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    まこと

    @94_makoto

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    まこと

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    チャイナマフィアっぽいドラロナを書こうとしたけどほぼ関係なくなってきた産物(書けたところまで)
    ※捏造しかない
    ※マフィアとかその辺の知識は曖昧
    ※メビヤツのみ嘘時空の姿
    ※何でも許せる方向け

     この街はバケモノを飼っている。
     人の血を啜り、享楽を貪り、踊る人間たちを眺めて嗤う、おぞましいバケモノを。
     命が惜しくば、決してこの街の『夜』に足を踏み入れないことだ。
     
     
      ++++++
     
     
    「暗殺計画ゥ?」
     
     蒸かし終わった肉まんを蒸籠からそれぞれの皿へと移動させていたドラルクは、ロナルドが唐突に口にした物騒な単語に盛大に顔をしかめた。肉まんを掴んでいた鉄製のトングをカチカチ鳴らしながら首を傾げている彼に、大きな肉まんに見てはしゃいでいたジョンがさーっと顔を青ざめさせて飛びついている。そんな愛らしい丸のイデアの背を撫で宥めるドラルクの姿は、幼い我が子をあやす優しい母親か何かのようだった。
     こんな暢気な奴が、この街を牛耳るマフィアの参謀役を担っているなんていうのだから、この世の中終わっている。
     ロナルドは内心そう思いながら、テーブルの上に出された肉まんに大口でかじりついた。ふかふかの柔らかい生地はしかし噛み始めると不思議としっかりとした食感があり、じゅわりと滲みだした肉汁を受け止めて口の中いっぱいに広げてくれる。それを加味して調理されたであろう中身の肉にはしっかりめの味付けされており、一口かじれば次を求めずにはいられないほどの魅惑的な味が喉を通っていった。
     ――まあ、そんな終わっている世だったからこそ、自分は今こうして自分の居場所を得ることができているわけだけれど。
     
    「ロナルド君?」
    「え? ああ、いや、何でもねえよ」
     
     頭を過ぎった自虐的な思考はいったん余所へと追いやり、ロナルドは情報屋から仕入れてきた話を続けることにした。
     ドラルクが参謀を勤めているのは、この国の裏社会において一、二を争うほどの強大なマフィアグループだ。ドラルクの用心棒として雇われているロナルドも、一応そんなグループの一員ということになる。ドラルクはそんなマフィアのボスを務める男の直系の孫なのだ。
     時の権力者たちも頭を下げるほど、この国における組織の影響力は絶大である。しかし力を増せば増すほど、それを面白く思わない連中も増えてくるのは世の摂理というものだ。絶大な権力の隣にはいつだってそこに敵対する存在がある。
     この街は国内でも有数の港町で、他国との交流において重要な拠点となっている。しかし組織の本部が置かれている街からは少しばかり距離があること、多種多様な人々が常に行き交っている場所の性質上、組織の目が完全に行き届かないという面も同時に併せ持っていた。ドラルクたちの組織の弱体化を狙う敵対組織にとっては恰好の拠点である。いざとなれば海外の得意先を頼って国外に逃亡してしまえるし、様々な人と物が行き交っている中であれば都合良く紛れ込ませることができるというわけだ。故に昨今この国に大量に持ち込まれて問題になっている違法薬物の大量搬入や取引、強力な武器の密売などが頻繁に行われていた。しかも金さえ回ればと割り切っているせいか、組織が圧力をかけてもあっけらかんとしている商人が多い。つまり組織にとってこの街は、まさに目の上のたんこぶになっていた。
     だがそんな場所だからこそ、トップの直系一族、しかもゆくゆくはその後を継ぐことにもなるであろう立場であるドラルクが、この街の管理者として据えられている。敵対組織の不穏な動きをドラルクが自ら現場近くで的確に探り、叩けるうちに叩くことで、街に対する抑止力にしようという腹らしかった。
     つまりこうしてドラルクに対する暗殺計画だなんて話が出てきたのは、ある意味そんな目標に近付いたことの証左であるといえよう。この街での活動を阻まれ続けた敵対組織が、いよいよドラルクを無視できない存在だと認識し始めたということに他ならないのだから。
     そしてこの暗殺計画を完膚なきまでに叩き潰すことができれば、この街の掌握へ大きく前進できる。
     ――という情報屋の見解を、ドラルクはふむふむと大仰に頷きながら聞いていた。
     
