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    yuewokun

    @yuewokun

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    ##萩景

    「バレンタイン」萩景 二月十四日。この日この日本では、それはそれは甘く香る一大イベントとして知られている。言わずもがなバレンタインデーだ。バレンタインデーと聞いてチョコレートを思い浮かべる人間は多くいるだろう。これが元はと言えば販促戦略だったのだとしても、もうすでにこの国ではひとつの文化として根付いてしまっている。
     萩原研二はこの日が楽しみだった。幼い頃は母からも姉からもいつもとは少し違ったお高そうなチョコレートをもらえたし、学校でも色んな女子がこぞって彼に様々なチョコレートを贈ってくれた。昔から人当たりがよく、見目もいい研二はよくモテた。彼の幼馴染もつっけんどんな態度とは裏腹に他人に対して誠実でそしてこれまた見目がいいので、二人揃って多くの女子にチョコを渡された。義理も本命も混ざりあった沢山の想いを腕に抱えて家に帰るとき、研二はいつもご機嫌だった。
     歳を重ねてもそれは変わらず、彼はもう三十路を目前にしたいまもこの日が大好きだった。

     今年も職場の女性陣からあれやこれやとその想いを受け取る。コンビニで馴染みのあるなんてことの無いものから、どこかの百貨店のフェアで買ったであろう高そうなもの、はたまた手作りのものもあった。この手作りされたものについては、様々な観点から賛否両論あるのを理解はしているが研二は一様に等しく受け取っている。幸運なことに、彼はおかしなものを混入された経験がなかった。これが単に彼が気付かなかっただけなのか、彼の人柄がそうさせるのかはだれも、彼本人にもわからない。そんなわけで彼はいつもいつもにっこりと笑って「ありがとう」とそれを受け取るのだ。

     そしてこの数年、彼にはもうひとつ楽しみが増えていた。
    「みてみて陣平ちゃーん」
    「へーへー、なんでごさんしょモテモテケンジくん」
     けっと唾を吐きながら、横に立っていた陣平はニコニコと上機嫌の男を見た。事務所が昼休憩中にもほのかに甘い香りを漂わせていることにも辟易としているのに、毎年毎年飽きもせず楽しんでいるこの幼馴染に、彼は若干の尊敬と呆れた感情を持って話の続きを促した。
     研二の大きな手は白い無地の小さなギフトバッグを提げている。
    「これ、すごくない?」
     ゴソゴソと中から箱を取りだして、蓋を開ける。既にリボンはとかれていたので一度中を見た上で持ってきたのだろう。黒のシックなはこの中には四つ、丸いチョコが納められている。金箔がのっているのか少しだけキラキラしていた。
    「ん?」
     チョコレートの配置に違和感を覚えた陣平は、上機嫌な親友の顔を見返した。
    「もう一個食ったのか」
    「うん、これがまじでうめぇの。しかもみてみて、すごい凝ってるじゃん? これ多分手作りなのにすごくね?」
     研二の言う通り、袋にも箱にも何も印字されていない。もう一度はこの中を見れば表面に細かい模様などの意匠が施されていたり、匂いもほのかに香る程度の甘い雰囲気でしつこくない。まあたしかに、と頷くと研二はウンウンと嬉しそうに頷いた。
    「マジで美味いよ陣平ちゃんも一個食べる?」
    「いらねぇよ、お前が貰ったもんだろうが。てかいくらセンス良くて凝っててうめぇからって、流石に手作りのは誰から貰ったかわかってて食ってんだろうな」
    「いんや、知らねえけど」
    「は?」
     一拍置いて、陣平は凄まじいスピードで袋と箱を取り上げた。
    「それでよくサツが務まるな!?」
    「うわッ降谷ちゃんみたいなこと言うじゃん。返してよ」
    「お前な、毎年言ってっけどたまたま運良くやべぇモン入れられたことねぇだけだからな? いい加減危機感持てよ怒るぞ」
     先程まで高評価だったその美しいチョコレートは研二の発言により突如危険物にまで評価が降下した。いつまで経っても危機感のない親友に辟易しながら陣平は箱の蓋を閉じてもう一度箱と袋を観察する。名前くらい書いておけと内心悪態をついて、はたと気づいた。研二は手作りのものも等しく受け取る代わりに、対面でしか基本受け取らないのだ。既製品のよくある封のされた義理チョコくらいであればデスクにおいてあれば仕方なしに受け取るが、こんなにしっかりしたものは顔がわかっている状態でしか受け取らないはずだ。なぜなら必ずお返しをするのが彼のポリシーだったからだ。贈り主が分からなければお返しができないので、研二はそれを酷く嫌がる。
     だと言うのに、贈り主のわからない手作りチョコレートだと?
     じろりと親友の顔を見た。ベソベソと返してぇなんて言っている。
    「お前本当にこれが誰からかわかんねぇの?」
    「うん。だって毎年この日の朝にポストに入ってんだ。バレンタインにもサンタさんて来るんだなあ」
    「は?」
     本日二度目、数分ぶりの「は?」である。
    「いつからだよ」
    「あー初任科終わってからかな。毎年美味しいから楽しみにしてたんだ」
    「は?」
     本日三度目、五秒ぶりの「は?」である。
     あっけらかんと言ってのける幼馴染に頭痛を覚えて、陣平は改めて箱を見つめ返した。チョコレートも梱包材も物自体はいい物なのだろう。けれどもそれ以上の情報が怪しさしかない。家に届くということは住所を知られているということだ。それはかなり危険な状況ではなかろうか。事件性を見出したっておかしくないはずだ。本人が気付いていないだけでストーカー被害に遭ってる可能性だってある。
     だがしかし、研二は決して頭の悪い訳では無い。むしろ人並み以上によく回転する方で、周りもよく見ていて察しがいい。本当にストーカー被害に遭っているのなら余程のことがない限り気付くだろうし、この状況になっても危機感を覚えないはずかないのだ。妙な違和感に陣平が黙り込むと研二は彼の袖を引っ張った。
    「あのさ、松田が心配してくれてるのは理解してんだけど、なんとなく分かってはいるんだよ誰からなのかってな」
    「あ? お前さっきわかんねぇって言ってただろうが」
    「確証がねぇんだって。俺の都合のいい想像かもしれねえし」
     へにゃ、と力無く笑う顔を見て陣平は押し黙った。幼馴染の考えていることは大抵理解していたはずだがこのときはこれっぽっちもわからなかった。
    「お前、それ確かめねえの?」
    「え?」
    「お前の都合のいい想像が現実かも知んねぇだろ」
    「でも違ったときのダメージがでけえじゃん。何年も貰い続けててさあ」
    「それはいままで確認してこなかったお前が悪いだろ」
     贈り主が判明するまでお預けだ、と陣平は取り上げたチョコをそのまま回収した。人質だ。
     詳しい話は今夜な、と話を切り上げて二人は昼休憩に幕を閉じた。


