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    oishi_shioyaki

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    oishi_shioyaki

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    バーテンイベ🔶💧。
    多分甘め…若干物騒も混じってます。
    読み返してみたら何を書きたかったのかよく分からん産物だったので供養です🙏
    どうかなまあたたかーい目で読んでやってください😌

     風神バルバトスの統べる国、モンド。国全体を満ちる空気は明朗でいて軽快、道行く人々の顔も、別段笑顔が浮かべられているというわけでなくとも、どこか晴れ晴れとして見えていた。璃月に比べれば少し浮ついた感がないでもないが、モンドという国の魅力はそこにこそあるのだろう。ふわふわ、時にはふらふら、足の向くまま気の向くまま、何に縛られることもなくその時々の風に身を任せて飛んでゆく――そんな風神の姿をそのまま映したような国であると鍾離は感じていた。「自由」。そう、正に自由そのもの。風の国モンドはバルバトスの御心の元、自由という概念を体現するが如くそこに存在していた。

     モンドの酒場、エンジェルズシェアにて旅人との偶然の出会いと彼の淹れた美味い煙霞繁葉とを存分に堪能したのち、璃月への帰路を行く道すがらのこと。風の国の在り方を想いしみじみと感じ入っていた鍾離の足元に、突如小さな影が現れた。その影に気づいた鍾離はぴたりと足を止め、はてこの影は一体なんであろうかと正体を確かめるべく眼下を見下ろす。するとそれと同時、鍾離の前にずいと差し出されたものがある。前といってもそれを差し出した影の主は大層小さかったので、鍾離はその影の主と目線を合わせるべく膝を折ることはせず身を屈めてから、差し出されたものへとよくよく目を凝らした。それは一輪の花であった。
    「ほう。風車アスターか。花弁の艶、張り、青々とした葉のするりと滑るような感触……ふむ、実に良き個体だな。風車アスターは吹き過ぎる風を何よりも好む植物だ。きっとそれは遮るものの何もない、風の颯々と吹く丘の上で悠々と育ったのだろう。風の具合によって質を変えるその花は、視認することかなわぬ風の有様をそのまま体現した姿であると言ってもいい。モンドの人々がそれを「見える風」と呼び表し、愛するのも頷けるというものだ。……して、その「見える風」を携えた小さなお嬢さん。俺に何か用事だろうか」
     一輪の花を前につらつらと語られる蘊蓄。小さな影の持ち主はきっとその意味を理解しないだろうと分かっていても、鍾離はそれを語らずにはいられなかった。性分なのだから仕方がない。
     鍾離の言葉を半分も理解していないだろうに、それが終わるまでしっかり耳を傾けていた影の主――小さな少女が体を傾け風車アスターの横からひょこりとその顔を覗かせた。そのあどけなさからして、歳の頃は四つか五つくらいだろうか。まろい頬を朱色に染め、少女は唐突にこんなことを言う。
    「おにいさんかっこいいから、わたしが大きくなったらおむこさんにしてあげる」
     少し沈黙。鍾離は数度目を瞬いた。
    「おむこ……?ああ、婿か」
    「うん。これお花。やくそくのお花」
    「ふむ……人の子、それもこのような幼子がまさか俺を婿に取ろうとは。流石は自由の国というべきか……面白い。やはり異国も訪ねてみるものだな」
     顎に手を当てしばし感心。しかし答えは決まり切っているので鍾離は早々に口を開く。
    「お嬢さんのような素敵な女性に見初めてもらえるとは光栄なことだ。だが済まない。俺は結ぶことのできない契約に対して、たとえ嘘でも諾と頷いてやることはできないんだ。諦めてくれ」
    「えっと、おむこさんになってくれないの?おにいさんのお話、むずかしくてよく分かんない」
    「む……そうか。いや、俺はどうにもお前のように幼い人の子と話すのは得意ではなくてだな……」
     言い淀む鍾離の惑う心持ちなど知らず、少女は丸く大きな目をぱちくりと瞬かせ、続く言葉を待っている。世界の汚れた面などまだ何も知らぬとばかりにただ純真無垢な少女の目を見ていると、不意にいとしい人とのとある日の、とある会話が思い出された。

