サン武←マイのオメガバはあり得るか想像した結果王の回りをブンブン飛ぶ羽虫。上等な言い方に替えれば王の回りを囀って飛び回る小鳥。
兎も角、そんな人物が自身の崇拝する王の近くにいる事実が心底腹立たしかった。
だというのに王はそんなドブと共にいる事が多く、穏やかな年相応の柔らかい表情をするものだから、苛立ちは余計に募った。
王は孤高に鋭く尖った眼光で、研ぎたての刃のようで在るべし。それがサンズの理想とする王でありマイキーであった。マイキーの進む道、覇道にはどうしたってそんな小鳥ことハナガキタケミチは邪魔だった。
早熟だったサンズハルチヨは第二の性が既に発露していて、優秀とされるアルファ性だった。そんな自称鼻の利くサンズから見て、王であるマイキーは間違いなくアルファだった。王の回りをウロチョロとするハナガキは恐らくオメガだろうともその嗅覚で嗅ぎ取った。
東卍の中でアルファ性の者は何名か見受けられたが、オメガ性だと嗅ぎ取れたのはハナガキだけだった。それも相まって益々ドブのことが気に食わなくなった。アルファにちやほやされるオメガ。そういう風にしかサンズには見て取れなかったからだ。
マイキーもドブも、どちらとも第二の性は発露していないが本能的にアルファから庇護されているドブ。ドクサレビッチ、サンズの目にはそうとしか映らなかった。
ある抗争帰り、周囲に人が残って居ないかを見回ったサンズの視界にあるものが入った。倉庫の隅で自身の体を掻き抱きながら蹲るハナガキの姿。周囲には誰も居らずサンズのみ。自身を抱きしめながら小さく蹲るハナガキからは咽返る程のオメガのフェロモンがまき散らされていた。ゴクリとサンズの喉が鳴る。オメガのフェロモンにアテられるのは初めてだった。ハナガキも初めて経験するヒートなのか、どうしていいか分からずといった様子だった。
サンズは思った、チャンスだと。今ここで己がこの羽虫の項を噛んでしまえばマイキーの視界から消せると、そう思ったのだ。そして、実行した。ハナガキの体を暴き項を噛んで番にした。以降、三か月に一度ハナガキのヒートのタイミングにのみ関係を持った。
東卍が解散し、関東卍會が誕生しそのままの流れで梵天となった。その間もずっとサンズはハナガキを囲い続けた。金回りの問題があるから最初はボロいアパートだったが、年々部屋はグレードアップされた。現在ではサンズの住まう高層マンションの中層、単身者向けのワンルームにハナガキは押し込まれている。
初めてのヒートのタイミングで項をかまれ番が出来たハナガキは周りからベータだと思われた。東卍も解散してそれぞれがそれぞの道を歩み始めた為、誰もハナガキがオメガだとは気づかなかった。
三ヶ月に一度強烈な己を求めるオメガのフェロモンが香ってくる。それは最上階に住まうサンズの部屋まで届いた。その頃になるとサンズは同じマンション内の中層、ハナガキが居る部屋へと出向く事にしている。
玄関ドアを開けると、サンズの匂いを嗅ぎつけたハナガキが玄関で待ち構える。その様子を目に収めて、ハナガキの頬を一撫でして帰るのだ。ここ一年サンズとハナガキは行為には至っていない。いや、語弊がある。サンズの精を求めるハナガキの為に、延命行為としてヒートではないタイミングでの口淫はさせていた。それのみで、ハナガキのオメガとしての願いは唯の一度も叶えられてはいない。
一度サンズがクスリでラリってオメガ女性の項を噛んだ事がある。その時ハナガキは酷く取り乱し暴れに暴れまわった。自身のアルファに自分以外の番が出来た事に動揺したのだ。その姿を見て三途は酷く高揚したのだ。クスリで得られる多幸感や酩酊感、エクスタシーを遥かに超える高揚感が得られた。泣いて、縋って、懇願して暴れ回って茫然自失になるその様に恍惚となった。
それからサンズは同じような事を度々繰り返した。ハナガキの追いすがる姿があんまりにも可哀そうでカワイソウで可愛かった。可愛くてカワイクて可哀そうな姿を見るとサンズの何かが満たされた。その何かが満たされる度にもっともっととなったから、ヒート中に相手をしなくなった。ヒート中でも同様の、それ以上の快感が得られるから。体を持て余すほどの熱に侵されたハナガキの頬を一撫でするだけで、それは得られた。だからサンズは大事に大事に自分だけの箱にハナガキを閉じ込め続けたのだ。
