sc16受「お化け」ライスコ「いやぁ今年はめでたくも五人揃ったなあ! これは豪勢な夏になるね!」
「なんもめでたくねぇよバァカ」
ヘラヘラと笑う萩原を松田が据わった目で睨んだ。もう一言くだらない何かを口にすれば恐らく次は手が出る。見知った容赦のない平手だ。今日はそんな暴力沙汰を見慣れていない人だっているのだから自重してほしい。
そう思いながらちらっと横を見るとクスクスと笑う人がいた。
「本当に面白い人達なのね」
「ああ、まあ…………おい萩原、ちゃっかりナタリーまで数に入れるな」
「いやいやここでハブにする方がおかしいでしょ! ね、ね、ナタリーさん」
「ええ! 私も仲間に入れてもらえれば嬉しいわ」
会話だけ聞けばまあ、微笑ましいものだと思う。実際ここの空気はいまとてもいい。和やかで平和だ。
ただ問題なのは、ここにいる五人はオレも含めて誰一人として地面に足をつけていないし、体はどことなく透けているし、この井戸端会議の開催場所が満点の空だということだ。先程の松田の言葉の通り、まったくもっておめでたくないがここにいる人間は若くして世界を飛び立った人生RTA走者なわけだ。一番の先輩は今ものんびり笑う萩原である。
そんな(死んでる)人間五人が集まって何を話し合おうとしているかと言えば、幽霊にとってのビッグイベントについてだ。日本の幽霊には夏に特大イベントが控えている。ズバリご先祖さま大帰省イベント、お盆だ。霊体になって日の浅いオレたちはまあそんな時期でなくともまだ天国にも地獄にも行かず輪廻転生の時期も迎えずこの辺りをフラフラとしているのであまり関係ないのだが、現代を生きる人間にとってはお盆は「しんだひとがかえってくる」時期なのだ。なのでそれに合わせて、いまこの仲間内で唯一まだ人生を謳歌している男に叱咤激励の意味を込めてイタズラをしてやろうというわけだ。なんともろくでもない話だと思う。
実のところ、これは今年が初めてでは無い。萩原は死んでから毎年オレたちそれぞれのところに化けて出ていたらしい。思い返せば思い当たる節はあった。次いで萩原と合流したオレも次の夏に一緒になってうっかりやりたい放題あばれてしまった。そのあと合流した松田には一度怒られたが、その次の夏に一番張り切っていたのは松田だった。それはもうすごい暴れ具合だった。たぶん生前だったら盛大に怒られている。だれにってそれは言わない約束だ。
そして昨年まったくめでたくないことに伊達が合流した。しかも彼女を連れて。当時唯一のリア充と持て囃された男は死後もリア充だった。なんとなく解せない。いまも全く離れようとせずきっちりぴったりくっついたまま話に混ざっている。微笑ましいけどやっぱり少しだけ解せない。そういうのは生きている時にみせて欲しかった。
閑話休題。
そんなわけで今年はついに対象がひとりになってしまったのでこれはもう盛大に仕掛けるしかない、ということになったのだが。
「なんでかナタリーも乗り気だし、降谷にけしかけるのはもうこの際いいけどよ……お前ら家族のとことかには行かねぇのか」
「いやいくよ。なにもお盆の間ずっと降谷ちゃんに付きっきりってわけじゃないって! ほーらそこの諸伏ちゃんも行きたいとこあるでしょ」
ぱちん、とウインクで話を振ってきた萩原は何か言いたげな表情でこちらを見ていた。幽霊としての付き合いが一番長い彼にはもう隠し事はだいぶ無くなってしまった。からだも想いもなんでもスケスケなのだ。悲しいことに。
「ああ、お兄さんがいるんだったか」
「それもそうだけど、ねえ?」
「あ、いや……うん、今年は零と兄さんのとこだけにしとくよ」
「去年もそう言って眺めてるだけだったじゃん! 名探偵研二くんはなんでも知ってるんだからね!」
なぜかプリプリと怒り出した萩原はオレの肩を掴んでガクガクと揺さぶってくる。生きてたら吐いてたと思う。しんでてよかった。いやまったくよくないけど。