    「でもまあ、お前を一回ぶっ殺したところでたいして影響もないっていうか」
    「言うに事欠いてお前。あのさ、一応ロナルド君は私の用心棒って立場なのだから、ここは『ご安心ください、命に代えても貴方をお守りしますドラルクさま!』とか献身的なセリフを述べるべきところだぞ?」
    「へー。おいドラ公、俺とジョンに肉まん一個ずつおかわり」
    「ヌヌヌヌ~!」
    「食ってばっかいねえでちったぁ聞けや私の話を! 主の話、上司の話を聞く態度っていうのは昨今習わないのかね。ああ、五歳児のロナルド君は小学校もまだでちたね~。ほら、ジョンもダメでしょ。ダイエットの誓いを忘れたの?」
    「ニューン♡」
    「可愛い声出したってダメですぅ~!」
     
     ドラルクはぷりぷり文句を垂れていたが、果たしてジョンとロナルドの前に置かれた皿の上には、ほかほかと湯気を立てる肉まんが追加された。ドラルクなりの妥協点として、ジョンの皿に追加した分は比較的小ぶりなやつにさせてはもらっているが。
     
    「……それで?」
     
     早速美味しそうに肉まんを頬張るロナルドに、ドラルクはやれやれと肩をすくめながら話の続きを促した。すっかり緩んだ空気になってしまったが、話題自体は当然穏やかな調子で話せるようなものではない。一人分の命が左右されかねないという、生々しく重たい話である。
     
    「……今日の深夜に決行予定だろうってさ。でもここまで情報がガバガバ漏れまくってるってことは、よっぽどその暗殺者の実力に自信があるんだろうな。作戦決行日時程度の情報が漏れたところで、障害にもならないって考えてるってことだろ」
    「あるいはその情報屋が、フェイクとして流された情報を敢えて掴まされたって可能性もあるけどね」
     
     ドラルクはそう混ぜっ返したが、件の情報屋に限ってそれはないだろう。彼が持ってくる情報の正確性が他と比べて段違いに高いからこそ、何かと動きに制限がつきがちになるドラルクがこうして色々な仕事を任せているのだ。この段になって「最も懇意にしている取引相手の暗殺計画」の偽情報を掴まされるほどの間抜けだとはとうてい思えなかった。
     つまり可能性としては、ロナルドが先に述べた推論に信憑性が増してくるわけだが。
     
    「ヌン、ヌンヌイ……」
    「ふふふっ、おかしいなぁ。私のガーディアンが今日は妙に弱気だぞ。ロナルド君は肝心なところでアホなのだから、いざというときはジョンに守ってもらわなくちゃならないっていうのに」
    「おいテメェ、肝心なとこでアホってどういう意味だコラ」
    「ほら、ご覧よジョン。敵対組織の武器の密売現場を確認しに行っただけなのに、何故かその敵対組織を壊滅させちゃった暴力ゴリラがなんか言ってる」
    「あ、あれはしょうがねえだろ! お前が情報寄越すのが遅かったんだよ!」
     
     ぎゃいのぎゃいのといつもどおりに軽口の応酬をする二人を見ているうちに、ジョンも少しは元気が出たらしい。ドラルクの膝の上で、ドラルク特製の肉まんをモフモフと頬張っている。可愛い。
     
    「じゃあ今夜は寝室を変えたほうがいいかい?」
    「いや、いつもの主寝室にいてもらっていい。お前を狙ってきたところをまとめて捕まえて、どこの組織のヤツか聞き出さねえと」
    「驚いた。聞いたかねジョン! この用心棒は、自分が守るべき主を堂々と囮にすると仰せだぞ!」
    「ヌヌヌヌヌン、ヌヌーイ」
    「ひ、酷いとか言わないでよジョォ~ン!」
    「冗談に決まってるだろ、単純馬鹿造め。大丈夫、確実に私を守り切る自信があるからそう言っているのは理解しているさ。任せたよ、私の愛しい昼の子」
     