オメガにとって子を作るというのは本能である。そんな本能が満たされないハナガキのフェロモンは年々強くなっていく。けれど、番をもつオメガのフェロモンは番にしか効かない。つまり、サンズにしか作用しなかった。いや、もう一人いる。世の中に居るとされる運命の番と呼ばれるそれ。それだけがハナガキを救う一筋の光に他ならない。
年々強くなるハナガキのフェロモンは現在では、20階上にあるサンズの部屋まで届くものになった。ヒート中相手にされず、子も為せないオメガにとってフェロモンを強化するのは自身の生存本能の一部だからそうなってしまったというわけだ。
そんな必死のフェロモンがサンズの部屋に届くとサンズはやって来て、ハナガキの頬を一撫でだけして部屋を後にするのだ。
泣いて、喚いて、追い縋って。そうすると酷くうっとりとした表情をサンズはする。ハナガキは気が狂ってしまいそうな程に苦しいというのにうっとりした表情をしたサンズは去ってゆく。
苦しくて苦しくて、もう駄目だと思う事も今回が初めてでは無かった。
またヒートが訪れた。自身の番のアルファは相手をしてくれない。けれど助けを求められる相手は己の番のサンズだけ。その事実がハナガキを苦しめ続ける。
サンズのフェロモンを感じとって玄関まで出迎えた。また相手をしてもらえないのだろうと、頭では分かっているのに今度こそと体が期待をする。そんな浅ましい自身にハナガキはいっそ番を解消してもらおうと決心した。
ガチャリと扉が開いて、サンズが顔を覗かせた。玄関先に座りこんだハナガキの頬を一撫でする。そのサンズの手に、ハナガキは自身の手のひらを乗せた。
「サンズくん。番を解消してください。」
そう言うと凶悪な顔に変化させたサンズがハナガキを拳で殴りつけた。
「あ゙あ゙?オレに死ねってか!?」
「っう・・・違う、違います!・・・オレを・・・殺してください・・・」
頭を振って否定する。違う違う一度だってサンズに死んで欲しいなんて思った事などない。
「・・・もう・・・耐えられない・・・」
それだけ伝えて倒れ込むように玄関先で体勢を崩した。
「ハッ、お前はそうやってオレの事だけ見てればいい。オレだけを待って、オレだけに捕まってりゃいんだよ。殺したりしねぇ」
そんな言葉がハナガキの鼓膜を震わせた。嗚咽が漏れて目が溶ける程に涙が零れた。玄関ドアを見つめたが、もうそこにサンズは居なかった。
「ぅふ・・・っあ・・・」
ボロボロと涙が落ちて止まらない。泣き疲れたハナガキは冷える廊下の上でずっとその身を留まらせ続けた。
ピンポーンと玄関チャイムがなった。ハナガキは玄関ドアを開けるかどうか悩んだ。サンズであれば鍵を持っているからそのまま入ってくる。そうこうしている内に玄関ドアが開いた。怖くなって身を隠そうとした瞬間声がかけられのだ。
「タケミっち・・・?」
「え・・・」
恐る恐る振り向いて声の持ち主を確認すると、中学時代お世話になったチームで総長をしていたサノマンジロウことマイキーだった。
「マイキー君・・・?」
マイキーからはアルファの匂いがしてハナガキはたじろいだ。番のいるオメガにとって他のアルファは毒にしかならない。触れられるだけで体が拒否反応を起こす。抑制剤なんて飲んだ事は無い、加えてヒートが来ているのだ。知らないアルファが同じ空間にいるだけで怖くなって体が震えてしまう。
「・・・来ないで・・・」
そう振り絞って伝えたのに、サンダルも脱がずツカツカとマイキーは部屋に侵入してきた。あっ、と言う暇もなくハナガキはマイキーに捕まってしまった。恐ろしくて震えてしまうはずなのに、そんな震えは一向に来なくてハナガキは戸惑った。
「タケミっち、大丈夫?」
よしよしとあやすように背中を撫でられて、ゾクリと肌が粟立った。恐怖でそうなった訳ではない。確実にそれは求め続けたアルファから与えられる快感だった。
「っああ」
それだけの刺激でハナガキはあっけなく達してしまう。そんな事実に目を回しながらマイキーの服を掴んだ。
「わからない?」
「ッえ・・・っあ・・・はぁ・・・」