「はァ? もしかして諸伏……」
なにかを察してしまったらしい松田が口を歪ませた。眉を寄せてムッとした顔のまま近寄ってくる。
「まさかおまえ……変なやつに引っかかってんじゃねえんだろうな」
「大丈夫だよじんペーちゃん。目つきの悪い色白ロングヘアーの美人だよ。目つき悪いけど。人殺してそうな目してるけど。たぶんいいひとだよ、ね、諸伏」
「それ語弊がある気がする」
特徴としては嘘ではないが、なんだか釈然としない。萩原のことなのでわかっててそういう表現をしているのだろう。ぺろっと舌を出して笑っていた。かわいいので許される、と思っているのだろうか。まったくかわいくないぞ。
「諸伏、恋人を残してきたのか?」
「こ、恋人じゃない!」
「じゃあ想い人だったのね」
「え、いや……その」
「おら早く吐け。どこのどいつだその女」
チンピラのごとく詰め寄ってくる松田と、なぜか面白そうな顔で迫ってくるカップル。死んでからこんな尋問をされるなんて思ってもみなかった。元凶の男を睨んでもニコニコされるだけだった。
*
「おい諸伏、ロン毛じゃねぇじゃねーか」
「そ、そこ?」
五人固まって、一人の男を遠目で観察する。結局、全員に押し切られてしぶしぶ来た訳だがなぜか全員いるし、松田は一目見てダメ出しをする。あんまりだ。
「しかもまじでやべぇ目付きだ。ありゃだめだ」
「それは陣平ちゃんがいえたことじゃなくない?」
「うるせー俺はプリティフェイスだろうが」
「え、やだ、俺の松田はそんな事言わない……」
やんややんやと背後で騒ぐ二人を無視して、対象の男を見る。
オレの知っている彼は、たしかに長い絹のような黒髪を背に流していたがいまは首元まですっきりとしていて少しソワソワする。物足りないような、でもなんだかしっくりくるような。そういえば顔はあまり変わっていない。それもそうだ、最後に直接対面したのは四年ほど前で、そんなすぐに顔が変わるわけもない。ただなんとなく、知らない間に雰囲気がほんの少し柔らかくなった気がした。
「というか諸伏の言ってたの、男だったのか」
「私も少しビックリしちゃった! でも素敵だと思うわ」
「あ、ありがとう?」
「どこで知り合ったの?」
「えっと、潜入捜査先で……」
そう言うと顔を強ばらせた伊達の隣で、ナタリーさんは不思議そうに首を傾げた。彼女はこの中で唯一の一般人だ。オレがどういったことをしていたかも知らない。血なまぐさいところとは無縁の人なのだ。
詳しく話すつもりは無かったが、先程の一言で彼女以外の人間には、あの男がどういった人物なのか察しがついただろう。松田の目がまたつり上がった。
「馬鹿か。やめとけそんなやつ。忘れろ忘れろ」
「あ、でもライは」
「FBIなんだもんな」
「うん……あれ、オレそれ萩原に言ったっけ」
「聞いてないけど知ってるよ。俺、お前たちのことずっと見てたからね」
目を細めて萩原が笑う。この中である意味一番若いのに、一番先輩な萩原はたまにこうして穏やかに見守ってくれていたのだと実感するようなことを言う。なんだか少しだけ照れくさかった。
「えふびーあいだぁ? そんなの降谷がゆるさねぇだろ」
「ああ……零との仲はまあ悪いよ。原因は半分オレだけど」
「諸伏さんをめぐって、みたいな? 諸伏さんてもしかしてヒロイン気質なの?」
「違うと思うぞ」
ぱちんと手を叩く音がした。萩原が満足そうな顔でふんすふんすと鼻を鳴らしている。
「はい、それじゃあ今年は『降谷ちゃんドキドキびっくり化かし大会』の前に、『ドキッこれって吊り橋効果想い人を化かして射止めろ諸伏ちゃん大作戦』を決行しようと思います」
「くそだせぇ名前だな」
「二十二歳の語彙力なめないでほしいな」
「死んでからも励めよ二十二歳」
