sc16受「爆発」爆処景「爆発オチなんてさいてー」
「俺だって不本意だぜ。本来だったらあれを止めるのが俺たちの仕事なんだからな」
「とか言って楽しんでたくせにー」
そんなことを言いながら煤けた顔でどつき合っている二人を、オレはドラマでも見ているような感覚で見つめていた。
その背後では砂埃が舞っていて、からりからりとなにかの破片が飛んでいる。
「爆発は春の季語」なんて冗談が通じるこの街において、爆発事故というのはまあ日常茶飯事とはいわないでも定期的にみられるものではある。言ってしまえばそこまで珍しくはない。
だから夜中に爆発で廃ビルがひとつ吹き飛ぶくらい訳ないのだ。
「いやいやいやそんなわけないんだよな」
現実を何とか受け入れようとして発動した逃避に思わず自身でつっこんだ。
夜中に爆発が起きれば流石に目立つし、廃墟とはいえビルがひとつ吹き飛べば話題になる。遠くからサイレンの音が聞こえてきている。そりゃそうだ、この街の警察はそれはもう忙しなく動き回っていて、異変があればすぐにそちらに方向転換をして飛んでくる。おおよそマグロかカツオのような類だ。
「ほら、諸伏ちゃん早く行くよ」
「ここでうだうだしてたら見つかるだろうが」
「あ、ああ……そうだけど」
煮え切らないオレの言葉に、一方は眉を下げ、もう一方は寄せてこちらを見返してきた。
「後始末はゼロがしてくれるだろうしさ」
「そうだ。だから行くぞ、ヒロ」
言うやいなや腕を取られた。二人に連れられあれよあれよという間に見慣れない車へと押し込まれる。押し倒されるように座席へ投げ込まれると続けて松田が乗り込んで来た。上半身を持ち上げようとするもすぐさま彼が覆いかぶさってくる。バタンと扉が閉まる音が聞こえた。
一拍遅れてずしりと重みが加わる。それからスン、と首元から鼻を鳴らす音が聞こえた。
「ちょ」
「はは、硝煙とホコリと汗のにおい。全部混ざってんのに、ヒロの旦那の匂い、ちゃんとする」
「あ! じんぺーちゃん一人で先に堪能すんなよ」
「うるせーお前はちゃんと前見て走れ」
げし、と松田が座席を蹴るとハンドルを握る萩原から不満の声が上がった。
顔をあげると僅かに見える窓からは、点々とした星が見えた。それから流れていく街灯。一定のリズムで現れては消えるそれを目で追っていると、まるで咎めるように身体にかかる重みが増した。犯人は言わずもがな覆いかぶさっている男だ。
「松田、重い」
「我慢しろ。万が一外からお前の姿が見られたら困るだろ」
「それ、松田がオレに乗っかる理由はなくない?」
「ある」
「なに」
即答した松田の顔は見えない。ずっとオレの首元に顔を埋めているからだ。
とんとんと背中を叩いて答えを催促すると、もぞもぞと彼の手が動き出した。それは脇腹を撫で付け緩やかに降下していく。
「……こうやってると、外から見えてもやべーことやってるって思われるだけで、まさか命を狙われてる男が隠れてるなんて思わねーだろ」
「いやいやいや」
ぺちんと手を払ってみてもそれは懲りずにまたやってきてオレの体の線をなぞる様にゆっくりと優しく舐めていく。
ばくばくと心臓がうるさく跳ね始めた。ぴったりとくっついている彼にはそれが伝わっているのだろう。小さく笑う声が聞こえた。
「まつ、だ」
「ん」
「こーらじんぺーちゃん。爆発オチもさいてーだけど、性欲爆発オチはもっとさいてー! しかも俺を抜きにしてとかまじでさいてー! 研二怒りで事故りそう!」
「事故るな」
はああ、と大きなため息をついて松田の邪な右手は静止した。
それから彼は上体を僅かに起こすと、パンツのポケットに入れていた携帯端末を取り出して、なにかの操作をしはじめた。
オレはといえば押し倒された体勢のまま松田の顔をこっそりと見上げていた。近頃よくかけているサングラスは彼の綺麗な青い瞳を遮ってしまうが、今日はそれが額の上へとひっかかっているので邪魔にはならない。端末の明かりに照らされた青い瞳は画面な中の文字か何かを追って上から下へ、下から上へと忙しなく動き、ピタリととまった。
「ハギ」
「おう、いいぜ」
短いやり取りに首を傾げた瞬間、きょろりと青い瞳がこちらを見た。
「え、なに」
「よし、指貸せ」
オレの了承など求めていないのか、それだけ言うとオレの左手をとって彼の手の中の携帯端末へと触れさせる。ピ、と電子音が車内で響いたあと、遠くで何かが爆ぜる音がした。車体が僅かに揺れる。
「は?」
「おーいったなあ」
「いったねえ」
「なに? オレなにを押させられたの」
「爆破スイッチ」
「だろうね!? なにを爆破させたのかって聞いてるんだけど!?」
「お前を殺そうとしたやつの車と周辺の廃ビル」
あっけらかんとそう言いのけた松田は、にやりと口角を上げた。
「大丈夫だ、死んじゃいねぇよ。ゼロがもう本人を捕えてる」
「じゃあなんで」
「そっちの方が締まるだろ」
「ば、ばくはつおちなんてさいてー!」
叫んだオレの言葉にかぶせて、二人の笑う声が車内で響いていた。