     トングを持っていたドラルクの手はいつのまにか空になっており、何も掴むものがなくなったそれはおもむろにロナルドのほうへと伸ばされた。思ったよりドラルクが距離を詰めてきていて、ロナルドは思わず息をのむ。
     さらさらした紙のような感触がする手のひらが、いたわるようにロナルドの頬をゆっくりと撫でさすった。この手によって欲を覚え込まされているせいで、たったそれだけのふれあいでぞわりと何かが背筋を駆け上っていく。
     
    「ど、ドラ公……っ」
    「でも残念だ。賑やかなお客様がおいでになるとなれば、今夜は君をゆっくり可愛がってあげることができないね。最近は忙しくて閨を共にすることもなかなかできなかったけれど、ようやくゆっくりできる時間が取れることだし、朝まで離してあげないつもりだったんだけど」
    「な、ば、馬鹿、おまえ、ジョンがっ見て……!」
    「ヌン、ヌヌヌヌヌヌヌヌー」
     
     助けを求めるようにジョンを見るが、ヌンは何も見てないヌー、とわざとらしくこちらに背を向けられてしまった。ジョンを無垢で純粋な愛玩対象として見ているロナルドは知らないが、こう見えてジョンも立派な大人のマジロなのだ。敬愛してやまない主と、可愛い弟分のイチャイチャシーンを許容するだけの度量はある。このまま適当なところで部屋から退散するつもりではいるのだろう。
     だがしかし、
     
    「……ヌ?」
     
     ぴく、と小さな耳を震わせ、ジョンは窓の外へと目をやった。今にもチュッチュべろべろおっ始めそうだった甘い空気は一瞬にして霧散し、ロナルドはドラルクを押しのけ乱れた服の首元を正しながら窓の側へ駆け寄った。
     ロナルドたちのいる部屋は屋敷の中庭に面した二階であり、ジョンが何かを感じた窓の外はまさにその中庭を見下ろせる形になっている。中庭は完全にドラルクのプライベートなエリアとなっているため、そこに入れる人間は非常に限られていた。にもかかわらず、ジョンが不審な気配を察しているということは、つまり。
     
    「ジョン、何かいたのか?」
    「ヌヌヌヌヌン、ヌヌヌ」
     
     あそこ、とジョンが指さした先に立っていたのは、齢十に届くかどうかといった体格の幼い子供だった。長い前髪が顔のほとんどを覆い隠しているため表情を知ることはできず、明らかにサイズの合っていない大きい服を身にまとっているせいで性別も判断できそうになかった。歩き方は何となくよたよたとしていて、まるで今日初めて歩き方を覚えましたとでも言わんばかりのおぼつかなさだった。
     組織にも幼い子供がいる人間がいなくないが、あそこに立っている少なくともロナルドが知らない子だった。ジョンも知らないとなれば、ほぼ間違いなく組織にかかわる人間ではないはずだ。
     つまり、そこから導き出される答えは――。
     
    「――」
     
     そのとき、不意に子どもがゆっくりと顔を上げた。やがて子どもの瞳が、ロナルドたちがいる部屋の窓へ顔が向けられる。
     こちらをじいっと見つめてくる子どもの、あまりの異質な瞳の様子に、ロナルドは全身の毛が逆立つのを感じた。
     作り物のガラス玉のような、まるきり感情ののっていない瞳だった。そしてキインという空気が張り詰めるような奇妙な音と共に、その瞳が鈍く輝き始める。
     
    「ッ、伏せろ!」
     
     側にいたジョンを咄嗟に腕の中に抱え上げ、何事かと目を剥きながら突っ立っていたドラルクに覆い被さるように飛びかかる。『何かがくる』という強烈な気配に対し、ほとんど反射的に体が動いていた。体の下から「ギャッ」と悲鳴が上がった気がしたが構ってはいられなかった。
     そして次の瞬間、ロナルドが知覚したのは轟音と、肌が焼けるような激しい熱だった。強烈な熱気が顔や首筋と言った露出している部分の肌を撫でていき、じりじりとした痛みに思わず顔をしかめてしまう。
     
