壊れてるくせに愛を語るか壊れていたのは、俺。
その現実から目を逸らしていたのも、自分。
いつも通りの俺っちとして過ごしていた、ランドルフォ。
どれも自分だった。自身が忘れてしまっただけで。
俺は、貴方に見つけてもらう直前に、銃口を向けられたあの時に。
全てに絶望し、壊れたのだ。
自分の不甲斐なさ。情けなさ。生き残った後悔。懺悔。罪悪。
すべてに押しつぶされ迫る死に己が取った選択は、自己心の破壊。
だから笑った、びびりな自分が笑って死を受け入れた。
壊れた人だったものが物言わぬものになる瞬間を笑い飛ばした、その時だったのだ。
「かみ?ああ、神ね。違う違う。どちらかっつーと死神じゃね?」
壊れた自分に貴方は希望を与えてくれた。
だから、自己破壊に上回る程の輝きと奇跡に自分は、壊れたことを無かったことにしてしまったのだ。
自分で自分を壊してしまった現実を、貴方の為のランドルフォでいることで隠して、ただの人のフリをした。
割れたグラスが数秒前の新品同様の綺麗な状態に二度と戻らないように、俺はもう手遅れだったらしい。
そんな硝子くずを、手に傷がつくのも気にせずかき集めて、大事に救い上げた貴方に俺は親愛では収まらないような感情を抱いた。
心酔?そんな言葉では収まらなかった。
壊れた人だったものに与えられた純粋な愛は、綺麗な想いとして享受されることは無かったのだ。
そして、それに本人も気づかない。
「ふ、ふふ」
無防備に眠る綺麗な髪に指を通す。これっぽちの事では起きやしない。
警戒が強い貴方が俺にここまでを無意識に許してくれている。
ここまで来るのにそこまで時間は有さなかった。
もともと戦場で拾ってくれたのは貴方自身だ、自分が拾ったものには躾と愛情を。その枠に己が居た。どこまでも恵まれている。運命この上ない。
「次は、テシカガ。…そう、どうせ見ているんだろ」
「…おや、気配は消したつもりだったのですが」
音も立てずにくるりと床に着地したこいつに相変わらず不気味だと目を細める。
「お前は暗殺者かなんかかよ」
「ただの軍人ですね」
この部屋にはジャンさんの安全の為にいろんな抜け道が存在する。その一つの天井使ってきやがった。
「ニシパはお眠りですか。警戒心が強いお方だとは思っておりましたが、俺達には存分に甘いこと。本当に、あいらしい」
「実際喋ってても起きないしな。幹部連中はその【対象】じゃねぇの」
「【信頼】ですか?」
テシカガの言葉に腹が立って思わず睨みつけるが、お互いに目を背けたくなる事実であることには変わらなく、目をそらす。
俺たち幹部は互いに絶対な【信頼】で繋がっている。
ジャンさんが全員戦場で拾ってきて【親愛】を与え、【心酔】へ堕とした者たち。
お互いにお互いがジャンさんを、ジャンさんの『唯一』になりたくたまらないのだ。
だからお互いに【信頼】はしても、【信用】はしていない。
矛盾しているのかもしれないが、それでいいし、ジャンさんの為に動く俺たち自身も仲は良いしウマも合う。
「…リッカの旦那、そろそろやばくね?」
「ですよねぇ。お子さんの無事が確認出来て、使いきれない程のお金も渡してきたらしいですし。…奥さんはまぁ残念ですが…自分が離れてた代償として受け入れてしまっている以上、私達は何も言えません」
「その代償として受け入れているのが、厄介だわ」
「受け入れた、つまり」
『もう自分にはジャンさん以外なにも無いという、事実にいつ気づくか』
綺麗に声がハモった。それでもジャンさんは起きない。ずれてきた毛布を掛け直してソファに腰掛けた。
「あーあ、お前もやばいけどリッカの旦那もそうだよな。こんなんで意見が合いたくなかったわ」
「奇遇ですね、自分もです。せっかくならジャンさんの好きなモノで意見が合いたかったです」
お互いのため息までタイミングが合った。いやだからこういうので息が合っても困るわ。
「…時間ないな」
一人ずつ、一人ずつジャンさんへの気持ちに気づいていく。
テシカガ、リッカルドの旦那、ヴァルター、バクシーさん。確実に、いずれ皆が辿り着く約束された想い。
ジャンさんの『唯一』になること。
「…あ、そういえば!てめぇこの間ジャンさんに誕生日と称して指輪あげてただろ」
「あなたも眼鏡かサングラス上げてませんでした?それで自分を見てほしいっていう意味ですか?あらあらまぁまぁ」
「指輪のお前に言われたくね~~~~!」
烏有だった故に愛河に苦しむテシカガ。
空虚になった事に辿り着くリッカの旦那。
信仰を選んで己の首を絞め続けるヴァルター。
愛嬌で外堀を確実に埋めていくバクシーさん。
言葉にするとわかりやすい、皆、みんな共通してジャンさんの唯一になりたいだけ。愛してるだけ。
席は一席しかないのに。両手に華どころではない、と笑みがこぼれる。
「……」
俺は、何だろうか。そもそも俺はあいつらみたいにどこかがおかしいわけでもなく。
「偏執、って言葉が貴方には似合いますよね」
「ヘンシュウ?どういう意味だ」
「まぁ、今のランドルフォさんってことです」
「またそうやってはぐらかす」
はー相変わらずのらりくらりとかわしやがる。言葉じゃ勝てんわと、サングラスを取り自分も毛布を被る。
「ジャンさん、ちゃんと起こしてあげてくださいね」
「わかってるって」
よろしくお願いします、と頭を下げて静かに部屋を出て行くテシカガに手を振って返事する。
「ヘンシュウ…なんだろ、リリーの婆さんなら知ってるかな」
あの人も余り喋らんかな〜辞書でも図書室に無いかと考えているうちに寝落ちてしまった。
まあ、あいつの主観であってそれが俺自身に当て嵌る事実ではないし。
俺は別におかしくない。
ただ愛しているだけ。
「偏執…obstinacが意味近いですかね。…ここに来た時点で壊れていた貴方そのものですね。人のフリをし、それすらを忘れている無邪気な方だ」