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    【伏棘 キスの日】
    お昼休みに、今日5月23日はキスの日だということ、そしてキスにはする場所によって意味が違うということを知ったとげくんは放課後恋人の部屋へ行き……

    【伏棘】キスの日――ねぇ、どこに一番キスしたい?

    放課後いつもどおり恵の部屋にお邪魔した俺は、今日ずっと訊いてみたかったことを早速尋ねた。
    「はい?」
    「つな、いくら?」
    ――いま、俺の体のどこに一番キスしたい?

    ローテーブルの向かいに座って宿題をしていた恵は、突拍子もない質問に怪訝そうな顔をしたが、付き合って数か月、俺が面白いこと大好きという性格を知ってか、「そうですね……」とあごに手を添えて考え始めてくれた。

    昼休みに携帯をいじっていると、今日5月23日はキスの日だということ、そしてキスはする場所によって心理的な意味が隠されているということを知った。髪の毛には愛おしさ、指先は賞賛、すねは服従。体中あらゆるところに唇を落とされているけれど、恵はどこにキスするのが好きなのか。それに、いつも冷静で落ち着いてる年下彼氏の隠れた心も覗いてみたいと好奇心がムクムク湧いてきた。
    恵はどこを選ぶのか。服を脱ぐ前も最中も何度も唇を重ねるし、体の力が抜けるくらい舌を絡めてくるから、「キスっていったらやっぱり唇ですね」なんて言いそうだ。で、そのあと「こんな質問するってことはキスしてもいいんですよね」なんて可愛いおねだりを想像して、帰りのHR中は制服の襟の下でニヤニヤしていた。それなのに。

    「うーん、そうですね……」
    深く蒼い瞳がじっと真っ直ぐこちらを見つめる。視線がゆっくりと、唇から頬、耳を通り、首筋、腕、そして胸へと移る。舐めるように、まるで視線で愛撫しているみたいに。
    やばい。じわりと手のひらに汗がにじみはじめた。
    どこに口づけしようか探っているということは、服を着てる俺を見てはいるけれど、恵の頭の中ではきっと裸で。もしかしてベッドの上でしてるみたいに、今見てる所に脳内では触れているのかもしれない。そう思うと、まるで視線に犯されているようで、体の奥底でゾクリと小さな興奮が沸き起こった。

    ふと、ブブブブと恵の携帯が震えた。
    「つな、すじこ」
    「任務とか緊急の連絡だと音が出る設定にしてるんで」
    携帯には目もくれず、真顔のまま胸からへそを辿る。そして下半身に粘度の高い視線を落とすと、わずかに口角を上げスッと立ち上がった。
    「つな!?」
    ビクッと体が震える。
    「キスしたい場所、決まりました」
    「す、すじこ!」
    「せっかくなんで、言葉じゃなくてキスして教えます」
    そう平然と答え、座っていた俺の後ろに腰を下ろすと、力強く抱きしめた。
    「高菜、めんたいこ!」
    なし崩しに色んな所にキスされていつもみたいに蕩けさせられるのもしゃくだから、「一番キスしたいとこ一か所だけだからな。あと下半身はダメ!」と制限した。
    エッチはしない。一回キスするだけ。あと、もし気持ちよくなっても変な声は出さない! だって今日こそは……。そう心の中で固く誓っていると、ふいに制服の上着のボタンに手が掛かった。
    「!?」
    恵が一番キスしたいとこって口じゃないの? そんな驚きを見透かされたのか、「キスしたいところ、制服で隠れてるんで」と耳元で答えながらボタンを外した。
    キスは一か所だけという約束を守って、唇が耳に触れるか触れないかぎりぎりの所で恵が喋る。いつもは唇を這わせ舌でなぞりながら声を吹き込まれるから、かえってじれったく、刺激がほしくて体が疼きだした。でもこのまま流されるのは嫌だ。だって今日こそは。『先輩はどこにキスしたいんですか? 俺も教えたんで先輩も教えてください』『ふふっ。俺はね……』って会話に持ち込んだら、ネットで調べた大人っぽいキスを実践して、今日こそは俺がかっこよくリードするんだ。だから「高菜、いくら!」と釘を刺した。
    「分かりました。キスするだけで他のところは触りません」
    「しゃけ!」
    これで安心、と思っていたのに、後ろから伸びた手はシャツのボタンまで外しにかかった。まさか恵がキスしたい場所って!
    「お、おかか、めんたいこ!」
    「そことも迷いましたけど……あ、そこに変更してもいいんですか?」
    「おかかおかかっ」
    恵に性感帯へと変えられた胸の尖り。そんなところに口づけされたら今日の計画が一気にだめになる。でも胸以外で、シャツのボタン外してまでキスしたいとこって他にあるか? そう疑問に思っていると。