    「は……?」
     
     やがて顔を上げたとき、部屋は見るも無惨に破壊されきっていた。原型をとどめている部分がもはやどこもない。壁は木っ端みじんに粉砕され、頭上には綺麗な星空が広がっているのが見えた。つまり屋根と呼ばれるべき場所がごっそり吹っ飛んでいるということで。
     まるでミサイルでも突っ込んできたのかと言いたくなるような様相を呈している室内(もはや部屋と呼ぶのも憚られるほどの破壊具合)で、ロナルドは体にのし掛かってきていた壁だか屋根だか棚だかの残骸を押しのけながら立ち上がった。ロナルドの体の下にいたドラルクとジョンはどうやら無事らしい。
     
    「クソッ、深夜って話じゃなかったのかよ……!」
    「ううむ、やはり偽の情報を掴まされたんじゃないかね。或いはこの行為を『暗殺』だと認識しているのなら、彼らは言葉の意味を辞書で調べ直すべきだと思うが」
    「同感だ」
     
     暗殺というのは、あくまで標的をひそかにねらって殺すことだ。『部屋ごと標的を吹き飛ばす』のはどう考えても『ひそかに』という分類から外れすぎていると思う。
     しかしとうてい信じがたいファンタジーな話だが、おそらく先ほどの攻撃はあの子どもの「目」から放たれたものに違いなかった。
     部屋の様相を見てミサイルに襲われたようだと形容したものの、あの攻撃はどちらかと言えばビームといった方があてはまるかもしれない。壁の木材が触れた熱気によってぼうぼう燃えており、石材すらもどろどろに溶けてすっかり元の形を失っていた。いったいどれほどの高温があの子の目からは放たれていたのだろう。もしロナルドがドラルクに飛びつくのが数秒でも遅れていたら、二人と一匹は揃ってあのビームで焼け焦げ、溶け、形も残らず消し炭にされていたはずだ。今更ながらぞっとする。
     
    「で、私とロナルドくんの貴重な時間を邪魔してくれた忌々しい下手人は一体どちら様なのかね?」
    「知らねえ! たぶん子どもだけど!」
    「は? 子ども? それに『たぶん』ってな、ブォワァ!?」
    「顔上げるんじゃねえ馬鹿!」
     
     ひょこりと首を出してくれやがった暢気なドラルクに向けて、まるでレーザー光線のような攻撃が放たれる。間一髪、ドラルクをほとんど床に押し倒すような形で避けることには成功したが、またしても壁に穴がこさえられることとなった。立て続けに放たれるビーム攻撃に、先日二人で見たアクション映画を思い出す。あんなフィクションの世界でしか想定されないような事態に、まさか自分たちが陥るとは思ってもみなかった。
     そしてただでさえあらゆる支えを喪い不安定になっていた壁(だったもの)が、次々とさらなるダメージを重ねられ、今にも崩れ落ちそうにぐらぐらし始めていた。このままここにいれば、たとえあの襲撃者から無事にドラルクを守り切れたとしても、倒壊した家屋に潰されてしまうかもしれない。
     
    「ドラ公、お前はジョン抱えて下の階に避難しろ。いいか、ちゃんと瓦礫の影に隠れてけよ。……ジョン、ドラ公を頼んだ。ノコノコ顔出してたら引っ張り戻してくれ!」
    「ヌァッ」
    「え? でも君は……ちょ、ロナルド君!」
     
