sc16受「制服」ライスコ 月の明かりから逃げるように路地裏に潜り込み、人の気配がないのを確認して壁に背を預ける。ふと小さく息を吐いて外套の内ポケットからタバコを取り出して火をつけた。
紫煙がまっすぐ上がっていく。ぼんやりとそれを見つめていると、砂利を踏む音が響いた。わざとらしいその音は、自身の存在を知らせるためのものだろう。一応外套の内側へ手を忍ばせるポーズはとったが、さほど警戒はしていない。一拍後、視線の先で顔を見せた男は予想していた通りの人物だった。
本人の瞳の色と同じような灰青のパーカーのフードをすっぽり被っている彼は、ギターケースを背に持ちながらぴょんぴょんと小さく跳ねて近づいてきた。
「ライ、探したぞ」
「……指定の時間までもう少し猶予があったと思うが」
「そうだけど、ライって夜はすごい見つけにくいから早めに来たんだよ」
そう言って肩をすくめた彼は俺の横に並んで壁を背を預けると、真似するかのように煙草を咥えた。それから、ン、と催促するように顎を寄越してきた。図々しいやつだとは思うが、彼がやるとさほどいやな感じはしない。人なつこいというか、妙に親しみがあるというか、人好きのするタイプの人間だった。
仕方なく咥えていたタバコの先を彼のそれへと押し付けてやった。
乗り移った火に上機嫌に目を細めた彼は一つ息を吐いたあと、こちらをじっと見つめた。いくら親しみのあるやつだとは言ってもそう見つめられると居心地が悪い。無言で同じように視線を返してやるが、彼とは一向に視線が重ならない。気付くと彼はタバコをくわえたまま、髭の生え揃った顎に指を添えて何かを考えこんでいるようだった。
「なんだ」
いい加減声をかけてやると、パチッと猫目が瞬いてこちらを見た。やっと視線が絡む。
「いや……ライの黒い外套良いなあって」
「これが?」
「うん。組織の制服みたいじゃん」
「……?」
意味がわからない。わからないので視線で先を促すと彼は着ていたパーカーの裾を見せつけるように引っ張った。俺の黒い外套と並ばせると「な?」となにか同意を求めるようにこちらを見てくる。
いや、なにも分からないが。
「ジンとかウォッカとか黒いじゃん、服。ライもこれよく着てるじゃん。なのにオレはいつもこんな感じだから、あんまり組織の人間ぽくないよなあって」
「お前はそのままの方がいいと思うが」
「えー? そうだ、いっそ組織で制服作ったら面白くないか? 団結力だか一体感? みたいなのもできそうだし。色はやっぱり黒にしとけば夜は紛れて見つかりにくいしさ」
「馬鹿か。制服はどこに属しているのかを誰が見てもわかるようにするためのものだ。お前はわざわざ犯罪者ですと看板提げて街を歩く気か」
呑気に話す彼に呆れて思わず言葉を返せばキョトンと目を丸くしてこちらを見つめてきた。日本人らしい幼さの残る顔は成人しているのだと分かってはいても、学生のような気がしてしまってならない。もちろん本人には決して言いはしないが。
そんな彼が、組織の象徴とも言える黒を纏う姿なんて想像して少しだけ胸の当たりが重くなった。彼にはそんなものを纏って欲しくないと思う。組織の、ましてや幹部のひとりにまでなっている人間に抱く感情でもないが、そんな濁ったところで染まって欲しくないだなんてぬるい感情があった。
「そもそもお前に黒は似合わないな」
「……そうか?」
「ああ。そうだな、もっと…………」
もっと、どんな色だろうか。
白? いいや、彼はそれを纏うほど穢れを知らない子供言う訳でもない。
もっと安らいで、平和で、眩しい色だ。
「お前には、青が似合うな」
ピンと背筋を伸ばして、希望に溢れた顔で、青を身にまとっている彼を目にすることは恐らくない。しかし期待してしまうのだ。彼が犯罪者ではなく、ましてやこんな組織の人間ではなく、本当は違う存在であるのでないかと言う、そんな幻想を。