?任務と座学の両立は難しいですが、今のところは特には」
    「ううん。それじゃなくて 1693

    いをる

    MAIKING*五条先天的女体化*
    *妊娠ネタ*
    *子どもの父親は傑*
    *最終的には七五*
    「君にならできるだろ、悟」

     できねぇよ。誰がするか。バカ。
     頭の中で反響する言葉はどれもこれも私を苦しめる。

    「殺したければ殺せ。それには意味がある」

     できないって知ってたんだろ。どうせ。

     この感情は後悔だろうか。殺せばよかった?追い掛ければよかった?
     九月の往生際の悪い暑さは緩やかに体力を奪っていった。あまりに気だるく、机に突っ伏したまま黙って蝉の鳴き声を遠くに聞いていた。
    「ねえ、五条、ナプキンもってない?」
     家入が教室に入って来るなりそう聞いた。
    「持ってなーい」
     掌を振って応える。
    「はッ。使えな」
    「ひどい言い草だね」
    「保健室行ってもらってこよ」
     踵を返した家入が、ぴたりと動きを止めた。一拍おいて、いつもと同じさらりとした声で再び問う。
    「つーかさ、アンタ、最後に生理きたの、いつ?」
    「えっと……」
     任務で忙しかったから、生活のリズムが崩れているからと言い訳をしながらも、家入が付き添う形で高専の息のかかった病院で検査をすることになった。
     女の勘なんて曖昧なものではなく、五条の身体に起きた小さな変化に家入は気付いていたのかもしれない。
     五条は、大 6868

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