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    小柴 小太郎(カンナ)

    @kan_na_
    カンナ(九龍妖魔學園紀、転生學園幻蒼録)
    小柴小太郎(P4、TOV、黒バス、FGO、鬼滅)
    和鳥(ワールドトリガー)
    今のところこの3つの名義で書いてます。ポイピクには短いのをぽいぽいしたいです。

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    TOV。ユリレイ、ユリシュヴァ。前編。
    かつて泥酔してシュヴァーンにダミュロンの面影を見た放蕩貴族ミルバンの思い出話がきっかけでいらん騒動になりつつ、過労死寸前のシュヴァーンが面会謝絶になったり、ユーリに世話を焼かれたりする話。

    #前編
    firstPart
    #TOV

    友と呼ぶにはあまりにも 前編.


     アレクセイ・ディノイアの死亡報告から程なくして、騎士団長代行としてフレン・シーフォの名前が挙がってきた。その時はまだ即位こそしていなかったが、実質的には皇帝代行として実務をこなし始めていたヨーデルがそれを承認し、評議会も21歳の若輩者が団長代行ならばアレクセイよりも扱いやすいだろうと見ていたのだが……。
    「またあの男か……シュヴァーン・オルトレイン!」
    「死に損ないの分際で、小賢しい!」
     とんでもない誤算だった。
     ヨーデルにつく尊称が殿下から陛下へと変わり、その直後にフレンの肩書きである騎士団長代理から代理の2文字が取り外された。魔導器の恩恵を失ったテルカ・リュミレースに立て続けに慶事を起こすことで、混乱し萎縮する帝国民を活気づけようという初歩的な方法であることは誰の目にも明らかで、評議会も表立っては反対しなかったのである。
     しかしながら、フレン・シーフォはアレクセイとは違った意味で評議会が手綱を取れない相手だった。貴族の生まれだと言われれば誰も疑わないほど凛とした気品があり、礼儀正しく、勇猛で、騎士の模範としか言いようのない若者だったが、平民出身の上に下町育ちだという。そんな下賤の者に騎士団長の地位をを与えるとは、と詰る者が出れば、貴殿とてあの時はそれを承知で反対しなかっただろうが、と言い返す者も出てくる。
     そして、フレンが予想以上に手強いことには、もうひとつ別の理由があった。尽忠報国の騎士と名高い騎士団顧問のドレイク・ドロップワートが若すぎる騎士団長の後見役となり、隊長首席であるシュヴァーン・オルトレインと共にフレンを補佐しているからだ。
     シュヴァーンはアレクセイの腹心として長く重用されながらもバクティオン神殿で捨て駒にされ、生き埋めになって死亡したという報告がされていたが、実際は死亡したことにしてアレクセイを欺き、彼の謀叛を止めるためにギルド・天を射る矢のレイヴンと名乗ってザウデ不落宮に乗り込んだと聞いている。
     呆れたことに、この平民出身でありながら人魔戦争の英雄として知られた騎士は、団長から極秘任務を与えられて帝都を離れていることが多かったが、その任務とは天を射る矢に密偵として潜入し、ユニオンの動向やドン・ホワイトホースについて知り得たことを逐一アレクセイに報告するものだったという。
    「あのアレクセイの腹心だった男なのだぞ! 謀叛にも相当深く関わっていたはずだというのに、被害者面をして口を拭い、成り上がりの下賤の者に取り入ってうまうまと隊長首席の地位を守っておるような恥知らずめが!」
    「その恥知らずはアレクセイめとドン・ホワイトホースどちらにも可愛がられておったというからな、理想に酔い、正義を唱えるばかりの若造に取り入るくらい朝飯前であろうよ」
    「確かに、新しい騎士団長殿は隊長首席に随分と傾倒なさっているご様子ですからなあ」
    「あの男が若造の傍におる限り、いらぬ入れ知恵ばかりして我らの妨げとなり続けることは目に見えておる! なんとか引き離す方法はないのか?!」
    「あやつめ、騎士とギルドの混成部隊なんぞという馬鹿げた代物をとりまとめる任についていたではないか。遠方に引き連れてゆかせ、こちらが指定したルートで魔物狩りでもさせたらどうだ」
    「それでは一時しのぎにしかならん!」
     苛立ちを吐き捨てるばかりの会話からようやく具体的な排除案の出し合いが始まったというのに、評議会に席次を得たばかりの男がひとり、退屈そうに欠伸をかみ殺している。評議会の制服ともいうべき帽子と長衣を初めて纏った日こそ歓喜に打ち震えたものだが、慣れてしまえばただの動きにくい服だ。しかも、彼はここでは一番の下っ端にすぎず、発言権など爪の先ほどもない。ラゴウの死によって空いた穴を、金とコネと媚びを惜しげもなくつぎ込んで自分に埋めさせて欲しいと暗躍した貴族は掃いて捨てるほどいた中で、たまたま運良く自分が選ばれた。推挙してくれた有力貴族に引き続き媚びを売り、腰巾着よろしくついて歩いて機嫌を取るのが専らの仕事であり、会議においても恩人が何か主張すればそれに賛同していればいいのであって、自分から何かしたり発言したり、ということは毛ほども求められていない。
    (外じゃ三十路なんて立派な中年だが、ここじゃまだまだ若造にすぎんからな……)
     自宅に帰れば一家の主としてふんぞり返っていられるが、彼の『当主』の肩書きは上辺だけのものだった。彼は次男だが、兄が病死したので繰り上がりで家督を継いだ。しかし、次男坊として気ままに怠惰に放蕩に耽っていただけの息子に全権を与えるほど、父は耄碌していなかった。家督を譲りはしたが、実権は未だに父の手の中だ。
     賄賂をばらまき、接待を繰り返してなんとか息子を評議会に押し込んだのは、実地で鍛えてなんとか使いものになるようにしよう、という思惑も混じっているに違いない。
     そう、かつて彼がもっと若かった頃に、不要品を捨てるついでに対外的には箔付けができるからと、彼の意志など黙殺して騎士団に放り込んでくれたのと同じように、だ。
    「忌々しい。なぜ、ヨーデル陛下はあんな反逆者の飼い犬にいまも隊長首席を名乗らせておるのか!」
    「独自に調べさせたが、あれほど胡散臭い男もおらん。アレクセイの命令で別名を名乗ってギルドユニオンに潜入していたというが、ユニオンでの地位は『ドン・ホワイトホースの懐刀』だというではないか!」
    「騎士団長の右腕にしてあの怪物の懐刀だなどと……あり得ん! これはアレクセイめとドンが密かに通じていた何よりの証拠ではないのか?!」
    「そもそもだ、平民英雄などと祭り上げられておったが、あやつの経歴にはおかしなところが多々ある。人魔戦争の生き残りは確かに少ない。ほんの一握りだ。そして、テムザの地を踏んだ騎士たちの中で生き残ったのはただひとり……あやつだけだというのが怪しい」
     ぴくり、と男の体が僅かに揺れた。
     かつての彼は騎士だったが、人魔戦争には参加していなかった。運のいいことに、ちょっと失敗して営倉送りになっていたのだ。戦争終結後に騎士団を辞め、飲んだくれては金で買った女の柔肌を貪るだけの日々を送る中、たまたま、一度だけ平民英雄さまと出くわしたことがある。
     橙色の隊服に弓を扱う人間であることが一目でわかる片側だけの肩当てと、四肢を覆う防具。重たげに左半面を隠す黒髪と浅黒い肌。そして、髪や肌の色からすると意外なくらい明度の高い、翠の瞳。
     寡黙な人間だと噂されていたが、なるほど、と思った記憶がある。陰鬱な目をして、沈黙というタイトルを刻んで額縁でもつけてやりたくなるような無表情で、必要最低限のことしか口を開かない人種だと嫌でもわかる重苦しさがあった。
     したたかに酔っていた当時の彼は、その陰鬱さを揶揄したくなって「ひとりだけ生き残った気分ってのはどんなものだ」という意味合いの質問をしたが、答えは返ってこなかった。同時に、酩酊していたからこそ認識力が混濁して、おかしな既視感を感じてしまった。髪と目と、肌の色が同じだったせいだろう。髪型も隊服の色も顔つきも印象もまるで違ったが、背格好が同じくらいだったので余計にそう感じたのかもしれない。
     ファリハイド出身で、彼と同じく父親によって騎士団に入れられたという、同年代の貴族の次男坊と見間違いそうになった。
     囓られた月亭で、よく酒を酌み交わしていた相手だ。とぼけた物言いをしているのに、女を口説き始めるとあっという間に警戒心を解きほぐして楽しげに笑わせ、細い指や耳元に軽くくちづけてはうぶな少女のような顔にさせてしまう男だった。そうやってめろめろにしておきながらも、酒場女とは一線を越えようとしない男でもあった。なぜだと訊いたのは当時の飲み仲間のひとりだったが、その男は困ったように笑って「だって、彼女、平民だしね」と言うだけだった。
     後日、その男にその場の思いつきを装って平民の小娘を口説き落として酌をさせろと無茶振りしたのは、飲み仲間の約半数が、実は前々からその平民に過ぎない酒場女と寝たくて寝たくて通い詰めていたのにてんで相手にされなかったのを僻んでのことだった。
     もっとも、平民の娘に声をかけて手を取ったその男にたまたま通りかかった女騎士が矢を射かけて民家の壁にはりつけにしたので、その無様さを陰で笑いものにして溜飲をさげたわけだが、まさかあれだけの恥をかかされ、その報復計画に荷担までしたのに、あの男がその女騎士の副官になるとは夢にも思わなかったものだ。
