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    enochifox

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    ⚠️及川さんに妻子がいる
    ⚠️花吐き病の設定は独自設定有り
    2020開催か2021開催かはぼかしてる
    最終順位は変わらず🇯🇵と対戦してもらう為🇧🇷⇄🇦🇷

    花吐き病及影 日誌にはひまわりと書いてあった。
     中学三年の時から高校一年の間、俺は花を吐いていた。アサガオの観察日記みたいに日誌の最後にちょこっとだけその日に吐き出した花の名前を書いた。だけど花屋でもないし植物図鑑に興味はなかったから大体は名前のわからない花だった。わかったのは母の日でよく見かけるカーネーションくらいで、ほとんどはピンクや白や紫って色と小さいとか大きいとかざっくりしたことしか書いていない。花ってなんとなく赤いイメージがあるけど、俺が吐いた中に赤はあんまりなかった。
     花について最後に書いてあるのは、二〇一三年の三月頭。烏野が卒業式の日で、部活もないからバレー日誌としては正直役に立たない。でも習慣のように花を吐いたから記録していた。一つは菊で、これは一与さんのために買う花の中に必ずあるから流石にわかった。もう一つは色だけ書いてあるけど、今までない色だったからなんとなく覚えている。烏みたいに真っ黒な花だけど綺麗で、いつもみたいにゴミとして捨てるのはもったいないと思った。だけどそのままにする訳にもいかないから近所の公園に穴を掘って埋めてある。
     俺が花を吐いていたのは病気だったらしい。嘔吐なんちゃらってちゃんとした名前は難しくて覚えてない。一般的には花吐き病で通じる病気だ。誰かが吐いた花に触ると種を植え付けられた状態で、そこから拗らせた片想いをすると花が咲くみたいに発症するって医者は言っていた。だけど俺には心当たりがなかったし、チームメイトにバレるとめんどくさいから隠した。吐くペースはそんなに多くなかったからたぶんバレてないと思う。
     花吐き病になると片想いは解消すると言われている。完治するには片想いの相手と両想いになること。でも俺に恋人はいない。俺の場合は病気が進行しすぎて病状が最終段階までいっちゃったらしい。花吐き病の最後は恋心を綺麗さっぱり忘れる。恋が叶うか、恋が死ぬかでしか花を吐くのは止まらない。だから花吐き病になると片想いは終わる。
     高校一年を最後に花を吐いてない俺はきっと誰かに恋をして、忘れてしまった。正直、誰に片想いをしていたかわからないから困ってはいない。そんなことよりも今は数年ぶりに及川さんとネットを挟んで試合ができることにワクワクしている。
     でも、昔はもっと及川さんを見ていると色んな気持ちがグワッと押し寄せてくる気がしたのになんか物足りない。日向にも「及川さんが相手なのにおとなしいなお前」って言われてしまった。最近気を張ることが多くて疲れたのかもしれねえし、今日は早めに寝よう。

    ****

     負けた。油断なんて当然してないし、チームのコンディションも良かった。それでもあと一歩あの人には届かなかった。悔しくてたまらないし、もう次はどうすれば勝てるか考えている。日本は負けてしまったけれど、今年のオリンピック開催国なので帰国について考えなくていい。イタリアのチームからも少しの間ゆっくりしてこいと言われているので、バレーの決勝を見届けたら実家に帰るつもりだ。
    「あ……」
     及川さんだ。試合前後に少し話しただけで全然喋っていない。アルゼンチン代表の人とよく一緒にいたし、それ以外でも岩泉さんや日向と話していて近づけなかった。その及川さんが一人でベンチに座ってスマホを操作している。
    「あの、」
    “ごめん! さっきまでチームメイトに捕まってた。うん、うん。日本に勝ったよ。そうそう、学生の時に倒せなかった奴らみんな倒してやった。ありがとう。え!? チビちゃんも応援してくれた?! 動画後で送ってね。うん、明日も頑張るよ”
     及川さんの言葉はちょっとだけ聞き取れた。ロメロに少し教えてもらったポルトガル語と自分で覚えたイタリア語のお陰だと思う。たぶん向こうにいる人からの電話で、日本に勝てた、応援ありがとうとかそんな感じ。電話も終わったし話しかけても大丈夫だろう。そう思って近づくと通知でパッと明るくなったスマホの画面が見える。及川さんと、知らない女の人、――それから、その女の人が抱っこしている赤ちゃん。
    「飛雄」
     顔を上げた及川さんと目が合う。
    「……子ども、いるんですか?」
     他に言いたいことがあったのに、全部忘れてしまった。昔からモテていたしおかしくはないけど、裏切られた気持ちがある。自分と同じでバレーの魅力に取りつかれていて、日本を飛び出してまで帰化したこの人はしばらく恋愛しないと勝手に期待していた。彼女と歩いていたのを見かけたこともあったのに。
    「あ、画面見えた? そうだよ、俺の子ども」
    「抱いていたの奥さん、ですよね?」
    「うん。結婚したんだ、一年前。岩ちゃんは知ってるけど、飛雄には教えなかったね」
     学生時代は仲が良い関係とは言えなかった。それでもなぜだか昔交換した連絡先が変われば新しいものを教えてくれる。たまに、思い出したみたいに連絡が来た。アルゼンチンに帰化したこと、代表に決まったこと。日向とブラジルで会ったことはすぐに言ってきたのに、大事なことは全部終わってから教えられた。
    「なんで、結婚したんですか?」
     声が少し震えた。怖い。バレーより大事な人だと言われるのが。他の人が言っても気にしない。でも、この人には言ってほしくなかった。
    「責任は取らなくちゃね。はっきり言えばデキ婚なんだ。もちろん避妊はしていたけど、盛り上がってちゃんとできてたかわからないし」
    「じゃあ――」
     子どもがいなかったら、結婚しなかったんですか。そう聞こうとして、止めた。聞いたところで何か言いたいことはなかったし、意味がない。岩泉さんや青城のチームメイトだった人たちは違うかもしれないけど、俺と及川さんの繋がりは今までもこれからもバレーしかない。
    「うん?」
    「……準決勝、うちに勝ったのに情けない試合しないでください」
     何を言っても勝てなかった俺が言うのは負け惜しみにしかならない。だけど、あっさり切り替えられるのも嫌だから挑発するみたいに言ってやった。及川さんは目をぱちぱちさせて、それから意地悪く笑う。
    「まあ見てなって。偉大な先輩の勇姿をしっかり目に焼きつけなよ」
     及川さんがポンと俺の頭を叩いて去る。撫でられたのは初めてだ。俺に一番優しかった北一へ入学したばかりの頃でさえなかった。赤ちゃんに同じことをして癖になっただけかもしれない。
     データ上では知っていたけれど、俺の身長は及川さんを抜いていた。ずっと大きいとばかり思っていたのに、俺の方があの人を見下ろしている。変な感じだ。だけど今でも及川さんに追いついたと思えなかった。

