椿大和が見た夢の話(これは……夢か?)
優しい風が頬を撫でる草原に、ぼんやりとあぐらをかいて座っていた椿大和は、自分の置かれている現状がよくわからないでいた。
(米が……)
大和の目にしている世界は、平凡な現実世界とも言えなくはなかった。
しかし、宙にカラフルな碗に入った米が浮いている。
(米が浮いている……)
どういう仕組みかはわからないが、大和の好物の白米が、碗に盛られて浮いている。
しかも、ひとつふたつではない。
ふわふわと浮いている碗は、数えきれないほどで、色や形もそれぞれだ。
(箸……)
好物の白米が浮いてるとあっては放って置くことのできない大和は、これが夢かどうかは一旦置いておくことにして、箸を探すことにした。
しかし、これがどうして見つからない。
(箸がない。見当たらない。どうして……なんで……)
辺りを見回す。
着ている服を叩くように触る。ふ
しかしたった二本の棒が見つからない。
(かくなるうえは……!)
手掴みか!?と大和が腹を括った瞬間、遠くから誰かが大和を呼ぶ声がした気がした。
(なんだ……?)
最初は気のせいかと思った。
しかし、次第にはっきりと聞こえてくる声は、確かに大和を呼んでいて、辺りを見回した大和は、名前を呼びながら近づいて来たものの姿が見えると、思わずぎょっとした。
「やまとー!」
大和の名を呼び、駆けてきたのは、ごま塩の振ってあるとても大きなおにぎりの中央部分から顔を出し、おにぎりの斜辺と底辺からそれぞれ四肢を伸ばした五島岬だった。
「おにぎり!?いや、岬か?」
「おうよ、おにぎりの王さま、五島岬様だ!」
近寄ってきた岬は海苔の貼ってある、おそらく胸の部分にあたるところを拳でとんと叩くと自慢げに告げた。
「?????????」
(岬がおにぎりの王さま?なんだそれ)
大和は疑問符をこれでもかというくらい頭の上に浮かべた。
「いいか?おにぎりの王さまって言うのは、こういうことができる」
すると、大和の疑問に答えるかのように岬がおにぎりから伸びている片手を天に向かって掲げ、指をパチンと鳴らした。
すると、浮いていた碗ごと米がおにぎりに変わった。
「すごい!」
「すごいだろ、いくら食べてもいいぞ」
宙に浮くおにぎりの数々を見て、目を輝かせた大和に、岬が再度自慢げに告げる。
「……………」
しかし、大和は宙に浮いたおにぎりを一通り眺めたあと、おにぎりの王さまである岬をじっと見つめた。
「どうした?」
「いや……おにぎりの王さまはどんな味がするのかと……」
「はぁ?お前、そりゃあ……ごま塩だろ!」
おにぎりの王さまである岬の風貌は、海苔のついたごま塩おにぎりだ。
「ほんとか?お前は自分を食べたのか?」
「いや、それは……ねえけど……」
「じゃあ俺が初めてか」
大和は嬉しそうに笑むと、岬に近づいていく。
「え、ちょ、ちょ、まてよ。まじか、ちょ、やまと……」
「待たない」
「っ……!」
大和がきっぱりと告げ、岬のおにぎり部分に触る。
「ひぇ……」
どうして、か細く、戸惑い震えるような声を挙げるのかわからない岬の反応をスルーして、大和は米の部分に顔を近づけていく。
そして米にかぶりついた瞬間。
「うわぁああぁアァッッ!!??」
大和は自分じゃない叫び声で目覚めた。
「あっ……せったぁ……完成した課題、提出する前に全部燃えてカスになる夢見た」
「…………」
大和の目の前、シェアハウスの共用部分にあるちゃぶ台を挟んだ向こう側で、五島岬が驚いた顔で荒い息を吐き出していた。
どうやら自分と岬は大学の課題をこなしているうちに眠ってしまっていたらしかった。
「いつの間にか寝ちまってたな。やベーやべー。大和、課題終わったか?」
汗をかいているわけでもないのに、顎を拭いながら岬が問いかけてくる。
「岬」
「なんだ?」
そんな岬の名前を、大和は不機嫌そうに呼ぶと、前のめりになって岬の顎を親指と人差し指で固定した。
「食い損なった。責任をとれ」
そして、大和は岬にしっかりと、唇を重ねた口づけをすると、静かに離れて、何事もなかったかのように課題に取り組み始めた。
瞬間的に何が起こったかわからなかったら岬は、ポカンとしていたが、じわじわと自分が大和にされたことを理解し始めると、顔を真っ赤にして大和に恥ずかしさをごまかした怒りをぶつけたり、大和の行動の訳のわからなさに文句を言ったりしたが、大和は黙々と課題をこなしていて、一切取り合わなかった。