     ばかなやつだ、と憐憫の情が湧いてくる。
     あの異端の女騎士の副官になぞならなければ、人魔戦争に駆り出されても海上で魔物に襲撃されたのをいいことに帝都に逃げ帰ってきた連中に混じって帰還できたかもしれないのに。
     あの女騎士が小隊長をつとめる隊に移籍したばかりに、あの翠の目をした気のいい男はテムザで戦死する羽目になったのだ。
     故郷のファリハイドも魔物に襲撃されて住人は全滅したそうだが、次男坊にとってはそう悪いことでもなかっただろう。当主も兄も死んだなら、彼こそが名門アトマイス家の最後のひとりとして誰にはばかることなく当主を名乗れるのだ。護衛を雇えば財産はある程度廃墟から掘り返して来られるだろうし、うまく自分を売り込んで貴族の娘を娶るもよし、婿養子として後ろ盾を得るもよし。いくらでも貴族として貴族らしい生きかたができただろうに。
     友だなどと思ったことはないが、若くして呆気なく死んでしまったかつての遊び仲間のことはそれなりに懐かしく、今でもそこはかとなく苦々しく、けれどもこうして憐憫を催す程度には気に入っていたらしい。他人事のようにそう思いながら、男はシュヴァーン・オルトレインの身元がどれほど怪しいかを並べ立てている年寄り連中の声に意識を向け直す。
     とはいえ、言っていることは「人魔戦争前に奴が所属していたのはどこの隊なのかはっきりしない」ことと、「生き残りを含めて、誰も戦争終結前から奴を知っていた者がおらん」ということだけで、根拠というにはあまりにお粗末だった。
     なぜなら、人魔戦争後に騎士団の本部が爆破されるという事件があり、その爆発によって騎士団の名簿関連の資料もごっそりと失われているからである。シュヴァーン・オルトレインが所属していたのは人魔戦争のために急遽かき集められた寄せ集め部隊で、その小隊長だったという人間のことすら「一応貴族だったらしいが、誰か知ってるか?」「いや、知らんな」という有様だったから、ただの一兵卒にすぎなかったシュヴァーンのことを記憶している人間がいなくてもそれほどおかしな話ではない。
     むしろ、平民出身の騎士の顔や名前など、いちいち覚えている貴族出身の騎士のほうが珍しいし奇妙だろう、と思う。
    (フレン・シーフォの補佐役として、ドレイクのじじいと隊長首席がついているだけじゃない……あの若造はヨーデル陛下のご寵愛も深く、副帝エステリーゼさまからの信頼も厚いというじゃないか。扱いにくくて当然だろうよ)
     そんなこともわからずに代行から正式な騎士団長への昇進を承認したのか耄碌じじいどもめ、と腹の中で嘲笑いながらも、表情だけは全く困ったことですな、とばかりに神妙そうに保っていると、不意に隣の席のどこか爬虫類めいた顔立ちの男に話しかけられた。
    「ミルバンどの、貴殿はかつて騎士団にいらしたと聞くが……あのシュヴァーンめについてなにかご存じのことは?」
     男──ミルバンは相手の名と身分を記憶から引っ張り出しながら、首を横に振って、
    「おお、アルゴートどの……恥ずかしながら私が騎士団におりましたのは短い間でございまして、当時は平民騎士など視界に入れることなく過ごしていたものですから……」
     と低姿勢で何も知らないと答えた。
    「なんでもよいのですがな。卓越した剣の腕前、などと誉めそやされておる男だ。当時も平民の分際でいっぱしに剣を扱う生意気な若造がいる、という噂程度も耳にされたことはないので?」
    「申し訳ございません……私が耳にした噂はアレクセイめが作った貴族と平民が混じった小隊がある、ですとか、その小隊長が某家の令嬢であるらしい、くらいのものでして……シュヴァーンという名には全く憶えがないのです」
    「そのおかしな小隊とやらにあやつがいた可能性は……どうですかな?」
    「さて……実は、私がその小隊のことを覚えておりましたのは、遊び仲間のひとりが突然その隊に引き抜かれたからなのです。田舎貴族とはいえ地元では名門であったらしいのに、流されるままにそこで副官になってしまった変わり種でして……彼と小隊長以外の隊員の名は、存じませんのです」
    「ほう? 名門貴族でありながら、貴族と平民がごちゃ混ぜの部隊に?」
    「ええ、しかも彼は小隊長にひどく恥をかかされたことがありましてね。報復計画に荷担していたくらいですから相当恨んでいたに違いないのに、なぜだか副官になって人が変わったように働いておりましたよ。全く、掴み所のないおかしな男でした。……人魔戦争で、死にましたがね」
    「おお、それは気の毒なことだ」
     白々しく痛ましげに黙祷するふりなどしてから、アルゴートは話題をシュヴァーンのことに戻した。
    「その気の毒なご友人から、腕の立つ平民の隊員の話を聞いたことは?」
     そのしつこさに内心でうんざりしながら、ミルバンは正直に答えた。
    「お役に立てず申し訳ないのですが……所属隊が別になってから、私はその男とは疎遠になってしまいまして。以来、まともに会話をしたことすらなかったのです」
    「さようでしたか」
     ようやく諦めてくれたらしく、アルゴートは脂ぎった顔につまらなそうな表情を浮かべて話を打ち切ったが、なんの気まぐれか最後にこう尋ねてきた。
    「ところで、そのご友人の名はなんと?」
     訊いてどうする、と思いながらも、相手はミルバンよりも若干家格が上の貴族だったので、丁重に答えておくことにした。
    「ダミュロンです。……ダミュロン・アトマイス、という名でございました」
     どうでもよさそうに頷いて、アルゴートは考えごとに耽るような面持ちで瞑目した。本当に思考の海に沈んでいるのか、無意味な会議が終わるまで一眠りするつもりなのかは、ミルバンにはわからない。
     ただ、なんとなく、自分以外はもう誰も覚えていないだろうその名を、自分よりも席次がひとつ上なだけの小者に過ぎない貴族に教えてしまったことに不快感混じりの後悔を感じて、密かに溜息を押し殺した。






    「ん? 起きたのか?」
     眠りが浅くなり、半覚醒状態で身動ぎしたシュヴァーンは、間近で聞こえたその声に「ユーリか……?」と嗄れた声で返した。
     次の会議までの空き時間に読んでしまおうと、報告書の束を手に長椅子に腰を下ろしたところまでは記憶がある。どうやら、書類に目を通し始めていくらも経たないうちに眠ってしまっていたらしい。しかも、目の前の膝くらいの高さのガラステーブルには手を付けた形跡のないコーヒーが置かれ、体の右側面がとても温かい。寝入ってしまう前の上司に頼まれたコーヒーを届けに来た部下から、起こさないようにとテーブルに置く役を引き受けた上に、隊長首席である自分に気配を感じさせることなく隣に座ってのけた男がいて、自分はその男に遠慮なくもたれかかってしまっていた、ということだ。
     目を閉じていたのに目が乾いた感覚があり、持ち上げた瞼を何度か瞬いてもすっきりしない。喉も渇いていた。もたれていた相手から体を離し、左手を伸ばしてコーヒーカップを取る。かなりぬるかったが、まだほんのりと温かいそれを呷るように飲み干し、大きく息をついた。
    「……きみが来て、どれくらいだ?」
    「30分弱ってとこだ。お疲れのようだな、おっさん」
    「俺も年だな。最近、徹夜ができなくなってきた」
     眠っていたのは30分程度らしいと、ユーリの返答と自分の体感による時間経過の摺り合わせをして判断したシュヴァーンは、空になったカップをソーサーに戻して両手で自分の顔を擦った。疲れは瞼に出やすい。両目とも二重瞼のはずが片方だけ三重になっているのを感じる。これくらいなら支障はないが、下瞼がぴくぴくと痙攣し始めたら疲労がピークになった証拠だ。
     と思った傍から、左の下瞼が断続的に痙攣し出した。思い切り強く目を閉じ、数秒待ってから目を開けてみたが、痙攣が治まらない。こんなコンディションで会議に出るのはしんどいな、と溜息をつく。
    「そんなエロい顔してるくらいなら、横になって寝ちまえよ」
    「会議があってな……横になってしまうと、起きられる自信がない」
    「3時からのやつか? それなら明日に延期だとよ」
    「……なに?」
    「さっき猫目のねーちゃんが来て、そう言ってたぜ。一応フレンからも一筆来てる」
     ほれ、と渡されたのは透かしの入った便箋で、フレンらしいかっちりと整った字で会議の日時の変更の連絡が記されていた。
    「そうか」
     一日延びれば、それだけ評議会に防御を固める時間を与えてしまう。しかし、正直なところ、いい加減きちんと仮眠をとりたかったところだ。少しばかり目が回るような感覚もあるが、これは空腹のせいだろう。
    「青年は、なんの用だ?」
    「あんたの顔を見に来ただけだ。いいから、寝ろよ。起きたい時間に起こしてやるから」
     そう言ってすっと立ち上がり、あけたスペースを指さすユーリに、シュヴァーンは首を横に振った。
    「時間があるなら、悪いが何か食わせてくれんか……」
    「腹減ってんのか。なにがいい?」
    「何でもいい」
    「まあ、ありもんで適当に作るか。借りるぜ、厨房」
     余計な問答はせずに、さっさと歩き出すのが実にユーリらしい。
