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    うたの箱

    @uta_voix

    成人済み_左右固定_雑多に文字を書きます❀

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    うたの箱

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    ⚠️囚墓(全年齢)
    付き合ってない囚墓。
    「ルカが料理を頑張る話」で書き始めたら
    そうでもないところに着地しました(´・ω・`)

    バルサーとクレス君の風邪の話太陽光に照らされたほんの僅かな温もりも、然し直ぐに吹き荒ぶ木枯らしに苛まれ少しばかり冷えた外気が吹き込む木造のとある昼下がり。薄らと陽を通す窓際を見遣り、また遮光カーテンを閉め忘れたのか、とぼんやり霞む視界が瞬く。ほんの少し、室内に満ちる冷気が首筋を撫でる、その瞬間。……くしゅんっ。常よりも少しばかり冷気に過敏な身体を、もぞもぞと毛布に沈める。悪寒に震える気持ち悪さ、落ちる吐息が少しだけ重い。

    昨日は、失血死だった。

    レオの思い出の、ボロボロの小屋の裏側。衣服を濡らす雪からはせめて身を守ろうと頭を抱え、なんとか這いずった開かないハッチの上。僕と、あと一人。其奴が倒れ伏したら、僕はきちんと椅子で飛ばされていたのだろうか。焦る狩人も奴の持ち前の判断力の前では上手くダウンを取ることも出来なかったのだろう。身体から熱が抜け、徐々に意識が遠のいていく。少しずつ此方に近付いていた仲間に、最後の気力を振り絞り声を上げる。

    ———脱出口はこっち!

    その、瞬間。
    ふつりと僕の意識は途絶え、気が付けば医務室の天井を見上げていた。僕が目覚めるや否や医師を呼ぶ声が響き、どうやら無事にハッチから逃げられたらしい逞しい胸筋に抱き締められぐわんぐわん揺れる頭に医師の叱咤の声が響く。絶対安静。その言葉と薬と、あとは水差しいっぱいの水。部屋まで送ってくれた親切な仲間に礼を伝えると、冷たいベッドに身体を預ける。眉を下げ世話を焼こうとする彼は、どうにも普段の快活さからは想像出来ないくらいに優しくこのままでは延々と時間を食い潰してしまいそうな気がして、その他の世話は断っておいた。

    そうして、ひと眠り、ふた眠り。起きる度に身体の火照りは増して、あまりの寝苦しさに空っぽの腹に薬を水で流し込む。そしてまた毛布に潜り込み、とろりと目蓋が落ちる度に眠る。短い睡眠では今が何時かも分かるはずもなく、変わり映えのない景色にいつか、いつかこのまましんでしまうんじゃないか、と、

    ——————アンドルー

    ぱち、と遠くで何かが爆ぜる音が聞こえる。その音に混じるのは、僕の名を呼ぶ誰かの声。誰だろう。何時もだって碌にみえやしないのに、熱に浮かされて滲む視界はぼんやりとしていて瞬きさえも億劫だ。僕を見下ろす柔らかな人影はほんの少しだけパサついた茶色が逆光の輪郭さえも隠す様に降り注ぎ、目元を緩く擦っても、上手く見えなかった。噫でも、

    「かあ、さん…。」

    僕の名前を呼ぶ人は、今までもこれからも、きっと母さん以外には居ないだろう。ぽつりと落ちた言の葉に肯定も否定もなく、唯佇むだけの人影。返答の代わりだろうか、ひんやり心地良いものが僕の額へと触れた。うつら、うつらと世界が揺らぐ。柔らかな其れが額から離れる気配がして、んん、と思わず音が溢れる。

    「行かないで……ここに、いて…、」

    微かに、空気が揺らぐ音が聞こえた気がした。そうしてもう一度、僕の額に触れるひんやりとしたもの。その優しげな温度に安心して、緩む口元。

    意識が再び、眠りの淵へとぷりと沈んだ。


    ——————


    気付けば、外はもうとっぷりと日も暮れた頃。夜空を透かしたレースのカーテンを見遣る視界は先程よりも随分と見やすくなっていて、気怠さはあるものの不快な悪寒は随分と無くなっていた。少しばかり焦げ臭い様な匂いが鼻腔を擽り、ぐう、と鳴きだす腹の虫の節操のなさに思わず微かに肩が震え、

    「………おや、もう起きても大丈夫なのかい?」

    不意の声に、思わずびくうっ!と身体が跳ねた。ぎこちなく声のした方を向く僕は、錆び付いた人形の様だ。視線の先には椅子に腰掛けた縞模様がひとつ、柔らかな眼差しを此方へと向けていた。珍しくグローブを外した手をひらひらと振り、奴の背後でバチ、と何かの音が響けば少しばかり慌てた様子で何やらガチャガチャと弄っている音が聞こえる。

