「いい肉の日」萩景「ね、お願い!」
パシン、と軽快な音を響かせて綺麗な合掌を披露した恋人はその横から眉を下げた顔をのぞかせる。愛らしい子犬のような、あざとい女子高生のようなその表情にぐらりとなにかが揺らぎそうになる。だがしかし、ここでなびく訳にはいかない。彼は分かっているのだ。
彼はオレがその顔にすこぶる弱いことをよくよく熟知している。
「ね、ね」
手のひら同士が合わさったそれは十代の女子のようにまろく柔かい訳でもないし、うるっとわざとらしく瞳を揺らす顔だって正直なところどこをどう見たって成人男性としての無骨さがある。なのにどうして彼はこんなにも可愛らしいと形容したくなるような雰囲気をつくれるのだろう。まったく末恐ろしい。いくら目尻が垂れていて性格も温和なものだとしても簡単にはこうはなるまい。
もしかしてこれが惚れた弱みというやつかも。
「今日が何の日か知ってるだろ? 今日だけでいいからさ、頼むよ諸伏ちゃん」
そうして差し出されたビニール袋をオレは受け取るしかなかったのだ。
普段、そこに締め付けられるような感覚を覚えることはない。不快なわけではないけれど、とても不思議な感覚だ。少しだけソワソワとしてしまうのはそれの存在だけではなく、そもそもその場所を晒していること自体が少ないからだと思う。
落ち着かなくてスリ、とそこを擦り合わせると痺れを切らした声が扉の向こうから飛んできた。
「諸伏ちゃん、履けた? サイズ大丈夫?」
「まあ、履けたけど。はぎ、こんなのが見たかったの……?」
「こんなのって? 俺まだ見れてないからわかんないよ。開けていい?」
「……どうぞ」
間髪入れずに扉は開いた。ずっとドアノブに手をかけていたのかもしれない。
顔をのぞかせた彼はじっと俺の足元を見つめた。つま先からゆっくりとのぼっていって太もものあたりでとまると、うん、と頷いた。
「イイ」
「え、あ」
「めちゃくちゃイイありがとう」
「……これが?」
「それが」
神妙な顔で頷くと、今度は俺のすぐ目の前までやって来てしゃがみ込んだ。彼の全く可愛らしくない節くれだった長い指が伸びてきてオレの太ももゆっくりと撫で上げた。
ゴムでキュッと絞られた所をゆっくりと一周してその上の少し持ち上がった肉を触る。
女性のように脂肪や肉が多い足では無い。筋肉の多い硬めの脚だというのに彼は何が気に入ったのか指を押し込んだり、表面を撫でたり揉みこんだりとオレのそこを好き放題愛でていく。気付けばこのまま口付けまでされてしまいそうで、脚に近づいてきた顔を慌てて手で押し戻した。
「あ、のさ」
「うん?」
「それたのし、い?」
「うん。たのしいよ。興奮する」
「興奮……」
ずっとオレの脚にだけ向かっていた視線が静かにこちらを向いた。
「諸伏の足技はこの筋肉があるからこそ成り立つんだなとか、筋肉ばっかでもちゃんとソックスの上にお肉が乗るんだなとか、挟まれたら気持ちよさそうだなとか。そう思ったら興奮してきた」
目を細めて微笑むと、萩原はまた顔を近づけてそのまま薄いくちびるだけでオレの内ももを食んだ。やわらかくくすぐったい。ぴくりと大腿筋が反応した。彼は満足そうに笑みを零して、今度はちう、と吸う。ふるりと臀部が揺れた。
「は、ぎ」
「なあに」
優しく返事をして彼はまた顔を寄せる。先程よりも少しうえに吸い付きながら、彼の無骨な指もゆっくりとオレの太ももを這う。ときたま弾力で遊ぶように指を押し込んできては引いていって、それからパチン、とゴムを引く。
もどかしさが募っていってもう一度彼を呼んでみたが、やはり同じように甘く優しい声で返事をしてくれるだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
「はずかしい」
「はずかしいだけ?」
「うう、もう!」
彼を床に押し倒して望み通り太ももで挟んでやった。なぜか幸せそうな顔をして、床も叩いてくれないので本当に危なくなるところまで締めてしまったのは今後のためにも反省したい。