     シュヴァーンが持っていたはずの報告書の束を探すと、ガラステーブルの端に適当に揃えて置かれ、文鎮代わりにだろう、細長い黒の髪留めが乗せられていた。ユーリの持ち物だ。彼は料理をするときなど、サイドから胸元に流れ落ちる髪が邪魔になるとこの髪留めで押さえていることがあった。手に取ってみると、妙にざらついているところがある。おそらく、ここについていた飾りをユーリが邪魔だと感じてもぎとった跡だろう。
     シュヴァーンは深く考えることなく、その髪留めで自分の前髪を留めてみた。左半面を覆い隠している髪をそうやって持ち上げると、視界が開けて明るくなる。これはいい、としばらく借りることにして書類に目を落とし、読んだものは右上の端を折ってから一番後ろに回して行った。
     ユーリが戻ってきたのは15分ほどたった頃で、軽く炙ったパンにバターを塗り、レタス、輪切りのトマト、塩胡椒を利かせた固めのスクランブルエッグを乗せてマスタードをかけたオープンサンドを大量に皿に乗せ、逆の手にはティーポットを持っていた。
    「おっさん、ケチャップどうする? いるなら自分でかけてくれ」
     皿とティーポットをテーブルに置き、懐からケチャップの容器を出したユーリは、そこでシュヴァーンの顔を面白そうに見て、
    「似合うじゃねえか」
     と、低く笑った。
     髪留めのことだと気づいて、「借りている。なかなか便利だな、これは」と返すと、「だろ? 噛み合わせのとこがぎざぎざになってっから、滑り落ちねぇのがいいんだよ」とユーリが利点を語った。なるほど、彼ほどなめらかで美しい髪になると、つるっとした造りの髪留めでは固定できずに滑り落ちてしまうのか、と納得する。美髪には美髪なりの苦労があるらしい。
     礼を言ってオープンサンドを一口囓り、うまいと呟くシュヴァーンにユーリがコーヒーを注いでくれる。ティーポットだから中身は紅茶なのかと思っていたが、手近に容れ物がなくてそれで代用したようだ。
     囓りながら書類を読み、二つ目には少しケチャップをかけて食べた。マスタードとスクランブルエッグの塩気だけでも充分うまかったが、ケチャップの甘みを含んだ酸味が加わると更にうまい。
     報告書を全て読み終えてしまうと、シュヴァーンは三つ目のオープンサンドを取り、逆の手でコーヒーを飲んだ。隣では、ユーリももりもりと腹を満たしている。ふたりして無言で食べ続け、シュヴァーンは空になったコーヒーカップをユーリの前に置いた。ユーリはそこになみなみと熱いコーヒーを注いで、自分の口に持って行く。彼の両手が塞がっていて自分のぶんのカップを持ってこられなかったのを見ていたので、使うかと思って置いたら即座に使ったあたり、やはり彼も飲みたかったらしい。
     ブラックでも飲めるのだな、と少し意外に思った。
     水気をよく拭き取られたぱりっとしたレタスと、わざと少し青いところの残ったものを選んだらしく、固めのトマトの歯触りが心地いい。たまごに生臭さがないのはよく炒られているからで、炙られて甘みを増したパンの香ばしさとバターの香りがたまらなかった。
    「これで焦げ目つけたウィンナーを挟めたら完璧だったんだがなあ……」
    「そうだな」
     備蓄にウィンナーがなかったらしい。しかし、厨房にあったものだけで手早くこれだけうまいものを作ってのけるのだから、久しぶりにまともな食事にありつけたシュヴァーンにとってはありがたいばかりで特に不満はない。
     ふたり分にしてもやや多すぎるように見えたのに、皿が空になるまでそれほど時間はかからなかった。
     シュヴァーンが満足して手についたパンくずを払っていると、
    「晩飯は何が食いたい?」
     と訊かれた。
     今晩は帝都に泊まるらしい、とそれで察したが、
    「腹がいっぱいの時に、食い物のことは考えられん」
     と正直に返すと、ユーリはそうだなと頷いてから「考えられるようになったら、言えよ」と言って立ち上がった。皿を洗いに行く彼に世話をかけて悪いなと思ったが、シュヴァーンがそれを口にする前にユーリは部屋を出て行ってしまう。言わせてくれなかった、のかもしれない。
     腹が重くなるのと比例して、瞼も重くなってきた。会議がなくなってもやっておきたい仕事はいくらでもある。シュヴァーンはフレンからの伝言が記された便箋を折り、裏面に『ユーリへ。うまかった、ありがとう。90分経ったら起こしてくれ』と書き付けるとそれをガラステーブルに置いて、借りていた髪留めを重石代わりに乗せてから、隊服の喉元とベルトを少し緩めただけでそのまま長椅子に横になった。
     井戸に落としたコインが沈むように眠気に飲まれて行く中で、シュヴァーンが考えていたのは自分の隊の食料庫にウィンナーの備蓄がなかったことについて、だった。






    「大丈夫なのかよ、あのおっさん……」
     作るだけ作って散らかしっぱなしにしていた厨房を、皿とカップを洗うついでに片付けながら独り言ちるユーリの顔には呆れと苛立ちともつかないものがある。ユーリが知る限り、どちらの名前を名乗っている時であってもあの翠の瞳をした男には隙がなかったし、あんな風に無防備に他人に体を預けるような人間でもなかったからだ。
     自制心や自律心を保つにも気力体力が要る。つまり、隣に座っても目をさまさず、それどころか無防備に寄りかかってきたあれは、自らを律するだけの余力すらないほどくたびれきっていた証拠だろう。
     無精髭が濃くなり、目を落ち窪ませ、血色の悪い顔で固く目を閉じていながら意地でも離すものかとばかりに書類を持ったまま項垂れている彼を見て、思わず「おい、おっさん、生きてるか?」と訊いてしまったユーリに、ちょうどコーヒーを運んで来て鉢合わせする形になったアシェットがぎょっとしていたが、そのアシェットも隊長の様子を目にすると「息してるよな?」と真顔で小声で訊いてきたので、誰が見てもシュヴァーンの疲労は健康を害する域にまで達していた。
     アシェットからコーヒーを引き受け、寝ているなら起こさないほうがいいに決まっているが近づけば気取られてしまうだろうと予想したのに、コーヒーカップを置いても、ユーリが隣に座っても目をさまさないシュヴァーンに、これは洒落にならねえぞ……と思ったところで、いいところに丁度いいものが来た、とばかりにもたれかかられたのには驚いた。
     間近で顔を見直せば、濃い睫が触れている下瞼には青黒い隈が浮き、頬の肉も幾分削げている上に荒れ気味の唇も血の気が薄く、眠っているというよりほとんど失神しているようにも見えた。
     ユーリがその手の中から書類を引っこ抜いてテーブルに置くとシュヴァーンの体から更に力が抜けたので、なんだよ、やっぱり寝てるだけか、とほっとしたものだ。そして、隙間風で一番上の紙が滑り落ちそうになっていて、何か乗せておけるものはないかと懐を探り、これでもいいかと適当に髪留めを置いておいたら、目をさましたシュヴァーンがそれで自分の前髪を留めていたのにも意表を突かれた。つくづく、予測のつかないことを素でやらかすおっさんである。
     食欲はあるようで、何か食わせてくれと頼まれた上に食いっぷりもよかったことには安心した。ものを食ったことで血の巡りもよくなり、頬や唇に血の気が戻ってきていたから、あとは睡眠さえしっかりとればかなり回復するだろう。仲間内からはおっさんと呼ばれ、自分でもおっさんと自称して年寄りぶってみせる男だが、実のところ35歳は働き盛りでまだまだ若いうちに入る。
     ただ、彼の心臓魔導器のことを考えると、無理をして生命力が落ちればそれだけ不具合も起きやすいのではないか、という懸念はあった。
    「あとでエステルに頼んでおくか……」
     副帝という地位のせいではなく、彼女の持ち味のせいだろう。シュヴァーンはエステルから『諭される』ことに弱い。おっさんが無理しすぎないように気をつけてやってくれ、と頼んでおけば、放っておけない病の彼女のことだ、徹夜は禁止します! 食事もきちんととってください! と申し渡すだけでなく、頻繁にシュヴァーンの様子を見に来てくれるに違いない。
    (……しっかし、あれはやべぇな)
     一回り以上も年上の無精髭のおっさんだというのに、疲れ切った顔や嗄れ声が異様に……エロい。
     芯までくたびれ果てている相手を更に消耗させるようなことをしようとは思わないが、キスしてあちこち触り倒したい、という欲が身の裡でざわつくのを感じた。レイヴンの口調で勘弁してよーおっさんそんな元気ないわ、でも、シュヴァーンの口調でやめてくれ、今日は無理だ……でもいいから、疲労しきったあの顔と声でちょっと抵抗されたら、かなり楽しいしおいしいだろう、と思うのだ。
    (別に、無理強いして楽しむ趣味はないんだけどな……)
     相手の反応が楽しいからからかう、というのは普通にやるが、本気で嫌がられているのにひとりで盛り上がって愉しむような性癖は持ち合わせていない。ちょっと困らせてみたくなる、のが少しばかり強く出ただけならいいのだが。
     とりあえず、シュヴァーンのあの疲労困憊ぶりを見てしまった以上、ユーリとしてもそれなりにいたわってやりたくなるわけで、こっちにいられる間はそれとなくおっさんの世話を焼くか、と思っている。仕事を手伝うのはさすがに無理だが、ちゃんと食わせて、いざとなったら飲み物に睡眠薬でも仕込んで正体不明にしてからベッドに押し込んでくる程度なら楽勝だ。