    ****

     花を吐いた。
     気持ちが悪くて、風邪でもひいたのかと思った。大事な試合前だから体調管理はきちんと行なっていたし、疲れ以外で心当たりがない。もし体調不良なら早めに言わないといけないしだろう。とにかく嘔気がおさまらないから洗面台へ駆け込んだ。
     ぼとり。迫り上がって口から溢れ落ちたのは紫の花。スマホで写真を撮ってGoogleレンズで調べる。検索結果に表示されたクロッカスという名前と花言葉が目に入る。「青春の喜び」、また紫に限っては「愛の後悔」というものもあるらしい。
     まず風邪や一般的な感染症でなくて良かったという安堵。そして次に思ったのはこれからどうすべきかという不安。花を吐くという特徴的な症状から俺は嘔吐中枢花被性疾患――花吐き病を発症している。医者は診断でこれを確定し、胃が荒れるのを抑えるために胃薬を処方してくれるだけだ。そして医者ならきっとこう尋ねてくる。
    「相手に心当たりはありますか?」
     ない、と言ったら嘘になる。感染源もあの子だろう。
     卒業式の後、三年ぶりにケータイに電話をかけて呼び出した。アルゼンチン行きをわざわざ教える必要はなかった。でもそうしたらきっと岩ちゃんあたりに聞きに行く。あの子が俺の進路を気にしない訳がない。知るのが早いか遅いかの違いだ。だったら言ってしまおうと思った。
     烏野も卒業式だったみたいで、ほんの少し目元が赤い。落ちた強豪なんて言われても三年はなかなか曲者だったし、先輩セッターによく懐いていた。俺とは違ってちゃんと先輩をしていたのだろう。
     いくつか貰っていた大学への推薦を蹴ってアルゼンチンに行くと告げる。バレー馬鹿なだけあってブラジルの近くと言えばどれだけ日本から離れているか理解したらしい。言葉も通じないことを酷く心配されたけど、お前じゃないんだからと見栄を張った。実際は付け焼き刃の語学力じゃどうにもならず最初の一年は言葉に苦労させられたっけ。
     当時は帰化なんて考えはまだなくて、ホセ・ブランコに師事を受けたい一心で渡ることを決めた。あの子に負けっぱなしは嫌だったし、いつかは対戦するつもりでもそれがいつになるかもわからない。だから呪いをかけた。
    「俺は先に行くから、よそ見すんなよ」
     反射的に返事をしていたけど、たぶん真意は伝わってない。それで良かった。他に用事はなかったからじゃあねと別れる。ひとけのない公園から一歩踏み出しかけた足が止まった。
     ゲホゲホと咳き込む声。振り返ると、あの子が蹲っていた。口元を覆う掌の隙間からはらはらと黄色と黒の花が地面に落ちていく。奇妙な光景だった。黒い花を摘んで眺め、学ランを脱ぐとその上に花を集めて立ち上がった。途中砂場に忘れられたプラスチックのスコップを拾って公園の隅の植え込みにしゃがみ込む。穴を掘って花を埋めると立ち去った。
     まんまる頭が完全に見えなくなってから穴を掘っていた場所に近づく。置きっぱなしのスコップで掘り返してやった。菊の花と、形は百合だけど不自然なくらい真っ黒な花が見える。まるで真夜中を閉じ込めたような黒さが不気味なはずなのに思わず素手で触ってしまった。
     後から花吐き病という存在と、吐いた花を触ると感染することを知った。だけど俺が発症することはなかった。当然だ。拗らせるような片想いをしていないのだから。
     なのに今更、発症するなんて。

