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    matsuge_ma

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    matsuge_ma

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    お題「軽い気持ちでIVにちょっかい出してたらなんか変な雰囲気になってしまった付き合ってない凌IV」

    凌IV人間の睫毛とは、こんなに長く上向きに生えているもんだったろうか。
    凌牙は自身の隣に座る男の目元をぼんやりと眺めながら、そんなことを思った。自分の睫毛はどうだっただろう。思い返そうとしてみたが、自らの目元の様子がどんなふうだったかなんてちっとも頭に浮かんでこない。そもそも生えていただろうか、と馬鹿げた疑問すら浮かんでくるくらいには、自身の造形に無関心なのだった。
    それなりに容姿に気を遣っている凌牙の妹は、毎日鏡の前であーでもないこーでもないと身だしなみを整えているが、彼女の睫毛は確かにIVと同じくらい長かった気がする。元々しっかりカールした睫毛は、ビューラーとかいう、小さな拷問器具のような妙な道具を使うとさらに丸まって、大きな瞳を縁取る。璃緒は普段化粧をしないが、休日に出掛けるときはそんなふうに睫毛を丸めて、淡い色のついたリップクリームを唇に塗ることがあるのである。
    睫毛は長くてくるりとカールが強い方が良いんだそうだ。(どうしてその方が良いのか、凌牙は明確な理由を知らないが、璃緒がそう言うのでそういうものだと思うことにしている。)
    であれば、この男の睫毛は彼女のお眼鏡に叶うのではないかと凌牙は思った。何せ頬に影を落とすくらいには長いし、くせ付けなんてしていないだろうに天井に向かってすうっと伸びている。しかしIVのそれは璃緒のものとは随分異なるように感じられた。多分、色だろうか。黒々と光を反射するのに、なんだか透き通ったような妙な色をしたそれは、凌牙の目には不思議と柔らかそうに見えた。
    本当に柔らかいのか確かめたかった。この瞬間にはただそれだけで他意はなかったので、自分は悪くないと凌牙は未だに思っている。

    「ひ、い、!?」
    IVが間抜けな悲鳴と同時に大仰に身体を跳ねさせたので、膝がローテーブルに当たって、ティーカップがカチャンと鳴る。話に夢中になっていたせいですっかり冷めてしまった紅茶も少々ソーサーに零れてしまった。
    ゆらゆらと揺れるカップの中身を見て、凌牙ははっと我に返った。気が付けば、狭いソファの上で二人の距離は随分と近づいている。最初はこんなふうじゃなかった。きっと、恐らく、ぼんやりとしているうちに凌牙の方から近づいたのだ。長い睫毛を不思議だなと思いながら眺めている間に、もっとじっくり近くで見たいという変な気分になってしまったことを、なんとなくだが覚えていた。それから、指で直接睫毛の柔らかさを確かめようと手を伸ばしたことも。
    「睫毛が……」
    凌牙は言い訳のようにそう口走って、すぐにまた口を閉じた。
    ただ確かめたかっただけだ。一本ずつインクで染め上げたように真っ黒で、樹脂でコーティングされたみたいに艶々しているのに、ふわりと軽く柔らかそうに見えるそれが、本当はどんな感触なのかを知りたかっただけなのだ。他に行動の理由なんてありはしない。しかし少し冷静になって考えてみれば、少しおかしい行動だったのではないか、という考えに思い至ったのだった。
    普通、他人の顔を直接触ろうなどと考えることはないんじゃないか。凌牙は自分が赤の他人から突然そんなことをされたらきっと驚くし、多分怒る。もしかしたら、今黙っているIVも凌牙の不躾な行動に怒ったのかもしれない。いや、あるいは怒りを通り越して、気持ち悪いと嫌悪感を抱いていたって不思議ではない。それを想像したら、凌牙は身体の真ん中がぞっと冷える心地がした。どうしてか、怒りを露わにされるよりも侮蔑の視線を投げられることの方がよっぽど堪える気がする。
    凌牙は顔を背けるIVを見た。悲鳴をあげてから、IVは口を噤んだままだった。落ちてきた一房の髪の毛に遮られ、表情はよく見えない。しかしその耳が赤く色づいているのが分かって、凌牙は思わずソファの上で仰け反った。いや、そんな怒るか?そんなに、耳まで赤くするほど?
    そのとき、IVが小さく一度身を震わせたので、凌牙は更に落ち着かなくなった。怒りを堪えて震えるほどに、逆鱗に触れる行為だったのだろうか。正直凌牙はIVのことを、予測できないことも多くなかなかに面白い男だと思っているが、つまりは考えが読めないことも多々あるということなのである。
    IVは何も言わない。
    凌牙は恐る恐る身を屈めて、IVの顔を覗き込む。
    しかしその表情を確認した瞬間、唖然としてしまった。
    「いや、なんでだよ……」
    それはおかしいだろ。零した言葉が思わず突っ込むような口調になってしまったのも仕方がないだろうと思う。IVの表情は、予想とはまったく違うものだった。真逆だったと言ってもいい。

