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    yuewokun

    @yuewokun

    ひろみちゅ~

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    きっと生存if

    ##夢

    キスの日 景光夢「今日はキスの日らしいよ」
     ぽろりと彼がそう言った。
     
     くるりくるりと回るマドラー代わりのスプーンは全く止まる気配がない。もう十分にカップの中の黒と白は溶け合っているのに。
     細いそれを摘んでいる長い指の持ち主の顔を、スマホの画面から顔を上げてそっと覗いてみたが視線は合わなかった。色素の薄い灰青の瞳はその手元をじっと見つめている。口元は、ほんの少しだけ端があがっているような気がする。
     そのまま見つめてみても、視線はなかなか絡まない。くるりくるりと回るスプーンがたまにカップにぶつかる音が響いて、それだけだ。

     仕様がないので、視線を手元にまた戻した。今日の残りのタスクの確認と、それからネットニュースを斜め読み。情報の詰まった画面を流し見しながらも意識はずっと正面の彼へと向いていた。

     ズズ、と音がする。顔を上げると彼はカップに口をつけていた。視線はやっぱり合わない。横に流したそれはどこを見ているのかは分からないが、確実に視界の端でこちらを見ていることはわかった。

     そんなにはずかしいのならさっきのは口に出さなければいいのに。
     むくむくむとこそばゆさが駆け上がってきて、緩みそうになる口元を何とか叱咤しながら続きを促してやることにした。
    「キスの日って?」
     そう問いかけると、ピコンと耳が立ち上がった。もちろん幻覚だけれど。
     カップをゆっくりとソーサーに戻して、視線も同じようにたっぷり時間をかけてこちらに滑らせてくる。ようやく絡んだ視線ににっこりと微笑むと、彼も瞬いたあと顎をさすりなが笑みを浮かべる。
    「邦画で初めてキスシーンのある映画が公開された日なんだってさ」
    「なんて映画?」
    「えーっと、はたちのせいしゅん?」
     短い顎髭を撫で付けながら、彼が首を傾げる。アラサーというのに随分と可愛らしい表情をする。髭がなかったら少女のようにも見えたかもしれない。
    「全然知らない映画だ」
    「そりゃあ八十年近く前の邦画だもんな。オレもよく知らない」
    「二十歳の時にちゅうをする話なのかな」
    「どうだろう」
     くすくすと笑う彼は、先程までひた隠そうとしていた恥じらいをもう忘れてしまったらしい。リラックスした顔で微笑んで、カップに口を付けてそれから視線を絡めてくる。
     とてもとても可愛らしいと思う。
    「ね、ね、」
    「ん?」
     テーブルに用意されている小さな紙ナプキンを手に取りながら、おいでおいでと彼を呼び寄せる。小さなテーブルの向こうに座っている彼は首を傾げながらも少しこちらに体を寄せてきてくれる。が、遠いのでもっともっとと手招くと、辺りを見渡してからずいっと身を乗り出してきた。彼は大層お行儀がいいので机に乗り出すことにも少し躊躇するのだ。
     髭を生やしたアラサーの男が持ち得るには少々可愛らしい性格だと思う。そこが彼の魅力のひとつなのなけれど。
     長身の彼が少し大きく身を乗り出すと、小さなテーブルに覆い被さるようになる。
     手にした紙ナプキンを忍ばせて顔を近づけた。
     カサと小さく音がした。
    「その映画のキスシーン、ガーゼを挟んで唇を合わせたらしいよ。かわいいよね」
    「……映画のこと、知ってたんじゃないか」
     顔をすぐ近くに寄せたまま、唇をとがらせてそっぽを向く。そういう仕草がとてもかわいらしいのだということを彼は理解しているのだろうか。
     零れそうになる笑みを何とか押しとどめて首を横に振った。
    「映画のことはよく知らないよ。キスシーンのことしか知らなあい。どうだった? 紙ナプキン越しのちゅうって」
     
     問いかければ、視線を少しさまよわせて、飴細工のようなつややかな唇をそっと大きな手で隠してしまった。それからほう、と吐息混じりの声で言う。
    「逆に恥ずかしかった、な」
    「ん〜私の恋人がこんなにもかわいい! 早く帰ろ! 店員さーん、お会計おねがいしまーす!」
    「はい、はい、ほんと……イチャつくだけならさっさと帰ってください」
     彼の腕をとってそそくさとレジへ向かうと、見慣れた褐色肌の完璧超人アルバイターがヒビの入りそうな笑みを浮かべていた。逞しい筋肉質な腕にはもり、もり、と青筋が浮かんでいる。いや、額にも浮かんでいる気がする。
    「こわあ……こんな店員さんのことなんかわすれてはやく帰っていちゃいちゃしよ。そうだ、たくさんちゅうしようね」
    「んえ、いや、ええ……?」
     戸惑う彼を引き摺って、般若面アルバイターが見送ってくれた喫茶店を後にした。
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