    ―――

     バタバタと騒がしく去っていく幼き人の子らの足音を聞きながら、かつて鍾離はいとしい人へこんなことを言ったのだ。
    『公子殿は子供の扱いをよく心得ているのだな。初めて会う子らばかりだったろうに、彼らは皆すぐにお前に懐いた。それに引き換え俺は駄目だな。けして幼子が嫌いというわけではないし昔仙人の子を世話していたこともあるが……どうにも勝手が違うらしい』

     璃月にて恋人――タルタリヤと二人軽く手合わせをしていた時のことだ。鍾離としては本当に軽く武器を交える程度で終わらせるつもりのそれだったのだが、案の定と言うべきか、タルタリヤがそんなお遊び程度の手合わせで満足するはずもなく。鍾離も鍾離でいとしい人から注がれる明確な殺意を一身に浴び興に乗せられてしまったので、それならば元素力の一つでも行使してやろうかと黄金色の目を光らせたその瞬間のことであった。突如、『すっげえ!かっけえ!』という幼い声によって音にされた稚拙な言葉が、鍾離とタルタリヤとの間を割ったのだ。その声にさえ遮られなければ今にもタルタリヤの足元を迫り上がろうとしていた石柱は、さらさらと金色の塵になって吹き過ぎる風に舞う。その様を共に見送った鍾離とタルタリヤは互いに目を見合わせ同じタイミングでぱちくりと目を瞬き、そしてこれもまた同じタイミングで声のした方を振り返った。
     金色と青色の視線に見守られ、子供が数人バタバタと興奮した様子で一目散にこちらへと駆けてくる。一体何事かと話を聞いてみれば、彼らは鍾離とタルタリヤとの手合わせを見て、その様子にいたく感銘を受けたと言うのだ。いや、実際には『お兄さんたちすごいね!どうやったらお兄さんたちみたいになれる?俺たちにも闘い方教えてよ!』と愛らしく武道の何たるかを説いてくれと乞われたに過ぎなかったのだが。
     闘い方を教えてくれるまでは絶対に帰らないからと言い断固としてその場を動こうとしない子供らに、タルタリヤはその心意気が気に入ったと言って、特別に指南をしてあげようといつの間にか首を縦に振っていた。そうして鍾離はタルタリヤと二人して彼らの師となり武道を説くこととなったのだが、幼子相手では当然のことながら思うようにはいかず。一体どうしたものかとらしくなく四苦八苦する鍾離に対し、しかしタルタリヤは実に見事に子供らの『先生』を演じて見せていた。
     日が暮れるまで武道の指南は続き、鍾離とタルタリヤは『俺たちきっと強くなるから』と何とも頼もしい言葉を残し騒がしく去っていった子供らを見送った。そしてその時鍾離が口にした台詞が前述のあれである。公子殿は子供の扱いが上手い、それに引き換え俺は駄目だなと言った鍾離に対し、タルタリヤはあの子供らに向けていたのとはまた少し種類の違ったやさしい微笑を浮かべて見せた。
    『あはは。そりゃあ仙人と人間の子供とではえらい違いだろうね。でもみんな、鍾離先生の槍捌きを目をキラキラさせながら見ていたじゃないか。どうしてそんなことができるの?その槍は一体どこから出てきているの?って!……先生の答えを聞いたあとはみんなぽかーんとしてたけど』
    『まさか見兼ねたお前に魔法使いに仕立て上げられるとは思ってもいなかったが……あれはあれで絶妙な助力ではあったのだろうな』
    『だって鍾離先生ったら!子供相手に力の向きがどうの岩元素がどうのって小難しい話を始めるんだもの!俺、笑いを堪えるのに必死だったんだから……ああいう時はね、実は鍾離先生は不思議な魔法が使えるんだよって一言言ってあげるだけでいいんだ』
    『だが嘘は……』
    『子供からすれば元素力なんて魔法と同じようなものさ。あれくらいの歳の子たちは大抵魔法はちゃんと存在しているんだと純粋に信じているから、その夢を壊すようなことをしちゃいけない』
     すっと伸ばされたタルタリヤの人差し指が鍾離の唇にぴたりと触れる。ふわりと微笑みながら野暮なことしちゃだめだよと言う彼が、鍾離の目にはひどく眩く映った。
    『いいかい、鍾離先生。子供と話をするときはね、まず目線の高さを合わせるんだ。ちゃんと膝を折って屈むんだよ。そうしたらまず目を見る。目を見て、できるだけやさしく微笑んでから、ゆっくりと伝えるべき言葉を口にするんだ。ただし難しい言葉は使っちゃいけない。多分先生にはこれが一番難しいだろうけど、でも子供としっかり会話をしたいのなら使う言葉を選ぶことが大切だ。……どうしてもできないと思ったら、今日の俺が子供たちにしていた言葉遣いを思い出してよ。それを真似すればきっと、先生だって上手に子供と会話ができるようになると思うから』