    「ば、バルサー…?なん、で……アンタが、っけほ、けほ!」
    「無理して喋らない方が良いよ、…後で飴でも持って来よう。私は……そうだな、看病…とでも言うべきなのだろうか、」
    「看病……僕の、か…?」
    「ヒヒッ、君以外にこの部屋に病人は居ないぞ?」
    「………それもそうだな。」

    時折此方の様子を見る様にグレーグリーンがちらりと瞬く。重々しい気持ちと共に臥せていた身体には何処か聞き覚えのある軽やかな声が随分と気楽に感じられ、もぞ、と身体を起こした目の前にずいっと勢いよく差し出されたものに思わずぱちくりと瞬きが落ちる。

    「これ……、」
    「オカユだよ、クレス君。」
    「……この、黒いつぶつぶは…?」
    「……まあ、何事も経験だよ。」
    「っむぐ、」

    木製のボウルにもちゃりと乗っかっているのは、偶に食事と共に並ぶ穀物なのだろうか。すんすんと匂いを嗅ごうにも風邪に阻害されては特徴的な香りしか届かず、その僅かな情報も悲しい事に香ばしいというよりは焦げに近い匂いだった。純白に入り混じる、黒と茶の粒。躊躇いがちに言葉を落としていた僕の口に乱暴な匙が一息に半分程。拒む術もなく口内に広がる不可思議な味。穀物の甘さを少しだけ入っている塩の味が引き立てていて、そう噛まずとも飲み込めるのも有り難い。再び口元へ運ぼうとしていたパルサーの手からスプーンを受け取り、比較的食べやすいところから少しずつ掬っていく。

    「…芸者殿が何やら申し訳なさそうにしていてね。話を聞いたところ君に随分と酷いことをしてしまった、と。」
    「………………、」
    「我々の居館には無闇矢鱈と立ち入れないだろう?だから、と云う訳ではないんだが…まあ偶然にも話を聞いたものだから、ね。」
    「……っ、んぐ。アンタが、僕を看てくれている理由は分かったんだが…このオカユは、聞くとコメと塩と水だけの筈なんだが…なんで苦い味がするんだ?」
    「あー……、それは、だな……。」

    何処かばつが悪そうな声音。普段は自信に溢れている奴にしては珍しい其れに視線を手元からそっと上げれば、ベッドに腰を下ろし僕を見ていたバルサーの眼差しが、どうも気まずそうにゆうらりと泳ぐ。

    「焦がしたというよりは…結果として焦げてしまったというかだね、」
    「…なんだ、僕には言いにくいのか?」
    「いや!そういう訳じゃないんだが…。その、君が………、」
    「……僕が?」
    「…行かないでって言ったものだから、ね?」

    ほら、と伸びてきた手に思わずきゅっと身体が縮こまる。そんな僕の様子にほんの少しだけ躊躇いをみせた掌は、然し、ひたりと優しく額へ触れる冷感。火照る肌には心地良いそれは覚えがあるもので。ぎゅうっと瞑っていた瞼を開き、ぼんやり滲む視界のなか。焦茶の髪がふうわりと揺らめき、瞬くうちに柔い笑みが彩る様に、虚な記憶が色彩を帯びた。

    「………〜〜〜〜っ!!!」
    「思い出したかい?」
    「っ、ぼ、ぼく……アンタのこと、かあさん、って……!」
    「大丈夫、誰にだって間違いはあるさ。それに……ふふ、意外だったよ。君も存外甘えん坊なんだな。」
    「う、う……!!…なあ、…その、誰にも言わないでくれるか…?な、なんでも、するから……!」」

    あまりの羞恥に火が出そうな程熱くなる頬を両の手で隠し、おずおずと視線を向けたその先。僕がぽつりと落とした言葉に縞模様が微かに瞬き、口元を隠す指先に見える火傷の跡が今まで見ていたバルサーの印象とは少しだけ違ってどきりと胸が高鳴る違和感。ベッドに座っていたバルサーが此方に近付き、ギ、っと軋むスプリングの音。存外真剣な眼差しが僕を射抜き、そして、