「いや待ってそもそもなんで萩原そんなに乗り気なの。オレもうなにもするつもりないんだけど」
この数年もたまに覗き見るだけでなにもしなかったのだ。いまさらなにを言っているのだと萩原を見ると、なぜかムスッと唇をとがらせていた。まったくもって解せない。
しかもなぜかその隣にいた松田もなぜか同じような顔で頭をかいている。
「じゃあなんでここに来たんだよ」
「松田がライのこと教えろって言うからだろ」
「あのまま適当に流しゃあよかっただろうが」
「そうだよ。本当はそろそろ会いに行きたかったんじゃないの」
二人の言葉に、返す言葉が咄嗟に思い浮かばなかった。萩原の言う通り、隠していた、会いたいなんて気持ちが盛れ出してきてしまっていたのかもしれない。とはいえ明確にどうしたいというのもない。向こうは幽霊と会話できるような特殊能力持ちではないし、オレだって生きてる人間に直接干渉できるような強い霊でもない。
少し拗ねるようにそう伝えると、何故か四人が楽しそうに作戦会議を始めてしまった。
こうしてオレのなんとか大作戦は決行されることになったのである。大変今更だが、アメリカ国籍の彼にお盆についての理解はどの程度あるのだろうか。少しだけ不安になった。
*
某有名作家の邸宅にするりと潜り込む。おばけには物理的な壁など実質ないも同じだ。
しんと静まり返ったこの家にいま人はいない。本来の家主はしばらく家を空けているし、かわりに住み着いている男といまは外出してしまっている。今日はその彼が帰ってきてからが本番だ。
作戦を考え後、がんばれと声をかけてきていた四人はいつの間にやら散り散りになって解散していた。各々行くところがあるのだろう。ここまで見守られていたらいたたまれないのでたすかった。
窓から見える空はまだ明るい。夏は日が長いから時間の感覚がおかしくなる。まあそもそも幽霊に時間はさほど関係ないのだけど。
勝手知ったるなんとやらと、邸内をフラフラを好きなように見渡して、最後にある一室に潜り込む。寝室だ。この家を間借りしている男は表では大学院生だという偽りの人物を装っているが、さすがに寝室に入ると本来の人間の形跡がチラホラと見受けられる。灰皿なんかいい例だ。噂の大学院生はタバコを吸わない。そういえば幽霊になってしまってからはタバコを吸う機会だなんてなかった。松田や萩原は吸っているような仕草をしていることがあるので、出来なくはないらしいがどんな仕組みでどこからタバコを仕入れているのかは分からない。
興味本位でベッドサイドに置かれた箱から一本取り出せないか試みてみる。少し集中すると物理的に物に触れることはできるのだ。窓から差し込む夕日に照らされた箱をゆっくりと開いて、一本。指に挟む。存外簡単にできてしまった。
それから火はどこで調達しようかと顔を上げたところで思わず情けない声を出してしまった。指に挟んだはずのタバコはするりと通り抜けて床へ落ちる。
「珍しい客だ」
その顔も声も、知っているものとは違う。けれどそこにいるのが誰なのかはすぐにわかった。
「ら、ライ…………? あれ、見えてる?」
俺の言葉には何も返さず彼が近寄ってくる。無言のまま床に落ちたタバコを拾い上げて首を傾げた。
もう片方の手で懐からジッポを取り出して薄く笑っている。
恐る恐るもう一度タバコを手で持つように集中すると、それは彼から離れる。彼は偽りの顔のままにっこりと笑っていた。妙な違和感にぞわぞわとしてまたぽとりとタバコを落としてしまった。火のついていないそれは静かにそこに転がっている。
それを一瞥すると彼は肩を竦めた。そうしてまた無言で拾い上げると、ベッドサイドにそれを置いて部屋を出ていってしまった。
視線は合わなかったと思う。彼にはオレが見えていなかったのだ。安堵の息か、ため息か、わからないまま口から空気が漏れた。
