sc16受「カクテル言葉」ライスコ 錆びた釘が深く刺さっている。
喉につかえた魚の小骨程度であればどれほど良かったか。自身の奥底に深く深く刺さったそれは、ことあるごとに存在を主張し、しかしその鈍くあがる声を思い出すとなぜか安心する。
己を責める声なき声は、己を許してくれずそれが時に自身の痛みを和らげてくれる。
とりかえしのつかないことをした。目の前で命が吹き飛ぶことなど何度もあった。やむを得ないこともあれば、当然の結果ともいえる状況のときもあった。自身の命を守るため無意識に指を引いた。罪を犯した人間を捕らえるのに苦労しやむを得ず手を下した。誰かを助けるため、その脅威を排除した。目的のため、誰かが振り下ろすそれをただ見つめていた。
そのどれにだって自身の中に正当性という盾がある。立場や状況、それを条件にあげればなんとでも説明がついた。
だが、彼が目の前で命を散らしてしまったことについては、数年経ったいまでもうまいこと言い訳ができない。
彼を助けようとした。うまくできるはずだった。
自分が手を下した訳では無い。彼は彼自身でその引き金を引いた。だから自分のせいではない。
そう考えてみても、すぐさま「本当にそうか?」と誰かが問うてくる。
助けられるはずだった。だが一瞬の油断が彼の決意を見逃してしまった。目の前で呆気なく彼はいなくなってしまった。
こんなところで死ぬべき男ではない。
確かにそう言った。思い返せば笑わせる。さっさと彼からソレを取り上げしまうべきだった。引き金を引いたのは彼だが、彼の決意を見くびり自身のちからを過信してあぐらをかいて、結局助けられなかったのは紛れもなく自分のせいだった。自分にとってなんの目的も理由もなく、ただただ自分の失態で彼を自決させた。
きっと彼は責めないだろう。生前の様子からそう予想する。甘く爽やかで優しい男だった。
しかし死人に口なしと言うようにそれはあくまで予想だ。実の所どうだろうか。責めてくれはしないだろうが、どうか許さないで欲しいと願ってしまう。
手にしたグラスで揺れるそれに口をつけるとハーブの香りが鼻を抜ける。舌を滑る甘い感触と相まって、なんだか懐かしい感覚がする。
このカクテルに使っているリキュールは、彼が生前好んでいたものだ。あまり酒は詳しくないと言っていたが、自身のコードネームを与えられた時に興味本位で関連するものを調べたらしい。「満足できる酒」などと豪胆な名前だが、本来王家に伝わる秘蔵のものだったというのだからその名前にも納得がいく。むしろ満足できて貰えなくては、とさえ思う。甘いその口当たりが好きなのかと思えば、彼は酒そのものの味なんかよりもその歴史が好きなのだと言っていた。
「だって義理堅いだろ」
贅沢なヤツめ、と思った。しかし少し遠くを見ながらそう言った彼はとてもじゃないが血も涙もない組織の一員には見えなかった。
片手で弄んでいたグラスから手を離す。ふと、これを飲む資格すらないのではないかと、そう思えてしまった。
許されたくなくて、口にした錆びた釘はたしかに深く突き刺さった。その痛みが逆に奥底に燻り続ける痛みを和らげてくれると思っていた。
冬の気配がする季節になると、どうにも手を伸ばしてしまう。彼を忘れたいのか忘れたくないのか。奥底痛みを思い出したいのか、やわらげたいのか。
彼を自身の中に確かにつなぎとめている最後の楔がおそらく錆びた釘なのだろう。セピア色のそれは自身の記憶を溜め込んだように揺らめいていた。
*ラスティネイル
…スコッチ・ウイスキー
ドランブイ
*ドランブイ
…モルト・ウイスキー(スコッチ・ウイスキー)をベースにつくられるリキュール
ラスティネイル
…「私の苦痛を和らげる」