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    yuewokun

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    ##sc16受けお題
    ##萩景

    sc16受「箱」萩景 嗚呼、嗚呼。なんて空虚な箱。
     そこにあるのは何も入っていないただの箱。オレの会いたかった人はいない。

     オレはこんなものを見に来たわけではないのに。わざわざ顔と身分を偽って来たというのに。
     彼はどこに行ってしまったというのだろう。


     彼の訃報を知ったのはくだんの事件のあった夜だった。残念ながらこの都市で爆弾事件なんてものは日常茶飯事、でいちいちそれのすべてに目を通していられる訳では無い。いくら想いを寄せた人がその場に向かうことがわかっていたとしてもだ。
     だって彼は優秀だった。器用で冷静で頭の回転だっていい。本当に特筆すべきはコミュニケーション能力だけれどもまさか爆弾とコミュニケーションをとるほどトンチキなタイプではないので、彼のその業務には直接関係ない。まあそれを抜きにしたって彼はとても優秀な人だった。でなければ、配属一年目から単独で爆弾処理など任されようことがあろうか。彼とその幼馴染は本当に優秀だった。だから心配の必要は無いとそう自身に言い聞かせて、自分のやるべきことに集中してきた。

     だというのに。彼はいなくなってしまった。いま、彼だったものは何ひとつとしてこの世界に残っていない。そんなこと、信じられるわけがなかった。


     多くの人が彼を惜しみ、その空虚な箱に悲しみと悔しさと寂しさを押し込んでいる。だけれどもそこに彼はいない。
     彼が対処していたという爆弾は、彼自身をまるっと消え去ってしまった。なんて憎い。例えば彼の髪、指、足の先、なんでもいいから一欠片でも残しておいてくれればよいものを、きれいさっぱりきえてしまった。まるで萩原研二という男が最初から居なかったかのように。
     とはいってもオレには彼とすごした過去の記憶はあるし、捨てるべきだとわかっていても手元に残したままにしていた、並んで映る写真もある。でも、それしかない。つまりそれは彼は形のない過去な人になってしまったのだと、そういうことなのだ。

     オレが振り返って目を凝らせばきっと彼はいる。垂れた目を眇めて、優しく笑って手を振ってくれている。けれど横にはもう立ってくれない。寂しいだなんて、そんな短い言葉で纏めていい感情なのだろうか。ぐるぐると胸の奥で澱むそれはきっと、あの箱に込められたいろんな想いを混ぜ込んだってかなわないほど暗い色をして、どろどろとして重たいのだろう。
     嗚呼、空虚な箱。彼がいないのにあの箱を見て涙する必要も無い。黒く塗りつぶされた思考のまま、オレはそれに背を向けてそこから逃げ出してしまった。


     それからまたオレはいつも通り、じぶんのやるべきことをやって毎日を歩んだ。時には後暗いこともしなくてはならなかったけれど、もうこの世で彼がその瞬間を目にする心配もないと思えば少しだけ気軽にできた。彼がいないとわかっている世界は虚しいけどそれだけ気が楽だった。だってこんなこと、やっていると彼に知られるのは怖かったから。大義名分があったにせよ、オレのしていることの大半は、褒められたことじゃない。彼にそれを知られる心配がないというのは、彼がいなくなってしまって唯一悪くないと思えることだった。
    「もーろーふーしー」
     そう、そう思っていた。
    「ちょっときいてる? もーろーふーしーひーろーみーつーくーん」
    「きこえてるきこえてる」
    「じゃあこっち見よう、ね」
     もう居ないと思っていた萩原がいる。驚きでそれを直視できないオレの顔を、萩原はむんずと掴んで無理やり視線を合わせてくる。ぱちっと静電気が走るように絡んだ視線は真っ直ぐとオレをみていた。
    「諸伏」
    「いや、待って、なに。萩原これ、ああ、夢……夢か」
    「ええー! 諸伏ってば察しが良すぎない?」
     垂れた目がぴゅんと跳ねる。ぱちぱちっと瞬くと、目尻を和ませ微笑んだ。大きな手は俺の頭から逃げていって、それから今度はオレの手をぎゅうと掴む。痛くはないけど、しっかりと彼の体温を感じた。
    「ここは、そう、夢。お前の夢。俺とお前の、俺たちだけの箱庭」
    「箱庭」
    「いやぁ、ね。俺もまさかあんなすぐ死んじまうと思わなくてさあ……神様と交渉してなんかこう、できないかなって」
     萩原の話は突飛すぎて、上手くわからなかった。彼が言うには、あまりにも早すぎる死に不満があったので神様とやらに抗議したということらしい。いろいろ交渉の上、なんとこうして夢に出てこれるようになったとか。コミュニケーション能力の発揮のしどころが死後とは恐れ入った。
    「生き返るわけではないんだ?」
    「まあね。オレ骨まで綺麗さっぱり吹き飛んでるしさすがに無理でしょー」
    「そういう問題?」
    「そういう問題。でもほらこうして夢の中なら諸伏に会えるよやったね。しかもほら、見えるし聞こえるし触れるってもうこれここ限定で生き返ってない?」
     ちゅうだってできちゃう!
     そう言って彼が寄せた唇は確かに俺に届いた。オレのカサついたそれの感触に萩原が眉を寄せる。
    「諸伏、疲れたらここにおいで。俺とゆっくり休もう。お前が随分大変なことをしてるのも知ってるから」
    「……知ってる?」
    「うん。ごめんな。俺は死んだから、お前が隠そうとしてたことだって見えてた。だからここではわすれて、休もう。俺たちの箱庭で」
     萩原の柔らかい声がオレを包んで、温かくする。
     そうか。萩原は知ってしまったのか。それでも休もうと言ってくれるのか。ああなんて、優しい夢。オレはきっとここから抜け出せない。
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