そのあとはずっと彼の後ろをついて回った。一向に俺の存在に気付かない彼は、シャワーを浴びて、夕飯をつくり、酒を煽って寝室へと帰ってきた。この家にやってきた時は夕日が差し込んでいたその部屋には、いまは月明かりがぼんやりと窓辺を照らすくらいで、全体的に仄暗い。電気をつければいいものを、彼はベッドサイドにあるランプだけ灯して小説を読み始めてしまった。
完全に化かすタイミングを失ってしまった。
四人に託された作戦はあまりにも単純なものだった。家に帰ってきた彼の前でポルターガイストまがいのことをして、そして夢枕に立って見るとかいう訳の分からない作戦だ。途中で彼が俺に気付けば吉、気付かなければ最後の夢枕のおかげでただの迷惑な幽霊として思い出に残ることだろう。思い返してみると最悪だ。
ちなみにテレビを勝手につけてみたり、扉をコンコンと叩いてみたりと簡単なポルターガイスト的なことをしてみたが、本人は不思議そうな顔をするだけでちっとも俺に気付きはしなかった。ここまでくるとお化けとしての自信をなくし始めてしまう。
「というか最後の夢枕にたつ、とかやったことないけどどうするんだろうな。とりあえずベッドに潜り込んでみるか?」
「それはいい。日本の夏は暑くてかなわんからな」
「そうそう、おばけがいるとこう、ひんやりするとかって…………ライ?」
「どうした?」
どうした、ではない。
なんてことないように首を傾げている彼のグリーンアイはしっかりとオレを捉えている。おかしい。
先程までこちらを見向きもせず過ごしていたはずだ。
「え、見えてる?」
「見えてるが」
「え?」
「今日帰ってきてからずっといただろう」
「気付いてたのなら言って!」
思わず叫ぶと、ぱちぱちとクマの酷い目が瞬く。
「いや、俺の気を引こうとあれそれする君が面白くてそのままにしていた。すまない」
「あ、うん。はい」
素直に謝られてしまうとこちらもいたたまれなくなってしまう。今日はただただオレの奇行を眺められてしまっていただけらしい。帰りたくなってきた。
「ところでこんなところにいていいのか?」
「なにが?」
「お盆だろう、いま」
「あー家族のとこにも後で行くよ……でも、今年はライのところに来たかったん、だ……けど……」
自分で言っておいて無性に恥ずかしくなってきた。お化けも顔が熱くなる感覚があるんだなとか、なんか手汗かいてる気がするとか、自分が生きているみたいな感覚がした。穴の空いたはずの心臓がドクドク言っている気がした。流れる血だってないはずなのに。
視線を下げて声がすぼまっていくオレに、彼が笑う気配がする。
「なるほど。それは光栄だな」
ベッドの掛布団を捲りスペースを半分作った彼は首傾げて目を細める。
「それじゃあ君の提案通り、今夜は床を共にしようか」
「え、ええー…………いや、それは」
「躊躇うようなことじゃないだろう」
同じような問答を二三度繰り返して最終的には布団に納まってしまった。予想通り、近寄るとヒンヤリとするようで彼は満足気に笑っている。久々に近くでそんな顔が見れたので、もちろんオレも大変満足している。強いて言うなら物理的に触れることが困難なことだけが寂しかったが、それはそれ。どうしたってオレは死んでる身で、彼は生きている人間なのだ。そればかりは仕方なかった。こうして会話出来ていること自体が奇跡のようなものだ。
結局彼の夢枕に立つ所か、同衾して夜が開けるまで言葉を交わしてしまった。窓から朝日が差し込む。彼の彫りの深い目元に影が落ちる。それがパチッと瞬いた。
「ライ?」
「時間切れだな」
彼の目はもうオレを捉えてはいない。
「楽しい夜だった。また会えるのを楽しみにしているよ。諸伏くん」
そう言って彼は目を伏せた。
オレもなんだか眠くなってきた。幽霊なのにおかしいとは思うけど、眠いのだ。彼に寄り添うようにして同じようにまぶたを下ろした。