クリア後の世界に連れていって!サンプルがたんごとん、と揺れる電車の中。座席は空いていたものの、理由もなくぼんやり外を眺めて居たかった。聞き慣れない駅名が車内に響き、扉上の表示と手元のスマートフォンとを交互に見遣り小さく頷く。小さく震えた端末の上部、メッセージアイコンを軽くスワイプして打ち込む文字も緊張に誤字。送信とともにつく既読の表示に緩む口元が停車で揺らぐ。
「……ここが、ルカが住んでいる街…。」
聞き慣れない発車音、見慣れぬホーム。辺りを見回すもこの時間はどうやら利用客が殆ど居ないらしい。程なくして見付けた階段を降りれば自動販売機に改札の姿。衣服を詰め込んだキャリーバッグを引きつつ更に下へと階段を降りれば幾つかのバス停に遠く続く歩道。マップアプリに住所を打ち込み、経路を見るに30分も掛からないくらいだろうか。高架へと上がる坂道は緩く、自転車があっても良さそうな距離感。通りすがりのコンビニにスーパー、曇り空の下で見る液晶画面は随分と見易く目的地へと着くのも容易かった。不安混じりの緩やかな足取りが止まったのは、告げられていた特徴にぴたりと当て嵌まる建物。それは男の一人暮らしに相応しい様な、想像していた朽ちた印象のアパートではなかった。
「……まさか、ここに住むのか…?」
右に、左に、視線が泳ぐ。確かにおかしな点はあった。告げられていた住所の最後の数字。いち、ぜろ、ぜろ、……それって、つまり。
「十階……。」
開いた口が塞がらないとは正にこの状況を指すのだろう。開き扉の先にはオートロックの自動ドアが見受けられる。おずおずと入るエントランスには宅配ボックスに通路がいくつか。テンキーを押し、呼び出しボタン。呼び鈴の音にびくりと肩が震え、胸の内がなんだかざわざわと落ち着かない。ふつ、と途中で途切れた音に聞き慣れた声が鼓膜を震わせた。
『やあ、アンドルー。上がってきてくれ。部屋の鍵は開けているからね。』
あ、と何かを発する間もなくすぐ側の自動ドアがひとりでに開いて僕を導く道が開かれる。そこまで広くないエレベーターに運ばれて、そうして、表札のない扉の前に立ち念のためのノックを三回。恐る恐る取手に手を掛け、扉を開き中へと足を踏み入れる。
「……る、ルカ…?」
まず目に入ったのは、見覚えのある段ボールの山だった。荷物なら受け取っておいてあげるよ、なんて優しいルカの言葉に甘えて今朝早くに見送った僕の荷物が廊下を半分程占領している。キャリーバッグを玄関に置き、靴を脱ぎそろりと奥へ進んでいく。入ってすぐ左手にあるのは洗面所、隣の扉はトイレだろうか。キッチンは奥まっているものの随分と広く食器棚だって置けそうな程だ。
「……広いな。」
「気に入ってもらえたかい?」
「ルカ! あ、ああ……気に入るというか、本当にいいのか? 僕…こ、こんな立派な家だと思わなくて…。」
「ヒヒッ、今更キャンセルは出来ないぞ。この部屋は私にとっても随分と都合が良かったんだ。結果的に少しばかり広くなってしまったが、ね。」
「そうか…ありがとう、ルカ。アンタがこうして誘ってくれたおかげで…僕も母さんに仕送りが出来る。」
「積もる話はまた夜にでも。さあ、こっちに来てくれ。君の部屋はリビングの隣だ。荷物は自分で運んでくれよな? 私はこう見えて力が弱くてね。」
さり気なく取られた手が緩やかに引かれ、やけに物が少ないリビングの隣にある空っぽの部屋へと連れて行かれる。既に運び込まれているのは僕が前の家で使っていたベッドと、机にタンス、幾つかの段ボール。殺風景な部屋だが空を映し込む大きな窓のおかげで開放感のある広い部屋だった。
「そう言えば……荷物、受け取ってくれてありがとう。ルカは僕より前にこの家に来ていたのか?」
「ん? ああ…私は配信の準備もあったからね。君の荷物とも区別がつく様に少しだけ早く。」
「配信……?」
「言ってなかったかな? 私の職業はストリーマーだ。今はゲーム配信がメインだが…なあに、君は私に気にせず生活してくれて構わないよ。」
「う、わ……分かった。」
「さて、早速だが荷解きの時間だ。私は君がサボらない様に監視でもしていようかな?」
リビングにぽつんと置かれていた椅子にルカが腰掛け僕を見遣ってはにんまりと笑う。今日から一緒に住むとはいえ、こうして会うのは随分と久しぶりだった。自然体を意識していたものの、緊張が解けない僕に対してこれもルカなりの気遣いだろう。自室に運ばれていた“すぐ使う”を開けてスリッパを取り出せば足に馴染む感覚。幸いにも荷物は然程多くない。玄関と自室を往復しながら、時折気が向いたルカの言葉が僕に投げ掛けられる。大学のこと、バイトのこと。互いに共有しておいた方が良い外せないスケジュールを思い出しつつ、気が付けばあっという間に荷物は全て部屋へとおさまっていた。