sc16受「こども」ライスコ(秀景)「そういえばあのとき一緒にいた男……スコッチ、だっけ。あのひとは悪いやつだったの?」
妹のその言葉に赤井はパチリと静かに瞬きを返した。
それからあさっての方向を見て、どうしたものかと思案する。ふう、と零れた煙たい息が青い空に溶けて消えた。
目をつけていた件の組織を実質解体まで漕ぎ着け、目的としていた父の行方の大きな手がかりも得た。満を持して、妹に、正体を明かしてみたらあれやこれやと矢継ぎ早に質問をされて赤井の目の下のくまは一層濃くなっってしまった。
丸一日かかった尋問に、一体何本のタバコが燃え尽きていったか数えるのも恐ろしい。灰皿の中身は一度捨てたというのにもうぱんぱんだ。
質問のペースが落ち着いて、もう開放されるだろうとげんなりしながら赤井が手元にある最後のタバコに火をつけたところで冒頭の質問はとんできた。
彼女の言う、スコッチという男の素性については自身の権限範囲外のものだ。うっかりいらぬことを口にしてしまったことが然る場所にバレたらスーパー公安デスパンチが飛んでくることは間違いない。赤井は元気に拳を握り込む男の顔を思い浮かべて静かに首を横に振った。
「悪いが彼のことについてはあまり話せないな」
「どうして?」
「真純、今日何度か言ったが俺には守秘義務がある。言えないことだってあるさ」
「秀兄のけち。でもどうせ、あのひともわるいひとじゃなかったんだろ」
「なぜそう思う?」
「あのとき、秀兄がボクとそのひとを残して切符を買いに行っただろ。二人きりにしても問題ないって判断したってことはそう悪い人じゃなかったんだろうなって思ったんだ」
妹が確信めいた目で見あげてくる。
「……なるほど、まあそういう意味では悪い奴ではなかったよ」
少しだけ、舌を巻いた。
まだまだ幼い子供だと思っていた妹が、そこまで考えられるほどには成長していた。初めて会った時は、こちらを笑わせようとあれやこれやくだらないのとを仕出かしていたあの子供がこんなにも大きくなるなんて、と今更感慨深く子供の成長を感じていた。
「ほんとはさ、あのスコッチてひとにもう一度会いたいんだ」
「――変な意味ではないよな?」
「変な意味ってなにさ。ただお礼が言いたいんだけど」
「いや、ああそういう意味か……そうだな、会いにいくか?」
「え?」
八重歯が覗く口がぽかんと開いた様子に赤井はフ、と笑った。
「ええっと、ここって長野?」
「ああ」
助手席から降り、目の前に建つ一軒家を見上げて真純は首を傾げた。
同じように運転席から出てきた赤井が相槌を打ってそのまま玄関へと一直線に向かっていく。慌てて真純もそれにならった。が、兄が呼び鈴をスルーして玄関扉へ向かったことにぎょっと目を見開いた。
「秀兄! さすがに呼び鈴鳴らした方がいいんじゃないか!?」
「いいや、問題ない」
自信たっぷりにそう言い放つと、ボトムの後ろポケットからキーケースを取り出して振り返った。
「鍵を預かっているんでな」
解錠して無遠慮に扉を開ける兄の姿に、眉を寄せながらも真純はその背中に続いて玄関の中へと上がり込んだ。
綺麗に掃除の行き届いた玄関には靴が一組、つま先を外に向けて行儀よく並んでいた。ちいさなそのスニーカーは、子供用にしか見えない。
「秀兄、ほんとにあのひとがいるのか?」
「ああ」
靴を脱いでズンズンを先を行く兄に置いていかれぬよう、お邪魔しますと小さな声で呟いて靴を脱いだ。兄の足は玄関から直ぐに見える二階への階段を上り、登りきったすぐ先にある扉の前で停止した。コンコンと小さくノックする。
「俺だ」
一拍置いて扉が静かに開く。真純は兄の背に隠れながらも顔をのぞかせその扉の様子を伺った。が、何もいない。あれ、と首を傾げたところで声がした。
「突然来るって言うからびっくりしたんだけど……その子は?」
声は下から聞こえてきた。真純が視線を下げると、そこには少年が一人立っていた。
ツンと目尻の上がった双眸が真純をじっと見つめている。
「妹だ」
「いも……えっ! もしかしてあのときの」
「ああ」
「へえー大きくなったなあ」
「いまの君からしたら大きいだろうな」
「嫌味?」
「いいや? ほら真純、彼がスコッチだ」
「え? いや、え? 子どもじゃないか!」
真純の知っているスコッチという男は長身で髭面の男だ。確かに目元は似ているし髪質もそんな感じだったかもしれない。けれどもこんなちんまりとした手足の子供ではなかったはずだ。
「もしかして母さんやコナンくんと同じ薬を」
「……秀一さん、説明しないで連れてきたの」
据わった目でじろりと少年――スコッチが赤井を見上げると、本人は肩を竦めて笑った。
「君の素性については俺の権限範囲外だからな」
「じゃあ連れてきちゃだめじゃない?」
「何を言っているんだか。俺は恋人に会いに来て、妹はそれに着いてきただけなんだが」
「ままま、待って秀兄。情報量が多いよ。ボクわかんなくなってきた」
小さな恋人を腕に抱きながら赤井はにんまりと混乱する妹を見て笑った。