     ドラルクが怪訝な顔をしているのを横目に、ロナルドは崩れて落ちた瓦礫まみれに床を蹴って中庭へと跳んだ。
     敵はどうやらあの子ども一人のようだし、ロナルドが直接相手をしていれば少なくともドラルクに危険が及ぶことはないだろう。騒ぎを聞きつけた警備の人間が、逃げる途中のドラルクを適当な場所で確保しておいてくれるはずだ。そうなればもうほとんど安心だと言って良いだろう。それまでこの襲撃者の攻撃がドラルクに向かないようにここへ留めておかなくては。
     持ち前の身体能力の高さで中庭にひらりと降り立ったロナルドは、そのまま子どもの前へと近付いた。
     相手が持つのは、二階の部屋を軽々とぶち抜き、立派な屋敷の壁や床を破壊し尽くすほどの攻撃力だ。既に彼(彼女かもしれない)の攻撃の範囲内にいることに変わりがない以上、今さら多少の距離を取ったところで意味はない。ならば逆に距離を一気に詰め、体術で拘束してしまえばいいと考えたのである。普段相手にしているマフィアの強者たちならばまだしも、こんなひょろひょろの子どもが相手ならば無力化するのも容易なはずだ。
     果たしてロナルドの予想は正しかったらしく、突然一気に近付いてきた大柄な男に対し、子どもはすっかり困惑しているようだった。相変わらず表情は変わらないが、醸し出される雰囲気から何となく戸惑っている様子が察せられる。
     そしてロナルドは子どもの長い袖の上から腕を掴み、その病的なほどの細さに密かにぞっとしつつ、華奢な体を抱え込むようにして拘束した。子どもは暴れて抵抗する様子もなく、いっそ拍子抜けするほど静かにロナルドの腕の中で動かなくなる。
     逆に異様と言える態度にロナルドも困惑しつつ、こちらを見上げてくる子どもにそっと声をかけた。
     
    「よし、いい子だな。そのまま大人しくしててくれるか? そしたら俺も、お前に痛いことはしないから」
    「――――」
     
     子どもからの返事はない。こちらをじいっと見つめてくる瞳はなんとなく顔に埋め込まれているという印象で、中ではキュルキュルと奇妙な音を立てながら何かが忙しなく駆動しているのが見えた。覗き込めば、なにやら複雑な文字列が明滅を繰り返しているのがわかる。作り物のようだと思ったのはどうやら間違いではなかったらしい。表示されている文字を解読することはできそうになかったが、何となくこちらに対して敵意を抱いているわけではないような気がした。
     ロナルドはそっと拘束していた腕を放す。自由になったはずの子どもは、しかしきょとんとした表情のままロナルドを見上げるばかりで、こちらを攻撃してくる様子はまったくなかった。やはり彼の攻撃対象はあくまでドラルク一人で、それ以外に対しての敵意はないのだろう。そう刷り込まれているのか、或いは。
     ロナルドは子どもの正面に回り、視線を合わせるようにしゃがみ込んでそっと両手を握った。子どもらしさのある丸みを帯びた手は、しかしロナルドの手を握り返すことはなかった。ロナルドに触れられたときの動きがなんともぎこちないし、もしかしたら腕がうまく動かないのかもしれない。
     
    「なあ、お前のこと教えてくれないか? どうしてこんなことした? 誰かにやれって命令されたんだろ?」
    「――――」
     
     子どもはこてりと首を傾げたが、言葉での返事がないのでロナルドの言葉を解しているのかどうかは怪しいところだった。ビー、ビーとなにやら機械音のようなものが聞こえた気がしたが、おおよそ子どもの体から鳴るようなものではないし、多分気のせいだろう。
     明らかに人外といえる異様な力を持った子どもとドラルクに対する襲撃。そこに大人の思惑が介在していることは火を見るより明らかだ。少なくともこの子の意志はここにないことは間違いない。
     襲撃を行ってしまった以上、何らかの咎を受けることは避けられないだろう。それでも「別の誰かに命じられて無理矢理やらされた」と証言してくれれば、少しでもこの子を救ってやることができるかもしれない。
     ロナルドだって、かつてはそうやって命を救ってもらったのだから。
     しかしすっかり黙りこくったまま、しかもロナルドが何をしても無抵抗のままの異様な子どもの様子に、ロナルドもすっかり困ってしまった。もしこの子がどこかの異国の生まれで、ロナルドの話している内容が完全に通じていないということになると、もうロナルドにはどうしようもできなかった。
     マフィアの跡取りとして高度な教育を受けてきたドラルクは語学が堪能なので、もしかしたらこの子に通じる言葉を使えるかもしれない。けれど標的となっている男の前にそれを襲撃しに来た者をのこのこ連れて行くのはさすがにできない。顔を向き合わせた瞬間、あのビームを放たれたらドラルクは塵も残らず消し飛んでしまうだろう。それはさすがに困る。
     そんなことを考えながら、さてどうしたものかと渋い顔をしていたときだった。
     