    「んっ」
    全く意識してなかった場所への突然の刺激に、ビクンと体が跳ねた。じゅっと吸いつくように、火照った唇が押し付けられる。シャツをずらし、恵の目の前にさらけ出された、無防備なうなじに。
    なんで、と思わず口をついた疑問に、恵が口を開いた。
    「ここ、先輩の匂いが一番濃いんです」
    うなじに熱い息がかかる。
    「いつも制服で隠れてて俺しか見れないし」
    「ぁ…んんっ……お、かかぁ」
    ちゅっ、ちゅっ、と小さな水音を立てて唇が這うたびに、体の奥から甘い痺れが沸き上がってくる。
    それに……と説明はまだ続く。
    「キスしてると今みたいに項が赤くなってくるんですけど、」
    シャツを下までずらし、ぬめる舌で項をなぞり上げた。
    「すげぇ興奮します」

    うなじって確か……。霞がかってきた頭で昼に見たキスのサイトをなんとか思い起こすと、ブルッと体が震えた。『欲望』と『執着』。

    終わらないうなじへの刺激に、呼吸まで乱れてきた。このままだと俺の方からもっと先を強請ってしまう。それに。
    「いくら!」
    何回キスするんだよ! 後ろを向きキッと抗議すると、想像以上に色情に濡れた鋭い瞳とかち合った。
    一か所・・・、キスしてもいいんですよね?」
    有無を言わせないはっきりとした口調。そういえば俺、言ってたっ……け。
    「他の所は触らないから、一か所だけキスしていいんでしたよね?」
    そう念を押されると、「しゃけ」以外口にできなかった。

    生温かいぬるりとした舌。食み、味わうように押しつけられる唇。その合間に首の表面を撫でる、熱を持った吐息。
    今日は俺がリードしてやる、という決意とは裏腹に、恵がどんな触れ方をして、この先にどんな快楽が待っているのか何度も思い知らされている体は、もっともっと触れて欲しくて、身を捩り正直な反応をしてしまう。

    「肩も背中も真っ赤ですね」
    甘やかな声が鼓膜を濡らし、抗えない一言が吹き込まれた。
    「うなじ以外にも、キス、していいですか」
    「…………しゃ、け………あッ――」
    恵の舌が耳の輪郭をなぞり上げると、毛が逆立つようにゾワリと鳥肌が立ち、一気に火がついた。
    はだけたシャツの裾から手が差し込まれ、汗ばむ肌を這いながら上へと伸びる。指の腹が小さく膨らんだ胸の先を捉え、きゅっと摘まんだその時――

    「ちょっとぉー、いるんだったらメッセージ見……、あ」
    「!!?」
    「なっっ」
    勢いよくドアが開き、目隠しをした長身の男が現れた。

    「あーごめんごめん、そりゃ見れないよね。お邪魔しました~」
    ゆっくりとドアを閉めかけた悟が、「あ、」ともう一度顔を覗かせ、「硝子には2人とも行けなくなったってちゃんと伝えとくから、気にしないで」と目隠しの下でウインクしてそうなくらいご機嫌なテンションで出て行った。

    『ちゃんと伝えとくから』
    嫌な予感がする。それに硝子さんにって…………あっ!
    「つな、めんたいこ」
    「忘れてたって何を……」
    恐る恐る携帯を開くと、思った通りパンダと真希からメッセージが届いていた。
    『とげー早く来ーい』
    『医務室行くの忘れてるだろ』
    『帰りのHR、上の空だったからな』
    最後にあきれ顔のパンダのスタンプ。
    そうだった、と頭を抱える。確か帰りに担任が話してた。でも重要とも思えなかったし、それに放課後のことが楽しみすぎてすっかり忘れ去っていた。

    「あ……」
    眉間にシワを寄せながら画面を睨む恵の携帯を覗くと、悟からのメッセージが並んでいた。
    『言い忘れててごめーん』
    『硝子が骨密度測る装置かしてもらったみたいでさ』
    『みんなで測定するって』
    『今日骨密523度の日なんだって(笑)』
    『医務室! 医務室集合ー』
    『棘も来てないんだけど見つけたら連れてきて!』

    下までスクロールした恵が、はぁ……と息を吐いた。
    「……骨密度、測りに行きましょうか」
    「高菜!?」
    「今か明日か。五条先生に見られた時点でみんなにイジられるのは確定ですからね」
    確かに。
    「それにこのまま行かなかったらパンダ先輩か真希さんが探しにくるかもしれないし」
    それはそれで冷やかされるな。
    「……しゃけ」

    あーあ。みんなに伝わってるだろうし、今日はさすがに続きできないよな。シャツのボタンを留めながら火照りの残る体を仕舞っていると、ふいに「先輩」と呼ばれ、顔を上げたところにちゅっと唇が重なった。

    「寮に戻ったら、続きしましょうね」
    「す、すじこ?」
    「別にイジられても気にしませんよ。俺は先輩と一緒にいたいんで」
    「つな……」
    「でも、」
    細めた瞳をギラリと光らせ、唇を耳に寄せてしっとりと囁いた。

    「中途半端にお預けくらったぶん、覚悟しといてくださいね」

    俺がかっこよくリードできるのは、明日以降になりそうだ。
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