ちょっとSFっぽい バニーなニキくんとフリルの妖精のマヨイくん 銀河系417星雲 66コロニー。
7層に分かれた階層の中で、それぞれが規則正しく生活することを求められている。
「……ぎも〝ち〝悪ぃ……胸焼けしてるっす……」
適度な運動が消化を助けるかと思い普段より多く身体を動かしたが、あまり効果はなかったようだ。
今日の『夢』も消化に悪い。
極度に効率化された世界では、感情を捨てられたものこそが上位種として崇めら、第1階層で暮らす権利を与えられる。
もちろん、そんな生体はごくわずかで大なり小なり感情を持つと、それなりの悩みや愚痴がでてくるものだ。
その感情の煮凝りのようなものを受け止め、昇華させる仕事。
それがニキの適職と診断された仕事だ。
成体になってからはずっとこの仕事をしている。
向いているとは思わないが、他にできる仕事もない。
今日もきらびやか空間の中で、いろんな人間の『夢』を食べてきた。
飲んで飲んで、吐いて吐いて、おかしくなくても笑って、相手を気持ちよくさせる。
そんな仕事。
勤務先の第三階層から居住区のある第七階層へと向かうエレベーターに乗ると、あまりの具合の悪さにニキは壁にもたれかかった。
息を吐くと未だに後味の悪さが喉から昇ってきて、今にも吐いてしまいそうだった。
(……なんで、こんな不味い『夢』ばっかりなんすかねぇ。
もう少しまともなものが食べたいっす……)
嫉妬は辛く、
激しい恋慕は甘すぎる。
嘘は総じて苦く、
虚栄は味がないわりに胃に負担がかかった。
(……はぁ……、しんど……)
高度に発達した世界での労働とは思想労働を指す。
発展性のない非効率な自分が最下層をあてがわれるのは、納得している。
他の階層は綺麗だけど、無駄がなくあまりに整然としていて、落ち着かない。
それでも、お世辞にも綺麗とは言えない街並みのありのままを受け入れてくれるような雑然さが、ニキは嫌いじゃなかった。
天井が引く人口太陽の光が届く場所も限られた居住区はいつもおかしな匂いがした。
第七階層の清掃に裂く効率を考えた時、切り捨てられたのだ。
取るに足らない存在なのだと見捨てられた者たちが住むところだということは住んでいる者たちが一番よく理解していた。
それでも生を望むのだから仕方ない。
整備が追いつかず、切れかけた電灯がチカチカと夜道を照らす。
雑居ビルの間を縫って、うさぎの額程の自宅に帰った。
「……ただいまっす」
立て付けの悪くなったドアを開けると室内は暗かった。
「……マヨちゃんは……ちゃんと寝てるっすか」
もうこんな時間だ。
子供は寝ているのだろう。
狭い部屋の中に布団がひかれていて、その中に潜る小さなマヨイの姿が見えた。
その事実にどこかほっとしつつ、起こさないようにキッチン側の灯りをつけた。
「……ごはん、用意してくれたんすね……」
今日の分のレーションがお皿の上に綺麗に並べられている。
きっとマヨイが準備したのだろう。
その隣りには折り紙で折られた花も添えられていた。
「あっ……『お花』っすね。
マヨちゃんがお留守番しながら、作ってくれたんすね。
可愛いっす」
駆け引きのない労りの気持ちに触れると、さっきまでの胃もたれが楽になる。
ニキは喜びに目を細めると、用意されたレーションを一つ口に入れた。
食べ慣れた味に、特に感想はない。
最適な栄養を最高の効率で用意され、生きるために必要なものだ。
もっと別の食べ物があると聞いたことがあるけれど、少なくともこのコロニーの中では見たことがない。
『花』だってそうだ。
土という不安定で扱いにくいものは、このコロニーの中にはなく、『花』だって映像や本でしかみたことはなかった。
「……ぅ……ッ……うぅ…ッ」
布団の方から苦しげな声が聞こえた。
(……また、マヨちゃん、変な夢見てるんすね)
ニキは音を立てないようにマヨイに近づくとその小さな身体を膝の上に載せた。
まだ小さく膝の上にころんと丸く収まってしまった。
フリルに包まれた幼体はその程度では目覚めることはなく、眉間に皺を寄せてうなされていた。
(勝手に食べちゃうなんて行儀が悪いんすけど、マヨちゃんは悪夢から解放されるし、僕にとってはデザートなんで、いいっすよね)
長い前髪を払って、眉間の皺を指先で伸ばすと唇を寄せた。
マヨイの夢は美味かった。
数週間前に道端に落ちていたマヨイを拾った。
本来生まれ落ちた幼体は、保護施設にて世話されたのち、必要な階層や場合によっては別のコロニーに送られるはずだ。
間違っても第七階層にいていい存在ではなかったが、幼体は言葉を話すことができず、嫌がらなかったため連れて帰って世話をしている。
幼体がいつ成体になるのかは、個体差が大きいためよく分からないが、そうなれば自分の意思でどうするか決めてもらえばいいかと、ニキは安易に考えていた。
迷い込んだ幼体だから、マヨイのマヨちゃん。
即席でつけた名前を気に入ったらしく、呼ぶとふよふよと飛んでくる姿は可愛らしかった。
「……いただきます」
両手を合わせて、夢に齧り付くと今夜の夢も滋養に富んだ味がした。
繊細で色々な味がする、少しえぐみのような苦さを感じるのだけどそこも癖になって美味しい。
食べながら、相手の夢の一部も垣間見るのだが、マヨイの夢の中にはいつも見たことのない物で溢れていた。
(……花なんて、見たことないんすけど。
マヨちゃんは『見て来た』みたいな夢、なんすよね……)
奇怪でグロテクスだけど、美しい花。
うなされているところを見るに良い思い出ではないのだろうが、それでも目を惹かれる生命力よようなものがあった。
(……この子、どっから来たんすかね。
ひょっとしなくても、こんなとこにいていい子じゃないのかも)
何度かそう思うのだが、その先を考えるのは面倒で辞めた。
誰かにとって不都合であったとしても、マヨイは今の生活を楽しんでいるようだから。
「ずっと一緒にいてもいいんすよ。
僕もその方が助かるっす」
マヨイの思想は舌に喜びをくれる。
こんな味を食べてしまったら、他のものが食べられなくなるくらい。
気づけば、胃にもたれていた悪夢も浄化されたようですっきりしていた。
(……ご馳走様でした)
悪夢の怖いところだけを食べて、楽しいことを補ってやる。
夢の中が美しい花畑に変わる頃には、マヨイも安らかな寝息をたてていた。
その寝顔を眺めていると、こっちも眠たくなってくる。
ニキは一つ大きな欠伸をすると、膝の上にいる小さな生き物を撫でた。
「……ずっとずっと向こうの星には、マヨちゃんが見てるみたいなお花が咲いてるらしいっすよ……いつか一緒に行きたいっすね」
こんな最底辺の仕事をしている今、叶うことのない夢だってわかっていたけれど、夢を食べるだけではなく見ることだってしてもいいはずだ。
「本物の花、みたら……こんな悪夢も見ないっすかね……まあ、いいや」
布団にマヨイを寝かせるとその隣り潜り込んだ。
幼体の高い体温は心地よく、すぐに睡魔に襲われた。
「おやすみ、マヨちゃん。
良い夢を」