sc16受「幼児化」 爆処景 最近、謎の奇病が流行っているらしい。らしいというのは、その症状があまりにも現実離れしているのと、オレがまだそれを実際に目にしていないからだ。
あまりにも突飛な症例に、弊部署では流行病ではなく何かしらの毒薬などが仕込まれたのではないかと事件性を見出しているほどだ。ただ、発症者からはなにかを異様なものを口にしたなどの証言は得られていない。まあ、証言生えられなくともオレもただの病でそんなことがあるものかと疑っていた。
そう、疑っていたのだ。目の前の二人を見るまでは。
「う?」
「ん!」
ちいさいいのち。
脳裏に浮かんだその文字列は何も間違っていない。
親友に呼び出されやってきた会議室の扉の向こうの景色に驚いて固まってしまった。すぐさま飛んできた扉を閉めるようにとの指示に慌てて音を立てながら密室を作る。それからやっとそれを改めて見直した。
机の上にはもっちりとした頬を互いに揉み合うちいさいいのちが二つ。だぼついた布に溺れるように包まれて、何かを確かめるように触れ合っているそれはこんな所にいるにはあまりにも不釣り合いな愛らしい幼児だった。
「ぜ、ぜろ……この子たちは、例の奇病の?」
小さな二人を乗せた机のすぐ横に立っている親友に説明を求めると、ううん、と歯切れの悪い声が返ってきた。彼はいつもはっきりとものを言う。特に仕事に関わることであればテキパキと正確に、且つ迅速に判断を下して必要なことを必要な範囲で伝えてくるはずだ。それが視線をズラして唸るなど珍しい。
眉を寄せ、口元に手を当てて、とその様子をみてさらにおや、と首を傾げた。言い淀んではいるが表情は厳しいものというよりもなにか困っているような、でもどこかうずうずと笑いを抑えているような。少なくとも悲愴なものではなさそうではあるが、妙な違和感があった。
「ゼロ?」
「もあーうや!」
「やぉ!」
オレの声に反応したのは親友ではなく、机の二人だった。互いを見つめあっていた大きな目はいつの間にやらこちらを向いている。大きく垂れた瞳をキラキラさせて可愛らしく一人が片腕を上げると、それとは対照的に子供とは思えないスカした態度でもう一人の子供も小さく腕を上げる。いや、二人とも手足が小さいのであまり変わらないが、なんとなく軽く手を上げて気安く挨拶したような仕草に見えた。
どことない既視感がある。そう思って再度親友の方を見ると、こちらに背を向けて震えていた。
「ね、ねぇってば。もしかしてこの二人」
「ふっ、ふふふ……ふふ、あっはは!」
「もうゼロ! 笑ってないでちゃんと話してってば」
最近流行っているらしい奇病とは、簡単に言うと若返る病だという。とは言ってもオレたちのような二十そこらの人間が発症すると若返りすぎて子供になってしまうという報告があがっている。
正直こんな話誰が信じるものかと思う。巷ではこの病に関して陰謀論のようなものまで噂されるようになったがその気持ちもわからなくはない。あまりにも現実離れしている。オレだって症例を聞いて、部署内でレポートに目を通しはしたがそれでも半信半疑だった。
それが、いま、目の前の二人が現実のものだとその身をもって教えてくれているお陰で信じるに至ってしまった。
知っている声よりも幾分も高く、知っている手指よりも随分と小さく。固く逞しかったその身体はぷにぷにのふわふわこもちもちだ。
素直に、かわいい。
「本当に、松田と萩原なの? すごいかわいい」
サイズの合わないグラサンを乗せたフワフワ頭が松田で、垂れ目でにぱにぱと笑っているのが萩原、だという。まあ面影はある。抱き上げてみると軽すぎてびっくりした。簡単に二人同時に抱えられてしまう。それから嬉しそうに上がる声。オレの頬はきっとだらしなく緩みきってしまっているに違いない。
「ふ、ふふ……そうだ、んふふ」
「ゼロ、笑いすぎじゃない? こんなにかわいいけど一応病気なんだよ」
「いや、ああ、そうなんだけど……フッフフ」
「だあー!」
抗議するように松田が声を上げる。不機嫌そうではあるのだが、やっぱり高いその声は随分と可愛らしい。零が笑ってしまうのも理解はできる。
「でもこの病気って身体が子供になると精神面も子供になっちゃうのかな」
「ん、どうして?」
「だって、なんか萩も松田もちょっと甘えたな感じがする」
抱えた二人を見ると、揃ってオレの胸にぎゅうと抱きついてきている。ト○ロになった気分。いや、何度でも言うがとてもかわいい。
