sc16受「おまけ」ライスコ 拠点にしている部屋のひとつへ帰ると、リビングのソファで小さく体を丸めた男がいた。外からも部屋の明かりはもれていたのでこの部屋にいるだろうことは予想していたが、珍しくこちらに反応することなくぼやっとそこに膝を抱えて座っている。
手のひらにのせたなにかをじっと見つめていた。
小さな金の輪だ。
キラキラと幼い光を放つそれは、成人男性の手には少々可愛らしすぎるように見える。
「なんだ、それ」
「見てわかるだろ、指輪。かわいいだろ」
こちらには目もくれず、しかし応答はすぐさま返ってきた。こちらに気づいていないわけではなかったらしい。
愛らしい意匠の小さなそれを骨ばった指がつまむ。灯りに透かすようにして翳して、チープなキラメキを見つめる。彼の口元はスンと閉じて静かだったが、ひたむきにそれを見つめる目は雄弁だった。
ツンと目じりの持ち上がった瞳には、手元のそれに負けないくらいの幼い煌めきがあった。
「可愛らしいのは否定しないが……」
あまりにも不釣り合いだ。その骨ばった指では奥まで嵌めることもできやしないだろう。
最後まで告げずとも言いたいことは伝わったらしい。ふっと笑ってようやくこちらを見た。
「今日、デパートで迷子になってた女の子がいてさ。時間もあったし、現地の確認も踏まえてちょうどいいかなと思って一緒に親を探してあげたんだ。そしたらお礼にってその女の子がくれた」
そういえば彼と共に就く次の仕事の予定地近くにはデパートがあったはずだ。おそらく下調べの一環でそこに向かっていたのだろうことは容易に想像できた。
それにしてもだ。幼い少女から指輪を受け取るのはどうなんだ。
「最近のお菓子のおまけはすごいよな。よくできてる」
「お菓子のおまけ?」
「そう。まあおもちゃ主体で逆にお菓子がおまけみたいな感じかもしれないけど」
言われてみれば確かにそのくらいのチープさかもしれない。そのチープさが逆に言えば幼い可愛らしさを演出していて、幼い少女が手にするにはちょうどいいのだろう。
成人した、決して体躯の小さくない髭面の男の手にはやはり不釣り合いだ。
似合わぬそれを手にした男がこちらを向き直る。何故か顔は明るく煌めいていた。髭面の男がするには幼気なその表情は、どうにも阿呆なことを思いついたときのそれだ。この男は頭はいいが、まれに妙にくだらないことを思いつく。
「ライ」
名を呼びながら、左手を取られる。
やうやうしく手指に触れると、するりと薬指にそれを通した。と思ったが、当然ながら関節を跨ぐことが出来ずツンと行き止まる。
こちらとて成人した男だ。なんなら恐らく眼前の男よりも年嵩だろう。小さな少女を想定して作られたそれが入るわけもない。
「ダメかあ」
「馬鹿か」
「ライの指なら通るかなあと思ったんだけど」
「お前の指でも入りそうもないのにどうしてそう思ったんだ」
げんなりしながら右手でポケットをまさぐる。ちょうど自身も珍しいものを持っていたはずだ。
目的のものを見つけて取り出し、掴まれていた手で逆に彼の左手を取る。自身の左手の薬指には中途半端に行き詰まった幼い金環がハマったままだ。
「ライ?」
「指輪は交換するものだろ」
指輪と言うにはあまりにも大きすぎるし色気のない黒いゴム輪を何重にもしてようやく彼の薬指に収める。上にはちょん、とよく知らないキャラクターの飾りが向いた。見つめていると目が合ったようにも感じる奇妙な飾りだった。
つけられた本人は、普段の倍はそのまつ毛を瞬かせてそれを見ている。
「なんだ、これ」
「飲料を買った時のおまけだ」
実のところ、このおまけ目的で購入したのだ。髪が長いとどうにも邪魔になることがある。生憎まとめるものを切らしていたのでコンビニに寄ったところでたまたま目にしたのだ。飲料も手に入るし一石二鳥だと買ったはいいがあまりにも飾りが妙ちくりんで、くくる必要がなくなったら直ぐに外してしまった。
そう伝えてやると可笑しそうに「これ付けてるの見たかったなあ」なんて言う。生憎ともうつける気は無い。
「互いにおまけで指輪の交換するのかよ。色気ないなあ」
「お前がやり始めたんだろう」
「そうだけど……」
徐に彼が先程の指輪のように、左手を明かりに透かすように翳す。ただのゴム輪なのでキラキラと光ることもないが眩しそうに目を細めて、ふふ、と小さく笑を零した。
「なあライ、お前の人生のなかでオレの存在はおまけ程度だろうけどさ……」
色気のないゴム輪からするりと視線がこちらを向く。
「いつかおまけが主役になることもあるんだって、覚えておけよ」
彼のその言葉と共に、チープで幼気な指輪を何年経っても手放せなくなってしまうだなんてこの時は思いもしなかった。