    ****

     日本に勝ったアルゼンチンは準決勝で負け、三位決定戦を勝って銅メダルだった。どんなに強くても負ける時は負けるし、及川さんが最後まで勝ちを諦めるはずもない。情けない試合だとは少しも思わなかった。ネットを挟まず外から見るあの人は真剣に楽しそうにバレーをしていて、昔とちっとも変わってない。
     メダルを取れなかったから日本代表がテレビ番組に呼ばれることはほとんどない。一方で及川さんは早速テレビ番組の出演や雑誌の取材が決まったらしい。『遠く離れた国に帰化した無名の天才、全国行きを牛島に阻まれ苦節の八年間!』及川さんが嫌がりそうな煽り文句でスポーツ誌の一面を飾っていた。
     学生の時から雑誌で取材されていたし、少し調べれば中学から牛島さんと対戦していたことや俺と同じ北一出身なこともわかる。そこに目を付けられて俺と牛島さん、それから日向に出演依頼が回ってきた。
    「無理して出なくていいんだぞ」
     牛島さんは実家に呼び出されて既に東京にいないと断り、日向は東京に出ている妹の付き添いがあるから動けるのが俺しかいないのを岩泉さんは心配してくれた。
    「大丈夫です。出ます。及川さんとバレーの話したいので」
    「そうか。なら、及川に青城で同窓会するから空いてる日教えろって伝えてくれるか?」
    「わかりました」
     最後まで心配してくれた岩泉さんも帰省して、残された宮城勢は俺だけになった。みんながあまりに俺のことを気にするから、話を持ってきた黒尾さんも止めるか聞いてきた。今は日向の方があの人と仲良いし、俺との繋がりなんてバレーから離れたら何もない。だから心配されるような関係すらないのに。

     お昼の生放送のコーナーで行われた俺たちの出番は問題なく終わった。途中、司会の人が“無名の天才”って言い出すから怒るんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、及川さんは大人だった。でも話し方がちょっとイライラしてたから天才嫌いは変わってないと思う。
    「及川さんはオフなんですか?」
    「うん。しばらくは親孝行でもしてなさいって長めにオフをくれたよ。何? 及川さんに興味あるの?」
    「というか、岩泉さんからの伝言です。青城で同窓会するから空いてる日を教えてほしいそうです」
     そういえば烏野もお疲れ様会をしてくれるって連絡来てたな。菅原さんに返信しないと。着替えながらLINEを開こうとしたらスマホを取り上げられた。ムッとして顔を上げると思ったより近い距離に及川さんの顔があってびっくりする。
    「ねえ、この後は空いてる?」
    「はあ、まあ特に予定はないです。スマホ返してください」
     手を伸ばすけどサッと背中に隠されて届かない。及川さんからは香水のスッとした匂いがする。昔は俺と同じでシーブリーズやハンドクリームの匂いをさせていた。嫌な匂いじゃないけど、大人の人って感じでムズムズする。
    「だったらさ、お前の時間をちょうだい。一人で観光してもつまんないし、付き合ってよ」
    「俺、別にそういうの詳しくないです」
     シュヴァイデンアドラーズに所属していた時に連れ出された場所もあんまり覚えていない。楽しくなかったわけじゃないけど、バレーしている方がずっと楽しかった。
    「別に飛雄にその辺は期待してないし。で、どうなの?」
    「俺で良ければ」
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    2020開催か2021開催かはぼかしてる
    最終順位は変わらず🇯🇵と対戦してもらう為🇧🇷⇄🇦🇷
    花吐き病及影 日誌にはひまわりと書いてあった。
     中学三年の時から高校一年の間、俺は花を吐いていた。アサガオの観察日記みたいに日誌の最後にちょこっとだけその日に吐き出した花の名前を書いた。だけど花屋でもないし植物図鑑に興味はなかったから大体は名前のわからない花だった。わかったのは母の日でよく見かけるカーネーションくらいで、ほとんどはピンクや白や紫って色と小さいとか大きいとかざっくりしたことしか書いていない。花ってなんとなく赤いイメージがあるけど、俺が吐いた中に赤はあんまりなかった。
     花について最後に書いてあるのは、二〇一三年の三月頭。烏野が卒業式の日で、部活もないからバレー日誌としては正直役に立たない。でも習慣のように花を吐いたから記録していた。一つは菊で、これは一与さんのために買う花の中に必ずあるから流石にわかった。もう一つは色だけ書いてあるけど、今までない色だったからなんとなく覚えている。烏みたいに真っ黒な花だけど綺麗で、いつもみたいにゴミとして捨てるのはもったいないと思った。だけどそのままにする訳にもいかないから近所の公園に穴を掘って埋めてある。
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