     先程会議の日程変更を伝えにシュヴァーン隊の詰所を尋ねてきたソディアも、ユーリにもたれて眠っている隊長首席の顔色を見てこれはいけない、という顔をしていたし、こっちを見て何かもの言いたげな様子を見せていたから、ユーリがシュヴァーンの部屋に我が物顔で居座って彼の仕事の邪魔をしたとしても、それが結果的に根を詰めすぎている隊長首席の休憩や息抜きになるなら何も言うまい、と思ったのかもしれない。
     そういえば、いつもならユーリの顔を見るなり隊長の仕事の邪魔をするなと追い払おうとしてくるルブランやデコボコたちも、今日は「また来たのか」と渋い顔をしてみせつつも帰れとは一言も言ってこなかった。たぶん、ソディアと同じで彼らも今日のところはユーリにシュヴァーンの仕事の邪魔をしてもらったほうがいいと考えたのだろう。
     部下たちが、休んでくださいとシュヴァーンに懇願していないわけがない。だが、シュヴァーンにしか片付けられない上に期日もぎりぎりな仕事を放置はできないと言われれば、それ以上押すことは彼らにはできないのだ。
     作業台を布巾で拭きながら、溜息をつく。
     確かに自分は事前に面会の約束を取り付けるという正式な手順を踏まずにシュヴァーンやフレン、エステルに会いに来ているものの、今忙しいと言われればわかったまたなと答えてすぐに出て行くし、ギルドの仕事で急ぎの案件の場合は悪いが話だけでも聞いてくれと強引な真似をすることもあったが、事態を把握すればシュヴァーンもフレンもその緊急性を理解してすぐさま対応してくれたから、くだらないことや理由のないことで彼らの仕事の邪魔をしたことは一度もない。
     にも関わらず、たびたび乱入してきては我が物顔で居座って忙しい人の邪魔をしているチンピラのようにしか見られていないのは何故なのだろうか。
     ま、いいけどな、と口の中で呟いて、ユーリは布巾を濯いで固く絞った。
     隊長が料理をする人であるせいか、シュヴァーン隊の厨房は少しばかり雑然としているが清潔で、どこに何があるかを把握しやすい配置になっている。調理器具もきちんと手入れされているし、隣の食料庫も似たような感じだ。男所帯にしてはかなりきれいなものである。
    「……っと、ついでだ」
     布巾を干して厨房を出ようとしたユーリだが、ふと思いついて食料庫のドアに貼られた紙の前に立った。それは備品管理表で、そろそろなくなりそうな食材や調味料を書き込んでおけば買い出し当番がそれを買ってきて補充する、という仕組みになっている。
     脇にあったペンを取り、粗挽きソーセージ、ベーコン、卵、パン、と書き込んでやると、ユーリはペンを置きながら軽く首を傾げた。しばらく管理表をじっくりと見て、ふぅん? と利き手で軽く自分の顎に触れる。
    「……この紙、この高さに貼ってあんのに、ボコのやつ手ぇ届くのか?」
     買い出し当番の署名を見ると、一応ボッコスの名もある。が、どうやって書き込んだのかがわからない。
     不思議なこともあるもんだ、と思いながら踵を返したユーリは、隊長室に戻って軽く片眉を上げた。てっきり、シュヴァーンのことだから眠気と闘いながら仕事に戻っていると思ったのだが、予想に反して彼は長椅子に寝そべっていた。
     髪留めが外されて、いつものように前髪が顔の左側を隠している。近づいても瞼が震えることもなく、深い寝息が聞こえるだけだ。珍しく、隊服を少しゆるめて着崩している。睡魔に負けて倒れたのではなく、自分の意志で仮眠中なのだと理解してテーブルを見れば、ユーリ宛の書き置きがあった。
     90分じゃ全然足りねえだろ、と思ったが、そう頼まれてしまったからにはその時間に起こしてやるしかない。重石代わりに置かれていた髪留めを懐にしまい、書き置きも更に折りたたんで適当にポケットに入れると、ユーリは疲れ切った男の寝顔を見下ろし、ややして首の後ろを軽く掻いた。
     やはり、むらっとくる。これはどうにもよろしくない。
    「フレンの顔も見てくるか……」
     あの親友が、心から敬愛している隊長首席の過労を見過ごしているとは思えない。既にソディアから報告は行っているだろうし、シュヴァーンが眠っているのなら邪魔せずにおいて、あとで様子を見に行こうと判断しているに違いないから、今頃心配で歯軋りしながら自分の仕事と闘っていることだろう。
     人の寝顔を眺めて変な気分になっているより、フレンに会っておっさんなら飯食って仮眠中だぜと教えてやったほうが健全だし、建設的というものだ。
     仮眠用にブランケットがあることも、その場所も知っている。ユーリはなるべく音を立てないように戸棚の下段をあさって目的のものを引っ張り出すと、それをシュヴァーンに掛けてやってから外に出た。






     珍しく窓ではなくドアから団長室に入ったユーリに、フレンは「シュヴァーン隊長の様子はどうだい?」と尋ねてきた。
    「挨拶もなしにそれかよ」
    「しばらくぶりだねユーリ。元気そうでなによりだ」
    「おまえもな」
     やや棒読み口調で言ったフレンに、ユーリも似たような口調でそう返す。そして、
    「おっさんは元気どころかそろそろヤバい感じになってたけどな」
     と続け、フレンの顔つきが固くなったところで「さっき飯食わせたし、今はちゃんと横になって寝てる。90分したら起こせだとさ」と付け加えると、今度は心情がこもりすぎて掠れた声で、
    「そうか。……ありがとう」
     と返ってきた。
    「おまえもバテた顔してんな。おっさんほどじゃねえけど」
    「僕のことはどうでもいい。ソディアから報告は受けてるよ。シュヴァーン隊長がかなり無理をなさっていることは知っていたんだが……」
    「おっさんがおまえより無理しなきゃならねえようなことって、なんだよ」
    「いろいろあるな。それこそ、山のようにだ」
     もともとシュヴァーンは混成部隊の調練と、出張と称して定期的にダングレストに戻っては天を射る矢のレイヴンとしてハリーの補佐もしているので多忙だが、フレンの口ぶりではそれ以外にもシュヴァーンでなくては片付けられない難題が溜まりに溜まっている、という感じだった。しかし、彼は首席とはいえ隊長のひとりであり、その権限が騎士団長であるフレンを凌駕することはない。
    「どういうことだよ」
    「うん……」
     実は、とフレンが重い口を開く。以前から評議会のフレンへの風当たりの強さは相当なものだったが、最近はフレンの補佐をしているシュヴァーンを排除したがっている動きも出てきている。フレンがシュヴァーンを頼りにすればするほど彼が危険視されて、謀反人である先代騎士団長の腹心であったことを口実にシュヴァーン・オルトレインを貶めて圧力をかけて来ているという。
    「嫌味を言ってくる程度なら実害はないんだ。が、二心がないところを見せろと言わんばかりに無理難題を吹っかけてくることが多くてね」
    「しかも、隊長首席権限で処理して、おまえが承認するという形でないと通らない案件ばっかり寄越してる、ってとこか?」
    「ああ。その上なんだかんだといちゃもんをつけて差し戻しに次ぐ差し戻し、ってのもやられてるよ」
    「そりゃもう風当たりどころの話じゃねえだろ」
     文字通り、シュヴァーンを忙殺しにかかっている。
    「無茶な日程で魔物の討伐をして来いとか、それも混成部隊にやらせろとか言い出してもおかしくねえな」
    「それなら何度か言われたよ」
    「行かせたのか?」
    「断ったさ。まだ調練が不十分ですのでってね」
    「英傑シュヴァーン・オルトレインが直々に調練してるのにまだ使いものにならねえのかって、指導力不足をあげつらってきたろ」
    「きたね」
    「で?」
     おまえは何つったんだよ、と含ませての「で?」に、フレンはつまらなさそうに答えた。
    「申し上げにくいのですが、混成部隊内で実力不足で足を引っ張っているのは評議会の皆様からの推薦を受けた騎士たちです。彼らと実力の水準を満たしている騎士とを入れ替えてよろしければ、一週間程度で調練の仕上げに入れるでしょう、と答えたよ」
    「っはは! そりゃおまえ、正直すぎるだろ」
    「自分たちの息がかかった人間が全く入っていない部隊が新しくできて、しかも取り纏め役がシュヴァーン隊長だと知って、あの臆病な連中が慌てないわけがない。それでも6人程度に抑えたんだ。もともと混成部隊がまとまるのを妨害するよう密命を受けて入って来た奴らだから、あからさまにさぼるわ、誰彼構わず喧嘩を吹っかけるわ、騎士団時代のきみより好き放題やってくれてたのをこちらも少し利用させてもらっただけだ」
    「好き放題なんてやってないだろ、俺。それなりに我慢してたっつの」
    「他隊の騎士と揉めた罰で一週間炊事当番になったのをいいことに食料庫の食材を勝手に使ってとんでもない大きさのプリンを大量に作って、朝昼晩と先輩騎士たちをプリン責めにしてもうプリンは嫌だと言わせた挙げ句、残りを堂々と下町のみんなに配るようなことをしでかしてたのは、充分好き放題のうちに入るぞ、ユーリ」
    「おまえだって喜んでがつがつ食ってただろうが」
    「喜んでない! 献立が決まっているのにそれを無視してプリンしか作らなかったきみに怒りながら食べてたんだ!」
    「うまかったろ?」
    「それは否定しない」