    「なんでも、と言ったな?」
    「えっ……あ、あの、」
    「それじゃあ…………。」
    「っば、ばか!真面目に考えるな————っんむ!?」

    手元から零れ落ちたスプーンが木床に転がり、かつん、と響いた音が消えるまでのほんの少しだけ唇に触れた温もり。手は冷たいのに案外体温は高いんだな、なんて冷静な思考を打ち消す困惑に瞬きも忘れた呼吸が二つ。空っぽのボウルが手から離れ、机上に置かれる軽やかな音が鼓膜を震わせる。弾かれた様にバッと顔を向ければバルサーはもうドアの所にいて、にまりと八重歯が覗く三日月。

    「クレス君、いい事を教えてあげよう。私は、結構口が堅いんだ。今日の事は、私と君との二人だけの秘密だよ。」
    「え、あ、」
    「それに風邪は誰かに移すと治りが早いそうだ。…私が居なくてもゆっくり休むんだぞ、アンドルー?」
    「な……っおい!待てよ!」

    グローブを纏う手がひらひらと揺らめき、僕の言葉なんて聞く耳持たずといった様子でマイペースな焦茶が暗闇へと消えた。一人になった部屋は先程よりも広く空虚に感じられるけれど、胸の内はぽかぽかと暖かで不思議と気持ちは軽かった。そのままぼふり、再び沈み込んだベッドの中。次に眠りから覚めた時には多少の喉の痛みはあれど、熱も下がって動ける程だった。昨夜の食器と焦げ付いた鍋を食堂へと運びかちゃかちゃと洗っていると、柔らかな声に名前を呼ばれる。

    「…ダイアー医師、それと…」
    「エマなの!クレスさん、もう平気なのかしら?」
    「ああ、お陰様で。すまないな、昨日はゲームに穴を開けてしまって…。」
    「平気よ。それに……ふふ、昨日は面白いものも見られたわ。」
    「面白いもの?」
    「ええ…クレスさんのお隣のバルサーさん。急に声を掛けて来たかと思ったら……、」
    「クレス君に何か作ってあげたいんだ、って。ふふっ、お料理、苦手なのかしら。だからエマとエミリーで、簡単なお料理を教えてあげたのよ!」

    洗い物をカゴに伏せながら少しの談笑に花が咲く。二人の会話はテンポが早く少し着いていくのが難しい時もあるが、そういえば、バルサーと話す時はそう感じる事が少ない様にも思う。濡れた手を拭きながら辺りを見回すも、昨夜の縞模様は食堂にはいない。また発明に明け暮れているのか、なんてぽつりと零せばあら、とダイアー医師が口を開く。

    「バルサーさんなら今は部屋よ。」
    「…もしかして、」
    「ええ、発熱とくしゃみ…風邪症状ね。念の為今日は就寝するように伝えているわ。あまり荘園内で流行らないと良いのだけれど…。」
    「暫くゲームも無いみたいなの。ふふ、エミリーと沢山遊べるわ!」

    こら、なんて嗜められては反省した様子なんてない楽し気な笑み。華やかな彼女達の遣り取りを前に、然しあたまの中ではいまここに居ない、悪戯好きな縞模様を思い出していた。こんな事を他人に思うなんて、どうかしているとしか思えない。けれど胸の内に満ちるのはかつて病床の母を思い過ごした冬の日々の様な、確かな"心配"だった。

    「クレスさん?まだあまり体調が良くない?」
    「…いや、大丈夫だ。なあ、………その、僕にも、オカユの作り方、教えてくれないか?」



    ——



    ノックの返事は、聞こえて来なかった。
    両手でトレイを支えたまま、少しばかり立ち尽くす。眠っているのだろうか。否、ダイアー医師は食事を摂ってから眠るように伝えたと聞いた。ならば、とどうにか肘で器用にドアノブを下ろしそのまま中へと足を進める。灯のひとつも無い仄暗い部屋は一歩歩くだけで足元のものをごちゃごちゃと蹴り進め、テーブルに辿り着いた頃にはベッドでよろりと起き上がるほっそりとした輪郭。

    「起きたか、食事を持ってきたぞ。」
    「きみ———っけほ、けほ!!」
    「無理をするな。そのままそこに居ろ。」

    常よりもじわりと篭った室内は昨日の自室を思わせる熱さ。余裕の笑みも消えた表情は具合の悪さが透けて見える様で。散らかったテーブルにトレイを置いて、小鍋からよそうのはお返しの白。コップに注いだ水差しの水を先ずは相手にそっと差し出し、喉を鳴らす音を聞きながらお椀を手に取る。ギ、ッと軋むのは昨日よりも浅い音。硝子から口を離したその口元へずいっとスプーンで掬った其れを差し出す。

