Unknown⑧ 人通りがほとんどないとはいえこんな往来でしていい話じゃなかったな、と僕がようやく自覚したのはそのときにようやくだ。
先輩が足を止めかけてしまったから。
それが、今更何を、という迷惑から困り果ててなのか、それともまた別の理由からなのかは分からなかったけど、とにかくそのままにはしておけなくて、
すみません急に、とにかく行きましょう
と促してまた一緒に歩き始めた。
お互い帰り道とは逸れるけどとりあえず、とすぐに大通りを外れて入ったのは細い路地。ここなら、短時間であれば立ち話をしても差し支えないだろうと判断して僕は話の続きをしようとしたんだ。
まずは、急に告げてしまって申し訳なかったと、それから、もしかつて教えてくれた話の相手が僕でなかったならこっちの勘違いだから気にしないで欲しいと、そして──もし勘違いでなかったとしても、今は違うのならそれはそれで構わないと、そう順を追って話すつもりだった。
だから立ち止まって、先輩を見上げて、息を吸い込んだ、その瞬間──
「今も、好きだ」
先輩の、はっきりした声と、真昼の太陽みたいにきらきらとして、眩しい、真っ直ぐな視線に照らされて──僕は息が止まって、しまったんだ。
おかげで用意していた言葉の何ひとつも言えなくて──いや、言う必要が、なくなって。
追い付けて、良かった
と、思うに任せて視界を狭めるしか、できなくなった。
そこに映るのは、苦しそうでも、悲しそうでも、そして、嬉しそう、とも少し違う、もっと、明るい──今までに見たことのない笑顔をした先輩。
それを見て、僕は、あの日追いかけられなかった背中に、ようやく追い付けた、と、すごく幸せな気持ちになったんだ。
気付いて拾ったあのときから──立ち止まっている間に考えて、歩いてはまた止まって、それでも抱え上げた覚束無い想いは消えなかった。それどころか日に日に輪郭を厚くして、大きくなっていって、そして、その輪郭という殻を破って溢れるまでになった。
走った、つもりはないけど、少しは走ったかもしれない。
だけど先輩は、逃げないでいてくれた。
そのままの場所に居てくれたのか、ゆっくりとでも歩き続けていたのか、それは分からないけど。
それでも、僕は、ようやく、追い付けたんだ。