     ぶすっとした顔で肯定した幼馴染みに、ユーリは喉で低く笑って「また作ってやるよ」と言った。
     堪え性のない自分と違って、フレンは理不尽なことに腸を煮えくり返らせていても状況や立場を考えて我慢するタイプである。評議会の面子に剛速球で泥団子を投げつけるような物言いをしたのはフレンらしくなかったが、直前にシュヴァーンを散々扱き下ろされていたせいで忍耐力が底をついたのだとわかるので、たまにはいいんじゃねえの、と言ってやった。
    「あの程度のことを聞き流せなくてどうする、と、あとでシュヴァーン隊長に叱られたよ」
    「賭けてもいいがな、あのおっさん、目の前で評議会のじじいどもにエステルいびられてみろ、1分でキレるぞ」
    「いや、そうなったら僕が30秒でキレるから、隊長がキレるところは見られそうにないな」
     シュヴァーンが聞いたら更に疲れてげっそりしそうな会話である。
     もともとエステルはヨーデルを擁立していた騎士団に対抗するために評議会が担ぎ出してきた皇族で、しかしながらアレクセイによって警護の名目で騎士団の管理下に置かれ、城に軟禁されて育った。世間知らずで政治のこともよくわかっていない小娘だと侮られていたし、評議会にしてみればヨーデルが彼女を副帝に据えたのは、騎士団側の旗頭として担ぎ上げられて皇帝になった彼が評議会と騎士団の軋轢をこれ以上深刻化させないようにと考え、いわば自分たちに対してのご機嫌取りでエステルにも実権を与えたのだと思っていたらしい。つまり、エステルは評議会の『言葉』を肯定的に語らせるための人形として、副帝の地位に据えられたのだと。
     しかし、実際はエステルこそが新しい騎士団長の最大の擁護者だったのだから、話が違うと叫びたくもなるだろう。彼女には貴族の利益だけを考えている連中の思惑など読めないし、読めても片っ端から「それではいけません」と拒否するのだから、人形どころか評議会には自分たちが彼女を御する手綱すら掴めていないのだと、嫌でも思い知ったはずだ。
     エステルの庇護の翼は、隊長首席であるシュヴァーンの上にも伸ばされている。彼女にとってシュヴァーンは『仲間』であり、魔導器を失った今後のテルカ・リュミレースを支え、よりよい未来を紡ぎ出して行くための同志でもあるのだ。
     騎士団側に取り込まれ済みだったか、と臍を噛み、エステルを排除すべき政敵として見始めている貴族が日増しに増えつつある現在、もう既に、彼女が無名の騎士時代からフレンと親しかったことを攻撃材料にして、皇女に取り入って出世した騎士団長だと揶揄する噂を流されたりもしている。そのうち、それをネタにして彼女をいびり始める輩も出てくるだろう。
     出てきても30秒後にはキレたフレンに黙らせられて退場することになるし、彼がいなくても1分後にはシュヴァーンによって排除されるので、ユーリが心配する必要はなさそうである。
     心配が必要なのはエステルではなく、現在進行形で過労死させられそうになっているシュヴァーンのほうだ。
     シュヴァーンは戦闘力の高さとは不釣り合いに体力の消耗が激しい体質である。以前より格段にましになったと本人は言うが、彼の心臓は生命力を糧に動くタイプの魔導器なので、疲労が蓄積すると心臓の出力も下がってしまう。心拍数や拍動の強さが低下すれば酸素供給能力や体温も下がるし、低体温になるのと比例して免疫力も落ちる。つまり、体の動きが鈍るのはもちろんのこと、バテやすく、病気に罹りやすくなり、治りもよろしくないので更に体力が落ち、そのせいで心臓のパワーダウンが進み……と負のループが発生する危険性が高いのだった。
     彼の場合、過労は冗談抜きに寿命を縮めてしまう。このままにしておくのはまずい。
    「……まさかな」
     ふと漏れた呟きに、フレンがどうした、と訊いてくる。
    「おっさんの心臓が普通じゃねえこと、バレてねえよな?」
    「僕が知る限り、事情を知っている者で、軽々しくそれを口にする人間に心当たりはないな」
    「もろバレはしてなくても、持病があって実は心臓が悪いらしい、ってな知られかたをしてたらどうだよ」
     ユーリが指摘したそれに、フレンは軽く目を閉じて考えてから、
    「……無理をさせれば意外と短期間であっさり倒れるかもしれない、と考えての集中攻撃か。リタが検診に来ているときは、エステリーゼさまも同席していらっしゃることが多い。事情を知らない者の目には定期的にエステリーゼさまがシュヴァーン隊長の診察か治療をなさっていて、リタがその見舞いに来ている、という風に見えてもおかしくはないな」
     と応えた。
     むしろ、そういう風にしか見えないはずだ。魔導器が失われ、研究対象を精霊魔術の構築に切り替えたリタが興味を持つのは魔導器なしでも魔術が使える上にこの世で最も精霊と繋がりの深いエステルであって、シュヴァーンと名乗っている寡黙な無精髭のおっさんなど見向きもしないだろうと、普通はそう考える。
     リタがシュヴァーンの心臓魔導器の調子を確認し、必要があれば術式を修正して『共生力』を高めるべくメンテナンスをしていることを知る者は少ない。ユーリたちを除けば、バクティオン神殿で生き埋めになった隊長を掘り返してきたルブランたち3人がシュヴァーンの心臓魔導器を目にしているが、彼らの隊長首席への敬愛は、それを捧げられている本人が唖然として意味がわからないという顔をするほど熱烈な代物だ。一応口止めくらいはされているだろうし、仮にされていなくても死んでも余人に話したりはしないだろう。
     ギルド関係者では、ハリーしか知らないことである。
     混成部隊発足への同意書と契約書を交わしにダングレストへやってきて、ハリーに面会を求めたのはシュヴァーン・オルトレインだった。かつてはドンが使っていた仕事部屋に彼を通し、嫌そうに挨拶を交わした4秒後、ハリーは怪訝な顔になり、次に呆気にとられた様子で「なんだってそんな仮装をしてやがるんだ、レイヴン」と尋ねた。それに対して、シュヴァーンは自分が帝国の間諜であったこと、ドンもそれを知っていて自分を傍に置いていたことを語り、調印の前にこの件にもけじめをつけに来た、と答えたのだ。
     ユーリは、シュヴァーンの後ろに立って、一部始終を見守っていた。その時に、隊服をはだけて心臓魔導器を見せられたハリーの顔も見ている。
     ハリーにとってレイヴンは、単に祖父に重用されていた幹部、というだけではないようだった。そこにはユーリが介入や推測を差し挟むことのできない時間の積み重ねがあり、部外者であるユーリには「身内、ってやつか」としか把握できないものが感じられた。
     ハリーがレイヴンにつけさせたけじめは、「ユニオンの屋台骨をぶっ建て直すまで、天を射る矢のレイヴンでいろ。あんたに騎士の顔と名前があろうが、それはドンがよしとしてたことだ、オレが今更どうこう言うようなことじゃねえしな。ただ、騎士団にギルド内部の情報を流してたぶんのツケは払っとけ。あんたの命が凛々の明星の預かりになってるってのは了解したが、このままはいどうぞとくれてやるわけにはいかねえんだよ」というものだった。
     やるじゃねえか、と思ったし、どうやらハリーを見くびっていたらしいと見る目を改めたユーリは、「早いとこ借金返しちまえよな、おっさん。カロル先生はともかく、俺、そんなに気の長いほうじゃないぜ?」と言って、レイヴンがツケを返し終わるまで彼を凛々の明星に迎えることを待つ意志を示した。
     あのハリーが、この世で最後のひとつとなった魔導器によって『生きている』レイヴンのことを、他人に話すとは思えない。
    「……愛されてんなー、おっさん」
    「人徳だよ、シュヴァーン隊長の」
     ぼそっと独り言ちたそれが、秘密を漏らした人間はおそらくいないと結論を出した上での感想だと、フレンにはわかったらしい。というか、どうやら似たようなことを考えていたようだ。
    「いっそのこと、マジで倒れたことにして一週間くらい養生させてやったらどうだ」
    「面会謝絶の札がいるね。見舞いに来たがる人は多いだろうから」
    「評議会からもか?」
    「当然様子見に人を寄越すさ、連中なら。そうだな……面会を断られにくそうな、若い貴族の令嬢あたりを選ぶくらいはしそうだ」
    「ああ、シュヴァーン隊長首席殿はむっつりだって噂、俺も聞いたことあるわ。ああ見えてかなりの女好きだって、結構有名だったよな」
     レイヴンを見ていると、女好きなのは素で地で元々なのだろうとすぐわかる。シュヴァーンは積極的に女性を口説いたりしないが、無愛想でも何気に優しく親切にしていることが多い。その親切に対しての礼も含めて、という口実で送り込まれてきた令嬢本人は、自分に課せられた役割に気づくこともなくシュヴァーンを見舞い、そこで目にした彼の容態を茶会などで悪気なく話してしまうことになる……そんなところか。
     確かに、フレンの言うとおり面会謝絶の札をドアにかけておく必要がありそうだった。
    「エステル通して天然陛下にも根回ししとけよ」
    「ああ。シュヴァーン隊長の具合も心配だし、リタに臨時で検診に来てもらいたいところだけど……そういえば、彼女がどこにいるか知らないか? 市民街に用意した魔導士のための施設にはいないようなんだ」
    「リタならユウマンジュだ」
    「温泉?」
     怪訝そうにするフレンに、ユーリは軽く肩を竦めてみせる。
