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    arbata_caj

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    里葬

    帰る人「おかえり」
     と言うと、決まって返ってくるのは、
    「はい」
     という素っ気ない返事だった。何度も何度も出迎えては、もしかしたら、という淡い期待も込めて、ときにはにこやかに、ときには真面目に。手を変え品を変え、色々な「おかえり」を試してみても、やはり返事は同じ。
    「はい」
     もう少しどうにかならないのかよ、と口に出してみたこともあったのだが、相手はいつも通りに眉をぴくりとも動かさずに、
    「なぜ?」
     と首を傾げてみせるのだった。
    「お前とのコミュニケーションは慣れないな」
     皮肉などではなく心の底から溜息をついてみせても、それに対するリアクションはなく。常に中身のある会話しかしない、フェデリコとはそういう男だった。
    「おまえは、あれだな。いつも最短距離って感じの会話をするな」
    「何か問題が生じましたか?」
    「……いいや、特には。いつも話が早くて助かるよ」
    「そうですか」
     それなりに付き合いを重ねてわかるのは、別に嫌われているわけではないのだということ。それから、無駄話はしないといっても、俺にはことさら手短な気がすること――といっても、他の人間としゃべっているところをそんなに多く見たわけではないので、比較対象が不足しているあたりには留意が必要だが――と、つられて事務的な表現をしてしまった。
     たまには仕事以外の会話をしてみたいと思って新しくオープンしたドーナツのワゴンの話を振ってみたときは、確か営業時間の情報が返ってきた。そして俺が手土産に買ってやったドーナツは、しっかりと全部平らげられていた。そういうところはしっかりとラテラーノ公民らしいのだから、なかなか不思議なやつだ。

    「そういや、フェデリコもそろそろ帰ってくるかな」
     モニターから目を外すと、昼を少し過ぎたところだった。たしか、今の業務遂行状況は順調、ということだったか。位置情報を見ても、寄り道はせずに帰ってくるのだろう。そしてそのあとは、ロドスとの協定に基づいてあちらに行くことになっていたはずだ。
    「あいつ、ロドスではどんな様子なんだろうな」
     顔を合わせればああいう調子なので、あいにくとロドスでの様子を詳しく聞くことはない。だが、一度だけ「ドクター」とやらはどんな奴なんだ、と訊いてみたことがある。するとフェデリコは珍しく少し考え込んで、
    「こちらの役場でも歓迎されると思います」
     とだけ言った。だが、その短い言葉の中にも、えも言われぬ深い何かが見えたような気がして、俺は少しばかり呆気にとられてしまったのを覚えている。他者に対してあまり関心がなさそうなこの男から発せられたその言葉が、何故か耳にこびりついてしばらく反響していた。
    「へえ、そんなに面白そうなやつなのか」
     笑顔と軽口で返してみたが、果たしてうまく笑えていたかどうか。その手のことはそれなりに上手くやれる自負があるが、その時ばかりは少し自信がなかった。とはいえ、失敗していたとしてもフェデリコは何の反応もしなかったろうが。そしてそのときはまさか、エゼルまでも推薦されて向こうに行くとは思わなかった。フェデリコにとってはよっぽど居心地がいいのかもしれない。
    「……歓迎、ねえ。あいつ、もしかしてロドスじゃめちゃくちゃお喋りになってたりしてな。って、そんなわけないか」
     ひとり笑いを漏らしてかぶりを振った。
     もし「ドクター」に会う機会があれば、「うちのがいつもお世話になってますねえ」と、ドーナツでも持って挨拶に行ったほうがいいかもしれないな。そのときはとびきりのよそ行きの笑顔で。
     ちらと外を見れば、ラテラーノの町並みは相変わらず均整が取れた白い建物が並び、青い空とのコントラストが美しい。
    「……ドーナツ、買いすぎたかもな」
     デスクに鎮座する箱に一瞥をくれて椅子に身を預けると、かすかに軋む音が静かな部屋に響いた。向こうに持っていけるほどには保存が効かないものを選んだのは、ささやかな意地悪かもしれない。
    「……でも、ま。ここにいるあいつを知ってるのは、俺の方だからな」
     誰にともなく、ともすればみっともない独り言を口にした。そう考えれば、淡泊にも程があるあの受け答えにも、一種の味わいというものが出てきはしないか。むしろ、一つの言葉に色々なものが凝縮されている、ような。
     ――そう思いたいだけ?
     そうかもしれない。でも、お決まりのやり取りにはいつも、嘘も誤魔化しもない。流石にそれはよく分かる。
     ――でも、やっぱり寂しいのかもしれない。
     それも、そうかもしれない。それでもやはり俺はきっと、出迎えるたびにそれを言い続けるのだと思う。そして、その答えをいつも待っている自分も、確かに心のどこかにいる。いつもいつもだれかを出迎えては送り出し、俺はそういう役回りらしいのだが、今となってはそれも悪くはない、なんて思っていたりもする。あの「はい」が聞けるのは、きっと俺の特権なのだから――と、思っておくことにしよう。
     だから今日も、聞き慣れた足音が近づいてくると、俺は少しだけ深く息を吸い、笑顔で振り向くのである。
    「おかえり、フェデリコ」
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