    ―――

    「おにいさん、大丈夫?」
     そんな少女の心配そうな声に、鍾離の意識はタルタリヤとの優しく穏やかな思い出から現実へと引き戻された。知らぬ間に緩んでいたらしい頬を引き締め、いや違う子供と話すときは優しく微笑せねばならないのだったなと思い出し、鍾離は引き締めたばかりの頬をまた緩めた。そして今度はちゃんと膝を折って屈み込み少女の目線と自分のそれとをできるだけ合わせ、己の意図するところを伝えるべく彼女の目を見ながら徐に口を開いた。
    「ああ、問題ない。さて、俺を婿にしたいという話だったな?そのことなんだが、駄目なんだ。俺はお前の伴侶……いや、お婿……さんにはなってやれ……、なってあげられないんだ。大丈夫。お前はとてもかわいらしいじょせ……女の子だから、俺のような爺ではなく、もっと相応しい人間がいつか、お前のことを迎えに来てくれるはずだ」
     辿々しくも鍾離はなんとか言い終えた。あの時タルタリヤと共に相手をしたのは男児ばかりだったので勝手は些か異なったが、できるだけ簡単な言葉を選んで口にするという根本の部分は変わらない。やればできるじゃないか、とやさしく目元を綻ばせ微笑むタルタリヤの顔がふと脳裏を過ったような気がした。そうだろう、と面には出さず少し得意になる。
    「ふふふっ!おかしいの!おじいちゃんじゃなくておにいさんでしょ?……それにどうして?どうしておむこさんになってくれないの?」
    「それは……そうだな。俺には既に愛して止まぬ……いや、大好きな人の子がいるので、」
    「およめさん!?およめさんがいるんだ!」
     言えば小さな手に衣装の裾を握られ、ぐいと引かれる。鍾離の言葉を食い気味に遮った少女の大きな瞳はキラキラと輝いていた。鍾離を婿にするという当初の話はどこへやら、少女のそのキラキラはどうやら新しい話の種に夢中らしい。
    「嫁?……嫁か。はははっ!そうだな。まだ嫁ではない上にしばらくは俺のモノになってくれそうにはないんだが、そう遠くないうちに嫁にしてしまいたいとは思っているな」
    「わぁ!いいなあ……!それって恋っていうんでしょ?ママが言ってたの。おむこさんとおよめさんになる前に、わたしたち人は恋をするんだよって!」
     世界の汚れた面など何も知らぬと言うような、ただただ純真無垢なばかりの大きな瞳がじっとこちらを見つめている。それは六千年生きた一個の神であった己に教えてくれているような気がした。貴方がかの人の子に抱いている感情をこそ、我々人は恋と呼ぶのですよと。
    「そうか……俺は公子殿に恋をしているのか」
    「わたし、おにいさんの恋を応援するね!このお花も、本当はおにいさんにあげたかったんだけど、でも、そのおよめさんにする人におにいさんがプレゼントしてあげて?」
     差し出された花を鍾離は丁寧に受け取った。その名の通り、風車という玩具によく似た花だ。この花はきっと、まるで子供のように愛らしく笑った時の公子殿によく似合うだろうと、何故かそんな気がした。
    「……ああ、感謝する。必ず渡そう」
    「うん!頑張ってね!きっとその人をおよめさんにしてあげてね。……それじゃあ、おにいさんにふうじんのごかごがあらんことを!」
     飛び切りの笑顔を最後に見せて踵を返し、少女はるんるんと足取り軽く去ってゆく。それを見送り、鍾離はふっと吐息を零した。
    「風神の加護か……些か不安はあるが……ふむ。まあ何もないよりはマシかもしれん」
     ぼそりとそう呟けば途端にびゅうと強く風が吹き、それに背中をぐいと押された。詩と酒と、それから何よりも自由を愛するあの困り者の友人に、つい漏れてしまった憎まれ口への指摘とともに激励を贈られたような気がした。
    「……ふむ。それにしても嫁とは……はははっ!お前がこの場にいたら、一体どのような顔をしたのだろうな、公子殿」
     吹き過ぎる風に背を押されながら、鍾離は再び璃月への帰路を歩み始める。早くお前に会いたいと思いながら進める足の歩調は、いつもより少しばかり早かった。