     多くな紙袋を持って家路に着く研二は例年通り上機嫌、という訳では無かった。もちろん腕の中の甘い想いはとてもとても嬉しいのだが、このあとにやってくる詰問にやや緊張を覚えてそのまま表情に出てしまっている。横を歩く陣平は呆れて息をついた。
    「ンな顔すんなよ」
    「だって緊張する〜」
     大きな体躯をきゅっと強ばらせて呻いた。身長も肩幅もあるのだからかなり威圧的な印象になるはずなのに本人がいつまでたっても末っ子感丸出しの言動をするのでいつも隣にいる陣平は、彼が「かっこよくてスマートな萩原くん」と評価される度に鼻で笑っていた。見ろよこれ、小学生の頃からなにもかわってねぇぞ、と。
    「それで? 誰なんだよ」
    「ええ、ここで聞くの? 家にしない?」
    「どこで聞いたってかわんねぇだろ」
    「誰か聞いてたら恥ずかしいじゃん」
    「なに女子中学生みてぇなこと言ってんだよ」
    「陣平ちゃんのなかの女子中学生ってそんな感じなんだ」
    「うるっせぇわ」
     げし、と無駄に長い足を蹴って陣平はズカズカと前を歩いた。そうこうしていればもう研二の住むアパートの目の前までやって来ていた。玄関の前で鼻を赤くしながらンと顎をしゃくって開錠を促す姿に笑って研二も早足で近寄った。
     鍵を開け、研二が扉を開けて中に入ると陣平も当たりをチラリと見たあと中に入った。
    「誰かが見てる様子もなかったな」
    「だからストーカーとかじゃないって、多分」
     勝手知ったるなんとやらと、陣平は何を言われるまでもなく手洗いなどを済ませると無造作に冷蔵庫を開けて缶ビールを二本取り出した。
    「プレモルか」
    「クーリーアーアッサヒがッ今日は家で冷えてないんだわごめんな、あと俺はプレモル派」
    「歌い出してすぐ突然普通に喋んのやめろこえーわ」
     机を挟んで二人で座り込むとプシュ、と陽気な音を響かせる。喉を鳴らしてそれを味わうと、陣平は、再度切り出した。
    「おら、それでだれなんだよそれ」
     昼休憩中に一度取り上げたチョコレートは先程一緒に持って帰ってきた。机の上に置いて話を促すと、研二は少し唸って拗ねた子供のような顔で親友を見た。
    「……笑うなよ」
    「?」
    「たぶん、その、諸伏ちゃんだと、思います」
    「ふーん」
    「ふーんて」
     なにその反応! と研二は喚くが、陣平からしたらそんなに驚く話でもなかった。
     チョコレートを贈られてきた時期が警察学校入校後であればそこで知り合ったのだろうし、研二自身がチョコレートを口にしてるのだからそれなりに信用している相手なのだろう。そこまでは予想していた。
     それになにより、名前の挙がったその人物が、研二に懸想しているのだって知っていた。
     そうなれば特段驚く内容では無い。かの友人は料理の腕も良かったのだから納得はする。ただし、何故研二がそこに到ったのかまではわからない。だって証拠が無さすぎる。
    「景の旦那だってんなら別に驚きはしねぇよ。でもなんでそう思ったんだ?」
    「理由は幾つかあるが……これ、この袋さ」
     机に置かれたその白いギフトバッグを手のとると研二はスンと鼻を鳴らした。
    「諸伏ちゃんの香水と似た匂いするんだよね」
    「……」
     陣平は体勢を直すふりをしてほんの少しだけ研二から遠ざかった。
    「チョコの匂いと混ざって分かりづらいんだけどなんとなくするんだよな。最初の年はすこし匂い違った気がするんだけど、ここ最近は諸伏ちゃんと会った時にする匂いと同じだなって思っててさ」
    「……」
     もう少しだけ距離を取った。