    「…オカユだ。これなら、アンタでも食えるだろう。」
    「ッ………ありがとう、クレス君。いただくよ、」
    「ん。………なんだ?…食べないのか?」
    「………あー、その、自分で食べられるから…ね?」
    「え?…………あっ、」

    暗がりに慣れつつもぼんやりと霞む瞬きのなか、先程よりも鮮明に映る肌は幾らか赤みを帯びている様で。それは、きっと熱のせいだろう。なんて都合良く考えてしまうのも、今はこの胸を忙しなく高鳴らせる理由に思い至れないからだ。有無を言わさず半開きの口元にスプーンを突っ込み、そして、驚きに目を丸くしたバルサーがむぐむぐと漸く口元を動かしたのちにゆっくりとスプーンを手元へと寄せる。こく、と微かに嚥下する音色。掻き混ぜるだけでもほわりと湯気立つ甘い穀物の香りにくるくると腹の虫が鳴く声も無視して上部を軽く掬ってはバルサーの口元へ運んだ。

    「………ん、うん…美味しい、な。…きみ、どうしたんだい?こんな事……するようなタチじゃあないだろう。」

    なるべく熱くなさそうなところを探りながら、黙々とオカユを口に運んでいるとバルサーがぽつりと言の葉を落とす。僕は余程他人に無関心な奴に思われていたらしい。否、この荘園に来てはゲームに支障がない程度にはコミュニケーションを取っていたと思っていたが、それでもこうして誰かを気に掛けた事は少なかった様にも思う。空になったお椀をテーブルへと戻し、再びベッドにギシリと腰を下ろす。

    「……別に、見返りなんて求めていない。ただ……アンタが、…バルサーが、僕にしてくれた事を返してるだけだ。」
    「おや、…ふふ、案外律儀なんだな。」
    「りち……、…そういうんじゃ、ないが…。」
    「してくれた事を返すのなら……君も、帰り際に私の風邪を奪うのかい?」
    「え、……っな、………!?」

    ヒヒッ、なんて引き攣った笑い声と共に至極愉し気に落ちる声音は昨日のアレを思い出させるには十分で。思わず肩が跳ねた僕の頬はじわじわと熱く、この部屋が暗くてよかったと心底思った。風邪を奪う、なんて。想像に忙しなく脈打つ心音が、このままではバルサーにまで伝わってしまいそうだ。それはまずい。…まずい?何で、そう思うんだ?

    「———レスくん、…クレス君?」
    「あ、……ば、バルサー、」
    「大丈夫かい?…きみ、顔が真っ赤だぜ?」
    「えっ、あ、なっ!見えてるのか!?」
    「うん?…噫、ふふ、……きみ、案外可愛い顔をするよな。」

    くつくつと喉を鳴らす軽やかな音色。暗闇に慣れつつあるとはいえど、常日頃から視力は余り良くない僕の視界とは見える景色が異なるバルサーには、いや、…ルカには、なにが見えているのだろうか。にんまりと細められつつ、然し此方を伺う様なグレーグリーンの眼差しに吸い込まれる様に、ほんの少しだけ身体が引き寄せられ、ルカの零す吐息が届き、そして、

    「…………っ、だ、だめだ。病人はさっさと寝ろ。」
    「……おっと、………なかなか上手くはいかないものだな……。」
    「何か言ったか?」
    「ん?…いや、なんでもないさ。」

    とん、とルカの胸元を押せば其の儘ぽすりと身体が沈む。どきどきとうるさい胸の音に紛れて小さな声が聞こえた気がしたが、これは、きっと気の所為だろう。

    ベッドに横たうルカは大人しく毛布を首元までずり上げ、少し無理をしていたのかけほけほと咳を落としている。ひとつ、ふたつ。瞬きが落ちる静寂。僕は自らを隠す黒のグローブをそっと指先から引き抜き、ぺた、とルカの火照った額へと触れる。ほんの僅かだけ、驚きにぱちりと瞬きが落ち、そして、ゆうるりとグレーグリーンが隠される。

    「…気持ちいいな、君の手…ひんやりしている。」
    「……アンタが眠るか心配だから、あと少しだけ此処に居る。」
    「流石の私でもこんな時は…、」
    「そう言って前も倒れただろ。ほら、大人しく寝るんだ。」
    「ん……、ありがとう、おやすみ…あんどる………。」
    「……うん。おやすみ、ルカ。」

    とろとろと落ちた言の葉が柔らかな寝息へと変わっていく。穏やかな寝顔に胸の内がほんの少しだけじんわりと温もる不思議な心地に離れ難い吐息がはふりと溢れる。

    額に触れている手は、もう随分と暖かくなっていた。
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