    ―――

     モンドの地より帰路を急ぎ、鍾離が無事に璃月へと帰り着いた頃、頭上の空はすっかり黄昏色に染められていた。この時間であれば運が良ければタルタリヤに会えるだろうかと思い、鍾離は往生堂へ戻るより先に北国銀行を訪ねたのだが、どうやら今日は運がいい日だったらしい。風神の加護とやらも存外馬鹿にできないものだと感心を覚えながら、鍾離はエカテリーナに通されるままタルタリヤの執務室へと今まさに足を進めている最中だった。少ししてから目的の部屋の前に辿り着く。そして来訪を告げるべく扉を叩こうとし、しかしそれよりも先に聞こえてきた「どうぞ」の声に促されるまま、鍾離はそっと眼前の扉を開いた。
    「やあ、鍾離先生。余所者の俺が言うのも変だけれど、璃月へおかえりなさい。モンドの地はどうだった?」
    「何も変なことはないしお前は余所者でもない。ただいま、公子殿。モンドはとても良いところだったぞ」
    「そう。それは良かった。次機会があれば、今度こそ俺も一緒に行きたいものだね」
    「ああ。是非行こう」
     鍾離を迎えたタルタリヤは執務室の窓辺にゆったりと腰掛けていた。執務机の上の書類は綺麗に片付けられた後だ。
     モンドの地へは、本当はタルタリヤも一緒に行く予定をしていた。だが当日になって彼の部下が何かミスをしたとかで、処理をしなければならない仕事がどっと増え、タルタリヤは留守番を余儀なくされたのだった。
     鍾離が窓辺へ腰掛ける彼へゆっくりと歩み寄り近づけば、彼からは少しだけ血の匂いがした。タルタリヤのものではない、他の人間の血の匂いだ。そのことと、書類のすっかり片付けられた執務机の上とを見れば、タルタリヤが今日こなさなければならなかった仕事はもう何もかもすべて終わった後なのだろうと察することができた。けれど彼はここにいる。つまり彼は仕事を終えたが帰らなかった。その飽くなき戦闘欲を発散すべくまだ見ぬ強敵を求め、璃月の地を駆け回ることもしなかった。彼はただ、北国銀行の執務室の窓辺へ所在なげに腰掛けていたのだ。それの意味するところを理解できぬほど、鍾離は鈍くはない。
    「待っていたのか?」
    「先生が帰ってくるのをかい?違うよ。ただここにいたい気分だったってだけだ」
    「……素直でないのだな」
    「うるさい。違うって言ってるだろ」
    「ははっ。そうか、違ったか」
     健気な彼がいとしくて、いとしくて堪らなくて。つい伸ばしてしまった手は、けれどタルタリヤのそれが軽くぱしりとはたいてしまう。それが明確な拒絶ではなく照れからくる行動なのだと、彼のほんのりと赤く色づいた頬が教えてくれていたから、鍾離はそのかわいらしい抵抗をやさしい微笑を浮かべてゆるす。