    「星石を集めてんだとさ。あのあたりにもよく出るだろ、デカいヒトデのぬいぐるみみたいなやつ」
    「もしかして、カロルとジュディスも?」
    「あたり。星石集めんのに魔物を狩りながら、リタの護衛も引き受けてんだ。一応正式な依頼だし、俺は別件でパティに船出してもらって、ラピードと一緒にヘリオードで一仕事してきたところだ。つーわけで、帝都でカロル先生たちと合流するまでは暇だから、おっさんの面倒でも見とくかと思ってな」
     ふむ、と考え込んだフレンが、白紙を取って何か書き始める。書きながら、
    「ユーリ、僕からの依頼を請ける気はないか」
     と訊いてきた。
    「内容次第だな」
    「シュヴァーン隊長が休養中の間、混成部隊に稽古をつけてもらいたい」
    「いいけど、俺、手加減なんてできないぜ?」
    「しなくていいさ、そんなもの。死なない程度に胸を貸してやってくれ」
    「報酬は?」
    「闘技場の覇者に見合った日給を払うよ」
     これでどうだい? と書き終えた書類を差し出され、それがきちんとした依頼書であることと、提示された金額を確認すると、ユーリはぴゅうと口笛を吹いた。
    「おお、太っ腹だな、騎士団長。元は税金だってこと忘れてんじゃねぇのか?」
    「まさか。稼いだきみが下町に還元すればいいだけだろ」
    「へいへい。井戸掘りだのなんだの、助成金だけでやりくりすんのは厳しいってハンクスじいさんがぼやいてたからな、使い道には困らなそうだ」
     フレンからペンを受け取り、帝国騎士団長、フレン・シーフォと書かれた隣に、凛々の明星、ユーリ・ローウェルと署名する。契約開始日は明日からになっていた。
    「さて……じゃあ行こうか」
    「どこにだよ」
    「騎士団の演習場に決まってるだろう。きみと手合わせするのも久しぶりだ」
     にこりと笑うフレンに、ユーリはやれやれと皮肉っぽく苦笑してみせる。突然『彼がきみたちの稽古をつけることになった』と紹介したところで、騎士たちもギルドの連中も納得するはずがない。地上最強の黒獅子の異名が伊達ではないことを実際に見せておこう、というわけだ。
     もちろん、フレン自身がデスクワークと自主練ばかりで溜まりに溜まった『本気で剣を振るいたい』という欲求不満を解消する気満々であることも確かで、仕方ねえな、契約外だが付き合ってやりますか、と呟くと、ユーリは親友に続いて団長室を後にした。
     1時間後、騎士団長と彼が連れてきた黒衣の男が見事に破壊してしまった演習場の一角を修繕する音が響く中、ドレイク・ドロップワートが「修繕費用は騎士団長の給料から天引きだ」と重々しく宣言することになるのだが、フレンとユーリの剣技を見た者たちは、ひとりがぽそりと「ぶち抜かれたのが壁だけでよかった……」と呟くと、めいめいに頷いたり唸ったりして心からの同意を示したのだった。






     エステルがレシピ本とにらめっこをしながら作ったというミートパイは、ところどころ少し濃すぎる色をしていたが味には問題がなく、ちょっと焼きすぎでしたねと悄気る彼女にシュヴァーンは「いや、初めてにしては上出来です」と言って二切れ目を皿に取った。
     シュヴァーン・オルトレインが『面会謝絶の療養中』になってから、3日が経っている。
     先日、約束通りに90分後に起こしてくれたユーリが「宿舎とこっちと、あんたどこで面会謝絶になりたい?」と唐突に意味も意図もわからない奇妙な質問をしてきて、寝起きで頭が回っていなかったシュヴァーンは困惑しながら「……きみに、監禁したいほど愛されているのか、俺は」ととんちんかんなことを言ってしまったのだが、理由を聞くと「こっちで」と返答した。
     ちなみに、ユーリは監禁云々に対しては「それって愛か? 執着と独占欲をこじらせただけじゃねえのか」と非常に健全な感性の持ち主であることがよくわかる発言をしてから、「愛してるかどうかは言わねえでおくけど」と付け加えてシュヴァーンの腹の上からブランケットを取り上げた。それを適当に畳んでまるめて所定の場所につっこんでいる彼を見て、ブランケットをかけてくれたのもユーリなのだと理解して礼を言うと、ここ隙間風ひでえよな、と返ってきた。そういう造りなんだと言えば、真冬に厳寒我慢大会でもすんのか、と呆れられてしまったが、シュヴァーンは青年は時々おもしろい発想をするな、と感心したのだった。
     寝ぼけ半分だったとはいえ、言動がどれも少し間抜けすぎたな、と思わないでもない。
     過労で倒れた、ということにして与えられた休暇は1週間で、その間の混成部隊の訓練はフレンから凛々の明星への依頼としてユーリが引き受けてくれている。シュヴァーンは詰所の隊長室の隣にある小部屋で寝起きしていて、最初の2日間は全く仕事をさせてもらえなかった。すぐ隣の部屋に片付けたい書類が山になっているのに、休め、寝てろ、暇ならおやつでも食いながらエステルから借りた本でも読んでろ、と言われた上に、フレンからの指示だと言って部下たちが隊長が仕事をし始めないように隊長室で張り番までしているのだから、なんだこれは、監禁じゃないか、と途方に暮れたものである。
     あいつらに監禁したいほど愛されてんだよ、あんたは、と笑って取り合わず、ユーリは朝から晩まで混成部隊に稽古をつけては鬼だの魔王だのと叫ばれているらしい。
    「……なにか?」
     やたらと熱心に見つめられているのを不思議に思ってシュヴァーンがそう訊くと、エステルは我に返った様子ですみませんと謝ってから、
    「私服姿のシュヴァーンは初めて見たものですから。なんだか新鮮で」
     と理由を教えてくれた。
     この日のシュヴァーンは、黒っぽいシャツとスラックスの軽装だった。地味でありきたりな服装だが、エステルには非常に珍しく感じられるらしく、シュヴァーンもこういう服を着るんですね、と感心されてしまった。
    「無難なものを選ぶと、こうなるんです」
     よくあるデザインで、多少血がついても目立たない色のものばかり買い足してきたのは、帝都を出てダングレストに向かう途中でレイヴンに化けることが多かったからである。騎士団長がアレクセイだった頃のシュヴァーン・オルトレインに私生活というものはないに等しかったし、私服を着るときはシュヴァーンであることがばれると面倒で、レイヴンの格好をするのもまずい、という場合がほとんどだった。
     ちょっと前までは、レイヴンでいるときとシュヴァーンでいるときとで自分に対しての態度や口の利き方があまりにも違いすぎることに戸惑っていたエステルだが、どちらも『側面』であって演技ではないことを理解すると、シュヴァーンが唖然とするほど呆気なく馴染んでしまった。どうしても馴染めないのはリタとカロルで、どうして平気になったのかと訊かれたエステルは、「騎士団を指揮しているときのフレンと、ユーリと話しているときのフレンはだいぶ印象が違いますけど、どちらも本当のフレンです。レイヴンとシュヴァーンも、同じだと思ったんです。……フレンよりも差が大きいですけど」と答えて、リタとカロルだけでなくシュヴァーンまでもを絶句させていた。
     シュヴァーン自身にとって、長いこと『シュヴァーン・オルトレイン』という人間は与えられた任務をひたすらにこなしていくだけの人形で、性格や人格といったものすら希薄な虚ろな器に過ぎなかった。『レイヴン』という名のふざけた男もその必要があって作り上げた仮面に過ぎず、物言いや女好きなところは人魔戦争で死んだダミュロン・アトマイスという騎士のものを土台に、より大仰に派手にデフォルメして演じてきたのだ。
     つまり、隊長首席として働く自分と、天を射る矢のナンバー2として仕事をしている自分とでは、思考や感覚にもかなりの差が生じていた。優先順位を見極め、ある程度予測を立てながら不測の事態も想定して打てる手は打っておく、という基本部分は変わらないが、主に対人関係での積極性のオン・オフを切り替えて仕事をしていたわけで、人と話しているときの感覚からして真逆だったのである。
     アレクセイによって作られた架空の人物の架空のプロフィールを満たす仮面と、ギルドへの潜入用に入念に作り込んだ道化の仮面。どちらも仮面であり、仮面でしかなく、実際の自分は何も感じない死人であると思って生きてきた彼がどちらも『自分自身』なのだと悟ったのはほんの数ヶ月前のことで、それを星食み消滅から1ヶ月足らずの短期間で『理解』してしまったエステルに対して、驚愕しないわけがなかった。
     後に、レイヴンとしてユーリに会ったときに「嬢ちゃんってば天然最強系の傑物すぎてこわいよねえ。おっさん、度肝を抜かれて口から心臓飛び出すかと思ったわよ」と語ったら、固すぎて喉につっかえるだろなどとつっこみを寄越しつつ、「まあ、エステルのああいうところには、俺もぎょっとさせられたことあるわ。ありがたいけど、ちょっとたちが悪いよな」と同意してくれた。
     甘いものを好まないシュヴァーンのためにミートパイを焼いてきてくれた副帝は、撫子色の生地に真っ白なレースを重ねて繊細な模様を浮き上がらせたドレス姿で、髪は結わずにさらりと流している。最近の彼女は、公の場に立つときもあまり髪を纏めなくなった。身分のある女性が人前に出るときは髪を結うのが常識、と教育係を兼ねた侍女頭に言われて結い上げられるまま従っていたのが、結いたいときにはお願いしますので、と断り、髪留めを兼ねた瀟洒な髪飾りを挿しただけで会議に出ることもしばしばある。