俺の視線に気付いた萩原が、オレを呼ぶように腕を伸ばしてきてわやわやと声を上げる。思わず顔を寄せると、短い腕がぐっと伸びてオレの頬に触れた。ぺちぺちと叩いたあと、今度は首伸ばしてきて「ちう」と音を立てる。
「へ?」
「んへへへ」
にぱとっ花が咲くように笑う萩原はこんなに可愛らしい子供になってもプレイボーイらしい。お返しにオレもぷにぷにのほっぺに口を付けてあげると嬉しそうな声が上がった。が、同時にすぐ横から勢いよく不満声があがる。
「ぎーぃ! ん、ん!」
予想通り松田だった。小さな唇を尖らせて手を伸ばしている。思わず笑いを零しながら顔を近づけると、ぎゅっと頬を両手で捕まれた。
「まつ、らっ!?」
ぱかっと開いた小さな口がオレの口を食べるかのように近づき、そのまま食んだ。逃げ遅れた舌が、まだ生え揃っていない僅かな歯で柔く甘噛みされる。擽ったさで笑いそうになるとぱっとそれは離れていった。
「んーふはっ!」
何故かは知らないが満足気だった。
零が言うには二人とも勤務中に突然症状が顕れこの姿になったしまったのだという。診察を受けたあと、現在この奇病に事件性を見出している公安側で引き取ったらしい。
正直この病気は若返ること以外に症状が確認できておらず治療のしようがないのだ。とはいえ実のところ最初の発症を確認してから既に三週間ほど経っており、第一罹患者は既に元の姿を取り戻しているという。ただし戻ったきっかけはわかっておらず、おそらく時間経過で戻るのだろうという見解しか見いだせていない。治療の余地がないからこそ病院から連れ出せたのだろう。
そしてオレが呼ばれたのは二人の保護と監視、経過の観察のためだった。零が引き取ったのならそちらでやるべきではないのかと思ったが、彼は何故か強い意思の籠った目で「ヒロじゃないとだめなんだ」と言う。なにをそんなにこだわっているのかはさっぱりだが、まあもとは例の二人とはいえ、かわいらしい子供は癒しになる。よくわからないまま俺は二人を引き取りその日はそのまま帰宅を許された。
二人は予想以上に手のかからない子供だった。トイレ以外は。なぜかオムツを変えようとする時だけは猛烈に拒むが、それ以外は大人しい。オレにべっとりくっついていてくれるおかげでどこかに勝手に行ってしまうことも少なく、騒ぐこともそうそうない。しかも目が合うとキャッキャと笑う。
すごい。かわいいじゃん。
もちろん子供なんて育てたことはないのであれこれ調べながら二人の世話をしていたが、あまりにも知識が無さすぎて「やっぱりオレじゃなくてもっと適任がいるんじゃない? 子育て経験のあるひとがさ」と毎度首をひねってしまう。しかしその度に二人がぎゅうっと可愛らしく抱きついてきてくれるのでまあいいか、とその思考は遠くにすっとんでいってしまうのだ。
「わ、ちょっとはぎ……ま、まつだも! 待ってって、あっ」
比較的大人しい(と思う)二人が少しだけやんちゃになるのが風呂のときだ。二人を抱えて湯船に浸かると落ち着かないのか二人ともさわさわとオレの身体をあちこち触り始める。擽ったいしうっかり溺れてしまったら怖いので動き回らないで欲しい。
「ん……ちょっと、はぎ、こらッ」
小さな掌がぺち、とオレの胸を叩く。それから何を間違えたかそこに唇を寄せてくる。
いやいや、出ない出ない。そこからは何も出ないぞ。本当に。
そう言っても幼児となったこの男にはその言葉は通じないようで、一生懸命に吸い付いている。
「は、はぎ……ヒッほんとに、わ、あの……んッふふ……」
「ん、ん、」
擽ったさに混ざってビリビリとした不思議な感覚が駆け抜ける。言うなれば甘い電流。
「うひゃあ! ちょちょちょ、ちょっ、ほんとに! ストップ!」
慌てて引き離した。と思ったのだが。
「うわあ! まつだ!? やだちょっと待ってってばっ」
萩原と入れ替わるようにして反対側の胸で松田が同じように口を寄せていた。このままではマズイ。なにか開いてはいけない扉を開いてしまう。
幼い二人よりも、逆上せたように顔を熱くさせて慌てて湯船からあがった。もちろん二人は抱えてはいる。が、これ以上イタズラされては敵わない。胸から離すように両小脇に抱えて荷物のようにして二人とともに浴室を後にした。
このとき両脇に抱えた二人が子供らしからぬあくどい顔で笑いあっていたのを、オレは知らなかった。