    「そんな話はいいからさ。モンドでの話を聞かせてよ。さっきから気になって仕方がないんだ、先生の懐にあるそのお花。風車アスターだっけ?旅人にでも貰ったの?」
    「ほう。俺がモンドで旅人に会ったと分かるのか?」
    「やっぱり。なんとなくそんな気がしてたんだ。鍾離先生が珍しく異国を訪れるなんて言うから、きっとその場には旅人も居るんだろうなって。いいなあ、俺も久しぶりに旅人と手合わせがしたいよ」
    「俺は別に旅人と手合わせをしたわけではないんだが……。ああそれから、この花は風車アスターに違いはないが、旅人から貰ったというわけではない」
    「……へえ?なら一体誰に?」
     タルタリヤは平静を装っていたが、鍾離は彼の目が少し見開かれた一瞬間を見逃さなかった。覚えず口角が上がってしまう。
    「順を追って話そう。実はモンドからの帰路、とある少女に声を掛けられてな?彼女はこの花を差し出しながらこう言ったのだ。俺のことを気に入ったので、自分が大きくなったら俺を婿に欲しいと」
    「は?婿?……鍾離先生を?」
    「ああ、そうだ。愛らしいだろう?」
    「いや、愛らしいって……」
    「あんなにも幼い人間の子が、元とはいえ神であったこの俺を婿に欲しいといったのだ。……前途有為な子だとは思わないか?」
    「冗談だろう、鍾離先生?ふざけたこと言って俺のこと怒らせようとしても無駄だからね。……だって相手はまだ幼い子供だったんだろ?悪趣味にも程がある」
    「悪趣味?何故?俺にしてみればあの子もお前も、ほとんど年齢の変わらぬ幼子だが」
    「っ、」
     言えばタルタリヤは海色の瞳を大きく見開いた。光の差さぬそれには驚愕と、少しの悲しみと、それからどろどろとしたが渦巻いている。鍾離は笑みを崩さない。
    「そう……。それでそのお花、受け取ってしまったんだ?あんたが履行できない契約を結ぶはずがない。つまり、だと解釈していいってことだよね?」
    「……」
    「無言は肯定と受け取るよ?……俺ね、鍾離先生と会う前までは自分が嫉妬深い人間だなんて思ったこともなかったんだ。……けど、あんたと恋人同士になってからそれが間違いだったと気づいた。きっと多分、俺は本当に手に入れたいと思うものが関われば、相当嫉妬深くなってしまう類の人間だ」
    「……ほう。それで?」
    「俺の嫉妬の向く先が小さな子供だっていうならできれば酷いことはしたくない。なら俺は元凶である鍾離先生に容赦なく牙を剥くよ」