     実際、評議会の誰もエステルが髪を結っていないことに対して何も言ってこなかったし、それを不作法だと思っている者もいないようだった。
     普段着にしては手が込んでいるが、副帝として会議に出たりするにはやや簡素な造りだ。おそらく、この後飾り帯やショールを追加して公務に出るのだろう。
     面会謝絶中になっているため、エステルは見舞客ではなく治癒術士としてこの部屋に出入りしている。
     休日初日は仕事をしたくて落ち着かない気分のままベッドから出させてもらえず、しかしながら疲労困憊していたのは事実なので何度も眠ったり目が覚めたりを繰り返していたシュヴァーンだが、2日目になると急に熱を出した。疲労で熱を出すこともあるのは知っていたが、タイミングとしてはおかしいだろうとぼやくと、訓練の合間に雑炊を作ってきてくれたユーリが「熱も出せねえほど消耗してたってことだろ」などと恐ろしいことを言い、そんなまさかとシュヴァーンが言うよりも先に「甘くても果物なら大丈夫だったろ。切るかすりおろすかどっちがいい?」と林檎を片手に訊いてきたので、「小さめに切ってくれ」と答えて溜息をつく羽目になった。
     幸い夜中には熱が引いて、今朝は久しぶりに体が軽かった。病み上がりなんだからもう1日寝てろと言われるかと思ったが、シュヴァーンの顔を見たユーリは普通に炊いたごはんに野菜ときのこをたっぷり入れたオムレツ、温野菜のサラダ、豆腐とねぎの味噌汁を作ってくれて、「無理しない程度に好きにしてろよ。ただ、まーた熱出すほど根を詰めやがったら残りの4日間も寝たきり生活にしてやるから、そのつもりでな?」と釘を刺しただけで自分の仕事をしに行った。
     部下たちも、たまに温かい飲み物と甘くないお茶請けを運んで来るだけで張り番まではせず、シュヴァーンはその度にゆっくりと休憩を取りながら放置していた仕事を次々に片付けた。倒れたことになっているので、提出の期日を過ぎていようが今日中に回さなければまずかろうが、急ぐ必要がなくなった書類と向き合うのは正直かなり気が楽で、フレンには悪いがいざとなったらもう3日ばかり面会謝絶を延長してもらえないか掛け合うか、などと思ったほどだ。
     昼は昼で、またユーリがうまいものを作ってくれた。訓練の様子を訊けば、非常に悪い笑顔になって「すこぶる順調だぜ」と返ってきたので、混成部隊に所属している全員が徹底的に薙ぎ倒されまくっていることがよくわかった。シュヴァーンはそれ以上は訊かなかったが、おやつを持って様子を見に来てくれたエステルにそれとなく問うと、
    「それがその……ユーリったら、何人かこてんぱんにして大怪我をさせた上に、弱すぎるんだよ、要らねえわこんな連中、なんて言って混成部隊から追い出してしまったんです」
     と、眉尻を下げて困ったように教えてくれた。
     しばらく沈黙してから、ああ、なるほど、と呟いたシュヴァーンは、首の後ろに手を持って行きながら、
    「相変わらず容赦のよの字もないな、青年は……」
     と小さく溜息をついた。
     評議会からの推薦で入れざるを得なかった連中を、ユーリが稽古の名目で思うさまぶちのめした上で「実力不足! 一昨日来やがれっての」と叩き出したわけだ。おそらく、これにはフレンも一枚噛んでいる。闘技場の覇者を休養中のシュヴァーンの代わりに戦闘指南役として雇い、そのユーリが要らねえと言って叩き出すぶんには評議会に対しても何とでも言いようがあるからだ。
    「実力不足は本当ですけど、あんなやりかたではユーリが恨まれるだけです。怪我をさせられた人たちだけじゃなく、彼らを庇護している評議会からも目をつけられることに……」
     ユーリを心配しているエステルを、シュヴァーンは「ユーリも、それは承知の上でやったんだろう」と宥めた。
     気にくわない連中を地べたに這わせることに躊躇いを持たない青年ではあるが、彼は下町育ちなのだ。平民ごときに矜持を傷つけられたと激昂した貴族がどれほど執念深く陰惨な手口で報復するのか、虐げられる側として嫌と言うほど見て育ってきたはずである。
     わかっていてやらかしたということは、それは当然わざとであって、評議会への挑発なのだろう。
     フレンを排除したがり、そのためにシュヴァーンも排斥したがっている連中に反撃して逆に潰してやろうという怒りに満ち満ちた意図を感じる。ユーリとフレンは性格が正反対で衝突してばかりのように見えて、実は似た者同士というか、根底の部分で明らかに同類だ。幼馴染みとして長い年月をかけて培った息の合いかたも驚異的で、彼らが同じ目的を見据えて腰を上げたらこの世の誰も止められない、とシュヴァーンは思っている。少なくとも、自分には無理だ。
    「今帝国がすべきことは、魔導器がなくてもどの街の帝国民もある程度安全で安定した生活が送れるようにすることです。にも関わらず、騎士団と評議会の権力の均衡を評議会側に傾けることしか頭にない連中が、フレンを騎士団長の地位から追い落とそうとむきになっている。我々が民の安全のために手を尽くそうとしても逐一彼らが足を引っ張っているのが現状で、あのふたりが反撃に出ようとしているのは、このままではいかん、と判断した結果でしょう」
    「いけません」
     眼差しを厳しくしてそう首を振ったエステルは、
    「ふたりだけで、なんて、駄目です。そういうことなら、わたしやシュヴァーンをこんな風に隔離しておくのは間違ってます」
     と言い切った。
     シュヴァーンはクオイの森でのことを思い出した。
     エステルを殺すことになるなら、それを背負うのは自分だけでいい。そう覚悟を決めてラピードだけを伴い、ハルルの街から姿を消したユーリのことを。
     ユーリは優しい。
     その優しさはいつも沈黙や行動で示されることが多かった。彼の、あまり心の内を見せないジュディスとの距離の取りかたもそうだ。傍目には腹に一物抱えた者同士の寒い会話に見えただろうが、ジュディス本人は「彼、優しいわね。引き際を心得ていて、許容もしてくれるって、そうそうできることではないもの」と言っていたし、レイヴンもユーリのそういうところにかなり甘えさせてもらっていたので、心から同意したものである。
     エステルを手に掛ける決意をしたのも、その重さと罪をたった独りで引き受けようとしたのも、彼の優しさだ。自分はもう汚れているのだから構わない。仲間たちに、仲間を殺させる罪と傷を背負わせるのは忍びない。ユーリがそう考えていたのは、シュヴァーンにもよくわかる。ただ、そんなユーリに対して「ばかー!」と殴りかかっていったカロルやリタの気持ちも、わかるのだ。
     もともと損な役回りばかり引き受けて、一方的に守ろうとしてしまうところがユーリにはあった。下町に住む人々を自分の家族として愛し、騎士団を辞めてからも彼らを心配するあまり下町から出ることなど考えもせずに用心棒の真似事をして日銭を稼いでいたのも、そうだ。そのあたりは、仲間たちと旅をしてユーリも自覚したのだろう。抱え込んで自分も縛られることを守るとは言わないのだと、今の彼にはわかっているはずだ。
     そこまで考えて、シュヴァーンは静かに口を開いた。
    「おそらく……俺の体調が回復するまで休養に専念させておこう、という気遣いでしょう。明日、明後日くらいには俺やエステリーゼさまにも手伝ってもらいたいことがある、と言ってくるはずです」
    「そうなんです? だったらいいんですけど……」
    「下町の住人から聞いたことがあります。あのふたりの子供時代は、それはもうひどいいたずら小僧だったと。ただ……ふたりが何か悪巧みをしているときは、必ず自分たちよりも年長の、暴力や権力で弱者を食いものにしている連中を排除するためだった、とも」
    「ユーリらしいです。けど……フレンも?」
     意外そうに目を丸くしているエステルに、シュヴァーンは僅かに笑って頷いた。
    「フレンの生真面目さは美徳ですが、頭が固すぎるのはあまりよろしくない。たまには青年と一緒に思うさま悪巧みをして、そういう発想もできる余地を取り戻したほうがいい」
     ますます目を丸くしたエステルはしばらくシュヴァーンを見つめてから、
    「なんだか、今のシュヴァーンの目……ちょっぴりですけど、レイヴンみたいでした」
     と言って、花のように微笑んだ。






     シュヴァーン・オルトレインの代理として指南役に雇われたユーリ・ローウェルに対して、次々に治療費と慰謝料の請求が寄越された。いずれも貴族からで、抗議文までつけてくる家まである。
     フレンはそれに対して、ユーリは以前騎士団に所属していたこと、現在はギルド・凛々の明星に所属していること、彼の稽古のつけかたは実戦第一で非常に荒っぽいが、精鋭中の精鋭として混成部隊を鍛え上げるのにふさわしい人材であること、手加減なしの稽古に他の隊員からは不満も苦情も出ていないこと、貴君らは実力が混成部隊の最低ラインにすら達していなかったからこそ怪我をする羽目になったのであり、通常通り傷病休暇をとって労災で治療費を賄うこと、そして、この程度の稽古にすらついていけない人間は混成部隊から元の隊に戻すことを返書にしたため、団長印を捺して請求書と共に送り返したのだった。
    「フレン団長……その、僭越ですが」
    「なんだい、ソディア」
