あわいに酔う 空が徐々に白む。
新しい朝が、新しい一日が今日もはじまる。
重く静かに包むようにただそばにいてくれた暗い夜が終わり、また全てを新しくするような朝日が昇る。
泣き腫らした腫れぼったい目を、朝日が刺す。
その眩しさに目を細めるまでもなく、二重の消えた厚い瞼は薄ぼんやりとしか開かない。
夜を越える、というけれど。
越えたくなくても朝が来るのに、何も変わらない気持ちのままただ日々がすぎることを、振り返ったときには越えたと表現するのだろうか。
季節外れの浜辺には他に人もなく。
形だけある砂にまみれたベンチに座り、ただ夜と波の音を聞いて、一夜を明かしてしまったとあなたが聞いたら、なんというだろう。
いつものように励ますのか、揶揄うのか。
もはやその声は遠く、繰り返すのはどこまでが自分の妄想でどこまでが現実だったのかわからない。
それでも、その思い出にすがり、鼓舞にも絶望にも希望にも変える、そんな未練がましい自分が愚かにも、殉教者のようにも思えた。
思い出が涙腺を緩ませ、静かにまた頬を濡らした。
胸の中に層のように積もった感情は、一つまた一つ涙に変わり外に落ちていく。
もはや自分でもなぜ涙が出るのかはわからなかった。
ただそうして一つづつ解凍をしていくと、その一番下にある気持ちの形がよくわかってくる。
ずっと分厚いものに覆われていて、なんなのかわからなかったものだ。
少し前までは怒りだったし、不安と名づけたこともあった。
いまは全てなくなった時にその感情を直視して、それに名前をつける日が来ることが怖くもあり、祝福でもあると感じる。
たぶんそれが自分にとって一番綺麗な感情だから。
もうふくこともやめた涙が頬を濡らすたび、風がそれをなぞり、終わることのない波の音が聞こえる。
少しづつ車の音も増えて、日常の喧騒を感じる瞬間、立ち上がると履いていた靴を脱いで波打ち際に降りた。
こんなことをしても意味なんてない。
帰り支度が大変なだけだと理性が告げても、ただこの夜を寄り添ってくれたものに足をひたしてみたくなったのだ。
ただ静かに波の中に出すと、砂が足を洗い、波が指の間をくすぐる。
その様をじっと眺めていた。
こんな時でも頭をよぎるのは、こんな自分をみてどう思うだろうか、だから、惨めすぎて涙がでた。
涙は生き物が海から生まれた名残だという。
この落ちる涙も海に還るのだろうか。
こんな名前をつけることのできないような感情の渦に苛まれるくらいなら、いっそ体ごと還れたらと思うのに、そうするだけの思い切りも気力もない。
ただそれでも息をして、悲しみで締め付けられ痛む心臓は鼓動を止めない。
それが惨めで悔しくて、どうしようもなく愛おしい。
別にいまある気持ちの全てを捨てて、記憶を無くしたいわけじゃないからなおさら。
脳裏でかつて呼ばれた名前の音が反芻される。
もう記憶の中でしか呼ばれない。
また呼んでくれと願うのに、もうそれを願うことはおこがましい。
それでも、その記憶は消えないから。
そっと過去に名前をつける。
それをなぞるたび、喉の奥が熱くなりなにかが詰まる。
目を瞬かせるとまた一つ、透明な血が波の中に消えた。
(……帰るか)
闇に沈むとも、朝に溶けるとも、まだ決めることはできなかったが、その狭間に立っていること。
それだけでいまはいいんだ、いまはただ。