     俺以外を見るというのなら、あんたのその綺麗な黄金色の目玉を双つともこの手で抉り取ってやる。

     海色の双眸を大きく見開き、タルタリヤはそう言った。実に見事な気迫であった。行動力であった。ひくく紡がれた言葉とともに、鍾離の眼前にタルタリヤの手が目玉を抉らんとして迫る。
     鍾離は堪らず嗚呼と熱く吐息を零した。そして迫ったタルタリヤの手を掴み取り、それに自身の指を絡めてぎゅうと強く手を繋ぐ。勢いのまま、ほんの少しばかり歪んだ愛を告白してくれたタルタリヤの愛らしい唇へ、鍾離は自身のそれを押し当てた。鍾離から受けた突然の口づけに驚き、逃れようともがくタルタリヤを従順にさせるべく、鍾離は彼の口腔へと舌を捻じ込む。すぐに彼の舌を捕まえ粘膜同士を擦り合わせてやれば、タルタリヤの体はひくと震えて抵抗していた力がふっと緩んだ。そのまましばらく抵抗の意志も、いっそ呼吸さえも忘れてしまうようなキスを続けてやれば、タルタリヤの体は完全に弛緩し切って脱力をする。彼がその身を鍾離の胸に預け凭れ掛かってきたことを確認してから、鍾離は漸くタルタリヤの唇を解放してやった。下手くそな呼吸を繰り返す彼の唇はぬらぬらといやらしく光っていた。
    「お前が俺のために嫉妬する様を見るのは実に心地良いがな?順を追って話すからと言ってやっただろう、話はちゃんと最後まで聞け」
    「……っ白々しい!その様子じゃあ、どうせあの時わざと無言を貫いたんだろう。俺が激昂するようにあんたが仕向けたんだ、最低だ」
     鍾離の腕の中で息を整え唇をぐいと拭って、タルタリヤは鍾離へじっとりとした視線を向けてくる。そのかわいらしさにふっとひとつ笑みを零して、鍾離は彼の視線をしっかり受け止めた上でとぼけて見せた。
    「さて、何のことだか」
    「……もういいよ。先生に舌戦を仕掛けたってどうせ勝てやしないんだから。……それで?その花を持って帰ってきちゃった理由、ちゃんと納得できるように説明してくれるんだよね?」
    「無論だ。……確かに愛らしい少女ではあったがな?だからと言って俺の彼女を見る目が他の人間を見る時のそれと異なるということは有り得ない。俺はもう盤石たるこの身が土に還るその瞬間まで、ただお前ひとりきりを想うことを心に決めているのだから」
    「……ねえそれ、言ってて恥ずかしくない?」
    「何を恥じることがあるというのか。むしろお前のその満更でもなさそうな顔を見られるのなら、何度でも口にしてやる心算だが?」
    「うわ、やめてくれ……」
     心底嫌だと言わんばかりに顔を歪めてそう言ったタルタリヤだったが、彼はやはり素直でないのだ。ほんのりと色づいた頬や耳がどうにもいとしく思え、堪らずつい指先でそれらを擽ってやれば一層不機嫌なそうな顔はされたが、けして手を振り払われることはなかった。

     それから鍾離はタルタリヤへ、モンドから璃月への帰路で起こったあの出来事のすべてを話した。少女からの申し出を断ったこと、けれど上手く意図が伝わらなかったこと、意図を伝えるために以前タルタリヤが子供らへしていた話し方の真似をしてみたこと、何故婿になってくれないのかと問われ俺には既に大好きな人がいるからと答えたこと、すると少女がその大好きな人を当然女性と思い込みタルタリヤのことを「嫁」と言い表したこと、まだ嫁ではないがそう遠くないうちにタルタリヤを嫁にしてしまおうと思っているのだと打ち明けたこと、少女の言葉のおかげで己の抱く感情の正体が恋であったのだと気づけたこと、そして、その少女が将来鍾離の嫁になるタルタリヤに是非渡して欲しいと言って例の風車アスターを持たせてくれたこと。本当に、何もかもすべてを話した。
     時に声を立てて笑い、時に仄かに頬を朱色に染めて俯き、時に目を見開いて驚き、時に目を怒らせて激怒までして、けれど少し鍾離がその体に手を触れてやればとろと目を蕩けさせ、顔を真っ赤に染めて照れても見せる。そしてすべてを話し終え最後に風車アスターを手渡してやれば、タルタリヤは少し恥ずかしそうにしながらも、花が綻ぶようにかわいらしい笑みを浮かべてくれた。少しばかりあどけなさを思わせるそんな表情のタルタリヤに、やはり風車アスターはよく似合っていて。込み上げるいとおしさのまま彼の唇にそっと口づけを落とせば、タルタリヤはそれを当たり前のことのように受け入れた。
     生憎北国銀行の執務室に寝台はない。それならば俺の洞天にでも行くかと言えば、タルタリヤは首を左右に振ってこんなことを言う。

    「ソファでいいから、今すぐ鍾離先生に抱かれたい」

    ―――

     鍾離がモンドより璃月に帰り着いた頃、黄昏色だった空は今はもうすっかり夜の闇に侵されている。璃月の民もそのほとんどが寝静まった後の時分に、しかし北国銀行のとある一部屋に灯された仄かな照明だけはその夜の間中、けして明かりを落とすことはなかった。


    (終)
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