    「これまで団長は評議会にあからさまに楯突くようなことはなさいませんでした。シュヴァーン隊長がお倒れになるほどの嫌がらせについては、私も手を打つべきだと考えます。しかし……殊更に相手を刺激するようなやりかたは、団長らしくありません」
     躊躇いながらもそう言いにくいことを言った部下に、フレンは持っていたペンをペン立てに挿して軽く手を組んだ。
    「シュヴァーン隊長からお聞きしたことがある。騎士団の本部が爆破され、長く再建されなかった理由だ」
    「……」
    「公にはされなかったが、当時評議会がアレクセイ騎士団長を暗殺するために凄まじい威力で爆発を起こす魔導器を設置したためだと。それによって騎士団長が改革のために試験的に登用していた補佐官全員が死亡し、団長閣下も重傷を負われたのだと」
     暗殺失敗の噂はソディアも聞いたことがあるのだろう。だが、すぐに修復や再建にかからなかった理由は知らないようで、無言で続きを待っている。
    「城内に拠点を移すことで、評議会にプレッシャーを与え続けること、これが一つ目。それから二つ目が、再建に予算を割くよりも別のことに予算を回すためだ」
    「移動要塞ヘラクレス、ですか」
    「そうだ。そして、三つ目……破壊された本部を目にする度に犠牲者のことを思い出し、忘れないようにするため、だったそうだ」
     はっと息を飲んだソディアに、フレンは頷いてみせる。
    「その頃の閣下は、まだ僕が心から尊敬し信じていたアレクセイ・ディノイアだったんだ。しかし、自分の命が狙われ、補佐官たちを救えずに全員目の前で喪ったことで、改革を為すならまずは障害物の排除から始めようという方向に変わって、徐々に人を単なる駒や道具としてしか見ない人格に変化していったらしい」
     シュヴァーンが、大怪我をして起き上がることもできない状態のアレクセイから最初に命じられたのが評議会の重鎮の暗殺であり、彼がそれを即座に完遂したことまではさすがにソディアには言わずにおいた。
    「僕は、アレクセイと同じ轍は踏まないと決めている。だが、評議会のやり口は今も昔も変わらないだろう。業を煮やせば僕やシュヴァーン隊長を暗殺することを選ぶ。僕も隊長も、平民あがりだからね。アレクセイの時よりもたやすくその手段に踏み切ってくるだろう。受け身のままでいては駄目なんだ。既に向こうはシュヴァーン隊長の健康を害することに成功している。ここで隙は見せられないし、下手も打てない。幸い、僕にはきみやウィチルのような心から信頼できる味方がいるし、ユーリもいる。まずは混成部隊の調練の仕上げに入りたい。足手まといだった連中をユーリに切ってもらったからね、シュヴァーン隊長に追加人員を選んでもらって補充した後は、実際に混成部隊に実績を積んでもらう。騎士団とギルドが手を組めば、騎士だけより、ギルドだけよりももっと上のことができる、という実績をだ」
    「フレン団長……」
    「叩かれることを避けられないなら、叩かれても出る杭になるしかない。そうだろう?」
    「はい」
    「向こうが何か仕掛けてくるなら、早いほうがいい。多少危険はあるが、こちらとしては僕らに手を出しても損失しか被らないと思い知ってもらいたいんだ。いい加減、まともに仕事もしたいしね」
     ソディアには、シュヴァーンがユーリの前で倒れて彼に介抱され、急遽エステルが呼ばれて彼を診た結果、ひどい過労で宿舎に移すことすら負担になるから動かさないほうがいいということで、詰所の隊長用仮眠室で面会謝絶という判断が下されたのだと話してあった。シュヴァーンが酷い顔色で死んだようにユーリにもたれているところを実際に目にしていた彼女はそれを疑うことなく信じ、フレンがその場でユーリを混成部隊の武術指南役に雇ったことも評議会につけ込む隙を与えなかった英断だと認識している。
     忠実な部下に嘘をつくのは申し訳なかったが、そもそもが『本当に過労で倒れたことにしておっさんを休ませるか』というユーリの思いつきがきっかけで始めたことだ。
    『面会謝絶にしておかないと評議会から探りが入る』
     とフレンが返したのに加えて、シュヴァーン本人もいきなり面会謝絶扱いで休暇をもらっても、評議会の爺どもに余計に嫌味を言われて隠居しろとごり押しされかねん、と難色を示すかもしれないと考えた結果、
    『隊長首席が倒れたと聞けば、連中のことだ、何かしら仕掛けてくるだろう』
    『それを逆に潰して痛い目見せておくか』
    『ついでに騎士団の編制も進めてしまいたい。特に混成部隊から邪魔者を切り捨てたいから、ユーリ、代理で指南役をやってくれ』
    『その依頼、引き受けた』
     といった具合に後付けで計画を付け足したので、もっとよく練り直す必要を感じている。本当のことを話して協力を求めるのは、もう少しきちんと固めてからのほうがいいだろう。
    「そうだ、ソディアならわかるだろうか?」
    「何がでしょうか」
    「シュヴァーン隊長のお見舞いをしたいという申し入れが何件か来ているんだが、その……全員、女性でね。中には貴族の令嬢もいて、妙に強引に面会を取り付けようとしてくるのに困ってるんだ」
     ふと思いついてそう切り出すと、ソディアは面食らった顔をしてからきゅっと眉根を寄せて説明の続きを待った。
    「隊長はもちろん騎士としても男性としても優れたひとだから、女性から特別な好意を持たれることがあるのはわかる。ただ、相手が貴族となると、どういう接点があってのことなのかが僕にはほとんど把握できないんだ。隊長ご本人にお訊きすればわかることなんだろうけど、療養中のあの方にこんなことを訊きに行くのも躊躇われてね……そのあたりのことを、なるべく穏便に調べられないか?」
    「少し信憑性は怪しくなりますが、城勤めの女官や下働きの娘たちに訊けば噂を集めて分析することは可能です。ただ、その……私が訊いて回りますとおそらく不審に思われますので、私よりももっと気安く声を掛けられる女性に頼んだほうが無難かと……」
    「そうか……」
     物堅い性格をしているソディアは、城勤めをしている女官たちと打ち解けて雑談をした経験がないらしい。とはいえ、他の女性の騎士で城に出入りしても疑問に思われず女官と立ち話をすることにも慣れがある人物、となると、全く思いつけなかった。
    「……エステリーゼさまにお願いしてみるか」
    「えっ?!」
    「いや、その……エステリーゼさまはよく女官たちに童話の題材になりそうな話はないかとお訊きになっているから、そのついでを装って少し訊いていただければ、と思って……だめだろうか」
    「い、いえ、あの……失礼しました! 少し驚いただけです。申し訳ありません」
     副帝の地位にある皇女に聞き込みをさせる、というとんでもない発想がフレンの口から出てきたことに、相当驚愕したらしい。これがユーリの発案であれば人当たりのいい女ってんならエステルがいるじゃねえかとあっけらかんと言いそうなので、非常識だとか礼儀知らずめと顔を顰めつつもそれほど驚かなかったに違いない。
     以前のフレンならば、ソディア同様に「エステリーゼさまにそんな真似をさせるなど、とんでもないことだ」と反対する側だった。だが、彼女は城に軟禁されて自由のない暮らしをしていた頃の皇女ではない。テルカ・リュミレースの滅亡を阻止するために、仲間たちと何度もぎりぎりの綱渡りをしてきた歴戦の猛者である。
     聞き込み程度なら命が危険に晒されることもないのだから、頼むハードルは低かった。
     そして、これは口に出さなかったが、エステリーゼも年頃の少女である。何かちょっとしたドラマティックなきっかけがあって、シュヴァーン・オルトレインに恋心を抱いてしまった貴族の令嬢がいるかもしれないとなれば、コイバナへの憧れもあって楽しんで聞いて回ってくださるんじゃないだろうか……という気がしているフレンだった。
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    小柴 小太郎(カンナ)

    SPUR METOV。ユリレイ、ユリシュヴァ。前編。
    かつて泥酔してシュヴァーンにダミュロンの面影を見た放蕩貴族ミルバンの思い出話がきっかけでいらん騒動になりつつ、過労死寸前のシュヴァーンが面会謝絶になったり、ユーリに世話を焼かれたりする話。
    友と呼ぶにはあまりにも 前編.


     アレクセイ・ディノイアの死亡報告から程なくして、騎士団長代行としてフレン・シーフォの名前が挙がってきた。その時はまだ即位こそしていなかったが、実質的には皇帝代行として実務をこなし始めていたヨーデルがそれを承認し、評議会も21歳の若輩者が団長代行ならばアレクセイよりも扱いやすいだろうと見ていたのだが……。
    「またあの男か……シュヴァーン・オルトレイン!」
    「死に損ないの分際で、小賢しい!」
     とんでもない誤算だった。
     ヨーデルにつく尊称が殿下から陛下へと変わり、その直後にフレンの肩書きである騎士団長代理から代理の2文字が取り外された。魔導器の恩恵を失ったテルカ・リュミレースに立て続けに慶事を起こすことで、混乱し萎縮する帝国民を活気づけようという初歩的な方法であることは誰の目にも明らかで、評議会も表立っては反対しなかったのである。
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