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    つかるいワンライ4/6

    陽春、桜花ときみと 柔らかく差す日差し、そよりと頬を撫でていく風が心地良くて、意識が夢うつつを彷徨う。ゆらゆらと水面を揺蕩うような、揺籠の中にでもいるような気分になりながら、うっとりと目を閉じたまま微睡みに身を委ねていた。このまま本格的に眠ってしまおうかとも思ったけれど、せっかくの今日という日を潰してしまうのは勿体無くて、重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
     ぱちぱちと数度瞬きを繰り返して、船を漕いでいた首を手で押さえながら立ち上がる。広縁に設置され、今し方まで自分が座っていた椅子が軽くぎい、と音を立てて軋んだ。
    「類、起きたのか」
     掃き出し窓の外、中庭から声をかけられて顔を向けると、満開の桜の木を眺めていたらしい司がこちらを見ていた。貸し出された旅館所有の浴衣を纏って、いつもより静謐さを感じられる声も心地よいな、となんとはなしにその姿を眺めてみる。
    「ああ、うん。このまま寝ちゃうのも、もったいないなと思ってね」
    「休むための旅行なんだから、寝てしまっても良かったんだぞ」
     そう言って苦笑する司が、先程まで見つめていた桜へとまた視線を移す。踏石の上にあるもう一束の下駄に足を突っ込んで庭に出て、隣に並ぶように立ち止まってひらり、ひらりとそよぐ風に合わせて舞い散る花弁を見送りながら、ほうと息を吐く。
    「綺麗だねえ」
    「そうだな……。こうしてゆっくり過ごすのも、じっくりと花を見るのも、本当に久しぶりだな」
     あまりにもしみじみとした様子で言うものだから、ちょっとお年寄りみたいだななんて思ってしまってくすくすと笑い声が漏れて、それを聞いた司がきょとりと目を瞬かせると、む、と少しだけ不満げな顔をする。
    「何だ、じじ臭いとでも思ったか」
    「ふ、フフッ……いやいや、そんなことは。フフフ……」
     どうにも我慢できなくて口元を押さえて肩を震わせながら否定して、拗ねられる前にと手を握ってみる。にぎにぎと何度か握ったり開いたりするうちに、司の方からも指を絡めるように手を握り返されて頬が緩むのが自分でもわかる。
    「……えらくご機嫌だな」
    「まあ、折角の旅行だからね。それも、司くんと二人だけで」
     スケジュールを擦り合わせて、ようやく得た休みだった。演出に舞台にとそれなりに有名になって忙しなく過ごしているせいで、こうしてまとまった時間が最後に取れたのは随分と前のことだった。不満なわけではない、充足した日々である。けれどやはり恋人としての二人だけの時間は特別で、こうして過ごせる時を心待ちにしていたのだ。弾まないわけがない。
    「まあ、オレも……楽しみにしていたからな、ずっと」
    「泊まりの初日に、温泉でも布団でもがっついちゃうくらいに?」
    「なっ、そっ、れは! お前のほうだって……!」
     揶揄い混じりの言葉を口にすれば、わかりやすく顔を赤くして狼狽える様子が可愛いな、なんて、本人に言えばむっと眉を寄せさせてしまうだろうことを思う。くすくすと笑う様子に揶揄われたことに気付いたらしい司が、まだ若干赤い顔のままで誤魔化すように咳払いをし、話を変える。
    「ところで、午後はどこかに出掛けるか? 少し遠出して観光地を巡るのも、温泉街を回るのでも構わんぞ」
     そう問われて、うぅん、と小さく呟いて考え込む。正直、どちらも捨て難いけれど、と前置いてから告げる。
    「今日はここで、ゆっくりしたいかなあ」
    「む、良いのか……? 類の事だから、てっきりあちこち興味を引かれて回るものだと思っていたが」
    「それは、確かにそうなんだけどね。せっかくこんな素敵な旅館に泊まってるんだ。丸一日くらいここに居てだらだら堪能するのも、醍醐味みたいなものじゃないかい?」
     離れの部屋、露天風呂、庭付きで風景も良く、料理も酒も美味しい。隣には愛しいひとがいる。これ以上のどんな贅沢があるんだろうと思わずにはいられない。そう口にすると、司は何とも言えない表情を浮かべてこちらを見つめていた。
    「類……その顔はあまり外で見せるんじゃないぞ」
     耳まで真っ赤にして、照れたような、どこか怒ったような顔をしながら言われて、ぱちりと目を瞬かせてしまった。
    「僕、そんな変な顔をしていたかい?」
    「……変じゃないが、駄目だ、絶対」
     そう言い切る司の様子に首を傾げているうちに、ざあっと強く風が吹いて花を咲かせた枝たちが大きく揺れる。煽られて散った幾つもの花弁がひらり、と目の前を通り過ぎていく。
    「類」
     名前を呼ばれて自分より少し低い位置の司の顔を見ると、さらりとその指先が髪に触れた。花弁でもついてしまっただろうかとぼんやり思っていると、そのまま頭を引き寄せられてほんの一瞬、掠めるように触れ合った唇が離れていく。
    「……綺麗だな」
    「フフ、それは……桜がかい?」
    「両方だ、桜の前に居ると、類の色はよく映える」
    「お褒めにあずかり光栄、かな。このまま花見でもするかい?」
     それもいいな、と司が笑って手を繋いだまま歩き出す。桜の木の下を離れ、広縁に腰を下ろすと司だけはそのまま室内へと戻って、てきぱきとお茶と、サービスらしい和菓子を盆に乗せて再び広縁に戻ってきた。
     差し出された湯呑みを受け取り、一口飲む。程よい温度の茶が喉を通っていく感覚にほうと息を吐いて、庭に目を向ける。ちょうど良く日が差して、穏やかな陽気だ。司も同じ様にお茶を飲みながら、ぽつぽつと他愛もない話をする。時折聴こえる鳥の声や木々のざわめき、風に舞う花びらの音。穏やかに過ぎる時間の流れを感じながら、ふと会話が途切れる。空になった湯呑みを少し遠くに置いて、こてりと隣に座る肩に頭を乗せてみた。
    「む……眠いのか?」
    「ううん……ただ、こうしていると落ち着くなと思って」
     すり、と頬を寄せれば、同じように司の方も身を寄せてくる。ぴたりと寄り添い合って、お互いの体温を感じて、何より隣にいるという安心感に自然と笑みが浮かぶ。体重をかけるようにぐっと体を傾けると、急に重心がずれたせいかぐらり、と体が傾いて、二人揃って板張りの床へと倒れ込んだ。
     ただそれだけの事が、何故か無性におかしくて。二人で小さく笑いながら隣り合った手を握る。差し込む日差しは変わらず暖かくて、吹き抜ける風が心地好い。目を細めて、たまに広縁へと届く花弁を眺めて。段々と瞼が落ちてきて、意識が微睡んでくる。
    「ここで寝たら、あとで背中が痛そうだねえ」
    「あとでマッサージでも頼むか……」
    「あー、いいね……気持ち良さそう……」
     くふくふと笑いながら、そっと握った手に力を込める。同じように手を握り返されて、また笑う。やがてそこには、二人分の静かな呼吸の音だけが響いていた。
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