いつか、雨が乾いたら。(仮)「ふ〜っ……はぁ〜、コレを極楽って言うのかねぇ」
寝台を目一杯に占領する立派な体躯の持ち主は、一体どこが凝っているのかと疑いたくなるほどに顔の筋肉を弛緩させ、満面の笑みを浮かべていた。
眼前に、惜しげもなく晒された、無駄のない彼の背と相対している指圧師は、その長い指で的確にツボを突いていく。
「あぁ……いいよぉ、浮竹ぇ……」
力の抜けるような声をかけられ、浮竹と呼ばれた指圧師は、本当に脱力しそうになる己をひそかに叱咤する。
この男はいつも、こうだ。今に始まったことではない。
先刻から寝台に伏臥している、だらしない声の主は京楽春水という。
彼は、千年続く大企業・護廷グループのCEOという顔を持つ。
とはいえ、その護廷グループは10年前、同じく千年続いたライバル会社・クインシィカンパニーとの壮絶な企業間闘争を演じ、数多の損害を出しつつも、世界トップの座を掴んだ経緯がある。
名実ともに世界トップを手にしたものの、代償はきわめて大きい。
多くの幹部・中堅社員が辞職を余儀なくされ、前CEOであり京楽の師でもあった山本元柳斎重國もまた、落命した。
内部惨憺たる護廷グループの状況を立て直すべく選出されたのが、他ならぬ京楽であった。
重責を背に負い、会社の後始末を託されるなど、その労苦は想像を絶しよう。
そんな彼が、自宅のほど近くの路地裏にこの小さな店を見付け、逃げ込むように入ったのは必然ともいえたろう。
なにより、掲げられた店名に惹かれたのだ。
【指圧院 雨乾堂】