息が荒くなって目が回る。久しぶりのアルファから与えられる安堵感と快楽にくらくらとしてしまう。
「タケミっち、オレの運命じゃん」
「へ・・・?」
「ねえ、何でこんなとこに居るの?」
「え・・・あ・・・?」
「項、噛んで良い?っていうか噛むんだけどさ、いいよね?」
「ぇ!ッアア!!」
答える前にガブリとハナガキの項にマイキーは歯を立てた。
車で移動していると、気にかかる匂いがしたのだ。
自身に呼び掛けるような、助けを求めるようなオメガのフェロモンだった。どうして助けを求められたように感じたかなんてマイキーには分からなった。けれど、それは余りに悲痛でマイキーに訴えかけるものだから運命だと思った。
車を止めてさせて辺りをウロつくと、高層マンションの中層当たりから匂いが漏れ出ているのだと気付いた。マンションのエントランスに入り、コンシェルジュにオモチャを突き付けた。一般人には見分けなんて付かないオモチャ。日本で目にすることなんてほとんどないが、マイキーの風貌と雰囲気があんまりにもそれを本物であると言わしめた。コンシェルジュを連れて予測をつけた当たりの階層を回った。すると、とある階でそれは強烈なまでに香ったのだ。この階で間違いないと確信して玄関扉の前を歩いて回った。1部屋からその匂いは漏れ出ていて眩暈がするくらいだったから、コンシェルジュにお願いしてマスターキーで玄関を開けさせた。その後は礼を言ってコンシェルジュには引き取って貰ったのだ。そして、そこで昔可愛がっていたハナガキタケミチと再会した。
酷くイライラしていた。外回りに出たが気分が一向に良くならなかった。王と仰ぐマイキーを一目見れば気分が晴れるかとアジトへとサンズは足を向けた。ノックをしてマイキーの部屋に入ると、そこにはマイキーの腕の中にいるドブの姿が目に入った。
「は・・・」
サンズは酷く混乱した。そこに居るはずのない人物が目の前にいれば誰だって驚くだろう。しかも、マイキーの腕の中でスヤスヤと穏やかに眠っている姿が目に飛び込んできたのだから。
「マイキー・・・?」
「しー。静かにして、タケミっち起きちゃう」
そう言われて腕の中にいるのが、己のドブであると決定づけられた。
「ど、うしたんですか。それ・・・」
声を潜めて王に問う。
「タケミっち、オレの運命だった」
「は・・・」
「車で移動してたら助けて―ってフェロモンが匂ってさ」
ドクドク煩いくらいに鳴る心臓に叱責しつつ、マイキーの言葉に耳を傾けた。
「・・・そしたら、見つけた」
「見つけた?」
「うん。マンションの中に居たんだけど、ちゃんと見つけられた」
「・・・そう、なんですね」
ぐらぐらとサンズの足元が揺らぐ、真っ直ぐに立っていられなかった。胃の中身がせり上がって吐きそうな気分だ。
「顔色悪いけど平気か?」
「っす。すみ・・・ません。体調が優れないので失礼します」
這うようにマイキーの自室を出た。這う這うの体だった。
何故、何故、どうして、どうして、どうして!!!
オレのモノだった。運命なんて物語の中のものだけだと高を括っていた。
本当にそんなものがあったなんて、知らなかった。
よりにもよって何でマイキーなんだよ。運命なんてもんがあったとしても、そんな不届きなアルファなんて殺して終わりだった。それでドブは誰にも盗られることなく自分のものであり続けたのに。
サンズにとって唯一の王であるマイキーの、唯一にドブはなってしまった。
サンズにはもう手は出せない。ハナガキの事を殺すことも出来なくなってしまった。
だって王の唯一だ。サンズにとって唯一の不可侵の領域だ。
地上までフェロモンが匂ったとマイキーは言っていた。それもそうだ。20階上にあるサンズの部屋まで届いていたのだから、20階下にある地上まで香ったとしてもおかしくはなかった。けれど、それに気付けるのは運命の番だけだった。
サンズがハナガキの相手をしていれば、ハナガキのフェロモンがそこまで成長する事はなかった。ただ、自身を求めてくるハナガキが可哀そうでカワイソウで可愛かったから、ずっとそうして欲しくて相手をしなかった。
原因があるとすれば、それは三途の行いに他ならなかった。
けれど、もう全てが遅かった。
今更、何をしてもハナガキはサンズの元へは戻らない。