    「ロナルド君!」
     
     ここにあるはずのない声がして、ロナルドは思わず声のした方を振り返った。いつのまにか二階から降りてきたらしいドラルクが、血相を変えてこちらに駆け寄ってきているのである。引きこもりがちなせいもありで元々顔色の悪い男だが、今は殊更ひどい顔をこちらに向けて晒していた。
     
    「――――」
     
     キュルキュル、と子どもの目からまたあの駆動音がした。
     ハッと息をのんで、ロナルドは慌てて子どもの顔を自分の手で覆い隠す。目に収束し始めていたらしいぞっとするような高熱に、手のひらがじゅうと嫌な音を立てて焼けているのがわかった。肉が焼ける嫌な匂い。びくん、と子どもの体が大きく震える。
     刺すような痛みに歯を食いしばって耐えつつ、ロナルドはドラルクを怒鳴り飛ばした。
     
    「何で出てきてんだ馬鹿! 逃げろっつったろボケ!」
     
     子どもが構わず攻撃を発射すれば、ロナルドの手や体などはあっという間に消し飛び、その先にいるドラルクまで届いてしまうだろう。そんなことドラルクにもわかっているはずだ。それなのに、どうして。
     早く逃げろと腹の底から怒鳴り飛ばしたにも拘わらず、ドラルクが踵を返すことはなかった。
     
    「馬鹿はお前だ、上!」
    「――――」
    「何を、……ッ!?」
     
     聞いたこともないようなドラルクの切羽詰まった声にはじかれたように顔を上げると、崩れた家屋の大きな瓦礫がバランスを崩し、まさに今ロナルドたちの上に降り注ごうとしているのが見えた。
     
    「ッ、やべ……!」
     
     回避――は、もうどう考えても間に合わない。瓦礫が落ちてくる範囲が広すぎる。ロナルドはほとんど反射的に、覆い被さるように子どもを腕の中に抱きしめた。
     迫り来る『死』の気配に、恐怖に、否が応でも全身から力が抜けていく。それでもせめてこの子どもは守らなくては。
     
    「――――――」
     
     何かがものすごい勢いで回転している音が近くから聞こえてきた。そしてそれと同時に、自分の中にあった『何か』がごっそりと抜け落ちていく感覚がする。自分の中における致命的な『何か』が。
     しかしその正体を理解するより先に、ロナルドの意識は、まるでブツンと糸が切れるように暗闇の中に落ちていってしまったのだった。
     
     
      +++++
     
     
     ――たすけて、たすけて!
     
     叫んだところで、果たして何処にも届かないことは理解していた。けれどそう痛いくらい理解していてもなお、叫ばずにはいられなかったのだ。もはや無様にそうすることしかできないくらい、このときの自分は無力そのものだったから。
     何一つ掴めやしない腹立たしいほど無力な手を、それでもがむしゃらに伸ばさずにはいられなかった。愚かしくも、すくい上げてくれるものを求めて足掻いていた。こんなところで終わりたくはないと、己のすべてがどうしようもなく叫んでいた。
     
    「――ああ、君、面白いねえ」
     
     ただ空を掻くばかりだった意味のないこの手に、どうしてか気付いてくれた物好きがいた。
     骨張った固いその手はさらさらと乾いていて、何となく老人のものと似ているように感じる。けれど降ってくる声は比較的若い男のそれで、少なくとも老成しているようには思えなかった。
     その声の奥に潜んでいたのは、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のような、少なくとも年を重ねたことによる落ち着きを得たものではなかったから。
     
    「うん、いいよ。私が拾ってやるとしよう! なんだか楽しそうだし、見目も悪くないしね。でも残念ながら、私には君を立ち上がらせてやれるほどの力はないから、悪いけど自分で立ってくれたまえ」
     
     そうして触れてきた、彼のその手の不思議な冷たさを。
     きっと自分はこの先、一生忘れることはないだろう。
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