SPICE 下校時間を知らせるチャイムが鳴った。
いつの間にか、廊下からは人の気配がすっかり消えていて、悠仁は棚を整理していた手を止めた。顔を上げた瞬間、開け放していた窓から少し涼しくなった風が吹き込んできて深く息を吸う。
今日はここまでか、と大きく伸びをした瞬間、扉がレールに沿って横滑りする音が響いた。
「ここにいましたか」
「七海先生、どしたんすか」
悠仁が目を瞬かせると、七海は大きくため息をつきながら眼鏡を押し上げた。呆れてる時にする仕草だった。
「もうすぐ施錠時間ですよ」
「あー、そうみたいっすね」
壁にかかった時計に目をやる。チャイムが鳴ったので大体の時間はわかっていたが、短針が七の数字にかかっていた。まだ外は明るいが、夏至もとうに過ぎているし、一気に暗くなっていくだろう。
「…最近、根詰めすぎなのでは?」
七海が眉をひそめながら悠仁の整理している棚に近づく。今はもう使わない資料や謎の備品、消耗品が所狭しと詰められていたが、半分以上は悠仁の手によって捨てられていた。
「そんなことないっすよ。早くここ、部室として使わせてやりたいっしょ」
ようやく叶った同好会なんだからさ。
顧問を請け負った新しい同好会のため、技術科準備室を開けることとなった悠仁は、整頓をここ数日行っていた。
「あともうひと頑張りしたら、帰るんで」
そう言って棚の上部に手を伸ばす。手を付けかけたこの棚だけは片付けて帰ろうかと思ったのだ。
けれど。
「──明日から」
伸ばした手に、さらに手が重ねられた。かつては自分よりも大きかった、その手。今ではほぼ同じ大きさになった。その反対の手が、するりと悠仁のわき腹を撫ぜた。
直接的な接触に、心臓が大きく音を立てる。教職者然とした彼が、この人気のない学校の隅でほんの少しだけ夜の色を纏わせていたことに、背徳感と、確かな興奮を覚えた。
吐息を多く含んだ声が、首筋に落ちる。
「出張で三日間いません」
「知って、ますけど」
陸部の、全国大会でしょ。
職員室のホワイトボードに大きく書かれた青字を思い出しながら、あえてそっけなく返す。手は、払わなかった。
「ええ。なので──」
意志を持った掌が、悠仁のシャツの下──素肌を滑る。少しひんやりとした手との温度差で、肌が甘く粟立つ。
「っ、」
そんな悠仁の反応を楽しむように、背後の男は重ねた手をゆっくりと握る。
──早く、今日は終わらせて。
耳元で囁かれた声に、背筋が震えた。
「……は、三日も待てないわけ」
ナナミン。
わざと挑発的に、彼を煽る。そして振り向きざまに、何か言葉を紡ごうとした薄い唇に噛みついた。
もう、彼に翻弄されるばかりの子どもではないのだ。