Aマス「貴方の休憩所」(あぁ、なんで二日連続でATOのシステムにエラーが起こるんだ…)
白のサブウェイマスター、クダリは少し苛立っていた。
それは、連日のシステムの不具合に関してだ。
この地下鉄は全てこの自動システムによって管理され、1分1秒の狂いもなく動かされている。
そして、それを制御し管理するのはサブウェイマスター、特に、機械に強いクダリの仕事だったのだ。
(にしても、兄さんはどこに行ったんだ……やっとお昼ご飯一緒に行けると思ったら、こんな不具合に……)
実は、早朝からこのような事態に見舞われていて、朝も昼もまだ取れていない。
更に言うなら、休憩もろくに取れていないのだ。
この時期は特に忙しく、イベントやら、通常の業務やらが立て続けで、要領も良く人柄の良いクダリであっても、参り初めている。
(あぁ、それにしても、なんでここが修繕されないんだ。いつもならもっとスムーズに……いや、ここか…??あぁ、集中できない。)
今、この場にはクダリしかおらず、部下達は立て続けに質問やら相談もしてくる為、なかなか集中してATOのエラーの修復に専念出来ないのだ。
「あとはここをこうしてこうで、ここは」
ブツブツと思考の波に飲まれ、沈んでいく。
外から聞こえてくる声は全て騒音となって、クダリの思考を掻き乱す。
「 」「 」「 」「 」「 」「 」
(うるさい………)
「 で 」「お 。」
「 は に ?」
(うるさい、うるさい。)
「クダリ」「ボス」「白ボス」
(うるさい、呼ばないで。)
全てを無視しているはずが、どんどんと胸の内は苛立ちで溢れ出そうとして行く。
「クダリ!」
「うるっさいなぁ!黙っててくれないか!!僕は今集中してるの、見て分からないか!?」
「ク、クダリ…?」
「だから五月蝿いって言ってるだろ!?自分の頭で考えて多少は判断しろよ!!!」
しぃ……ん。と、辺りが静まり返った。
やっと集中出来ると思い、手をすすめて行くが、とんとん。と肩を叩かれた。
(なんで邪魔するの、殴りそう。)
「 。」
「五月蝿いって言っt」
肩に置かれた手をパシンっ!と振り払い、そのまま振り返ると、そこには自分の身に纏っているのと同じ形、正反対の色のコート。
少し困ったような瞳、振り払われ行き場をなくして手、言葉を紡ごうとしたが、何も出てこなく、少し開かれている口……….
そう、声をかけていたのは、紛れもなくノボリだった。
「え…………」
「休憩が終わったので、交代しようと……」
思考が数秒止まった。
どういうこと
声をかけていたのは、
クダリ、と呼びかけていたのは、
そうだ、そもそも自分をクダリと呼ぶのは、たった一人じゃないか。
ということは、手を、肩に置かれた、手は、
振り払ったのは、
そして、思考が再開した時、涙が溢れ出た。
「ぁ………にぃ、さ………いま、え、ずっ、と、」
「クダリ…?ずっと声をかけていたのですが、集中していたようで……」
その時、クダリの脳は、キャパオーバーしてしまったようだ。
「ぁ……ぁあ、あああ!!!!ごめんなさいごめんなさい!!!」
酷く狼狽えてしまい、震える手で頭をかきむしり始めた。
罪悪感と嫌悪感が入り混じり、感情が爆発してしまった。
ノボリと部下の少し困惑した声が全て混ざっていく。
疲れや、苛立ちはとっくになかった。
ただただ、後悔。
心から尊敬して止まない兄の、ノボリの手を振り払った。
暴言を吐きかけた。
ストレスやら何やらをぶつけるかの如く。
とうとう膝をつき、静かにポロポロと泣き始めた。そして、懺悔を口にしながら床にうずくまり出してしまったクダリ。
その姿を見て、ノボリは自分のコートを脱ぎ出し、頭から顔を隠すように被せた。
「すみませんが、少し疲れてしまったようなので、連れていきますね。何かあれば、後から教えてくださいまし。」
立てますか?少し移動しますよ。と言って、背中をさすりながら、クダリを優しく立たせ、制御室から二人は出ていった。
「ごめんヒクッ、なさい…ひゅ、ごめん、なさい……!」
「おやおや、落ち着いてください。そんなにうずくまっていては、呼吸も満足に出来ないでしょう。」
仮眠室に連れて行くと、クダリはノボリの手から離れ、コートを掴んだままベッドに潜り込んでしまった。
布団の隙間からノボリのコートがちらりと出ている。
聞こえてくる声は酷く震えていて、過呼吸を起こしかけているのか、苦しそうな呼吸音まで聞こえてくる。
「だっで、ぼぐ、ひっく、ひどい、ごと……」
恐らく涙や鼻水でぐちゃぐちゃな顔になっているだろう。
「大丈夫ですよ。貴方が頑張ってたことくらい、皆さまわかっておりますから。」
そっと布団を剥がそうとし、手を伸ばすが、隙間から見ていたからか、そっと手から逃れるように布団ごと距離を取った。
「ちがう、僕、兄さんに、びどいごと……ぅう、ひっく」
フルフルと体の震えが大きくなり始めている。
(………少し、落ち着かせてあげませんと、本格的に苦しくなってしまうでしょうね…)
そう思い、ノボリは限りなく優しく、布団越しにクダリの背中と思われる辺りを撫でた。
その感触に、びくっ!とクダリは布団ごと揺れた。
「貴方は頑張りすぎなのです。溜め込みすぎです。私のこと、私達のことを信用出来ませんか?」
「ち、ちがう!!」
バサッ!と勢いよく布団から出てくると、ぎゅっと腕の中にあったノボリのコートをより強く抱きしめる。
「ぼく、でも、やること、しないと、でも、兄さんに、酷いこと……」
その目は一切こちらを見ず、床の方に向いている。
その目から、大きな雫がこぼれ落ちそうだった。
ノボリはそっとクダリの頬に手を置いて目を合わせた。
そして、優しく笑うと、ノボリは口を開いた。
「クダリのおばかさん。一人で溜め込んで誰にも頼らないなんて、おばかがやる事です。」
「え…??」
少しキョトンとした顔をした。
「ほら、私、賢い貴方に対して“ばか”だなんて酷いことを言いました。これであいこですよ」
ノボリはポケットからハンカチを取り出し、優しく涙を拭ってやった。
「さて、お腹もすいたでしょう。お昼を摂りに行きましょうか!」
にっこりと、とても優しく温かい笑顔を向け、手を伸ばしたノボリ。
「……………う、ん。」
その笑みに心から安心したクダリは、その手を取った。
一時間と少し、クダリはノボリに優しく宥められ、背中をさすられながらゆっくり食事を摂った。
そのおかげで心にだいぶ余裕が出てきたようで、休憩から終わる頃には、いつものようにしっかりとした様子になっていた。
部下達から、いなかった間、特に異常はなかったと聞き安心したクダリ。
部下達はクダリの様子が心配だったようで、いつもよりもかなり頑張っていたようだ。
それを聞き、ノボリは部下達を労った。
そこから、嘘のようにあっさりとエラーを解消できたクダリ。
「やはり、適度に休憩は大切ですよ♪」
「………ノボリ兄さんは、適度にというか、ずっと休憩なような気が……」
「ふふ、私は、もしものために体力を温存してるだけですよ〜」
と、誤魔化すように、茶化すようにノボリは言った。
(私は、貴方の心の休憩所。ですからね。)