     同期で集まって酒を浴びることはある。それぞれなにかと忙しい部署にいるからか話は尽きないしなにより信頼している仲間との話は大いに盛り上がるものだ。だから自然と物理的な距離も近くなる。すぐ隣にいれば、付けている香水の匂いだって香ってくる。それおかしいことでは無いし、ある程度どんな匂いだなんてことも覚えてはいる。
     とはいえ、その判別方法はどうなのだろうか。引きつった口元を誤魔化すように陣平は酒を煽った。
    「こんなにおいしいし、諸伏ちゃんだとは思うんだけど……これを本人に聞いていいのかもわかんなくてそのままなんだよな」
     パカッと箱の蓋を開けて、チョコに伸びた手を陣平がぶんどった。捻りあげて、もう片方の手でチョコを遠ざける。
    「旦那からだって確定するまで食うなバカ」
    「ケチ」
    「ケチじゃねえーわ。そっちのほかのチョコ食ってろよ。ったく、お前が確認しづれぇなら俺が聞くからな」
    「は? え?」
     言うや否や、陣平は携帯端末を取り出して親指を動かすとすぐさま耳に押し当てた。手を取られたままの研二は唖然とそれを見守っていた。

    「もしもし。こんな時間に悪ぃな。いまいいか」
     ごくりと検事の喉が鳴るのを横目で見て陣平は端末越しに聞こえる声に笑った。
    「そうだよ。ハッなんでもお見通しってか? ……あー、まあそりゃそうだな…………わかった伝えとく、悪ぃな」
    「い、いま諸伏ちゃんじゃなくて降谷ちゃんじゃね?」
     端末をポケットにしまって陣平がにやりと笑う。
    「よくわかったな。聞こえてたか?」
    「や、聞こえなかったけどなんかお前の様子的にそうかなって」
    「そうかよ。じゃあ聞いて喜べ、ゼロがお膳立てしてくれるそうだ」
    「はぇ?」
    「一度だけ場をセッティングしてくれるってよ。二度目はねえ、だそうだ」
    「まままって、それやっぱ諸伏ちゃんで確定だったってことだよなッ!?」
    「だからそれを確かめてそのうえでてめぇが告白すんだろうが。頑張れよ、日時はホワイトデーだと」
    「マ?」
     ここまできたらもう贈り主は確定したようなものだった。
     それはそれとして、全てをお膳立てされて、告白して、断られたらどうする? 研二は思考を巡らせて慌てふためく。そもそもチョコを贈ってきた時点でそういう好意があるのであろっとは思うけれど、だけれども万が一友チョコ的な意味でしたなどと言われてしまったら立ち直れないかもしれない。そこで失敗したらもう二度目は無い。諸伏景光には最強のセコムが着いているので彼が許さないと言うのであれば、それに従うしかない。

     珍しく余裕のない顔を見て、陣平は楽しそうに酒を煽った。
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