sc16受「睫毛」萩景 特に何かを意識した訳でもない。なんてことないいつもの日常のなか、ある日突然それに気が付いた。
幼馴染と同期の男がやんややんやと言い争っては満足気に笑いあってるのを、少し離れたところで笑い半分呆れ半分、保護者のような目で見守る。それが俺と、諸伏だった。お互い血の気の多いやんちゃな幼馴染を持ったものだと小さく笑いあったり、向こうのふたりのじゃれ合いを班長がたしなめるのを見て呆れたり。なんとなく、そんな感じで近くにいることがよくあった。
ある日、ふと横を見た時に気が付いた。
長い。
ぱちりぱちりなんて、本当に音が鳴っている訳では無いけれどそんなオノマトペが似合うその瞬きについうっかり見惚れてしまった。いや見惚れたという表現は少し違うのかもしれない。なんというか、興味が湧いて目が離せなかった。
「諸伏ちゃん、長いね」
「え、なにが」
向こうの幼馴染を見ていた目が、パチッと瞬いてこちらを見る。
正面から見るとそこまで感じないが、ツンと持ち上がった目じりのあたりをよくみると、やはり長い。日本人らしく量は潤沢な訳では無いが長さはそれなりだと思う。少なくとも今までつるんできた人間の中では一二を争う長さな気がする。争うことも無いのだけど。
主語のない言葉に不思議そうに首傾げるその顔は、それだけみれは少女のようにも見えるかもしれない。勿論どうやったって骨格から何から自分と同じ男なことは事実だ。ただ、いまさらその目元があまりにもかわいらしいだなんて気付いてしまった。
少しだけ自分の思考を疑った。
「いや、まつげ長いなって」
「ああ、たしかに、高校生の時とか女の子に言われた気がする」
「諸伏くんまつ毛長すぎ羨ましい〜! って? 顕微鏡覗く時とか影見えるタイプ?」
「……それ皆見えるもんだと思ってたんだよね」
恐らくその発言を引き金に過去に何かあったのだろう。少し目を伏せて頬をかく。
目元にながい影が落ちている。彼の真っ直ぐ伸びたまつ毛はいままで何故気付かなかったのだろうと思ってしまうくらいには長かった。
「萩原は……あれ、思ったよりも長くないね」
こちらを顔を覗き込むように顔を近づけてきた諸伏はまたもぱちりぱちりと瞬いて首を傾げた。
「思ったよりって」
「なんか萩原って可愛い顔してたから、まつ毛も長いと思ってた」
「はあ? ウソでしょ諸伏ちゃん。俺の顔が可愛いって?」
「ウソじゃないって。なんかタレ目で、いつも笑ってて可愛いじゃん?」
少し複雑だ。
そこらの男よりも女ウケがいい自身はあったが、同性から可愛いと思われる顔だったとは思わなかった。
「ていうか、俺のまつ毛長かったらもうそれ姉ちゃんだわ」
「え、萩原お姉さんいたの?」
「うん。俺とそっくりの美人の姉ちゃん」
「萩原と同じなら可愛いじゃない?」
「うるせー」
口元に手を当ててクスクスと笑う諸伏はそれはもう、育ちのいいお嬢さんかなにかのようだった。笑うな笑うな。そう言っても長いまつ毛は震えて、余計にくふくふと笑いがこぼれてしまっている。
「まつ毛の長い萩原、のお姉さん見てみたいなあ」
どんな想像をしているのか知らないが、笑いながら諸伏が言う。ぎょっとした。会わせるわけにはいかない。
「え、いや、だめだめだめ」
「なんで」
「俺の顔が可愛いとか言う諸伏ちゃんが姉ちゃん見たら惚れちゃうじゃん」
「惚れないよ。かわいいのは萩原だからね」
長いまつ毛とまつ毛を絡めさせて、諸伏が笑った。してやったりと口元をあげたその顔の方が、俺からしてみれば最高に可愛かった。