sc16受「きっかけ」萩景「ねえ、諸伏」
ぱちりぱちりと長いまつ毛が瞬く。
「もしかしてなんだけど」
さらりと細い黒髪が揺れる。
「――――――」
一気に花が開くように頬が染め上がる。
長く細い指がそれを覆い隠すように持ち上がった。隙間から覗く灰青がそろりとこちらを向く。途端パチンと電気が走って弾けた気がした。少し距離はある。それでもあの瞬間確かに俺たちの視線は重なって焦げるような熱が走ったのだ。
きっとこれが――、
「なあ陣平ちゃん」
ホームセンターの一角でしゃがみこんで熱心にパーツを吟味していた親友は、俺からの呼び掛けに間延びした気ぬるい返事をする。視線は勿論美しい細やかな金属パーツへと向いたままだ。別にそれはいい。むしろ返事をしただけでもまだマシだ。ひどい時は耳元で声を上げても気付きもしない。
ふわふわした頭頂部を見つめながら、俺はそのまま話を続けることした。今日は俺の声自体は聞こえてはいるらしいので。
「俺、恋しちゃったかも」
「へーウケる」
「その返事、聞いてるのか聞いてないのかわかんねぇな」
「ふーん」
僅かに動く頭は頷いているようにも見えるし、ただパーツを吟味してアレコレ見ているだけのようにも見える。松田は器用な男だし二つのことを合わせて同時にこなすのくらい出来るのかもしれない。いや知らんけど。
「なんか受け答えの微妙さにBOTと話してる気分になってきた」
「そうかよ」
「うーん判断に迷うぜそれまじで」
「それで?」
「……まあいいか。それでさあ、多分向こうも俺のことそれなりに好きだとは思うんだけどなんかこう、確信は無いからうまいこと持ってくきっかけがほしいっつーかさ」
「いやお前の得意なやつだろそれ」
予想外のしっかりとした相槌に思わず横を見返すと大きなジト目がいつの間にやらこちらを向いていた。
ゆっくりと立ち上がって一度伸びをして首をパキパキとならしてからまたこちらを向いたその顔は、呆れている、というより何を言っているんだと疑問を浮かべている表情なんだと思う。
「いつものように適当にクソ甘ェ言葉で口説いて雰囲気つくってもつれ込めばいいだろうが」
「陣平ちゃん俺がいつもそんな風にしてると思ってるの」
「ちげぇのかよ」
「ちげぇよ なんでそんなめちゃ軽い男のイメージになってんの」
掴みかかる勢いで詰めよれば、松田はわざとらしくキャッと気味の悪い声を上げて一歩下がった。それからそらを見上げて口をすぼめながら言う。
「『萩原は女の子のことさらっと口説いてすぐその気にさせちゃいそう』」
「は?」
「『そのままスマートにリードして気付いたら朝、みたいなのとか、有り得そうだよね』」
「な、なにそれ」
「以上、諸伏からのご意見です」
「はあああああ」
そんなことあってたまるか。
よりにもよって、諸伏がそんなこと言っていたなんて。今すぐ彼の元まで飛んでいってそんなことはないと叫びたい。ついでに君が好きだと叫びたい。いや、これは違くないけどまだ早いので違う。今夜は帰さない、になってしまう。時期尚早だぞ研二。
だいたいどこでそんな話が出たのか。問いただしたいところではあるが、俺がダメージを受けている間に松田は会計まで行ってしまった。仕方ないので戻ってくるまでにもう少し冷静になるよう努めよう。
そう思ったのに。
「あれー? 萩原じゃん。しかもぼっちでいるとか珍しいー」
声をかけてきたのは他教場の同期の女性だった。出会い頭に背中をバンバンと叩いてくる彼女は決して悪い人ではないが少々人との距離が近い。気前のいい近所の八百屋の店主を思い出す、元気なひとだった。
そういえば彼女は、先日の同期飲み会で諸伏の隣に座って色々話していたはずだ。席は少し離れていたから何を話していたかはあまり聞き取れなかったが。
「松田と来てたんだけどいま会計中なんだ」
「ああ、そうなんだ。二人まじで仲良しじゃん……こりゃ諸伏が嫉妬しちゃうぞ」
「は、え? もろふし」
先程の松田との会話に続いてまたもあらわれた名前にどきりとする。
すっとんきょうな声を上げた俺の反応が面白かったのか気に入ったのか、彼女はきょとんとした後すぐさまニンマリと目と口を歪めて肩を組んできた。こっそりと特大の内緒話をするかのように耳打ちされる。
「私さあ、この間の飲みで確信しちゃったんだよね」
「えっと、なにを……?」
思わずごくりと喉がなった。
「萩原と諸伏が、両片思いなの」
「ウワーーー それ! 自分で確かめたかったやつ」
「アッハハハハ! でも諸伏は自分からはその思いを言わないと思うよあの様子じゃ」
「でもお! ひどいよお!」
「しかも萩原、諸伏にめっちゃ女好きの遊び人だと思われてるから想いを告げても信じてくれなさうだよ前途多難だね。がんばれ!」
バンバンとまた背中を叩いて彼女は颯爽と去っていった。嵐だった。俺の心は松田の落とした爆弾で荒れ気味だったけど彼女がさらに掻き乱してもう大惨事だ。こうなったらもうすぐさま諸伏の元まで飛んでいって言うしかない。俺にはアクセルしかないんだから。きっかけなんて探さなくていいんだ。ただ言えばいい。
そう、君が好きだと叫びたい!