    IVは耳だけではなく顔全体を赤く染めていたが、それはどうにも、怒りのせいではないようだった。いつもキッと勇ましく上がっている眉尻は情けなく下がって、凌牙を睨みつけて来るだろうかと予測していた瞳は、不安と困惑を明確に携えて泳いでいる。困惑しているのは凌牙だって同じだった。IVがどうしてこんな顔をしているのか、ちっとも分からなかった。
    「きょ、今日は……」
    顔を覗き込んでいるのにじっと黙ってしまった凌牙に焦れたのかもしれない。こちらを横目でちらりと見遣ったIVが、上擦った声で言う。
    「今日は、駄目だ……もうすぐ兄貴が帰ってくるから……」
    いや、何が?
    凌牙は脳神経が焼き切れそうなほどに思考を巡らせ考えたが、IVの言葉の意味がまったく分からなかった。何が駄目だというのだ。凌牙はIVに何も求めてはいない。Vが帰ってくるから何だというのだ。なんの不都合があるというのだ。彼に見られては困るようなことを、凌牙がIVに望んでいるとでも?なんだそれは。そんなこと何も知らない。そんなつもりはない。何も思いつかない。なんだか、この様子は、こう、よく分からないが変だ。何かおかしい。
    だが、もう一度IVと視線を合わせたときだった。火照る頬とか、不安げに揺れる瞳とか、そういう、まったくらしくない彼の様子を見ていたら、その瞬間に突然気付いたのである。そう、気付いてしまったのである。
    抵抗にもならないような微かな力で、IVの手のひらが凌牙を遠ざけようとするように肩を押してくる。離れる間際、撫でるように手を滑らせたIVの、その手の熱と名残惜しげな仕草ーー衝撃が凌牙の頭を襲い、身体を電流が駆け巡って視界がシパシパと弾ける。心臓が内側から激しく肋骨を押し上げるそのリズムを感じながら、凌牙はIVと同じくらいに上擦る声で、「そうか」と神妙に返事をした。

    衝撃だった。IVに触れたのは無意識だ。まったく自覚のなかった自身の願望や欲求を無理やり暴かれたような気分は、理不尽な暴力を受けたにも等しい感覚であった。しかし同時に、凌牙は酷く安堵していた。IVは凌牙の秘めていた願望を拒否しない、それどころか喜んで受け入れる気でいることが分かったからだ。なるほど。凌牙はもう一度頷いた。ああ、なるほど。では、遠慮なんてせずに触れても良い、そういうことなのだ。
    IVは顔色を伺うように、一度伏せた目を上げて凌牙を見た。自分の欲求を自覚してしまった今となっては、「今日は駄目だ」という頓珍漢に思えたIVの言葉だって、凌牙にとっては何も的外れではないのである。
    IVは凌牙の機嫌を損ねたのではないかと気にしているのかもしれない。そう思ったらまた心臓がぞわぞわしてきて、ついその顔に伸ばしかけた手を凌牙は慌てて引っ込める。
    「……いつなら良いんだよ」
    時間をかけて考えた末に凌牙の口をついて出てきた言葉は、上擦る声を無理やり押さえつけたせいで妙にぶっきらぼうになった。
    「えっ」
    「お前が言ったんだ、今日は駄目だって」
    「は?いや……そりゃ、そうだけどよ」
    「他に良い日があるってことじゃないのか」
    IVは瞳を揺らし、うろうろと視線を彷徨わせながら、指先でティーカップの取っ手を引っ搔いた。ソーサーに零れた紅茶は未だそのままだ。きっと無意識なのだろう、落ち着きなく縁を指でなぞったり、やたらカチャカチャと音を立てながら冷えたカップの中身をかき混ぜたり、普段は絶対にしないような行儀の悪い仕草をしている。凌牙はそんな行動にIVの困惑を感じ取り、少し気分が良くなった。
    「い、いつって言ったって……ていうか、お前……」
    「……なんだよ」
    「なん……なんかおかしい!お前今日!」
    IVはほとんど叫ぶようにそう言って、得体の知れないものを見るみたいな目で凌牙を見た。若干の怯えが混じるその様子が可笑しくて笑いそうになる。満更でもなさそうな顔をしていたくせに、何故今になってこんなに動揺しているのか分からない。分からないが、それが妙に面白く、凌牙の早まった鼓動はすっかり元のスピードに戻ってしまった。
    「次の休みは?」
    気にせず尋ねると、IVは逃げるように身を引きながらも、少し間を置いてとある日付を答えた。確認するとその日は土曜日で、学校も休みな上に凌牙も予定はない。まだ随分と先だが、悪くないと思った。
    「じゃあ、その日」
    凌牙が頷きそう言うと、IVはごくりと喉を鳴らして目を泳がせた。酷く狼狽したその顔は、凌牙の気分を高揚させる。
    「逃げるなよ。お前が気付かせたんだから、責任は取るべきだろ」
    唇に張り付いた髪の毛を指で払ってやると、IVは「ぎゃあ!」と化け物でも見たかのような悲鳴を上げた。
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