sc16受「3秒」「拝啓、10年後の自分へ」ライスコ「ライ、ちょっと」
ひそめられた声に視線を向けてやると、ベットの上で頬杖をついて寝そべっている男と目が合う。何故か口元が少し上がっている。彼の名はスコッチ。勿論本名ではなく、コードネームというやつだ。彼はいわゆる仕事仲間で、現在バディを組んで行動している。
暗い世界の人間はどうにも無駄に我が強い者や他人を気にしない者が多く、バディを長期間組んでいられるほどの気の合う相手に出会えることは少ない。彼はその中では異様なほど人に取り入るのが上手く、まるで昔からの知人のような感覚を覚えさせる特異な人物だった。というわけで現在進行形で最長バディ期間を更新中である。
人好きのする顔で身を乗り出したスコッチはニンマリとした口を開いた。
「オレがいまからお前に催眠術をかける」
「……」
「いくぞ」
ゲンナリとしたこちらの視線なんて気にせず彼は人差し指を立てた右手を寄せる。
スコッチは頭の回転が早く空気も読めてそしてなにより狙撃の腕も良いが、稀によくわからないことを言う。
「ライ、オレがいまから三つ数えたらお前は十年前のお前に出会う」
「馬鹿なことを」
「馬鹿じゃないよ。ほら……いち、に、」
おもむろに掌が伸びてくる。少しヒヤリとしたかれの細い手指が瞼を覆って暗闇に放り込まれる。
「ライ、そこにはだれがいる?」
暗い世界で声がする。
ただ目を閉じただけだ。誰かがいる訳ではない。このまま彼の戯れに付き合ってやる義理もない。ふんと鼻で笑う。
「なにもないが」
「本当か?いるだろ、そこに」
「いるわけないだろう」
「いるよ。よく見て」
いい加減にしろと掌を押しのけて視界をひらく。
なにもない白い世界に男が一人立っていた。
目つきの悪い悪人面の若い男だ。切れ長のグリーンアイはこちらを見ている。
「は?」
「なんだ、十年経ってもまだそんなところでまごついているのか」
「なんだと」
呆れたように肩をすくめる若い男。紛れもなくいつかの自分自身だった。
「いやしかし、父さんに関する手がかりもまだ見つけられていないというのに、まさか男と寝る趣味に走っているとは思わなかったな。情報を抜き取るためならいざ知らず、俺自身の意思でその状況になっていることに驚きが隠せん」
歳若い自身が、挑発気味の視線をよこしてくる。なるほど、普段こういう顔で他人を見ているらしい。嫌に腹の立つ顔だった。
「だいたい、そのスコッチとやら、たしかに気持ちの良い奴ではあるようだが……組織の人間なんだろう?もしや俺は気でも狂ったか」
「ああ、かもしれんな」
ぴん、と片眉がはねたのを見た。理解が及ばないことに直面した時の顔だろう。話している時の自身の顔は見たことがないので初めて見る表情だが。
「十年後にはお前にもわかる」
「勘弁してくれ」
「嫌なら、別の未来を進めばいい。俺はもうこの道から引き返せないが」
「出来たら苦労はしない」
「ホォー……?」
「俺はお前なんだ。お前が手にしたものを、俺が手に入れないわけないだろう」
やれやれと首を振って男は踵を返してこちらに背を向ける。ひらりと宙に振った手が最後にパチンと指を弾いた。
同時に世界がホテルの一室に戻ってくる。眼前には髭面の若い男。つり上がった目をパチリパチリと瞬かせてこちらを見る。視線がしっかり絡むと、あ、と声を上げた。
「おかえり。どうだった?」
「どうもこうもない」
「なんだよ……会えたんだろ十年前のお前に。なんか言ってなかったのか」
「……知りたいのか」
「そりゃあ、いまのライと十年前のライってどんな会話するのか気になるし」
「そうだな……十年前の俺も」
身を乗り出して尋ねてきていた彼の肩を掴んで体重をかける。大した抵抗もなくゴロリと仰向けに寝転んだ彼の上にまたがった。キョトンとした顔は、顎に髭を蓄えようとも幼さが隠しきれておらず思わず笑ってしまう。
「どうあがいてもいつかお前を、こうして組み敷くだろうと言っていたな」
「ええ……そんな話してたのかよ」
「俺自身まさか男と寝る趣味に走るとは思わなかったからな。衝撃だったんだろうさ。お前はしなかったのか、十年前の自分とそういう話は」
「え、ああいや…………オレは十年前の自分に会ってないし」
「なら会ってこい。ほら、俺が合図をしたら、お前は十年前のお前に会う」
「あ、おい」
先ほどされたように、三つ数えて視界を覆ってやる。眼下で大人しくなった男の顔から手を離すと、目は閉じたままパクパクと口を開いているのがよく見えた。無意識下で十年前の己と対面して何かを話しているのかもしれない。
一分ほどじっとその様子を眺めていると、あ、と小さく声が上がる。彼のまぶたは降りたままだ。小さく呼びかけるとピクリと眉根が寄って、カッと目を見開いた。
「ァ、わーっ!」
「おい、どうしたスコッチ」
「な、なん、なんでもない!」
わっと赤くなった顔を手のひらで隠して、スコッチはただ恥ずかしそうに声を上げるだけだった。一体なんの話をしていたのだろうか。気になって夜も眠れないので、彼に付き合ってもらうことにする。十年後の夜は長いと先程の自分に教えてやっても良かったな。